三度目のサワガニさん
自分の部屋で眠ったはずなのに、夕日の橙色に包まれた左右逆転の教室風景で目が覚めました。
三度目ともなるとこれが夢だと自覚できるのにそう時間はかかりません。
一番窓際の、反転すればクロード君の席で、わたしの意識が覚醒するのを待っている少年が居ます。
今、この世界においてただ一人、確実な未来を視る力を持つ魔法使い。サワガニさんです。
サヴァン・ワガニンが視えたものは、それを回避しようとどんなに足掻こうとしても、確実に起こります。
彼が最初に視たのは、彼の両親が仕えていた貴族の滅亡だったそうです。横柄な振る舞いが周囲の反感を育み続け、一度の失敗を契機に一斉蜂起がおこり、一晩のうちに屋敷諸共全員焼け死んでしまいました。
視えた物事が確実に結果となる魔法。
それが全て人の不幸であったために忌み嫌われ、両親からも見捨てられて学園都市に追いやられてしまいました。辛い幼少を過ごしたからなのか、学園都市では常に自分が一番であり続けることを望み、一度でも敗れると数日は手が付けられないほど荒れ狂ったそうです。
心を閉ざした少年はやがて、ひとつの大きな邪悪に育っていくことになります。
自由意思を一切信用せず、絶対の忠誠を誓うよう自らの名前を心を操る魔法の呪文として、仲間をつくりました。自分を打ち倒そうとする者達は悉く返り討ち。魔王を討伐すべく育ち始めた勇者の芽は操った部下も使って手当たり次第摘んでいきました。
そんな常勝無敗のサヴァンはいつも怯えていたと、洗脳が解けた部下だった人物は証言しています。
一人の少年に敗北し、全ての力を失って世界の全てから拒まれながら消滅する未来を視てしまったんだそうです。
未来を変えるべく躍起になっていたサヴァン・ワガニンはある日、誰もが予想していなかった敗北を喫し、十年にも及ぶ隠伏を余儀なくされます。
サヴァンが見た、一家諸共惨殺されるはずだった彼の未来がここで変わりました。
その日、サヴァン・ワガニンを倒す宿命は、同じ特別学級の苦労人、クロード君に委ねられることになります。
全ての魔法使いの頂点になりたいが為、今も暗躍を続ける貪欲な人。自己中心的な振る舞いで味方すら容易に捨てる人でなし。
そんなサワガニさん本人が夢の中に現れたのはこれで三回目。
わたしが目覚めた事に気付いたサワガニさんが何か呟いていますが、聞き取れませんでした。
彼との接触を危険視した理事長や先生が、彼との接触を遮断する魔法をかけているのかもしれません。
サワガニさんがわたしに接触しようとする目的は今だにわかっていません。
可能性があるとすれば、わたしだけが使える願いを形にする魔法。夢の中でも存分に披露してしまっているので、魔法が使えるわたしか、この魔法そのものを欲しているのかもしれない。
「仲間への勧誘はお断りします。そのために来たのならお引き取りください。」
わたしの発言に対して何か答えているのは口の動きでわかるんですが、声が聞こえません。
このままでは埒が明かないと考えました。ここはわたしの夢の中。ならば主導権は私にある。悪名轟くサヴァン・ワガニンであっても、侵入した夢の世界の主をどうにかできるとは思えない。実力行使された場合の優位性はこちらにある。
脅威から遠ざけようとする大人達の意思は伝わりましたが、今この場ではその親切心はお節介。ごめんなさい。その魔法、解いてしまいます。
「まずはじめに、ありがとう。」
お互いの言葉が届くようになった直後、味方すら顧みぬ魔王から、黎明の魔女の襲撃を大人達へ伝えたことに感謝を述べられてしまいました。お礼が言えるだなんて驚きです。
異分子によって閉ざされた未来が、未来視で視たものに修正されたと言っていました。
その後に、昔話が始まりました。
彼の経緯は受け持っていた理事長からも伺っていますので、内容は答え合わせと本人視点の補足になります。
彼の未来視はいつも悪い出来事なので、不幸を招く少年と呼ばれていた。
発動を上手く制御できるようになっても尚、視てはいけないものだと抑えつけられた。
視えた不幸を変える為に、力を求めていたんだそうです。
しかし、どんなに鍛え、どんなに学んでも良くない結果は変えられない。それでもとしがみ付いたけど、努力は実らなかった。成績で一番を取れずに癇癪を起した理由はここにありました。ただ悔しかっただけ。単純明快です。
善行が実らないならばと、自らが災いとなって団結を促そうとしました。ですが、名のある魔法使い達は自分の保身に走るばかり。いつしか自分は厄災の化身となってしまい、現在に至るまで、やること為すこと全てが空回りし、どうにもならなくなっているんだそうです。
彼がそこまで躍起になって変えたいのは、クロード君に敗れて世界中から憎まれながら逝く未来。
これは組織から脱走した人が証言していたものと一致します。
学園に入学して最初に視えたのが自分の死。まだこれからだというのにいきなりネタバレを突き付けられ、挙句の果てに結末を見せられた。学園都市はそれ自体が大規模な魔法なので、それに影響されたとしても、なんて残酷な力なんでしょうか。
少年は昔から、今に至るまでひたすらに願い続けている。死にたくない、と。
夢の中なので時間の流れは現実世界とは違うそうです。
長い昔話の次は、現在の状況の確認です。
「未来視を抜け出した子供が居るんだ。」
クロード君の両親を殺すのは未来視で確定し、視た通りの状況で実際に死んだ。けれど、サワガニさんが視たのは、一番に息絶えた息子の遺体の一部を抱きかかえ、血まみれの母親が焼け落ちる家の中で泣き叫んでいる光景だった。
結果の微妙なズレは本当に些細なものだったけれど、今まで寸分のズレも無かったものを変えたのだ。彼こそが自らを殺す宿命を持つ少年なのだと恐怖した。そして感動を覚えた。
同級生の両親の死に様を聞かされるのは、正直に言いますと気分が悪いです。
今聞いたものを彼に笑いながら語るほど口は軽くありませんし、聞いたクロード君がどう思うかを考えられないほど幼くもありません。
わたしの表情など目もくれず、サワガニさんは話を続けます。
「アイツが全てを狂わせるとばかり思っていたんだけど、彼とは別にズレが大きくなったんだ。」
クロード君の通う特別学級の状況も、未来視とは違っていた。これだけならば、クロード君が学級の中心となって上手く立ち回ったと推測できます。そう思っていたのだけど、そうじゃなかった。
未来視を外した二人目の子供がいたそうです。その名はアサヒ・タダノ。そう、わたしです。
わたしが先生に恋をしたのが、現在の大きなズレの始まりだと言います。
トゥロモニの姓を捨ててしまった。逃走時に大きな花火を打ち上げた。初日から先生に猛烈なアタックを仕掛けた。特別学級をまとめ上げ、ストレスと過労で授業中に倒れた先生を介抱し、想い人の心の傷を癒してみせた。
本来は自身の持つ特異性で、周囲からは腫れもののように扱われる、浮いた存在になるはずでした。
サワガニさんが視た限りでは、理解されようともせず、自分はどうしようもない人物だと悲観しながら学園生活を送り、数年後の最後の戦いで傷付き倒れるまで、ずっと自分勝手で冷酷でワガママ放題な、若かりし頃のサワガニさんのような危険人物。
最終決戦の後はクロード君の願いで不老不死を手にし、長い時を経て性格も丸くなって黎明の魔女と称される大魔法使いになるのですが、それはまた別の話。
多くの物事が変わったけれど、最後の結末だけは、自分がクロード君に敗れて死ぬ未来に収束している。
これからも思うがままに生きて、未来を変えて欲しいとお願いされました。
疑問があります。
なぜ、わたしなんでしょうか。未来を変えるのであればクロード君でもいいじゃないですか。すぐにはできないでしょうけど、彼と和解すれば彼の手で殺されることもない。和解の後に仲間として従えていた者達に裏切られるかもしれないけれど、それはそれ。少なくとも決闘での死という到達点を越える事ができる。そこから先は乗り越えてから考えればいい。
クロード君とは接触できない。接触した時点で未来視で確定した事象が引き寄せられる。クロード君とサヴァン・ワガニンの二人が出会ってしまうと、相手を殺したいという衝動が止められないと返答がありました。
夢の中で惑星がひとつ滅ぶ規模の大喧嘩をしてしまった事もあるそうで、本人同士の対面はできないのだと言っていますが、それは二人きりの場合でしょう。
誰かを仲介人として三者面談するのであれば、出会って五秒で殺し合いもしなくて済むのではないでしょうか。
彼の真意には勘づきましたが、敢えてもう一度聞きましょう。なぜ、わたしなんですか。
「アサヒ・タダノは想定外だ。本当に、想定外だ。」
少年の雰囲気が、いつぞやの重苦しいものに変わりました。
願いを形にする魔法を無条件で行使するわたしという存在が、どんなに言い繕おうと、やはり欲しいのです。
この魔法は使い方次第ではとても強い。魔法に対しての後出しじゃんけんができます。他の魔法使いに対して絶対的な優位性がとれるのです。
再度、仲間への勧誘を受けましたが、断りました。
「君の先生が死ぬ。ボクの所に来ればこの未来視が変えられる。」
しつこいです。わたしの答えは変わりません。
わたし自身の未来はサワガニさんの未来視から外れています。だから先生に危機が迫ってもわたしが守ればいい。サワガニさん自身はどんなに努力しても結末を変えられませんが、わたしの行動の結果は実っている。未来視は外れる。絶対に。
「君にとっての不幸を見たからこうやって来たのに、つれないね。」
ご配慮ありがとうございます。
でも、いりません。お節介です。




