貴族との養子縁組
夕暮れ時の三組の襲撃は、思わぬ人物の登場で終わりました。
元々わたしは彼らに用事なんて無かったのですぐ帰りたかったんですが、そういうわけにもいきませんでした。
あれから間もなく襲撃を止めた貴族のご当主と理事長に呼ばれてしまい、今、理事長室にいます。
それが作法なのか、大人二人の口にする言葉がとにかく回りくどくて、話の内容はよくわかりません。
おまけに大人の話は本当に長い。相手の時間を奪う事になりますので、用件だけを伝えるのは大事だと思うのです。今はわたしの時間が削られています。
偉い人二人の長話の最中に先生も理事長室にいらっしゃいました。
事情が全く掴めていない先生に、先程の三組からの逃走の経緯と結果を報告します。
先生は怪我一つなく乗り切れたことを褒めてくれました。場の空気が気持ち悪い中、先生の安堵の表情は清涼剤です。
魔法を使い続けたことの疲れから、先生に寄りかかってまどろんでいましたが、話の本題に入ったところで目が覚めることになりました。
「その娘を家族として迎えたい。」
例え死の淵にあったとしてもこれは飛び起きます。なんですかこの展開。偉い人達からすればなんて事の無い話かもしれませんが、わたしからすれば突然すぎます。
家族になるという言葉で想像できるのは、あの横暴極まる貴族のご子息と兄妹になるか、結婚するかの二通り。
彼は俺のモノになれと突然命令してきました。そしてわたしを洗脳しようとした。先生を第一に考えるわたしを否定したんです。どれだけ立派な言葉を並べようと、彼がした行為を好意からのものとは認めません。
あまりにも嫌なので、お断りするとそのまま口にしてしまいました。
悪い話じゃないからまずは話を聞けと理事長に宥めらました。
嫌いな人間からは離れるべきだと理事長も普段から仰っていますし、その意識があるからこそ特別学級を他の生徒から遠ざけて、いい環境で勉学に励ませてくれているのでしょう。
わたしは今、その嫌いな人間とくっつけられようとしているのです。どこに良い部分があるのかを理事長は答えてくれませんでした。
大人達曰く、目の前の紳士風の男は身寄りがないが見込みのある子供を自分の保護下に置いて才能を伸ばし活躍の場を与えているのだそうです。立場があれば舐められる事も命の危険に晒されることもなくなるだろう、と。
わたしからすれば、都合のいい事をデタラメに並べて子供を手籠めにする悪辣な富豪にしか見えません。引き取られたら最後、屋敷の地下牢に閉じ込められ死ぬまで玩具にされるような気がします。どうしてそう思うのかと聞かれれば、彼の息子の問題行動を挙げることができます。
「可哀想な子供達に手を差し伸べるあまり、気にかける愛情を自身の息子にも向けられなかった。息子は立派な存在だと過大評価しすぎていた。今は反省している。」
本心でそう思うのならば、先ずすべきは引き取る身寄りのない子供の選定ではなく息子へのケアではないでしょうか。反省を口にしながらも、同じ口で養子縁組の話を進めようとするその考えが全く分かりません。
「問題児をまとめ上げる君の才覚を我が一族に加え、かつ、知り合いを家族として迎える事でアイツの意識を変えることができるのなら上手くいくのではないか、と。」
本人の前で、この話の目的はわたしの為ではなく、ご子息の為だと言ってのけました。その図太さは本気で凄い。流石は一流の貴族をまとめ上げる当主本人だ。一般人のわたしには絶対に真似できない。
わたしは決めました。
絶対にこの人の子供にはなりません。
彼自身も周囲の人間を自分と同じ人間としては見ていない。息子の友人も、もしかすると息子さえも自分の意のままに動かせるお人形か、愛玩動物でしかない。
父親に認められなかったという環境がご子息の暴走を招いたんじゃない。彼は父親の姿をただ真似していただけなのだ。
「えと、わたしの考えは変わりません。お断りします。」
わたしの歳でここまできっぱり言い切れる子供はなかなかいないんじゃないでしょうか。どんなバカが見てもわかるように、背筋を伸ばし、真っすぐにご当主を見て、明確に拒否の姿勢を示しました。
「アイツが気に入らないか? ならば勘当しよう。そして君を次期当主として迎え入れよう。それならどうだ?」
まだ考えを改める余地があると思っているのか、ご当主は食い下がってきました。
理事長と先生は口にこそしていませんが、とても慌てています。
普通に考えるならば、太いコネが向こうからやってきたのはチャンスです。
そこに所属している者が苦手であったとしても、得られる物のほうが遥かに大きく、無碍にするにはあまりにも惜しい。
どうすればこの話を受け入れるかなんて思考は必要ありません。わたしは目の前に居るこの大人が嫌いです。だから養子にはなりません。
「遊びたい盛りだろう。こちらに来ればなんでも買ってやるぞ?」
特別学級のまとめ役になったのは偶然の成り行きです。貧乏くじを引いたわけではありません。
それに、親が居ない事で寂しい思いをしたり貧乏にあえいでもいません。そういうものは、返せないくらい先生から頂いています。
「ここまで来ておいて手ぶらで帰るわけにはいかないのだよ。嫌だというのなら理由を教えなさい。納得できる回答が無ければ今日から君は私の娘だ。」
埒が明かないと見たのか、業を煮やし自身の本質を隠しきれなくなったのか、物語では悪役の台詞としてよく表現される、地位と名声と財産を手にした者のような横暴かつ強引な宣言がなされました。
わたしが嫌だと思うのはそれです。わたしを一人の人間として見てくれないところ。
返答しようにも、相手は裏表問わず色んな人との交渉を行って来た歴戦の大物。とにかく嫌だと拒否することはなんとかできましたが、そんな相手に一言申すのは流石に怖い。彼が納得しなければ、わたしの言葉など何の意味も為さない子供の戯言扱いなのだから。
問題なのはそこだ。わたしは自分なりにわかりやすく申し出を拒否した。だが、今の発言でその意思を無視された。理由を聞くのはいい。だが納得のいく理由がなければ向こうの要求を呑む必要があるのはなぜなのだ。これは対等な取引ではない。
私がした行動の理由を延々と詰られた記憶が蘇る。何をどう言い返しても相手が求めている答えを出さない限り認められなかった。目の前の男もそうではないのか。
隣に居る先生の上着を握り締めて、どうすべきかを考えます。
相手の求めてる答えはおそらくひとつだけ。わたしが養子縁組に対して首を縦に振ること。そんなのは絶対に嫌だ。
口ぶりから察するに、彼と縁を組めばこの学園からも、特別学級からも離されることになるだろう。当然先生とも離される。遠距離恋愛はそれも愛のカタチと納得はできるけど、わたしは先生とこのままずっと一緒に居たい。現状を何も知らない人間に環境を好き勝手に弄られるのは嫌だ。
どうすれば相手を納得させた上で追い払えるんだ。話を聞いてくれない相手をどうやって説き伏せればいい。
「発言、よろしいでしょうか。」
わたしが黙ってしまった事で訪れた場の静寂を破ったのは先生でした。
文化圏の違いから無礼な言い回しがあっても許して欲しいと前置きした上で、静かに話しはじめました。
アサヒ・タダノは先生が継承した魔法体系の後継者としての契約を結んでいる。
既に魔法の習得や継承が始まっており、中断した場合、魔法が全て使えなくなるどころか廃人になるリスクがある段階まで来ている。使用してる薬品は子供にとっては耐えられない程の依存性があり、解毒・中和ができるのは魔法体系の主である先生のみ。今の段階でわたしを学園から離すのは非常に危険である。
あちこち分からない単語がありましたが、先生はそんな感じの話をしたと思います。
「彼女が特別な魔法を持っているという話はどう説明する?」
ご当主は願いを形にする魔法の事もご存知でしたが、先生はそれ自体が制御できない魔法の暴発であり、危険でしかないと仰いました。
納得しかねるのか眉間にしわを寄せたご当主に対し、わたしの思考や意識が引き金になっており、今も暴発を無理矢理抑え込んでいる状態だと付け加えます。
「暴発した際の被害規模が測れません。安定している現状を維持すべきかと。」
環境にもようやく慣れ始めた頃合いで、進路や未来を考える段階でもない。
今ここで本人の意思を無視して決めるのはよくない。本人の判断能力が育ってからの選択肢のうちに入るよう門戸を開けておいてくれるとありがたい。と、先生は矢継ぎ早に告げていきました。
先生独自の魔法体系なんて知りません。圧縮と短縮の呪文構成という先生独自の技術はありますが、それは覚える上で魔力を失ったり廃人化するような危険な物ではありません。
先生は、わたしが良い条件を呑まない理由をでっち上げてくれていました。
口裏合わせをしてもいないのに、わたしからすれば満点の言い訳をどんどん積み上げてくれます。
悔し涙が嬉し涙に変わりそうです。あ、泣いてません。急に目が沁みただけです。本当です。
先生からの説明をどう捉えたのかは分かりませんが、養子縁組は保留という形になりました。
わたしがサインすればその場で発効する契約書がわたしの手元にありますが、絶対にする気はないので事実上の白紙です。
解答を先送りにしようと、お断りする意思は変わりません。絶対に。
クロード君からの情報が曲解され、特別学級でお別れ会が開かれそうになったのはまた別の話。




