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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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三度目

 先生が特別学級で教えている、敵意を持つ魔法使いに襲われた時の対処法があります。


 何がなんでも逃げ出すこと。その名前も姿も、発せられる言葉も、存在そのものが全て魔法。

 喧嘩を売られた時点でもう相手に利がある。どれだけ相手が弱かろうと、口車に乗ってはいけない。挑発に乗ってはいけない。どこかの国のことわざにもあります。三十六計逃げるにしかず。




 一人の主導者によって暴走する三組は、自警団や洗濯会と同じくらい迷惑な言動をとるようになりました。

 毎日のように授業中の時間に廊下を大声で騒ぎながら走り回っています。食堂を一日中占領していたこともあり、昼食抜きの生徒が出るのも日常茶飯事。図書室に飲食物を持ち込んで居酒屋で飲んだくれる酔っぱらいのような騒ぎもしてました。


 こんな問題児たちを教育し、うまくまとめなくてはならない教師は現在いません。最初の担任を務めていた教師は開園記念日の当日に失踪しました。


 当日打ち上げ花火の魔法を作成するにあたり、わたしの願いを形にする魔法を基礎とする為に学園の優秀な頭脳が集められました。その中に三組の担任だった彼女の姿もありました。

 土壇場で一番にコツを掴んでいた彼女が抜けてしまったので花火の魔法の作成は打ち切り。色々あって、最終的にはわたしが裏で魔法を放つ事になりました。


 おいしくない薬を飲んで魔力を回復させながらの連続使用は二度とやりたくありません。根の詰めすぎは何一ついいことがないんです。そこのところをご理解いただきたい。



 その三組のリーダーにして、教師を追い出した、貴族のご子息。

 列車でわたしに腕を絞り上げられ、夕方の正門近くでわたしを洗脳しようとしたのも彼。

 あの時わたしの座席を揺らさなければ全ては始まっていませんので、先生と出会わせてくれた事には感謝します。ですが、それ以外の部分は別の話。


 先生が大好きという、わたしの存在意義を消そうとしたのです。

 とにかく何が何でも関わりたくない。そしてもし出会ってしまってもすぐに逃げよう。

 わたしは授業中も続く廊下のバカ騒ぎを聞きながら、そう心に決めていました。 





 それは、晩夏のまだ暑さが残る夕方のことでした。


「公爵家嫡子が平民たる娘に寵愛を賜る! 拝聴せよ!」


 まったく同じ時間帯に、同じように玄関前で、同じ声と言葉を二度聞きました。忘れられるはずがありません。大勢による魔法で危うく洗脳されるところだった。わたしがわたしでなくなってしまうところだった。思い出すだけで寒気がします。


「今日は風が強いね。」


 空からは穏やかな陽射しが降り注いでいて、風なんてどこにも吹いていませんが、一緒に歩いていたクロード君がわたしに向けて言いました。

 自分達は何か聞こえたけれど、意味のないものとして認識した。彼が口にした言葉の意味はこんなところでしょう。

 図書室にただ居るのもつまらないだろうと本を読ませて正解でした。面白い言い回しを覚えてくれてわたしも鼻が高いです。


「俺が直接話す。お前たちは下がれ。」


 前回同様こちらの意向を無視して話が始まるかと思ったのですが、違いました。

 数人連れていたクラスメイト全員がこちらを睨みつけながら、産まれたてのクモの子供のように一目散に散っていきました。


 自分の部下にも聞かせたくない内緒話。これにはちょっと興味が湧きます。

 その場で立ち止まろうとしましたが、クロード君に手を引かれて引きずられてしまいました。どうせろくでもない話だから聞く必要などないとのこと。


 でも気になるじゃないですか。いつも取り巻き連れて矢面に立たず後ろでプルプルしてるだけの奴が一人だけになっている。一体何を考えていて、何を言い出すんでしょう。面白そうだ。


「そういう興味の持ち方、僕にはダメだって言ってたよね……?」


 好奇心はナントカを殺すということわざの通りでしょう。下手に関わっていいことなどない。

 二人目の自分に彼の話を聞いて貰いたい。すごく気になります。


「この話は誰も信じてくれない。お前達にしか話せない。」


 貴族のご子息のその言葉を聞いたところで風向きが急に変わりました。とてもよくない予感が頭をよぎります

 具体的に何なのかまではわかりません。ですが、お母様の鏡台の引き出しの中に頂き物のみかんを隠したのを一冬忘れていて、春一番が吹く頃に正座したお母様のいる部屋に放り込まれた時のような感覚があります。自分でも忘れていた秘密を暴かれたときの、心臓を掴まれたかのような、あの感覚が。

 クロード君、わたし、すごく嫌な予感がします。


「願望器を知っているか。」


 非常に面倒で、良く知っているアイテムの名前が彼の口から飛び出しました。

 ついこの間もそれに類する道具、召喚器でひと悶着あったばかり。そんなわたし達が知らぬはずがありません。


 面倒なトラブルの原因なので後ろめたさもあったのか、足を止めてしまったのがクロード君。

 立ち止まるのなら手を離して欲しい。身体強化があればわたしと君の体格差でも対等かそれ以上に渡り合う事もできますが、今のわたしは幼児のような身の丈のか弱い乙女。手首が痛いです。もげてしまいます。




 話を聞くと見なされて、ご子息による願望器についての講義が始まりました。

 巨万の富も地位も名誉も死者との再会も時間を越えることも、何でも願いが叶うという、途方もない魔法。魔導師が何十年とも言えぬ時間をかけて作り出す高純度の魔力の塊。


 そんなことはもう知ってます。それについてはどうでもいい。

 知りたいのは、願望器なんていう面倒な物の名前を出した理由。


 陰で数人が控えているかもしれませんが、相手は一人。逃げることのみに集中すれば何とかなりそうなので耳を傾けています。


「お前達のどちらかが願望器を持っているんだろう?」

「なんでそう思ったんですか?」


 反射的に、なぜ断定するのか、理由をお伺いしていました。

 遜らない直球の質問の何が嬉しかったのでしょうか。ご子息の表情が綻びます。


 彼は、心を操る魔法を使わずに問題児が問題が起きない範囲にまとまって、新しい魔法を作り出し、サワガニさんの手先を追い払う等の活躍までする特別学級は異常と考えました。


 誰かが願望器によって生徒五人を操っているに違いない。でも先生ではない。あの才覚も地位もない男が世界最高とも言える至宝を手にできるはずがない。ならば環境を良くすることで都合のいい人物が持っている。そこでピックアップするのはクロード君と、学級委員長のような存在のアサヒ・タダノのどちらかだ。




 認めたくはありませんでしたが、わたしの願いを形にする魔法は願望器の機能そのものです。

 それでいて、疲れる以外の代償らしい代償が無い。使い方次第ではわたしがサワガニさんのような存在になる事もできるでしょう。

 でも、やりません。これはわたしがわたしである為のもの。納得しない限りは自分の為にしか使いませんし、疲れるので使いたくありません。


 わたしの持つ魔法の事は一部の人間しか知りません。情報は徹底的に制限されているので、いまだに多くの人はわたしが魔法の使えない落ちこぼれと思っているでしょう。


 そんな中で、状況だけでわたしの魔法に勘付いた。ただのお坊ちゃまかと思いましたが、意外と鋭い視点を持っているようです。


「残念ですが、持ってません。」

「なら、魔法はどうだ? 何でも思った事を形にできる魔法だ。あるんだろう?」


 わたしからの言葉に対して、彼は何の驚きも戸惑いもありません。それどころか追加の質問までの間がありませんでした。なんだろう、おかしい。目的は願望器ではない?


「その魔法で全員を操って一つにまとまる学級にした。系統が違うから痕跡が残ってるわけがない。違うか?」

「そんな事してません! そんなの疲れるだけですしいつか崩れます!」

「やっぱり、あるんだな?」


 皺ひとつない丸い顔が汚いとしか形容のしようがない笑みに歪んだことで、彼の思惑を理解しました。

 最初から、彼の目的は願望器ではない。願望器と同じ性質のもの。そう、わたしの魔法だ。



 彼がわたしの事を知る術が無いわけではありません。

 知る切っ掛けがあるとしたら、担任だった女性教師。彼女はわたしの魔法を見ています。

 神経をすり減らした彼女が意図せず漏らしてしまったのでしょう。機密の漏洩は残念ですが、散々にいじめられていたのです。心情はお察しします。



 それはそれとして。

 あまりにも単純すぎた。なんでこんな簡単な誘導尋問に引っかかってしまったんだ。思わず口にしてしまった先程の発言、自分で種明かししてしまったようなものだ。

 思った事をすぐ口にしてしまうようになる魔法なんてあったでしょうか。そんなのが知らず知らずのうちに張られていたとしたら、それは気付いてないのだから防ぎようが無い。


「呪文を教えろ! 魔法を寄越せ!」

「逃げるよ!」


 ご子息の注意がわたしに逸れていた僅かな隙で身体強化の術式を組んでいたクロード君に、再び腕を引かれました。魔法によって伸ばされたご子息の腕が、さっきまでわたしが立っていた場所まで伸びてきて空を掴みます。さすが男子だ。力が強い。


「来い!」


 わたしを取り逃がし、巻き尺のように腕を元の長さに巻き取ったご子息が、舌打ちと共に嵌めている指輪を天高く掲げました。

 彼の後方、何もない空間が光り出し、その光の中から先程散っていった三組の生徒達が飛び出してきます。なんですかアレ。


「召喚だ! 知ってるのとちょっと違うけどあれは召喚だ!」


 召喚魔法だと、アサヒさんを召喚してしまった時の経験から、クロード君がわたしの手を引きながら説明してくれました。


 逃げるのはいいんですが、わたしとクロード君とでは歩幅が合いません。わたしが身体強化で走っても差が出てしまう。緊急事態だから我慢するけれど、疲れるのは勘弁願いたい。



 こうして、三組と特別学級二人の鬼ごっこが始まりました。 

 後悔はいつも、物事が起きてから。


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