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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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アサヒの帰還

 わたしの時間転移は目的を達成し、対象と仲良くなるおまけまでついてくる大戦果でした。

 全てが順調に行くかと思われた矢先に、わたしは失敗しました。



 初めての試みが大成功すると、二回目以降はどうしても上手くいかなくなります。

 二度目の成功を夢見たカエデさんはわたしとの再会を願い、敵わずにこの世を去る事になります。


 わたしの失敗は彼女の運命を確定させたことではありません。

 亡くなった先の未来にわたしが居るので、今更悔やんでもしょうがないのです。




 何が起きたのかといいますと、元の時間に戻れませんでした。


 教えられた呪文を間違えて覚えていたのか、何か手順を間違えたのか、魔力量が足りていなかったのか、原因を考えるとキリがありません。

 今ここで原因の究明をしても解決にはなりません。わたしはこの時間においての異物です。先生にカエデさんの写真を渡す為にも、わたしは帰らなくてはなりません。



 一度失敗したらもう二度と戻れないなんてことはないので、慌てたり不安になる必要はありません。こんなときの為にわたしの魔法があるのです。

 戻る時間はカエデさんの事を聞きに行った日で、体感時間では半日ほど前。場所は理事長の部屋。今使った時間転移の魔法で感覚は掴みました。時間を進めて転移する魔法ではないので、今居るのが何年何月何日を確認し、どれくらい時間を進めればいいのかを計る必要もありません。





 間違えて到着した場所にいつまでもお邪魔してはいけません。

 早々に立ち去りたかったんですが、目の前の光景に身体が硬直してしまいました。


 魔法の失敗で想定のしていない魔力の暴発が起きるのは知っています。わたしも経験があります。

 今、わたしの目の前で、それが起きていました。



 部屋の内装から察するに、ここは学園の研究室。頑丈に造られた校舎なので、壁や柱には傷ひとつありません。

 その頑丈な内装に、めちゃくちゃになった資料や資材や人だったものが打ち付けられていました。硬さの違うものがぶつかれば弱いほうが壊れます。

 わたしはありとあらゆるものが壊された部屋に転移してしまいました。


 何がなんだかわかりません。とにかくめちゃくちゃです。

 今すぐに離れないといけないと頭の中ではわかっているんですが、動けません。この小さい身体は正真正銘わたしのものです。



 人が亡くなっている姿を見てしまったのは初めてです。その人にも今まで生きてきた人生や友人や好きな人が居て、これからあるだろう幸せが断たれてしまっている事実がそこにある。

 この感情を口にするのには、わたしはまだ経験が足りていません。


「そこ、誰かいる?」


 今この場でこの状況だけを見られたら、この惨状を引き起こした犯人扱いされる危険性があります。だから早く離れたかった。でも見つかってしまいました。よくわからない感情に身を任せていたのは不味かった。

 わたしは殺人鬼として未来永劫追われる事になりました。


「ああ、うん、やっぱりアサヒちゃんだ。」


 声の主はわたしを知っていました。そして、わたしもその声を知っています。

 カエデさんです。酷い場所に転移してしまったけど、完全に詰んではいなかった。ほんの数時間の付き合いでも、知り合いならば幸いです。わたしがこんな大量殺人を行うはずがないと味方してくれるはず。


 でもおかしい。声はすれど姿が見えない。こんなに酷い部屋で、いったいどこに隠れているんでしょう。




 声を頼りにカエデさんを見つけることはできました。


 わたしからすればついさっき別れたばかりの人。

 さっきまでわたしの事を力いっぱい捕まえていて、別れ際には勢いよく振られていた右腕がなくなっていました。

 カエデさんを見て、硬直していた身体が自分の意思で動くようになったので、駆け寄ります。


 酷い状態だったというわたしのように、癒しの魔法ならなんとかなるかもしれない。判断は急いだほうがいい。間に合わなくなる前に。


「やっと会えたってのに、こんな姿でごめんね。」


 癒しの呪文は教わっていないので、この魔法は先生の見よう見まねです。


 何度も何度も癒しの呪文を唱えますが、傷が癒えている様子がありません。でも続けます。わたしの時は先生がずっと必死にやっていたと理事長から聞いてます。諦めなければわたしにもできるはずだ。



 呪文を唱えながら、魔法の失敗の事故現場に、そんな酷い姿のカエデさんがいる事について考えます。

 彼女が亡くなる原因は召喚魔法の失敗のはず。こんなわけのわからない状況で死んでしまうのはダメだ。歴史が変わってしまう。


「せっかく会えたんだ、お話しようよ。」


 寿命を前借りして強制的に身体を修復する魔法だから、間もなく死ぬ自分には効き目が無い。むしろ話す時間さえも奪われるから止めて欲しいと、腕の無いカエデさんに懇願されてしまいました。



 わたしからすれば一瞬なのですが、カエデさんは別れてから相当な時間を過ごしていたそうです。

 学園を卒業し、理事長が理事長として学園都市を掌握したことで偏見も払拭され、先生とも結ばれて、今日までずっと幸せな日々を過ごしていた。




 同じ立場に置かれたら、誰もが最悪の状況だと答えるでしょう。


 わたしは、カエデさんが亡くなるその瞬間に転移してしまった。

 姿の見えない何者かに、お前がこうなるように誘導したのだと詰られているかのようです。


「いやあ、土壇場でも成功してくれてよかったよ。」


 カエデさんは言いました。わたしがここに居るのなら、魔法は成功だと。

 そうだ、この人はわたしに会いたくて魔法の研究をしていた。過去から未来に帰ろうとする存在を捕捉して、移動中のわたしを無理やりこの場所に引き寄せたんだ。

 この場にわたしがいるということは、彼女の実験は成功した。失敗していなかった。




 理事長の改革をもってしても、末端の意識が変わるまでには至らなかった。

 魔法を使えないカエデさんが成果を残している現実を面白く思わない人物がいた。

 その人物が、彼女に隙ができるタイミングを見計らって襲い掛かってきた。


 奇襲で仲間が全員死ぬことになり、カエデさんだけが辛うじて生き残った。

 揉み合い中で彼女も致命傷を受けてしまい、相手が逃げないようにそこから押し問答で時間を稼いだが、この緊急事態に誰も来ない。これも老人共の差し金だったのだろうか。

 せめて一矢報いる為に、今日の本題だった召喚魔法を発動させた。慌てた襲撃犯が何か魔法を使ったせいで暴発が発生し、部屋がめちゃくちゃになった。



 それが今の状況だそうです。

 今際の際に呼んだのが配偶者である先生ではなくわたしなのが信じられません。


 今日わたしを呼び出す為に長い時間をかけた。何も成せないまま崩れるのがもったいないからといって、最後の賭けに出る執念は死の淵にあってなおすごいと思います。




 長くても一週間は滞在できるように召喚魔法を改良していて、たくさん遊ぶために色々と準備していたそうです。歓迎する為に服やぬいぐるみを大量に買い集めていたけれど、置く場所が無いから先生の部屋を倉庫として使っていたことも聞かされました。


 先生の部屋が成人男性らしからぬ装いになっていたのも、わたしのせいでした。

 出会う前からこんなに迷惑をかけてしまっていたなんて。


「ごめんなさい。」


 そうとは知らなくてつい最近大掃除と称して半分以上捨ててしまいました。せっかく長い間用意してくれていた物なのに。

 申し訳なさで、寿命を交換する魔法を使ってわたしの残り時間を全部差し上げたいくらいです。カエデさんは気にしないから謝らないでと笑いながら許してくれました。


「もっとゆっくり話したかったなあ。また会うことはできたけど、そこが残念。」


 カエデさんが言うには、同じ呪文で元の時間に帰る事ができるそうです。

 理事長の魔法は正確で完璧。だから強引に割り込めた。もう邪魔は入らないから大丈夫。


 疑えばキリがありませんが信じます。上手くいくと見通しを立ててくれたカエデさんを信じます。


「それじゃ、後はこっちでうまくやるから。」


 生きてるうちに見送らせて欲しいという、死に際の親しい人の願いです。聞き入れずしてどうするのでしょう。

 何も手当できぬまま置いていくのは断腸の思いです。でも、ここに居たのでは都合が悪い。爆発事故ではなく魔女の襲撃になったのでは歴史が変わる。わたしと先生が出会えない。


「そうだ、コレもあげよう。出会いの記念。」


 カエデさんは、残っていた左腕で自分の髪を留めていた楓のヘアピンを毟り取りました。わたしに押し付けようと腕を伸ばそうとしたのですが、だらりと垂れたまま。本人は突き出しているつもりのようで、ほれ、受け取らぬかお嬢さんと急かしています。

 受け取るべきか迷いました。あだ名の元であり、わたしにとっての彼女そのものです。


 先生とお付き合いする上でカエデさんの存在が邪魔だと考えたことはありません。むしろ、居ない事のほうがずっと気になっていました。


 迷っている間にも時間は流れている。命の灯はもう消えようとしている。

 この人を失望させたくない。だが、受け取る資格がわたしにあるのか。



 躊躇ったのは一瞬だけ。とても長い一瞬でした。


 わたしが使えるのは魔法だ。なんでも願いを叶える魔法。

 これから自分の夫を好きになる相手にそれを受け取って欲しいという、彼女の願いを叶えよう。


 もう持ち上がらない左手をヘアピンを受け取りました。あんなに温かかった手は、すっかり冷たくなっていました。


「カエデさん、ありがとうございます。えと、行きますね!」

「あいつに泣かされたらいつでも言ってね。すぐ殴りに行くから!」


  わたしの相手などしてられる余裕も無いはずなのに、最後の一瞬までカエデさんは笑ったまま見送ってくれました。







「お、帰ってきたな。」


 酸鼻極まる光景の部屋も、死に瀕する愛する人が愛した人も、もうどこにもありませんでした。


 ここは豪勢な応接用のテーブルと椅子が中央に鎮座する、理事長室です。

 目の前には筋肉を人に見立てたような図体の大男。この学園の理事長が居ます。

 今度こそ、帰って来れました。


「この人がカエデさんで間違いないでしょうか。」

「ああ間違いない。あの写真嫌いをよくこんなにちゃんと撮れたな。」


 歴史が修正されたのか、先生の奥さんをあだ名で呼んでも通じました。

 カメラの事はよくわからないので、写真のプリントアウトは理事長にお任せします。くれぐれも先生には言わぬようにと釘をさしておきました。


「それでは、失礼します。」

「そういえば、なんでお前がそのあだ名知ってるんだ?」


 元の世界ではほんの数分も経っていませんでしたが、あまりにも多くの物を一気に体験してしまった。

 あまり動いていないのに身体が重い。これでは歩いて宿舎に帰るのも辛いだろう。


 先生の予定は開いていたはず。うん。先生の所に行こう。部屋に泊まって、それから、カエデさんからの贈り物を堪能しよう。



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