天真爛漫お気楽少女
目の前の景色がまばたきした瞬間に切り替わりました。
部屋の中で口喧嘩をしている人たちが居ます。
さっきまで理事長とお話していたはずですが、わたしは別の部屋に転移させられていました。
なんだか色々と注意事項を語られて、帰る為の魔法も教わりました。呪文は、覚えてます。
魔法使い一年未満のわたしでも使えるように、非常に単純でわかりやすい。スイッチ一つで作業を全て終わらせることのできる洗濯機のような魔法です。
遡行の目的は、先生の奥さんとの接触と、そのご尊顔の記録を持ち帰えること。
未来の事を教えて過去を変えてもおなじ結果に行き着くから、関与するのはあまりおすすめしない。
トイレから戻ってきたら扉を開けるなり理事長になにかされたところまでは覚えてます。
時間を移動するにあたり、そこから今に至るまでの記憶が欠落してしまいました。呼び出す側が初めての試みなので、転移のショックがあるのはしょうがないのでしょう。
これだけは覚えておけと言われた事はちゃんと覚えていました。一安心です。
では早速ですが、目の前で喧嘩してるお二人を止めましょう。
わたしが起こした事件は元の時間には影響しないそうですが、できるだけ穏便に。穏便に。
「どこでそんなものを手に入れるんですか。罠だったらどうするんです!?」
「こうして成功してるから願望器は本物なんですー!」
片方の、眼鏡をかけた男子生徒には見覚えがあります。
知っている顔よりも幼い印象がありますが、彼はわたしの先生です。今名前を呼ばれたので間違いない。学生時代から誰にでも敬語だったんですね。
そして、向かい合って口を尖らせている女の子が、わたしをこの時間に呼び出した人でわたしの標的。後に先生の妻となるお方。
「お嬢さん、ボクの言ってる言葉は分かる?」
先生の奥さんは小さい子供にそうするように、しゃがんでから、わたしに目線を合わせて話しかけてきました。
今まで出会ったことのない相手です。第一印象は、誰とも似ていません。
理事長とも先生とも、特別学級の皆とも違う。
転移の影響でぼんやりしたままの意識で考えます。部分一致で似たような印象を受けた人物と、その人にどう対応すれば嫌な顔をされずに済んだのかを。
「おや、わからない?」
「あ、えと、大丈夫です。わかります。」
今までにないタイプでしたが、差し当たって沈黙はダメだと判断しました。こうして顔は覚えたので今回の時間遡行の目的は早々に達成できたんですが、滞在時間をずっと喋らずに貫き通すのは相手にいい印象を持って貰えないでしょう。
気分屋でとにかくめちゃくちゃだったとしか聞いていないので、一挙一動が恐ろしいです。ここから魔法で服を脱がされる可能性もあります。先生と奥さんしか居ないのでそれ自体は構わないのだけど、心の準備が欲しい。
「特別学級の誰かじゃないんですか。」
「ボク達しかいないのに何を言ってるんだい。コスプレでもわざわざ一番ヤバい連中選ばないって。」
わたしを特別学級の所属と見破ったのは先生。ネクタイの色で判別されるのは昔も今も一緒のようです。
名乗る為の偽名も用意していたんですが、うっかり本名のほうを答えてしまいました。幸い、未来の人物の名前を教えてしまうのはダメだとは言われていません。セーフです。
「ボクは×××っていうんだ。アサヒちゃん、よろしくね!」
本人からの自己紹介の途中なのに、楓の葉っぱのヘアピンのほうに気が向いてしまいました。モミジなのかカエデなのかどっちで呼ぼうかと考えましたが、カエデでいきます。
本当にすみません。人の名前をちゃんと覚えられない癖がこんなところで。
彼女の事は今からカエデさんと呼びましょう。
カエデさんの性格を、先生や理事長は秋の空と例えていました。とても似合っていると思います。
「それは構わないのだけど、見る目が無いなアサヒちゃん! 何を隠そう、これはヒトデだ!」
「ヒトデ、嘘を教えないでください。」
「なんで君まであだ名呼びするのかな!?」
わたしは無意識のうちに名前を変える魔法を使っていたりしません。真面目な顔のまま冗談を言うので勘違いされてしまうのですが、先生は基本的にノリが良いのです。
カエデさんは騒がしい人でした。声の大きさだけではなく、表情もコロコロ変わります。
かしましさならナミさんといい勝負ができそうで、見ていて飽きません。
過去でわたしの情報をどこまで伝えていいかはレクチャーされていたと思うんですが忘れてしまいました。教えてはいけない事を言ってしまった時は、変化を修正する世界の力というものにお任せしましょう。
持っていたイメージは怖い人物だったけど、実際見てみれば恐れるものではありません。
もし嫌な人物でも頑張って好きになろうと思っていましたが、頑張る必要はなくなりました。先生を好きになれたようにカエデさんも好きになれます。なぜならば、この人はわたしを対等に見てくれている。
ここに来てからどれくらいの時間が経っていたのか、窓から見える空が夕焼けに染まっていました。
「よし、ここからは女子トークだ。男は帰れ!」
「言われなくても帰ります。アサヒさん、そいつに襲われた時は蹴っていいですよ。」
先生がわたしの名前を呼ぶときの、いつも聞いている呼び方がそのままだったのでびっくりしました。互いの扱いが熟年夫婦のようにぞんざいですが、それは互いを理解しているからこそなのでしょう。
「さて、ここからは重い話をしようか。」
部屋に二人きりになってから、カエデさんの表情がまた変わりました。
先程までの明朗で活発な少女とは違っていて、これは見覚えのある表情です。
騙された。友好的に見せかけて懐まで近づき、そのまま寝首を掻くタイプだった。
屋敷の主人に取り入る為にわたしを利用しようとした使用人が居ました。彼女が本性を見せた時に、同じ表情をしていたのを思い出します。最初から便利な踏み台としか見ておらず、仲良くなろうなどと考えていなかったという、勝手に懐いたものへの嘲りが垣間見えます。
前言を撤回しなければいけません。これは好きになる為に頑張らないといけない。
「アサヒちゃん、自分の意志でここに来てるよね?」
曰く、願望器として購入し、わたしを呼び出すことに成功した道具は願望器ではなく、使い切りの召喚器だった。
召喚器では人間一人を召喚するだけの許容量が無い。不完全な召喚では相手の人格を破壊するか、意識は人間でも身体はドロドロに溶けている物体が生成されてしまう。自身が行ったものでは、召喚される側からの補助がなければ成功はありえない。
わたしがリスクのある転移をして過去にきた理由を聞きたいと仰いました。
真面目な話だったのに、偽物を掴まされるところからクロード君と同じ失敗をしていたことに噴き出してしまったのは申し訳ありません。
「カエデさんに会いに来ました。」
先生とカエデさんが結ばれる未来、カエデさんが召喚魔法の失敗で事故死してしまう事、見送る事すらできずに先生がずっと寂しい思いをすること、そんな先生の誕生日にカエデさんの写真を贈りたいという事……
わたしが先生を大好きなことも含めて、正直に全て答えさせていただきました。
ここで嘘を言ってしまったらカエデさんからの信頼は得られません。それどころか嫌われます。
わたしが同じ立場だったならば、全て包み隠さず話して欲しいと願うでしょう。
カエデさんは黙って聞いていました。わたしを見つめる目は新品の包丁のように鋭い。まだ想いを伝えてもいない現状の彼女からすれば、わたしは想い人を横から掻っ攫った不倫相手に該当します。許せるわけがない。わかります。
カエデさんの実力は全くの未知数。漏れ出す魔力からは全然わかりません。魔力を感知させない程の達人なのでしょう。
「魔法、使えるんだよね?」
「はい。呪文と魔法陣はダメですけど。」
魔法が使えることへの説明の為に、願いを形にする魔法についてもお話します。
呪文や魔法陣では何もできないけれど、全く別の系統の魔法を使う事ができる。その魔法で魔法使いの自分を作り出している擬似魔法。
また黙ってしまったカエデさんの次の発言にまた驚かされました。
「うん! 一緒に居る時間が長いくらいしか勝ち目無い!」
諦めの一言に続いて、驚きの事実が明かされました。
カエデさんは魔法使いの家系なのに魔法が一切使えないのだそうです。
この時代はまだ凝り固まった古い価値観が学園に蔓延る暗黒時代。
わたしの時間でも魔力無しはとても肩身が狭いし、イジメの標的にもなりやすい。
そんな彼女は入学してからずっと、本来そういう使い方をしない魔力を補充する為の道具を用いることで魔法のようなものを使い、何とか毎日を過ごしているのだそうです。
色んな人に朗らかに接するのは処世術。内心ずっと怯えているのだとか。
魔力が全く無いのに普通の魔法使いと遜色ない腕前で、それを維持するために彼ら以上に努力しているのは凄いと思いました。尊敬どころか崇拝してもいいくらいです。
諦めと悔しさで心が弱り、先行きの見えない不安と恐怖で今にも暴れ出しそうな雰囲気を醸し出すカエデさんに対し、心の中に留めておかずに伝えました。
「ほんとに? バカなやつだとか思わない?」
自己評価はどん底なんでしょうし、周囲からも認められてはいないのかもしれません。
ですが、わたしは認めます。努力ができるのは才能です。前言撤回も撤回します。カエデさんは本当にすごい人だ。
「アサヒちゃん! 大好きだ!!」
臆病になり、常に周囲に対して疑念を抱く人間不信な少女の出番はここまで。
好きな相手には全力でぶつかってくる天真爛漫お気楽少女が帰ってきました。




