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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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ふたりだけの温泉宿

 温泉宿からこんばんは。短いようで長い連休も折り返しを過ぎています。

 とりあえずなんでもいいと思って適当に選んだんですが、とても良い場所でした。



 本日の宿は全体的に古さは感じられますが、特別悪い点は見当たりません。

 温泉のガスは建物や備品を痛めてしまいまして、照明や自動販売機や公衆電話をよく見ると傷んではいるものの、一見ではそれが見えません。人が使った事で擦れているのは仕方ありませんが、経年劣化の進む中でもよく手入れされていると言えます。


 廊下ではあちこちにある真新しい電気の配線や防災用品が目につきます。景観は落ちてしまうけれど、法の改正等で対策しなければいけないものがあるのでしょう。


 古くからある建物に新しい設備を組み合わせたアンバランスさがまた良い感じ。

 廊下の中央だけ床の消耗が激しいのはそれだけ大勢に愛される宿だという証でしょう。


 部屋からの眺めもすごく良い。

 夏の青空と一面の緑というこの景色は外壁に囲まれた学園都市では見られません。

 まだ先の話ですが、ここからの紅葉はすごく見応えがありそうです。

 

 景色だけではありません。窓を開け、部屋の奥から外を眺めてみましょう。

 外の明るさと部屋の暗さで最初はバランスが悪いけれど、両方に慣れてくれば、木造の建築物を絵画の枠と見立てた一つの芸術作品が現れます。


 修学旅行や社員旅行といった大勢で行くもののように、広い部屋を取って一緒に騒ぐのだけが旅行ではありません。

 温泉宿というのは本来こうやって寛いで旅の疲れを癒すためにあるんです。



 既に最高なのですがここにはまだ特典が。

 本日泊まる部屋には大浴場とは別に、個室にも露天風呂があります。

 なんということでしょう。ずっと二人だけの空間を頂けるのです。




 そんなわけで念願の混浴を果たしたアサヒです。


 先生は入浴中、ずっとおさまりが悪いようでした。

 年齢差はあれど恋人関係。ならば裸だろうがなんだろうが問題はないとわたしは考えますが、そう思わない人達が居ます。

 廊下の接続がおかしくなった時の先輩のように、わたしのような小さい子供に欲情する事を忌み嫌う人達です。

 先生が恐れているのは、おそらくはこの人達でしょう。



 学園の監視もない二人きり。ここでわたしが押し切って一線超えてしまうのもいいのではないかと思いましたが、そういうエッチなのはわたし自身の成人までは抑えて欲しいと真面目な顔でお願いされてしまいました。


「僕が死にます。社会的に。」


 合意かどうかは関係なく手を出した時点でおしまいなんだそうです。

 わたしだけが先生の良さを独り占めするのも良いのですが、延々と罵られ続けられるのまでは望んでいません。


 社会的な死を迎える事で特別学級の担任を外されたり、教職を失う事もあり得ます。

 先生の立場をお守りしましょう。色仕掛けは大人になるまでしないと約束しましょう。


 突然関係を引き裂かれる可能性を考慮すると、差し上げられる物は早いうちに渡しておきたい。鮮度は大事です。

 望むのならば、応えてあげるが世の情け。




 一人の人としては見てくれるけど、まだ子供といつも言われます。

 その大人と子供の違いがよくわかりません。


 実家で一度、背の低い使用人の女の子の具合が悪かった時にお赤飯が炊かれたのを覚えています。

 どういった意味でのお祝いなのかは分かりませんでしたが、そこを境として突然婚姻話が持ち上がり、とんとん拍子に進んでいましたので、ここに境界線があるんでしょう。


 私も最近体調を崩しましたが、強めのストレスがかかったことで風邪をこじらせてしまっただけだというお医者様の診断。残念ながらお赤飯を炊かれるようなものではありません。


 状況はあまり変わらないはずなのに、何が違うのかは今でも疑問です。

 それについて知るには知識が足りないので、とりあえず置いておきましょう。今は目の前にあって、解決ができるものが先です。


「先生、脱いでください。」


 その部屋に備え付けになっている服。合わせが逆です。

 バスローブやガウンなら許せますが、それは浴衣と言います。浴衣でそれは許せません。逆は死に装束です。社会的に死ぬ覚悟ができているのなら受け入れますが、そうじゃないのは先程までの話で聞いた通り。


 色気付くのは待ってくれと言ったそばから何を言い出すのかと慌てる先生を立たせ、わたしの顔の高さにある帯を解いて素早く直して差し上げました。握力は無いので帯を締めるのだけはお任せします。


「よくご存知ですね。」

「間違えると灰皿が飛んできましたから。」


 あれは痛かったし、吸い殻で服や床が汚れるから何一ついいことがありませんでした。片付けることになる使用人たちにもいい顔されませんでした。そこまでわかっているのになぜ投げたんでしょう。



 実家のほうでは和服と呼ばれていたもので、ほとんど覚えてませんが色々と面倒なルールがありました。いつもの服は和服との対比として洋服と呼ばれています。制服は実家では礼服であり、洋服です。


 実家のお屋敷から見える景色は好きでした。

 文化を守り後世に伝えようと厳格になる人達は嫌いですが、文化そのものに罪はありません。伝統を守り抜くのは確かに大事ですが、悪い部分まで文化の一部だと思考を硬直させてそのまま守る必要はありません。新しいものを取り入れる寛容さがあって欲しいと思います。


 文化と人を分けて考えられるのと一緒で、方法を知っているのと実践できるかどうかは別。

 やり方を口で伝えて教えることができるんですが、自分でやると帯が固結びになってしまいます。しかも何故か解けなくなるおまけつき。



 この宿と実家はほぼ同じ文化圏にあるので当然なのですが、散々な目に遭った実家と似ています。

 部屋に居るだけでも心地良い。料理もおいしい。景色も良い。なのにお屋敷での事を思い出してしまう。



 この宿には先生の為に来ました。

 今日は忌まわしい記憶を上書きするために来たのです。忘れられないのはとても辛い。


「大丈夫ですか?」


 隠すつもりでいたのに、気分が悪い事はすぐに先生に気付かれてしまいました。今日ばかりは察しの良さが恨めしいです。


「ごめんなさい、お風呂でのぼせちゃったみたいです。」


 夜はまだまだこれからなのですが、こういうときは寝てしまうに限ります。

 日々の緊張を解して欲しい。いらぬ気配りはさせたくない。


「じゃあ、今日はもう寝ましょうか。」


 先生は畳に直接布団を敷いて寝るこの形式に驚いていました。

 布団は柔らかくて、こちらもいい香りがします。でもだめだ。昔の記憶がどんどん蘇ってきて、イメージが払拭できない。新しい思い出で塗り潰そうとしているのに、過去がそれを阻もうとしてくる。


 もう関わりたくないのに追いかけてくるだなんて、粘着質にも程があります。

 楽しいものは楽しいものとして楽しませて欲しい。嫌いな相手が何かを楽しんでいるのが許せないという器の小ささには呆れ果ててしまいます。


「先生、一緒に寝させてください。」


 返答を待たずに、隣の先生の布団に潜り込ませて頂きました。


「変な事したら怒りますからね。」

「それ、わたしの台詞だと思います。」


 仰向けに寝る先生の腕を抱きしめます。理事長と比べてはいけないけれど、そこまで太いとは感じない細い腕。これでも特別学級をまとめ上げ、倒れそうなわたしを何度も救ってくれる大好きな人の腕に今触れる事ができる。ここは過去のお屋敷ではない証拠。



 明日は三連休最終日。

 叶わぬ願いだけれども、ずっとこうしていたいと思いました。

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