アサヒ、温泉へ行く
二日目の休日はまだ終わりません。
今から先生と一泊の温泉旅行に行く事になりました。
先生が任されている仕事は生徒のわたしから見ても多く、休みの日ですら次の授業の準備に追われる程です。
それに、ただでさえ授業中に倒れたり朦朧となったりするなど、疲労が目立ちます。
せっかくの連休なので入念に下調べをしていました。
外部への列車で行ける範囲で、予約なしでも入れる温泉宿があるのはリサーチ済み。
慰労も兼ねて温泉宿泊デートなんて粋なことをする生徒兼彼女だとは思いませんか。
特に準備するものはありませんから、今すぐにでも飛び出して行きたい。
先生の作業がひと段落付いた頃に提案したのですが、難色を示されてしまいました。
曰く、わたしがまたしてもサワガニさんと接触してしまった事をすぐに報告して、内通者の特定など様々な対処をしないといけないのだと。
今回の休日は連日朝から晩まで面倒事が多い。予約なしの突撃温泉ではなく、前もって予約等の準備をしておけばよかったんでしょうか。
誰が何と言おうと温泉へ誘いたいわたしは、学園へ向かう先生についていきました。
状況の報告は大事ですが、対処するのに先生が必要かどうかという疑問が残ります。先生がその場に居れば立場もあるので無理にでも巻き込まれてしまいます。
事態の説明をするにあたり、先生は理事長を真っ先に引きずり出しました。
特別学級の担任なので、理事長と先生の間には中間管理の人が存在しません。誰かの面子を潰して恨みを買うこともなく、それでいていちばん話を聞いてくれる人物を呼び出してくれた事に感謝します。
話を聞いてから、そのまま会議をするために先生を連れて行こうとした理事長の先手を取りましょう。
サワガニさんの警告はアサヒさんの事だと思われます。ならば今すぐにできる事はありません。
「だけどな、内通者が……」
不都合があるのはクロード君の動向が見えないサワガニさん達だけです。
今すぐ内通者を特定してどうするんでしょう。こんな状況でそこまで一生懸命になるのはなぜですか。犯罪者は自分の行為を後ろめたく思うがあまり恐ろしい程に反発します。つまり内通者は理事長なのですか。
「なんだなんだ、今日はずいぶん食いつくなあ。」
「先生はわたしと先約があります。先着順です。」
わたしの言葉に重ねるかのように何か言いかけた先生の手をつねります。
もうすこしで押し切れます。少しでも先生を仕事から解放するんです。頑張る先生も好きなのでいつもは見守るだけですが、今回は譲るつもりはありません。
「理事長はご両親が突然仕事で休日の約束を反故にされたらどうしますか。」
「そりゃ怒るわ。うちの坊主は三日は口きいてくれなかったな。あ、そういうことか。」
理事長も理解してくれたようです。
他人ではあるけど親という存在は大きい。そんな相手の身勝手に振り回されていたら子供はいい方向に育ちません。
今のわたしは期待に添えられるか裏切られるかの岐路に立たされている。特別扱いを受けている事でただでさえ孤立している先生に、ここまで慕っている生徒の信頼を失わせていいのか。答えはひとつ。否だ。
「こっちは任せてお前はアサヒのエスコート行ってこい。」
跳ね回って喜びたかったけど我慢しました。この言葉が聞きたかった。狙い通りです。
「言われてみりゃその通りだ。サヴァンの野郎が警戒してるのはもう終わった話だ。どうせ見えねえんだからいっそう警戒してもこっちには危害も加えようがないだろう。」
とんでもない誘導をしてしまった気がして身震いしましたが、理事長は多少の判断ミスは筋肉で挽回してしまえる強力な人物です。これくらいは問題ないでしょう。
理事長から先生を勝ち取りました。これで、残りの休日は先生をしっかり休ませることができます。
もし、現地で何か聞かれたらこう答えましょう。先生と二人で来た、と。
学園都市から列車で三駅離れた場所に、温泉街と呼ばれる、木造の建物が並んでいて学園都市と比較すると少々狭く感じるちいさな街があります。
宿までの道のりはわたしが先を歩きました。
建物の造りから、道行く人達の服装から、色々なものが実家のお屋敷と似ているのです。知らない土地だけど親近感があります。お屋敷にはいい思い出はありませんが、雰囲気だけは好きでした。
「ここの段差で靴は脱いでくださいね、先生。」
「あ、はい。」
「こっちに上履きがありますけど、中まで履いてるのはダメです。スリッパは廊下だけです。」
何と呼ぶ文化なのか呼称を知りませんが、振る舞いを知らない先生の為、ここでもわたしが指導する立場になります。
この温泉街での様式は学園都市の文化から見れば独特です。草を編んで板に張り付けた、畳と呼ばれる床材にはとても驚いていました。
「それじゃあ早速行きましょう! 温泉に!」
こちらの宿には個室に備え付けのお風呂があります。大浴場と呼ばれる場所に比べれば小規模ですが、それでも学園都市にあるどんな浴場よりも大きい。しかも露天風呂。贅沢な場所で料金も凄いのですが、お値段は気にしない。好きに使っていい大きな金額のお小遣があるからこそなのです。
「僕は後で構いませんので、お先にどうぞ。」
「ここなら二人で入っても大丈夫です! 今日こそお背中お流しします!」
部屋の風呂の狭さを理由に、今日まで風呂を共にすることを断られ続けました。
わたしと先生なら問題ないと思うのです。それに、夫婦となれば裸の付き合いも当然。いつでも受け入れる心の準備はできているのですが、一度もご一緒できた事はありませんでした。
ここならばスペース的な問題はない。結婚を前提としている関係であれば混浴も問題ない。はず。
公衆浴場ならば稀にだが男湯に年端もいかぬ女児が、女湯に男児が居ることもある。わたしの年齢を考えても、親子ほどに歳の差がある。ここまでお膳立てしておけば、先生がいらぬ誹りを受ける事はまず無いだろう。
「せめて水着とか、目隠しとか……」
ここまで理屈を立ててもなお先生は混浴に難を示されました。
以前負った傷は一つも残っていません。下着で隠れる部分もです。よく見ると脛に生えてる気が気になりますが、皆にも生えてるので気にしないことにしています。
凹凸もくびれも無いのですが、大衆的ではない嗜好を持たない先生にも満足いただけるであろう若い肌です。それともわたしの身体は成人男性が見たら目が潰れる特級呪物か何かだとでも言うのですか。
「わかりました。ご一緒します。」
先生は押せば折れます。だから今まで状況に流されて苦労を押し付けられた。その性格を利用してしまったのは謝ります。ですが、ついに念願だった、先生とのお風呂、裸の付き合いです。
わたしは広い湯船で温泉と、丸裸の先生を堪能しました。
対する先生はどうでしょう。二人目の彼女との温泉は多忙と過労で潰れかけた心を癒せたでしょうか。




