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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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やること決めたら事件が起きました

 駅前の広場からこんにちは。

 先刻、初対面の年上の男性に恥ずかしいところをお見せしてしまった入学希望生、アサヒ・タダノと申します。



 勘当されたので姓はないのですが、成り行きでそう名乗る事にしました。

 由来は「ただのアサヒ」。駅の改札を越えた先にあった都市の出入管理を担当する役所のお姉さんの聞き間違いです。


 それは違うと言ってはみましたが、一度そう認識されてしまってから訂正は聞き入れてくれませんでした。

 列車の旅とその道中での疲れもあって、頑張りましたが抵抗する気力が尽きてしまいました。


 家でもそうでしたが大人達が話を聞いてくれません。自我を持ち始めてから日が浅い未熟な子供だからなんでしょうか。わたしが大人になれば言い負かす事もできるようになるんでしょうか。わかりません。


 世の中の大人が先生のように耳を傾けてくれるなら、どれだけ幸せなんでしょう。



 先生とは駅の中で別れました。

 担当している子供が彼との合流を待っているというのです。わたし如きが本来のお仕事を邪魔してはいけません。

 幸いなことに猛烈な勢いだった野太い声の人も到着してからのわたしには目を瞑ってくださいました。扉の前の必死さからもっと粘着質にネチネチと詰めてくるとばかり思っていたので意外です。



 学園に入ればまた先生と会えると思います。どういった体制で教育が行われているか分かりませんがいずれ廊下でばったりと会えるはず。

 

 別れ際、お礼はいらないと言ってくれましたが、何かお返ししたい。

 泣き止むまで待ってくれて、食事を共にして話を聞いてくれたのは先生が初めてでした。

 今ここで立ち直っているわたしが居るのは先生のおかげだと言っても過言ではありません。

 

 あれくらいの男の人は何が好きなんでしょうか。

 今のわたしには生きる目的も守るものも何もありません。無敵の人です。

 身も心も捧げ彼に尽くす為だけに生きるというのもドラマチックで良いですね。



 名前以外の手続きは滞りなく、また列車内でのトラブルにも何のお咎めも無く、すんなりと学園都市へ入る事は出来ました。

 オマケで付いてきたタダノという姓、押し付けられたとはいえ自分で決めたものだと思うと複雑です。


 さて、わたしがベンチに腰掛けて呆けているのは、社会と学園都市を隔てる境界でもある駅の前にある広場です。

 ちょっと泣いただけなのに、魔法の使いすぎで疲労するよりも疲れました。

 今日はもう何もせず引きこもって心を落ち着かせたいのも本音ですが、動いていた方が気が紛れると思い直してここに居ます。


 親族や学校側が全ての手続きを行ってくれてただ流されるだけでいい特別な人達とは違い、わたしは今からやらないといけないことが山ほどあります。

 都市での滞在申請に、学園への入学金の支払い、必要な教材の購入、それに寝る部屋の確保もしなくては。

 この点については変な名前をつけてくれたお姉さんにも褒められました。この歳で全てを一人でやろうとしているわたしは偉いのです。



 まだお昼のランチには早い時間帯、お日様からの陽気も穏やかで、今お昼寝したら絶対気持ちいい。


 朝ごはんが遅かったので昼食は後でもいいでしょう。

 まずは落ち着ける場所が欲しいので住む場所ですね。それから入学金を納めて必要最低限を買って部屋に戻って休んで続きはまた明日。

 我ながら完璧な計画です。どこに何の施設があるかわからないので、調べたり聞いたりしながら覚えていきましょう。



 頭を使ったせいなのか、それとも満腹が効いてきたのか、眠くなってきました。


 若い女の子が無防備に寝ていたらテイクアウトしてくださいと言ってるようなものです。

 社会に対して抵抗する意識を持つわたしですが、それくらいの常識はあります。


 ここは他の学園都市と比べても治安はいいらしいですし、すこしくらい寝ても大丈夫でしょう。

 視界が歪んで意識が遠のきます。まだ眠れないとは思っていても身体が言う事を聞いてくれません。


 もうこの眠気には抗えません。すみません、ちょっと寝ます。おやすみなさい。




 目が覚めると、知らない天井がそこにありました。

 埃っぽい部屋には木箱やら掃除道具やら、様々な物が転がっています。

 無意識のうちにやるべきことをしていたんでしょうか。いいえ、それはありません。


 収入も追加の仕送りも無いので今あるお金は節約すべきですが、いくらなんでもこんな部屋に寝泊まりするのは精神衛生上よろしくありません。自分で片付けなかった結果の汚部屋は仕方ないですが、最初から汚いのは女の子の部屋じゃないです。


 もうひとつ、わたしの手首と足首が縛られてます。あと口には布。床に転がされていたので真新しい制服も髪もホコリまみれです。布は声を出さぬように喉の近くまで突っ込まれていてただ入ってるよりも苦しいです。カビ臭いのでよく洗濯してないんでしょう。こんなものを女の子の口に突っ込むなんて酷いことをする人達です。




 そういうわけで、アサヒ・タダノは誘拐されてしまいました。

 今日は初めての体験ばかりしています。激動の日というやつですね。



 治安が良いとされる都市の人の目が多い場所だとしても、見知らぬ土地で無防備に寝てしまうのは大失敗でした。

 到着してから誘拐されるまでの早さは都市最速を記録しているかもしれません。やりましたね。


 いやいや、そんな記録に喜んでる場合ではありません。

 都市に入ってからまだ何もやることをやってないのです。わたしはまだヨソモノ扱い。せめて期日までに入学金を支払わないと不法滞在者となり追い出されてしまいます。

 そういう意味で、身動きがとれないのは非常に困りました。この倉庫のような部屋には私の荷物も見当たりません。中には通帳と財布も入っているので取り戻さないと。


 善は急げという諺があります。

 どこに監禁されたのかはわかりません。そもそも私は学園都市の地図がわかりません。

 分からない事ばかりで、もし今からやろうとしている事が失敗であっても、出来る事は全部やりましょう。諦めるまでは負けていません。


 先生にまた会いたい。それだけの意思でわたしは立ち上がりました。……あれ、立てた?


 比喩でも気を奮い立たせたわけでもなく、立っていました。足首に巻かれていたはずの縄が外れていました。なんだこれ。

 口に突っ込まれていた布は魔法を使うこともなく、簡単に吹き出せました。

 手首も飛び出していた縄を指で掴んだら解けました。もっと苦労すると思っていたので体力も魔力も使わずに済んだのは助かりました。


 服と髪の埃を払ってから、わたしは目の前の取っ手に手を掛けました。

 扉が開きました。鍵はかかってません。



 誘拐されたことへの恐怖が無いと言えば嘘になります。

 どんな酷い目に遭うかなんて事よりも、先生と再会する機会を失ってしまうほうが、わたしにとっては恐かったんです。

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