パンをひと齧り
そろそろ昼食の時間なのでこんにちは。
毎食そんなに食べれないのですが、特に昼は軽めのものがいいアサヒです。
朝からずっと責められているクロード君は怯えすぎるあまり死んでしまいそうです。異世界召喚されてしまったアサヒさんには悪いのですが、彼のやらかした行為はわたし自身に直接の被害が無いので、そろそろ可哀想になってきました。
アサヒさん曰く、彼が行った自身の召喚は魔王をイベント戦で倒せてしまう裏ボスを召喚しようとして滅んだお城と同じくらいにヤバい結果なんだそうです。自分が暴れれば世界の一つや二つ簡単に滅ぼせると。
自信が過積載が激しすぎます。痛い発言を繰り返している若かりし頃の自分を見て恥ずかしさにのたうち回る成人一般人のような気分です。
わたし達と比べれば比較にならない程の技量と実力を備えている。実際呼び出した道具は規格外の物を穴に通したので壊れてしまい、跡形もなく消え去った。でも一人の人間です。できる事などたかが知れている。
世界を滅ぼした記録映像などは、知識と技能と道具があれば作ることが可能です。何ならそういう技術を持ったプロに依頼して作ってもらう事もできるでしょう。
サワガニさんのように実際に被害者が出ている凶悪犯罪者であることを証明しようにも、殺してから生き返す事まで含めてひとつのお芝居にすれば状況を作るのもたやすい。実際、先程までわたしも演者の側でした。
理事長はわたしの知る範囲では一番大きい、学園都市そのものを維持する魔法を使い続けていますが、何百年もかけて積み重ねられた多くの魔法を操作する為の制御盤を動かす魔法を使っているにすぎません。
魔法使いはどんなに頑張ろうと小さな奇跡を起こすのが関の山。
天変地異を一人で引き起こすくらい大きな変化を起こす魔法など幻想に過ぎないのです。
というわけで、わたしは若い二人の間には入らず、そっと立ち去る仲人のように教室を離れ……たかったです。
見えないなにかに肩と膝をを掴まれて、椅子から下りる事ができませんでした。
わたしの方向は見てませんが、対象を見てなくても使うことができるのがわたしの魔法であり、アサヒさんの魔法です。
自分のものならばできると思って解除を試みようとしたのですが、外れません。なにこれ、なにがどうなってるの。
座った時にわたしの足が届かない椅子しか無いのが恨めしい。
椅子ごと倒れて這って逃げようかとも考えましたがそこまで対策済みという抜け目の無さ。、椅子ごと固定されていたので叶いませんでした。
「彼には本当に、よーーーくわからせないとね。」
「理解がオーバーフローしてるんじゃないかと思うんですが。」
クロード君は恐怖に震えていてもよく耐えています。意識を失ったり発狂したりすることなくこの場に居る。それに漏らしてもいない。ですが、話を聞けるような精神状態にあるとは思えません。
激昂した相手から自分にかけられた言葉を全て聞き流し、何も考えないようにして自分の心を守ろうとする。実家で散々詰られたわたしだからわかります。彼もその状態で、もう話の半分も聞いてないんじゃないでしょうか。
今のアサヒさんは、かつての家族がわたしを不必要なほどの怒りで叱っている姿に重なります。わたしがそうであるように、彼女もそういう叱り方はしたくないと、自分のところで断ち切るつもりでいたのでしょう。残念ながら、しっかり受け継がれてしまったみたいです。
「それじゃあ、アサヒちゃんならどうします? 彼の性質ならきっとまた何かやりますし行き着く結果はわたしです。何かいい案があるのならば言ってください。出ても無くてもお説教は続行します。」
しまった、対案がない。とりあえず今の状況は一旦停止したほうがいいとは思ったけど、その先は考えてなかった。
反対するだけなら誰でもできるんです。同一人物だから考えは理解できるけども、相手は怒りで思考が固まってしまっている。
冷静な自分よ、帰って来い。
お説教に巻き込まれていてお昼を食べ損ねそうでしたが、わたしに対案を求められたのとほぼ同時に午前中の授業が終わった瞬間教室を飛び出していったナミさんが大量のパンを買って戻ってきました。みんなの為に動いていたとは、なんて仲間想いなのでしょう。
とてもありがたいのですが、昼食を理由に抜け出そうとも考えていた希望が打ち砕かれてしまいました。
仕方ないので、パンをひと齧りして頭に栄養を補給しつつ考えましょう。
始まりはクロード君が願望器と言われる道具を買ってしまった事。一回きりで壊れてしまうような怪しい道具を大枚はたいて買ってしまう迂闊さは許せません。ですがこれは彼の好奇心の象徴だし、どうにもできない性質。
入力された命令を曲解したり代替手段を自動選択してしまう願望器に文句を言ってもしょうがないし、一つの動作をするように作られた物に別の仕事をさせたのだから、それも変えようがない。
そうなると、あんまり考えたくは無いのだけど、彼が存在価値の無いわたしを欲してしまったことについて突く必要がある。他人の恋愛事情など、わたしにとっては巨大なボール状のハチ巣よりも恐ろしくて、触りたくないです。
この学園で真面目に魔法を学ぼうと思ったのは先生が居たからです。
先生を意識せずに漫然と過ごしていたらどうなっていたかなんて深く考えたことは無かったし、考えたくもありません。
過程をすっ飛ばして結果だけを見れば、今目の前に居る自信だけは信じられないスケールでデカい魔女様になってしまう。
クロード君が彼女含めた全世界ではなく彼女一人を選んだ事で、世界が徐々に終末に向かっているという話もありました。ですが、まだ学ぶことも多い幼い少年一人にかける責任ではありません。重すぎます。
やっぱり、彼の視野を広げるのが一番なのでしょう。
一か全かの狭い選択肢ではなく、敵も味方も全員救ってやるぐらいの大きな器を持ってほしい。
彼の好奇心は人間一人を縛りつけるためにあってはいけない。
やりたくない。自分も恋している手前、意図して相手の恋心をへし折る事はしたくない。
でも、折らないと暴走して今以上の災厄を引き起こしかねない恋だ。何とか穏便に済ませたい、知恵を授けて欲しいと心の中で神に祈りを捧げました。
神様は今も信じてません。ずっと利益があり続けるのなら信仰も考えますので、いい知恵の先払いをください。
「僕が悪いんです。僕の手落ちだ。」
先生が声を上げました。
クロード君に信頼して貰えるような大人になれていなかった。それ故に一人での判断が多く、報告連絡相談の順序がおざなりになっていた。だから自分が悪いんだと。
「先生、監督責任とか言って全部の責任被るつもりですね? なら聞きますが、彼の行動でこんなになったわたしをどう納得させますか。」
未来から呼ばれてしまった被害者が居る。単に送り返したところで、問題の解決にならない。アサヒさんの一声で教室の空気が重くなりました。
彼が恋心を抱いたまま最終決戦に臨んでしまったがために、世界を救うはずの最後の願いを個人的なものに使ってしまった。
あちらのクロード君は何を想って彼女を生かしたいと願ってしまったのか、本人が居ないのでわかりません。
でも、だからこそ、待ってほしい。わたしとアサヒさんは同一人物だけどそれぞれ意思を持つ別の人間だ。
ならば、未来のやらかしたクロード君と今ここで恐怖で死にそうになってるクロード君も別の存在なのでは?
「それもそうなんだけどね。こればかりは今バラしておかないといけない爆弾だ。」
結末は変わらないかもしれない。けど、できる事があるんなら引っ掻き回すと、アサヒさんは吐くように言いました。
死ぬこともできず、全てが終わっていく世界に何もできずただ見つめるしかないという歯痒さはわたしにはわかりません。水槽の金魚がどんな手を打っても死んでいくような感じなのでしょうか。わかりません。
ところで、過程をどう変えようと結果は一緒という言葉、聞いたことがあります。サワガニさんが言ってました。
「サワ……え? 誰?」
「サヴァン・ワガニン。縮めてサワガニです。」
アサヒさんは彼を知ってから、クロード君の手で彼が滅びた後も、サワガニさんをそう呼んではいなかったようです。
わたしは、彼女が変えたかった未来への過程を一つどころか複数動かしていました。やってやりました。
「直接会ったの? 今の段階で?」
「全身痛くて聞こえたのは声だけでしたけど、たぶん本人です。名前の名前も覚えて帰って貰いました。」
食堂での事件は本来男子三人の活躍だったのを、特別学級全員と先生と理事長も巻き込んだ騒動に変え、未来視で三人だけの未来を見ていたサワガニさんにも驚かれた事を伝えました。
成り行きを聞いた彼女も驚いていました。傷の治療に寿命の前借りを行ったので二年早死にすることになりますが、永遠の命を手に入れてしまうのならば、そんなのはきっと些細な事でしょう。
なにがあろうとも、決してその名を名乗る事は無い。わたしはアサヒ・タダノ。先生が大好きな特別学級の女子生徒です。
そんな事よりもクロード君です。分けられたパンには口を付けていませんが、まだ死んではいません。
これだけ詰られた上にフォローもなく失恋だなんて経験したら、人間不信は加速してしまいます。
どうにか、穏便に、告白の後でも気まずくなったり逆恨みされないような断り方、なにか、何かないでしょうか。
恋愛小説でもサスペンスでも長編冒険ファンタジーでもなんでもいい、何か、いい感じに思い出したり再会したり共闘したりできるような、何か……
あった。ありました。
直近でそれで告白のカウンターをされ見事に撃ち抜かれた人物がいる。そう、わたしだ。
クロード君はは他人を信じられなかった。そこが彼の好奇心の視野を狭めている。
向こうの世界のクロード君も他人を信じられなかったので、アサヒ・トゥロモニを含めた全世界ではなく、好きだったアサヒ個人を選択してしまった。たぶんそうだ。
「アサヒさん、そこ、代わってもらってもいいですか。」
察してくれたのかわかりませんが、二つ返事でアサヒさんに退いてもらえました。
選手交代。アサヒ・トゥロモニに代わり、アサヒ・タダノが震えるクロード君の前に立ちます。
思った事を口にする。演技ではないのですが、噛まずにできるか不安です。
いや、噛んだからなんだ。それを笑うやつはこの教室にはいない。
そんな奴が居たら真っ先に叱ってくれる人が居る。そしてわたしらしいとみんなで笑ってくれる。ちゃんと聞いてくれる。
先生が、わたしを信じていてくれる。
だからこそ、ここから先はわたしが場を仕切る。先生が信じているわたしが、やってみせよう。
「クロード君は、わたしが好きですか?」
本人を前に、覚悟もできてないのにそれを答えるのは辛いかもしれません。
君はどう答えてくれるかな、クロード君。




