アサヒとアサヒ
魔法学園の廊下の接続がおかしな事になった翌日、居るはずの無い時間、いないはずの場所にわたしが居るという話を耳にしました。
まだ空間の接続がおかしくて、違う場所や違う時間の風景が見える蜃気楼のようなものが発生しているのかもしれないという話を聞いていたので、わたし自身はあまり気にしてはいませんでした。
近い顔の中ではクロード君だけが妙にソワソワしてた気がしますが、たぶんトイレでも我慢してたんでしょう。
話題を聞きつけた特別学級では、早速『偽アサヒを捕まえ隊』なるものが結成されました。
わたしが無意識の徘徊をしている可能性を否定し、偽物であると断定した根拠はわかりません。
以前食堂食中毒の謎を明かそうとしてわたしがあんなにボロボロになったというのに、全く懲りてないようです。
他人ではなく自分が死にかけないと理解できないんでしょうか。先生もですが、委員長のわたしも頭が痛いです。
程々にしておくように伝えておき、わたしは今日も先生の所へ向かいます。
クラスメイト達が、先生と一緒に居る事をからかうような人たちでないのがとても心地良いです。わたしをその居るかどうかも分からない人の捜索隊員として組み込まずに自由に使える時間を作ってくれるだなんて、いい同級生だとは思いませんか。
気分よく廊下を歩いていたのですが、見てしまいました。
逢引の現場ではありません。わたしです。わたしが居たんです。
わたしと同じ色の髪で、同じ髪型の女子生徒が視界の隅を横切っていきました。
背はわたし自身と比べればおそらく高いのですが、自分だからわかります。あれは多分、わたしです。
ただの罰ゲームでの変装ならば、思うところはありますが許しましょう。
女装。地位の低い者の仮装。わたしへの侮蔑はわたしが認知しなければ無いのと一緒。
わたしに変装し、何か大きな事件を起こして全ての責任をこちらに擦り付けようとする酷い人なら許せない。そんな事に利用されるのは気分が悪いですし、弁明したりアリバイを証明したりするのも面倒だ。
皆より先に見つけたのはなによりの幸運です。
厄介な相手ならばわたしから先生や理事長へ通報ができます。話の通じるただの変態ならば、口裏を合わせて特別学級の皆を満足させるための芝居を打ってもらえるかもしれない。
追跡の魔法を、先程のわたしに向けようとしましたが、その必要はなくなりました。
肩を叩かれて振り返ると、わたしそっくりな彼女の指が頬に当たりました。子供じみた悪戯です。
「おはよう、アサヒちゃん。」
自分の声が自分じゃない所から出てくるのはとても気持ちが悪い。覚えました。それに今は夕方です。あなたはどこの業界の人ですか。
「その顔から察するに、第一印象はくっそ悪い。違いますか?」
少しどころじゃない。目の前にいるわたしはわたしよりも背が高い。顔を見るなら見上げるしかありません。
背だけではなく、全体的に成長が感じられます。見た目は単純にわたしをそのまま大きくしただけのように見えますが、余裕のある佇まいの中に、歴戦の強者のような隙の無さが伺えます。
第一印象がすこぶる悪いことは否定しません。なんでしょうかこの人は。
「ああ、敵対する意思はありません。この通り。」
両手を上げての降参のポーズ。魔法使いが降伏を示す行為として杖を預けようかと提案されましたが、あなたがわたしならば魔法を使うのに杖は必要ありません。丁重にお断りしました。
彼女の杖はわたしと全く同じものでしたが、非常に使い込まれていて、触ったら壊れてしまいそうな程ボロボロでした。何があったんでしょう。
「いくつか聞きたいことがあります。答えたくないのでしたら構いません。」
「答えられる範囲でよければ。」
わたしのそっくりさんは、今日が何年何月何日だとか、学園で最近あった事件とか、昨日の食堂の献立だとか、答えるのに何の抵抗もない事ばかり聞いてきました。
身体的な特徴から、そっくりさんは未来から来たわたしだと考えられます。
自分の記憶とすり合わせて状況を判断しているんでしょう。考え込んだり、思い出し笑いでニヤニヤしたりしてました。
もしかすると、突然現れた見知らぬ相手に対する警戒と緊張をほぐしてくれたのでしょうか。それならば、自分ながらやり手だと感心してしまいます。
「君、先生は好き?」
「はい。大好きです。」
あなたがわたしならそんなのは知っているはずなのですが、わたしの返答を聞いた彼女の表情が、一瞬驚き、一瞬だけ悲しむような顔になり、穏やかな微笑みに変わりました。
「そっか、大好き、か。先生からは?」
「好きだって言ってくれましたし、大事な人とも仰ってくれています。」
断じて、わたしの聞き間違いではありません。神は信仰してませんが嘘ではないと神にも誓いましょう。
「よし、だいたい把握しました。」
大きく頷いたことで、わたしと同じ髪型が大きく揺れます。胸は……揺れるほどおおきくありませんでした。目の前のわたしと同じ未来を辿ったのでは小さいままのようです。何がどうしてそうなったかは分かりませんが、同じ轍は踏まないと固く誓いました。
わたしと出会った事でそのまま消えてしまうのかと思いきや、そんなことはありませんでした。
話しぶりから推測すると、何か目的があってここに来たわけではないようです。
今の状況を打開するのにわたしや先生の協力も必要だと言いはじめ、先生の部屋へ向かうわたしの後ろに付いてきてしまいました。
少し成長しているとはいえ同じ顔が二人。残像だと言ったら信じて貰えるでしょうか。
「アサヒ……さん?」
先生は、二人に増えたわたしを見て、、大きく育ったもう一人の方を見て、驚きのあまり固まってしまいました。
ついさっきまで片手でも抱きかかえられるサイズの女の子が急成長してしまったら誰だって驚きます。わたしでも驚きます。
「この反応、確かに先生だ。懐かしいなあ。」
先生と対峙した大きいわたしは遠い日の回想に浸っています。なんだこの状況。進行役が居ないと永遠にただ向かい合って立ってるだけで時間だけが進行するお見合いみたいじゃないか。
成長したわたしと先生を見ると、これくらいの大きさなら釣り合いが取れているように感じました。食べる量は相変わらず少量なんですが、こうやってみると、もうすこし大きくなれるよう努力したほうがいいかもしれません。
「おっと、浸ってる場合じゃなかったですね。」
先に我に返ったわたしが、頭を下げました。そして名乗ります。
「初めまして。アサヒ・トゥロモニです。」
今度は先生とわたし、二人で驚きました。
わたしの、捨てた家の名を知っているのは先生達とサワガニさんぐらいです。疑いようがありません。この人はわたしです。アサヒ・タダノの未来です。
わたしが捨てたものを、わたしが使い続けている。再び名乗るようになった。
彼女に、わたしに、アサヒになにがあったんでしょうか。
「あ、わたし自身の経歴についてはどうでもいいので気にしないでください。」
「気になります! 何でそれ名乗ってるか教えてください!」
先生まで身を乗り出してきたことに慌てて、自分がここにいる事とは絶対に関係がないと何度も何度も前置きしてから、ようやく教えてくれました。
「わたしは、先生を好きにならなかったアサヒです。」
先生を選ばなかった。初日の列車で出会い、逃走時の路地裏で助けられても、先生を好きにならなかったアサヒ。
それが自分だと、アサヒさんは言った。
先生が好きであることを原動力として今のわたしがいる。その大前提が無い。
ならばそれはわたしでは無い。別の誰かだ。そんなのはわたしの未来ではない。
別人で構わない。存分に嫌ってくれと言い出しました。
自分ではない自分は確かに見ていたくありませんが、いきなり拒絶してくれと語る意図が分かりません。
「いざ帰れるって時になって、ここに残りたいって思いたくないんです。ほら、わたしはヨソ者ですし。」
何か理由があるのかと思いきや、単に別れの辛さを親密度の低さで和らげようという魂胆のようでした。
それなら安心です。裏を疑い続けて疲れる必要もありません。
「わたしは選ばなかったあなたを嫌いになりたいわけじゃないです。」
アサヒではあってもアサヒ・タダノではない。あなたはアサヒ・トゥロモニだ。それでいい。
その名は忘れたい呼称ではあるけれど、他人のものならば、消し去りたいと思うこの感情は必要ない。
自分から聞き出したことだけど、この話はこれで切り上げよう。
三者面談がはじまりました。
とはいえアサヒ・トゥロモニ、自分と同じ名前なのでややこしいのですが、アサヒさんの要求はひとつだけ。
この状況を引き起こした犯人の目星は付いているから、捕まえたりちょっとお仕置きする事に目を瞑ってほしいという話でした。
自分の状況とこちらの現状を聞いてみて、自分の世界から追い出されてわたしたちの学園に放り出されたのではなく、存在自体が不安定な自分の世界から、何かの魔法によって濃度の高いこちらに引き込まれたのだと言っていました。
色々と経験を積んだ年季の差なんでしょう。頭の回転の速さは先生以上です。わたしなんてもう聞いてるだけで頭が痛くなってしまいました。
「それで先生、学級の皆に通信できます?」
「僕達のほうのアサヒさんとしかできませんが……」
「んじゃ、わたしがハブやりますんで、明日は体調不良でも絶対出席しろって伝えて貰えます?」
今のわたしは自分と先生とが精いっぱいだったのに、あっさりと特別学級全員と遠距離でも会話ができる環境を作ってしまいました。
先生からの連絡はその場でわたし含め全員に伝えられました。しかも聞いたかどうかまでチェックされています。これで聞いてないとはとてもじゃないけど言えません。
なんでもできる魔法という器は一緒でも、知識と経験、そして実力まで上。この場でアサヒさんと戦っても勝てる気がしません。
推理小説に容疑がかかっている登場人物を一か所に集めてタネ明かしする場面がありました。それに似ています。
特別学級の五人を教室に集めたということは、この中に犯人が居るということなんでしょう。
いったいだれが大人のわたしをこの場に呼び寄せてしまったんでしょうか。
「クロード君ですよ。」
生徒のやらかしに対しては負の方向の感情をあまり露わにしない先生が、今まで聞いたことがないくらい大きなため息をついてしまいました。
一番自我が薄いような印象を周りに与え、後ろでくっ付いてきてるようでいるのだけど、皆が動き出す切っ掛けを作ったりするのはいつも彼なのです。成績が一番優秀なところから見てもわかります。あいつはやるときはやるやつだ。
「先生は後でフォローしてあげてくださいね。嫌われ役はわたしがやります。」
すぐいなくなる自分であれば、どんなに憎まれても構わないとアサヒさんは笑っていました。




