求められる魔法
癒しの魔法の真相を聞きました。
新たな知見を得たことで、世界の解像度が上がりました。
そして、どの本なのかまでは覚えていませんが、知ることが必ずしもいい事ばかりではないという文の意味を理解しました。
細かい怪我やちょっとした体調不良も気になって仕方ありません。
昨日まで全く気にならなかった些細な傷がとても気になってしまいます。
「本当に大丈夫ですから。」
わたしのせいで髭剃りを失敗した先生の顎の傷が気になります。
歯を磨くわたしの肘が先生に当たらなければこんなことにはならなかった。先生に傷をつけてしまった。どう責任を取ったものか。全部脱いで先生に身を委ねるか? 始業時間まで余裕は無いけれど、満足させることはできるかもしれない。
大怪我をしたときに、わたしの怪我を絶対に治すと仰っていたのを思い出します。そうか、あの時の先生はこんな気持ちだったんですね。
「せめて、せめて絆創膏を貼らせてください!」
わたしはわたしの魔法で傷を癒すことはしないと先生と約束しました。
苦痛を和らげるためとはいえ、代償として皆の命を縮めるのは本意ではありません。知らないまま使い続けて、命を奪い続ける事がなくなりましたので、先に知ることができて良かったと思います。
校舎内で先生と別れて一人で教室に入ったところ、特別学級はわたしの復調よりも、わたしの魔法で傷を癒すこともできるのではないかという話題で持ち切りでした。
若い発想というものはとても恐ろしい。
存在しない魔法も作ってしまうのがわたしの魔法なので、癒しの魔法も、やろうと思えばできるはずと考えるのが自然でしょう。
いつか来るだろうとは思っていましたが、まさかこんなにも早いとは。一晩で言い訳なんて思いつきません。
確かに、今使われている命の前借りの魔法は使えるかもしれません。
考え方を変えれば、身体能力の強化や限定的な時間の加速を使わない、本当の意味での癒しの魔法を完成させるのも不可能ではないでしょう。
ですが、約束があります。どんなに強引に解釈を捻じ曲げたとしても、わたしを信じてくれる人との約束を破るわけにはいきません。
どう切り抜けようか考えた末に、癒しの魔法に関しての嘘をつくことにしました。
事実と嘘を混ぜ合わせておけば、皆が事実を知った時には認識の違いでごまかせるでしょう。
これまで皆にいくつ嘘をついたのか覚えていません。アサヒ・タダノは大嘘つきです。
癒しの魔法は使用者の魔力と体力の両方を使って使用者の身体を活性化させて傷を癒す仕組みなので、双方に余力が無いといけない。死にかけている人に癒しの魔法を使った場合は体力のある方の負担が大きくなる。お医者様や医務室の先生が老けて見えるのは癒しの魔法を使い続けた副作用。
その性質ゆえ、自分自身には使えない。法則に従う限りは私の魔法も例外ではない。
これを先生に教わったと言ってしまったので、今日も遅れて来た先生が癒しの魔法の性質を問い詰められ、授業の内容が変更される事態になってしまいました。いつもながらすみません。
先生の授業でも、癒しの魔法については事実半分、嘘半分でした。
誰もが知る事実であり、実例でもあるわたしの大怪我は、わたしの寿命が二年使われたのを含め重点的にしつこく仰っていました。
わたしが後遺症も傷痕もない完全復活を遂げているので、何かの期待があったのでしょうか。
四人とも、言葉を失ってしまいました。
治癒の魔法については魔法使いの社会全体で隠しているので迂闊なことは言えないのですが、聞けば聞くほど何が本当で何が嘘なのかわからなくなっていきます。
もしかして、先生はわたしに対してもまだ何か隠し事をしていて、本人も意識してない部分で嘘を言ってるのでは……?
あ、ストップです。止まれアサヒ。
この思考は止めましょう。わたしは先生を信じると決めました。
先生は今もそれが嘘だと全く分からない語調でスラスラと偽情報を口にしていますが、全ては私たちを守る為。知りすぎたことで突っ込まなくていい事態に首を突っ込んでしまったりしないようにと考えた末の行動です。
その深すぎて曲解じみた考えを、優しさをわたしは信じます。言葉はデタラメですが真意は汲み取りましょう。
授業も終わりに差し掛かり、先生の一転攻勢が始まりました。
なぜ特別学級の皆が癒しの魔法に興味を持ったのか。
希望を一度へし折ってから、それを求めた理由を尋ねるとは、先生も悪い人です。
夢の中で実体の掴めない神からのお告げがあった等ではありませんでした。
昨日、わたしのお見舞いの後に宿舎の傍で弱った子猫を拾ったんだそうです。
宿舎に連れ入る事はできず、頼れる大人である先生はわたしにつきっきり。皆困り果てました。
雨風が防げて誰にも気づかれない場所で一晩生かすことはできたのですが、段々と弱っていく子猫に対して何もできません。
癒しの魔法を使える大人は少ないし、飼い主の居ない野良猫に手をかけてくれるとは思えない。
だいたいなんでもできてしまうわたしならば、治癒のひとつやふたつ何とかなるのではないかという結論に至ったのが、先程の発言の真相でした。
病み上がりのわたしにすごく大きな期待がかけられていました。
ですが、先生との約束が無くても、期待には添えられそうにありません。
素人の目で見ても、教室に連れて来られていた子猫には、生きる見込みがありませんでした。それでも昨日発見した時よりはマシだというのですから、特別学級の生徒達は分からないながらも頑張ったほうだと思います。
「死にかけた者を癒す場合、術者に大きな負担がかかるのはわかりますね?」
「はい。アサヒさんに聞きました。」
今にも息が止まりそうな子猫を囲んで、授業が続けられました。
もう手の施しようが無いとの判断から、最期まで見守ってやろうという先生の提案でこの形になりました。
「酷い状態を癒すのには、負担が大きすぎて術者が死亡するリスクもあります。この状態がまさにそれです。」
これはわたしも初耳です。嘘なのか本当なのかわかりません。
ただ、昨日あれほど体調を崩していたわたしにそれだけの負担を強いてしまう事になるのは間違いないようです。
「もし癒しの魔法が使えたら、この子に使いますか。」
相手を助けるために、自身の命を賭ける事ができるのか。とても難しい質問です。
「アサヒなら先生助ける為なら死んでもいいんじゃない?」
それは時と場合によります。
何が起こっても考えるのだけは止めません。結論は決まっていても、あるはずの別のルートを模索します。
時間ギリギリまで考えて、本当にそれしか手段が残されていないのならば、わたしは喜んでこの命を使いましょう。
それよりも、先生が死にそうになるとか冗談でも怖いこと言わないで欲しいですマッシュ君。
「先生が助かってもわたしが死ぬのはダメです。」
「え、なんで?」
「大事な人に先立たれたら先生が泣いちゃいます。」
なりふり構わず自分の命を投げ捨ててしまうタイプだと思われていたらしく、わたしの返答には先生まで驚いてました。わたしは後先考えずに行動する程愚かではありません。先の先まで考えてるんだけど失敗してしまうだけなのです。
それから間もなく、子猫は暖かい部屋で穏やかな寝顔のまま長い眠りにつきました。
手を尽くしても救えなかった今回の出来事がどういう形で皆の心に刻まれるのかはわかりませんが、最期だけでも優しさに触れることができて、子猫は幸せだったと思います。




