癒しの魔法
ずっと気になっている事がありました。
恋愛小説において、一晩を共にするのを特別な事だと表現しているのがどういうことなのかは気になりますが、今日はそちらではありません。
この学園では様々な魔法を教えたり提示したりするのですが、実はただひとつ、怪我や病気を治す魔法を教えてくれません。
どんな状態なのか今でも教えてくれないくらいに酷かったわたしの大怪我でも一晩で治るのですから、便利なものだというのはわかります。それがなぜ、授業では癒しの魔法を教えてくれないのでしょうか。
怪我や病気は当たり前のようにありますし、魔法があるぶん、怪我の頻度は普通の学校よりも多いはずです。
「では質問です。それはなぜでしょう?」
告白する覚悟を決めていたせいなのか、わたしのワガママに先手を打っていたりと今日の先生はいじわるです。
こっちは体調不良と寝起きでまだ本調子ではないというのに。
わたしは今、先生に背負われて街灯の明かりの下を進んでいます。
しょっちゅう抱きかかえられているので至近距離の接触は慣れてしまいました。人通りも少なくて、先生の今の姿を茶化したり、警備に通報してしまうような人も居ません。
部屋に着くまでにはまだまだ時間があります。
先生が前方不注意で柱にぶつかったりはしないでしょうから、揺られながら考えてみましょうか。
本当に些細な擦り傷から、辛うじて心臓が動いてるだけの何かでも元の姿に戻ることができるのが癒しの魔法。
数ある魔法の中では最も奇跡と呼べる魔法です。
魔法を伝え共有するのがこの学園。
その学園で、最も万能で、命を救う事ができる魔法を、悲しみを無くすことができる奇跡を教えないのはなぜなのか。
「魔法を悪用する人が居る、とか?」
自分に力があれば、振り回したくなるのが人の性。癒す力を誇示してつけ上がり、癒されたければ○○しろ等、横暴をはたらく人が出るかもしれない。
より強い治癒の力を持つ人が厚遇されるグループや、奇跡の人を奉る宗教ができあがり、自警団や洗濯会のような影響力を持ってしまう事も考えられます。
「それもありますけど、ちょっと違いますね。」
先生の用意した答えとは違いました。
わたしの回答は他の魔法にも当てはまるものであり、治癒の魔法に限った事ではないんだそうです。
先生の部屋に入ったところで、癒しの魔法だけが持つ性質が教えられない理由だというヒントを頂きました。
わたしの願望をそのまま形にする魔法のように、使える人が限られているんでしょうか。
ですが病院や医務室では当然のように使われていますし、先生も包丁で指を切ってしまった傷を治す程度の魔法が使えます。学園の魔法とそこまで大きな違いがあるようには思えません。
子供達に教えるのに際し、何か不都合な事があるんでしょうか。
セイキョウイク? とか言われてるアレみたいに。
肉体的に男性と女性があって、それが他の動植物においては雄と雌のそれであるのは分かりますが、このセイキョウイク?だけはいつもはぐらかされてしまいます。
自身の身体にも関わる事ならば、それこそ早めに知っておくのは大事だと思うんです。
自分だけでなく他の誰かのトラブルにも対処できるようになりますし、逆に自分だけ知らなかった場合の疎外感を感じる事もなくなります。
今はまだ教えてくれなくとも、いつか絶対に先生に吐かせてみせます。あちこちで見る生理とはいったい何なのかを。
それはまだ良いとして、今考えるべきなのは癒しの魔法の秘密について。
「降参です。教えてください。」
だめだ。わからん。丸一日以上何も食べてないので頭に回す栄養が足りません。たいした量は食べれないのにお腹も鳴りました。
正解は食事の後で。
二人だけの料理教室でわたしとは比べ物にならない程に上達した先生の料理は、とてもおいしかったです。同じ時間を共にしているのになぜ先生だけが上手くなってるんでしょうか。これもまた不思議です。
「それで、癒しの魔法なんですが。」
一通りの片付けを終えて後は寝るだけの先生と、魔法でパジャマに着替えてやはり寝るだけのわたしによる、お休み前の個人授業が始まりました。
純粋に傷や病気を癒す魔法は未発見なんだそうです。
今現在使われている癒しの魔法とされているものは全くの別物で、身体強化を限定的に使う事で身体の働きを良くして自然治癒を促進させるのがひとつ。傷病者の身体の時間を急激に加速させて傷の治りを早くするのがひとつ。それらと人間社会の医療技術を組み合わせたハイブリッド療法がまたひとつ。
全てが学園都市で教えている魔法を応用した癒しの魔法モドキであるため、まず何よりも基本を教えるのを優先しているんだそうです。
色々知らない用語が飛び出してきて困惑しているわたしに、身体が持っている生きる力を前借りしているようなものだと噛み砕いて説明してくれました。
「もしかして、今使われてる癒しの魔法を使われたら、寿命が縮む?」
「はい。縮みます。」
先生はごまかさずに言い切りました。
わたしの大怪我も例外ではなく、病気や事故をせずに天寿を全うした場合の、二年程が回復に使われたらしいです。
二年も時間が進んだのなら、それくらいは成長していても良いと思うのです。あの前後では何も変わってません。
頻繁に癒されて時間を消費すると早い身体の成長に心がついていけなくなるらしく、そこは抑えられているそうです。
「癒しの魔法をかけ続けたら、傷が治っても死んじゃったりします?」
「誰もやった事はありませんが、おそらくそうなるでしょう。」
相手の残り時間、つまり命を奪う為に、簡単に乱用することが許されない。
教えた事で人の道を踏み外さぬように、最初から教えないというのが、学園で癒しの魔法モドキを教えない理由でした。
しかし、謎は深まります。
初歩の段階で教えられる身体強化を応用しているということは、それで傷が癒える事も簡単に発見できてしまうのではないでしょうか。
「そのための呪文や魔法陣です。」
魔法として力を引っ張り出すだけではなく、やりすぎないように抑えるはたらきもあったなんて知りませんでした。
最後に、わたしの魔法で癒しの魔法を真似する事はできるだろうけど、やらないで欲しいと念を押されました。
言われてみれば、やろうと思えばできてしまいます。今までそれができなかったのは知らなかったから。
仕組みがわかってしまえば実行は簡単です。息をするかのように癒しの魔法を連発するかもしれない危険を承知の上で、どうして教えてくれたのでしょう。
照明のスイッチに手をかけ、先生は呟くように仰いました。
わたしの発想や才能があれば、いずれ自分で癒しの魔法モドキを編み出してしまうと教師達の中では予想されていたそうです。
だから、誰よりも先手を打って、教えておきたかったと。
「アサヒさんを信じてますので。」
安心してください。先生が信じるわたしは好きな人からの信頼を裏切ったりしません。絶対に。




