好きになる魔法をかけた相手
世間一般的に変態だと言われるタイプが多い魔法使いの中でもさらに変な人が学園に居ます。
魔法を奇跡ではなく、科学的に解明しようとする講師がひとり居ました。
そんな人がわたしの目の前にいらっしゃいます。
今日の帰り道はいつもと違う廊下を歩いてみたいと思い立ち、彼の研究室の前を偶然通りかかった際に、ローブを掴まれて引き込まれてしまいました。
見た目は先生よりも細いのになんという力持ち。わたしが軽いだけでは説明がつきません。小さいお子様や大きなペットをお持ちならば暴れて抵抗されたら軽くても苦労する事はご理解いただけるでしょう。
生徒が魔法で魔法を使えば校則違反。
これは教師や講師のような大人達には適用されません。暴れる子供を取り押さえるのにも魔法が必要なのです。
ああもう、こんな校則が存在しなければいいのに。こうして身の危険に瀕した時は使っていいという許可が下りていれば逃げる事もできたのに。
「ようこそ我が研究室に。歓迎するよタダノ君。」
ようこそも歓迎もありません。貴方が連れ込んだんです。これは未成年略取です。誘拐です。
そうやって引き込むことを許されるのは様々な問題や条件をクリアしたときだけです。これはとても褒められた事ではありません。
「叫ばれたり呪文を唱えられては困るので声は消させてもらったよ。」
この研究室が一つの魔法であり、この中ならば彼はどんな不可能も可能にできる。そんな風に機能していると説明を受けました。
部屋の中に限定されていますが、わたしの何でもできる魔法と似ています。
なんでもできる魔法同士がぶつかったら何が起きるんでしょう。
気付かれない程度に部屋にかかっている強制の魔法をはねのけて、囁き程度の声を出すくらいはできるようです。
これから先生と楽しい料理教室だというのに気分は台無しにされ、出鼻を挫かれてしまいました。
チート能力で無双するタイプの異世界転生や転移な話の主人公なら、ここで研究室をまるごと吹き飛ばして涼しい顔して言ってやりたいです。「あれ、わたし何かしちゃいましたか?」と。
わたしが先生との約束に遅刻したことは今まで一度もありません。先生ならば、きっとすぐに異常に気付いてくれることでしょう。
無理に行動を起こしてしまっては先生に余計な後始末をさせてしまうので、ここは校舎内で堂々と犯罪行為を行った異常性癖者の持ち主の言い分を聞きましょうか。
「君に興味があるんだ。」
前言撤回。今回もやめます。やっぱり聞きたくありません。これは三次元幼女に手を出す一番ダメな人です。子供と創作の中での小さい子を好む人たちの最大の敵です。獅子身中の虫 っていうやつです。昨日まで「陣中の栗」というなんだか変な覚え方してました。
この人の名前は決まりました。変態さんにしましょう。変態不審者でもいいんですが、ちょっと長いので。
問題のあるお言葉に続けて何かを熱心に語っていますが知りません。早々に遮断したので彼の声はわたしにはもう聞こえません。
自分に届く声を消したので色々と違いますが、結果的には相手の声を消す魔法を向こうにお返しした形になります。
どうぞ好きなだけ三次元ロリトークをご展開ください。わたしはそういう相手を傷つけるだけの一方的な欲望については怖いので聞きたくありません。傍目は不幸であっても相思相愛が一番です。
脱出の手立てを考えていると、食堂探検の際に口を使わずに先生と遠距離で会話できるようになる魔法があったのを思い出しました。
あれから一度も使ってないので、ちゃんと機能するかどうかはわかりません。サワガニさん達の話が聞こえてしまったり、理事長が遠慮なしに割り込んできたりと不具合がとても多いので利用を控えていましたし、毎日顔を合わせるわたし達には遠距離での通話などする必要がなかったのです。
(先生、先生、聞こえましたらお返事ください。どうぞ。)
(アサヒさん?)
久しぶりに使ったというのに混線無しでいけました。すごいぞわたし。見たか、これが愛というものだ!
おっと感動してる場合じゃない。助けてください。場所は変人って言われてる講師の先生の研究室です。どうぞ。
(わかりました。すぐ行きます。)
(先生が散らす予定になってる純潔が失われる前にお願いします。どうぞ。)
救助は急ぐけど、そっちについては後でゆっくりお話ししようと言われてしまいました。
それにしても、この純潔を散らすってどういう意味なんでしょう。対象年齢が高い恋愛小説には朝チュンみたいによくある表現ですがいまいちわかりません。
これも後で先生に聞いてみましょう。今はこの状況を打破するのが先決。
「失礼します。お聞きしたいことがあります。」
「おや、貴方がここに来るとはめぶっ!?」
先生は本当にすぐ来てくれました。わたしを監禁したにも関わらず不用心に扉を開けた変態さんを扉ごと押しのけて、わたしの前まで駆け寄ってきてくれました。
「僕の領域に入るのがどういう意味か、君ならわかるはずなんだけどね。そんなにその子の魔法が大事か。」
「大事ですよ。それに、それを含めてこの状況。色々とお聞きしたいと思って来たんです。」
ああ、いつもながら格好いい。しかも大事だと即答してくれます。先生の立場もあるでしょうが、その大事がただの生徒という意味であってもわたしはとても嬉しい。
「二人まとめて拘束させてもらうよ。縛れ。」
「返す。」
目の前で行われているのは本気で本物の魔法対決。攻撃の為の魔法で爆発したり光の帯が舞ったり電撃が飛び交ったり等は無いので目に見えなくて地味なんですが、二人の間に入るのは女同士の関係に挟まろうとする男のようなもの。入ったら死にます。
それでもわたしは入ります。燃える展開としてはご法度ですが、わたしは自分を奪い合う二人の男の横で、自分の為に争わないでとさめざめ泣くだけの女ではないのです。
男同士の戦いに割って入るのではなく、先生の後ろに付きます。
「頑張って先生!」
自分を全力で慕う妹や娘のようにかわいい生徒からの応援。これで踏ん張れない男などいません。いいとこ見せて惚れ直させてください先生。
これで負けたら情けないです。今負けたらさすがにフォローできないです。だから頑張れ先生!
勝負は先生が勝ちました。変態さんは背中で手を縛られ、折りたたんだ足に腰を落とす、どこかの国では正座と呼ばれる座り方をさせられています。
まもなく警備の人達も来るでしょう。尋問に関してはわたし達の出番ではありません。
「まさか、僕の領域で僕が破れるとは。」
これぞ愛の力です。変態さんに見られぬよう、心の中でVサイン。
それも君の魔法かと、変態さんは余裕の笑みで話を続けます。どういうことでしょうか。
「君は、その魔法を自分が無条件に愛される為に使っている。違うかい?」
なんでも叶う、願望をそのまま形にする魔法。それで皆を、先生を操っている。いつかの、わたしが魔法で問題児をまとめていると疑われた時と全く同じ推測です。
そんなのは無理に決まってます。大掛かりな魔法を大勢に使用し続けるなど、魔力の無い私にはできぬ所業です。
「じゃあ逆かな。君が君自身を操っている。その可能性は?」
とても難しい疑問を投げつけられてしまいました。
わたしが、先生を好きになろうとして自分に魔法をかけている可能性を指摘されました。
自分で自分を騙そうとする。先生への好意を否定したくありませんし、考えたくもないけどはその理屈は理解できます。
実家での実の父母からの様々な叱りが続いた時、自分はそれがどんなに理不尽でも絶対に叱られるべき悪なのだと思った時がありました。
この時はまだそこまで魔法は使いこなせておらず、思い込みでなんでもかんでも怒られる子供であろうとしましたが、使用人が掃除の際にうっかり破った壁紙をわたしのせいにされた時に考えは変わりました。
悪ガキなのは認めるし、お叱りもごもっとも。でもそれは絶対ではないんだと。
「そんなわけ、ありません。魔法じゃなくても、わたしは先生が大好きです。」
しっかり言ったつもりでしたが、声が震えてしまいました。
魔法で無理やり好きになろうとしていたら。もし魔法で好きだと思い込んでいたとして、解けたときに、本当はどう思っているのか。
自分を信じたいけど、とても怖かったです。




