特別学級の特別講習
特別学級は他の学級では扱いきれない問題児を集めた、いわば売れ残りのクラスです。
わたしを含め、五人がそれぞれ別方向に無茶苦茶です。先生でなければ抑える事などできません。
今日の授業は演習場をまるごとひとつお借りしての実演講習です。
特別学級の生徒達が横一列に並んでいます。その一番端には先生もいます。先生も生徒側というのは珍しいですね。
講師として一人だけ向かい合っているのは、この学園で唯一の魔法を扱うとてもすごい人。
背はわたしと同じくらいに小さくて、髪の色から瞳の色、肌の色まで全部一緒。もしかしたらつけている下着まで同じものだったりするのかも。すごい偶然もあるものです。
ですが、不思議な事に、わたしはその人の姿を見る事ができません。
「それじゃあ、お願いします!」
号令と共に、全員頭を下げました。
講師の名はアサヒ・タダノ。
そう、わたしなのです。
事の始まりは、クラスメイトのナミさんが魔法が使いたいと言いだした事から始まりました。
この学校で教えられる魔法はいくつかあります。おおまかに分けると呪文を唱えて使うものと、いわゆる魔法陣と呼ばれる文様を描いてその線に魔力を流し込んで使うものの二種類。
ナミさんは両親も祖父母も魔法使いではありませんが、突発的に魔法が使えるようになった子です。
魔法は使えるけど親が魔法使いではないという事を良く思わない人達とトラブルを何度も起こしたので、特別学級に編入されました。
呪文も魔法陣もちゃんと使える彼女が使いたいと言い出した魔法とは、わたしの魔法。
わたしはこの学園では誰も使う事ができない、呪文と魔法陣、どちらも必要としない魔法を使う事ができます。
呪文を唱える手間はあるけど魔法陣を描かずに行使できる魔法と、文字や模様を正確に描く必要があるけど発声による詠唱を必要としない魔法。そしてその両方を組み合わせる事で桁外れの出力を起こす合成魔法。わたしの魔法はそのどれにも当てはまりません。
その代償なのでしょうか。わたしは呪文による魔法も、魔法陣も使えませんでした。
測定の魔法を使うことができなかったので、魔法の資質の無い生徒という判定を受け、書類の上では不能者として特別学級送りになっています。
先生のおかげで皆と同じようにも魔法を使えるので、今のわたしはハイブリッドです。
普通に使えるならそれでいいじゃないですか。一緒でない事が逆に不便なのです。それなのに、何故?
「格好いいからよ!」
ナミさん曰く、昨日の図書室でのこと。
本棚の上段にある本を取ろうとして、背伸びしても手が届いていないわたしがいたそうです。
がっくりと肩を落としたわたしは背を丸めたまま、右手を上に掲げました。
するとどういう事でしょう。目的の本がまるで意志を持ったかのようにしゅるっと飛び出して、広げられた手に収まったではありませんか。
そのまま顔の高さまで本を持ってくると、空いていた左手を使わずに本を開いたらしいです。
そのままページが勝手にバラバラとめくられていきます。手を使わずに、呪文を唱えて動かしてもいないのに。
しばらくナミさんが見入っていると、わたしは本を閉じて、そのまま手を離してしまいました。
重力に従い床に落ちるはずの本はふわりと浮き上がり、元の場所まで戻ったそうです。
この一連の動作がとても格好良かったと、ナミさんは頬を染め鼻を荒く鳴らしながら仰いました。
学校は許可された場所以外で魔法を使う事は認可されていません。
当然、図書室でも魔法を使ってはいけません。あんな場所でも見られていたとは思ってもいませんでした。油断も隙も無いとはこのことです。
ちなみにその本は恋愛小説でしたがタイトル詐欺。最後の最後でライバルに想い人を持っていかれるとか、心が死にそうでしたので借りる気にもなれませんでした。
どうするかを考えるよりも先に男子達が集まってきて、ナミさんは同じ状況を皆に話しています。
このままでは、校則違反をバラされたくなければ秘法を教えろという事になりかねません。
「今日は何の話題ですか?」
なんということでしょう。先生まで輪に入ってきてしまいました。
これは終わった。校則違反を叱られて、そのまま学校を追い出される流れだ。
先生いままでありがとうございました。先生が大好きだった女子生徒が居たという事、忘れないでくださいね。忘れたら泣きます。
「それは……格好いいなあ……」
「先生もそう思いますよね!?」
顎に手を当てなにか考え始めた先生は、ほんの一瞬のうちに結論を出していました。
「アサヒさん、お願いできますか。」
先生、何をお願いするのか言ってください。先生からのお願いなら「はい」を選ぶしかないんですが、いちおう選択肢をください。
そして、今に至る。
学園に入学してわずか半年ほどで教える立場になるとは思ってもいませんでした。
わたしは人にものを教える事なんてしたことがありません。なので、困った時には先生がフォローに入ってくれます。
この状況が既に困った事になってるんですが、それはそれ。
「えっと、物を動かすやつでいいんですよね?」
わたしの魔法は自分で言うのもなんですが、万能です。
この学校で教える魔法の全てを無詠唱、無動作で発動できてしまいます。代償があるとすれば、とても疲れたりするくらいでしょうか。
演習場に用意されたのは、大人一人でも持ち上げるのが大変な重さの、肥料の入った袋。
これを呪文や魔法陣を使わずに動かすのが今日の講習です。
「先生、動かす時に何か考えたり意識を集中したりとかありますか?」
大好きな先生に先生と呼ばれるのはこそばゆいです。
何も準備してないので、返答にも時間がかかってしまうのは許してください。
「えと、こういう風に動いたらいいなーっていう動きを頭の中でイメージしています。」
「んー? なんだそれー?」
「絵にしてみましょうか。」
先生が杖で地面に絵を描き始めました。階段を横から見た図のように直角が連なっています。
「こういう動きをさせたいと考えて強く念じる。するとこの通りに動いてしまう。ということでしょうか?」
「あ、勝手にってとこがちょっと違います。」
口で言うのはわたしの頭と語彙力がついてこないので実演します。
先生が描いた通り直角と水平に、階段を描くように動かしますが、途中から急降下させ、墜落寸前で急停止。そのままさっきの高さまで急上昇。そしたら再び急下降。再度加速。今度は羽のようにゆっくり落下。着地の際は駒のように回転させてみました。
この動きをさせている間、わたしは手振りも身振りも目線も使いません。
歓声があがりました。そりゃあ、曲芸飛行する肥料袋なんてめったに見れませんからね。
「自動制御ではなく手動操作ですか。すごいな。だがこれは……さすがに難易度が高い……」
生徒と一緒に驚いていた先生は指導の方針を考え始めました。わたしはそれに従うだけ。
とりあえずどういったものなのかは実演したので、皆にも挑戦させてみます。
しばらく全く動かせない状況を眺めていた先生が、一回だけ手をたたきまます。
どういった授業にするのか決まったようなので、皆で注目しましょう。
「浮かせてみるところから始めましょうか。」
そもそも動かない事には重力を無視した挙動をさせる事もできない。それにナミさんもそこまでは求めていない。
手際よく魔法で肥料袋を五つに増やしてから、思うがままにやってみてくれと先生は指示を出しました。
わたしが思うに、無詠唱ではなく先生のような呪文や魔法陣の短縮や省略で高速化と効率化を狙った方がいいと思うんです。
だって、疲れるんです。
「最初に使えた時の事は覚えています?」
悪戦苦闘中、先生がわたしに質問を投げかけてきました。
覚えてはいます。覚えてるけど、書庫に閉じ込められた時の事だからあんまり思い出したくはない。
「あ、言いたくないのでしたら無理にとは言いませんよ。」
わたしの辛い経験が皆の糧になるのならば、ほんのちょっとの心の傷など些細な事です。
初めて書庫で水を出せた時の事をお話しましょう。
実技が一時中断され、わたしの昔話が始まりました。
日常的に体罰や言葉の叱責を受け続け、書庫にも閉じ込められたりしていた事に皆ドン引きです。
「すみません、そこまでだったとは。」
「今ここで大好きな先生と居れて幸せなので大丈夫です!」
皆の前で大好きと宣言してしまう事に恥ずかしさなどありません。わたしをちゃんとわたしとして見てくれる皆は好きですし、先生も大好きです。
「そんな事されるって、お前一体なにをしたんだ?」
それほどの家庭内暴力を受けてしまうわたしの突飛な行動の方に注目が集まりました。
こちらにも無詠唱魔法を使うヒントがあればと思い、お話しました。
あの時は確か、カフェオレとミルクティーと雨上がりに車が通った後の水たまりの泥水が全部同じ色に見えたんです。
それをお父様が飲み比べたら一体どんな反応するんだろうと気になりました。だから試したんです。
ちょうど来客があり、準備していたカップも三つあったので、カフェオレと、ミルクティーと、泥水にすり替えました。どれがどれなのかわたしにはもうわかりませんし、誰も毒味や味見をしなかったので、お客様がそれを口にするまでは誰も気づかなかったのです。
泥水を当てたのはお父様でした。今思えば、家の取り潰しにまで発展する可能性があった大事件。子供がやった事だと客人は笑ってらっしゃいましたが、泥を飲まされたお父様は客の前でわたしを殴る蹴るの大暴れ。
このまま娘に体罰を加えるなら役職を取り上げるぞと、その人がお父様の地位を人質に使うまで暴力は収まりませんでした。
書庫への閉じ込めはそこから始まりました。悪戯への処罰と、放っておけば手が出てしまう実の父親から守る為に。
わたしの過去を聞いたポールとマッシュは大声で笑い転げてしまいました。
「ちょっと! これ笑いごとじゃない! ガチの児童相談所通報案件よ!?」
「だってよ、そんなことするか普通!? だははは!!!」
笑ってくれて構いません。もう他人です。あんな親の元へ帰る必要はないのですから。
「あー、僕もそれ、やったことあります。」
「先生!?」
笑い転げる二人の隣で、先生からとんでもない発言が飛び出しました。
相手はお亡くなりになっている奥様。
ミルクを入れないコーヒーと、豆を利用して作られた黒くて塩辛い調味料が同じ色合いだったので、彼女が飲もうとしていたコーヒーをその液体とすり替えていたんだそうです。
口に含んだのと同時に盛大に噴き出したので、あの部屋の中がしばらくおいしそうな香りになってしまったそうです。
わたしが貰ったアザラシくんに漂う微かな調味料の香りの正体はそれだったんですね。
真面目なように見えるけど、お茶目な所があるみたいです。
「よく結婚してくれましたね、それ。」
「そりゃあ、昔からの腐れ縁でしたので。」
我慢の限界で変な声を吐き出してしまったクロード君も笑いの輪に入ります。
ナミさんだけは最後まで呆れ果てていました。
結局、その日のうちにわたしの魔法を伝授する事は敵いませんでした。
わたしと先生の二人が恥ずかしい過去を話しただけ。笑ってくれたことで空気はそこまで重くならず、後日、皆の態度が変わったりもしませんでした。
結果はなにも得られませんでしたが、一日講師はとてもいい体験でした。
やるべき授業の進捗を投げ捨ててまでやらせてくれた先生には感謝しかありません。本当にありがとうございます。
将来は教師になる。もしかしたら、それもいいかもしれません。




