反省会
手が届かない事も数多くあるけれど、魔法とはとても便利なので、物理的な傷を癒す魔法も当然のように存在しています。
痛みが熱湯の中に入れた砂糖か塩のように消えていく感覚はとても感動しました。
裂けてしまった服や身体から出てしまった体液などは消えないので、そちらに対応した服を直す魔法や汚れを落とす魔法が必要になります。破れた服から肌が覗くのはセクシーですがスキマ風が入るのでちょっと寒いのです。
さて、ベッドの横にいらっしゃる先生に質問があります。
なぜわたしは治癒の魔法をかけて頂けないのでしょうか。
かわいい生徒が痛みで苦しむ姿を見るのが好きだったのですか。SとMのSのほうだったんですか。無知な子供を弄ぶ事で愉悦に浸る鬼畜眼鏡だっていう噂は本当だったのですか。夜のプレイのメインディッシュは縄ですか。それとも振動するキノコみたいな玩具ですか。殴られたり首絞めたりは親からの体罰やメルベスさんに襲われたのを思い出すので勘弁して欲しいのですが、先生が望むのなら耐えます。どうかお手柔らかにお願いします。
すみません、ちょっと取り乱しました。
わたしは今、他の誰かに見られたら二度と外を歩けなくなってしまうだろうと判断される程に酷い顔になっているそうです。壊れた棚や壁や床の中を思い切りゴロゴロ転がってしまったのですから、雪山の頂上から麓まで一気に滑落した人のような状態なのかもしれません。
こうして会話できる程度に痛みは抑えられているんでしょうけど、先生もフォークに巻いたパスタのようだと言うだけで、具体的に何がどうなってるかまでは教えてくれませんでした。
わたしとの連絡が途切れてから、わたしが隠し部屋の中で爆発を起こすまでの間の先生達はとても手際よく動いてくれていました。
理事長が、空箱にかけていた別の空間を作る魔法を遠隔操作して、隠し部屋を部屋ごと別の空間として隔離していたんです。おかげで事件のことは関係者以外誰も知りません。
メルベスさんとサワガニさんには逃げられてしまったとのことです。
魔法で壊した隠し部屋から回収されたわたし達は、学園内の保健室ではなく、理事長と懇意の関係にある学園都市の大きな病院に運ばれていました。
クラスメイトは全員無事でした。わたしの指示のおかげでみんな軽傷で済んだみたいで、大変な事になっているのはわたしだけ。
このボロボロの身体については、痕が残らぬようにしっかり治すから安心して欲しいと仰ってくれました。
先生以外には渡さない身体ですので傷だらけでも構わないんですが、先生自身が監督不届きで付けてしまった傷を見るのは心苦しいでしょうから、快く受け入れましょう。
先生が目視で全身の傷の有無を確認してくれるのかと尋ねてみましたが、それは自分でやって欲しいと断られてしまいました。ざんねん。
身体の事よりも、皆が(わたしが)メルベスさんを撃退したことでまた変な自信を付けてしまっていないか心配でした。
それを尋ねると、先生は申し訳なさそうに傷を治していない事をもう一度謝ってから、取引を持ち掛けてきました。
格上の相手に対して勇敢に立ち向かった結果、死にかける程の大怪我をした事にできないかと。
わたしが全身ボロボロで治して貰えていない理由はそれでした。環境の悪さで死に瀕している捨て猫のようになったわたしを見せて、綱渡りでギリギリだった勝利を演出し、これ以上変な好奇心で暴走しないように戒めるのが目的だったようです。
実際ギリギリでしたし、サワガニさんが帰った後とか殺されたほうが楽だったんじゃないかと思う程苦しんだんですが、先生曰く、皆はわたしが殺されるかもしれなかった事を理解していないという話でした。
なんて恐ろしい人でしょう。先生は愛する生徒達への教材として、その愛の対象であり大怪我をして苦しむわたしを癒しもせずに利用しようというのです。皆がわたしを想う気持ちで心を揺さぶるつもりなのです。
わたしには彼らを止める力はありません。これは事実です。
今回も制止のために色々手回しして探検に参加したのに、真っ先に捕まってしまいました。これが自分の力をすこしでも過信した結果です。
癒して貰えないのが慢心に対しての罰だと言われても反論できません。
なにかお詫びをしなくてはと思っていたので、わたしの身体は自由に使ってくれて構いませんでした。
連絡も報告も相談も要りません。眠らせたままもう授業を終えていてもよかった。
「アサヒさんも特別学級の生徒ですから。」
特別学級は五人が揃っていないといけないと仰いました。
皆わたしを必要なんだと。皆の中には先生も含まれています。先生とわたしたち五人で特別学級だと言ってくれました。
目頭が熱くなります。爆発の後にゴミが入って開けられなかった目なので涙とかよくわからない汁がずっと垂れ流しですが、それはそれ。
その後に面会を許された四人の反応は、見えてなかったけど凄かったです。
皆の肌が粟立っているのが感じられました。声も震えています。
戦いの後、わたしがとても深刻な状態にあるのをどういった形で伝えられたのかはわかりません。
流石にこの姿はショックでしょう。仲のいい隣人が自分の判断で死の淵に立つという事がどこまで恐ろしいものなのか、幼いながらもしっかり認識できたのではないかと思われます。
先生に向かって絶対に治せ、傷一つ残すのも許さないと噛み付いていました。
元を辿れば変に行動を起こしちゃった君たちが悪いんだよ。君たちが。
先生以外の大人の反応は、それはもう酷いものでした。
事実は何一つ隠さず職員会議で明かされて、知れ渡っていたのに。
誰もが恐れているサワガニさんの直属の手下が学園に侵入していて、わたしは危うく死ぬところだった。
緊急事態は理解はするけど、敢えて言うのならば無謀でありやりすぎだと、会う大人全員から嫌味たらしくお叱りを受けました。
どうすればよかったのかを答えてくれる人は居ませんでした。理事長はお叱りを下す側には付きませんでしたが、言葉を詰まらせ唸ってしまいました。
最適解は誰にもわからないんです。観客だから好き放題言える。実際に組み伏せられて殺されかけてみればいいんですよ。
体格も魔法の技能も全て格上の相手である。
相手は死に物狂いの本気であり一瞬たりとも油断できない。
食堂は閉鎖されているので大声を出しても助けは来ない。
隠し部屋の存在を知っている人数は限られる。
わたしが人質に取られているので妙な動きができない。
外への連絡ができる人物がいなかった。
メルベスさんがわたしを組み伏せる以上の危害は加えてこなかったけど、命以外にも色々奪われる可能性はあった。
めちゃくちゃにされた後のフォローは誰がしてくれるのか。
極限状態で最良の選択肢を取れるのは同じ状況を何度も経験した人ぐらいなものです。
わたしはギリギリの状態を短い人生の中でこれが二回目。それでも最良ではないとご指摘いただくのですから、選ぶというのはとても難しい事なんだと思います。
落ち着いたら一緒に考えようと仰ってくれたのは先生だけでした。
叱る名目で日々の鬱憤を立場も弱い子供にぶつけるだけの大人とは違います。
皆様、ご覧ください。これが私の大好きな人です。




