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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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デコボコゆで卵

 魔王との戦いで姿を消したという結末に想像の幅を持たせる物語の当事者になってしまったアサヒです。


 時間が経てば元通りになるかと考えました。

 未熟な魔法使いの集いである学園では術式がめちゃくちゃになって別の魔法が放たれる事故はしょっちゅう起こります。それが誰の手で行われたかの違いであり、強力な魔法で守られている学園都市に居る限り、それによる影響は直ちに修正されるはずなのです。

 しかし、相手が相手だからなのか、わたしが変な魔法の持ち主だからなのか。

 どれだけ経とうとわたしの姿は誰にも認知されません。


 ある人はその場に立ち会えなかった事に歯を食いしばり、またある人はただの子供に対して牙を剥いた魔王に腹を立て、ある人は子供にすら容赦しない魔王の思考を理解できず恐れ慄いた。

 星読みや白と黒の勾玉と八角形の図面を用いた占いでわたしの居場所を探す人が居れば、魔法で気配を探る人もいました。既に死んだものとして口寄せと称しわたしの霊を呼び寄せる儀式も行われていましたが、それは特別学級の暴れん坊、ポールとマッシュの乱入によって壊滅していました。


 姿が見えないだけで、実はずっと自分達の傍にいる。

 まるで死んだ人が寄り添っているかのような表現です。




 鍵を開ければ入れますし、開けれなくても壁を抜ければ自室に入れるので寝る場所には困りません。

 ですが、小食で、一日一食でもなんとかなる燃費のいい小柄な身体でも、お腹は減ってしまいます。普段から先生に頼り切っているせいもあり、部屋にある食料なんてお菓子がすこしある程度。先の見えない戦いの最中、兵站の乏しさは兵の士気にも直結してしまいます。


 姿が見えないことを利用して、万引きで食い繋ぐわけにもいきません。

 元に戻ったときに、どこで何をしていたかを問われた際に不利になる。どんな事情があろうと罪は罪。例外は無い。こんなことで先生に迷惑をかけるのは本意ではありません。


 だから、先生の家に行くことに決めました。

 先生の家ならば、見つかるまでの間の身の安全も保たれる。関係がどうのこうのと論じようとわたしには先生しか頼れる大人がいないのです。無断で上がり込んで食料に手を付けるのはいけないことだけど、腹が減っては戦はできぬというやつです。




 それは偶然でした。

 わたしが先生の家の扉に手を掛けた瞬間、廊下の何もない場所から突然扉がニュッと生えてきて、そこから先生が現れました。

 遠い場所をドアで繋ぎ移動する魔法、任意の場所ならほぼどこにでもいけるドア。憔悴する先生を見かねて理事長か誰かが先生を休憩させるべく仕込んだのでしょう。思ってもいない場所に転送されたであろう先生は、消えていく扉を恨めしそうに見つめていらっしゃいました。


 大きなため息と共に部屋に入る先生に続きます。

 季節のせいもあってか肌寒い先生の家は、いつもと変わらぬ風景なのに、心なしか寂しく感じられました。


 先生は、明かりもつけずソファーに腰掛けて、大きなため息をまたひとつ。

 ただでさえ寝不足が原因の強い倦怠感と眠気は人の判断も狂わせるのに、そんなことを考える暇もない大事件が目の前に降ってきた。可愛い生徒が魔王に襲われ失踪するなどという緊急事態を前にして、一番辛いのはこの人以外他ならない。


 そんな彼を癒せる人間が、今ここにいる。姿は見えないけれど、居る。

 その人物が、こんな時だからこそ未来の妻として腕を奮わねばと思い立ちました。

 心身ともに疲れ切った先生に安息を。すぐに現場に戻るかもしれないけれど、そのわずかな時間だけでもリラックスして欲しい。


 わたし自身がその悩ませる元凶であるという点には目を瞑りましょう。

 最も困難な状況においても見限ることなく寄り添ったかけがえのない存在としての地位を確立するという打算的な考えはありますが、それはそれ。何故わたしが誰からも認識されなくなってしまったかを考えるのは後回し。今はまだ、わたしも先生達も解決できない問題なのです。



 さて、誰にも見られない状態で、自分が何ができるのか。

 幸いモノに触れることはできる。直接触れなくても魔法がある。わたしの魔法は学園都市には魔法として捕捉されないけれど、それは今はどうでもいい。

 冷蔵庫を開けてみたけれど、たいしたものが無い。あるのは調味料が幾つかと、生卵が二つだけ。食料としてはお湯を使って煮立てるだけの乾麺があるので問題ないけれど、自炊もする人の冷蔵庫としては物足りない空間になっています。


 そうだ、卵だ。

 これ一つでヒヨコが孵る程の栄養の塊だ。薬のような即効性は無いけれど、これは甘さと幸福感をもたらすケーキなどの材料だ。そして生のままで口にするという実家では殴ってでも止められる行為さえも許される約束された安全性。疲れた身体にはよく沁みわたるに違いない。

 残っていた卵二つを取り出して、そのまま鍋へ水と共に投入します。閉まっている元栓に手が届かないのでガスコンロは使えません。だから、魔法で温めます。

 すぐにできておいしく食べれる卵料理。上手に割る自信が無かったので、そのまま温めるだけで作れるゆで卵です。

 料理は魔法を使わずに行うべきと思い込んでいましたので、卵の殻を魔法で剥くことにまでは思い至りませんでした。




 いつも通り殻剥きに苦戦して、ボコボコになったゆで卵を器に入れて先生の前に差し出せばミッションクリア。

 本当に何もできないのであれば自分が死んだと認識できない幽霊と何ら変わりません。誰に認知されなくても普段と変わらぬ行いができるのは不幸中の幸いです。

 聞こえてはいないだろうけど、作った事を先生に報告します。


「ああ、すみません、ありがとうございます。」


 姿が見えなければ声も聞こえない。気配も微かな魔力も感じ取れない。学園都市からの監視さえも潜り抜けている。

 そんな状態のわたしに対して、俯いていた先生は返事をしてくれました。




 返事を口にした先生自身も驚いていらっしゃいました。

 おもむろに顔を上げ、テーブルの上にあるガタガタのゆで卵を凝視する。立ち上がらずに辺りを見回して、探査の魔法を部屋に張り巡らせる。霞んでいた意識を強引に叩き起こす。頭を振り、頬を叩き、気を引き締める。

 声だけならば幻聴の可能性がある。疲労と焦燥感は感覚を鈍らせおかしなものを見せてくる。さっきまでは無かったものが目の前にあるけれど、それすらも幻覚なのかもしれない。

 だが、ゆで卵はそこにある。剥くのに苦戦はしたけど温かさはまだ失われていない。ずっと置きっぱなしだったとしたら、この温もりは絶対にありえない。


 二つあるうちの一つはわたしの分なので、驚いている先生の目の前で手に取ってみます。

 後から聞いた話では、この時、先生にはあったはずのものが突然一つ減ったように見えていたそうです。



 いつもの部屋で、わたしが見守る前で、先生は何度も目を擦り耳を澄ます。

 探査の魔法が何度も部屋を走っていくけれど、先生の隣に腰掛けてゆで卵を頬張るわたしを見つけるには至らない。


 声が届いたのは意気消沈から脱力していた瞬間。

 集中が、張り詰めていた緊張の糸が切れていた気の緩みが学園都市の完璧な構造に綻びを産んだ。

 気を張ると声は聞こえない。緩めれば耳に届く。聞き取れる声が気のせいかもしれないけれど、気のせいだと証明することもできない今、それを疑う時間も惜しい。

 何でもいい。痕跡を見つけ出す。感覚をラジオのチューニングのように細かく動かして、研ぎ澄ましたりしなかったりして、探し当てる。


 休憩時間の終わりなど関係ない。事件は会議室では起きていない。

 もし、今の体験が真ならば、探している人物はどこにも行っていない。最終処分場のように学園の目を離れた場所に連れ去られてしまったわけじゃない。


 慌ただしく自分の部屋から持ってきた魔法の術式や目録をテーブルに広げて調べているのを見れば、なにをしているのかはわたしでもわかります。

 先生は、わたしが今この場に居ると確信した。そうでなければここでこんなことをやる必要が無い。そして、わたしにできることもほとんどない。温かい飲み物を手渡して、心の底から応援するしかない。



 幸いなことに呼び戻しに来る人もおらず、邪魔が入らないことで先生は短時間で新たな魔法を作り上げました。

 それを用いてわたしを認識できるようになったのは、ゆで卵の完成から三時間後。アサヒ・タダノの失踪が発覚してからは、十二時間が経過していました。


 サヴァン・ワガニンの魔法はわたしではなく、学園都市の全域を覆う探査の魔法に影響を及ぼしていました。

 学園都市の通信網は物理的なものでなければ電波でもありません。これは全て魔法によるものであり、都市全体を覆える探査の魔法をネットワークとして様々な物に利用されています。今回サワガニさんはわたしの存在の抹消を願っていて、その目的に見合う魔法を使おうとしていたのは間違いない。それがどんな魔法だったのかは別として、解き放たれてしまっためちゃくちゃな魔法は探査の性質を変化させてしまったのだ。


 結果、探査の魔法からわたしの存在は否定され、無いものとされた。

 どれだけ探査の魔法を使っても、その目がおかしくなっていたのだから、見つかるはずがなかったのです。


 そんな状態でもわたしの声が届いたのは、疲労の蓄積から魔法が維持できず、手放しかけてしまったから。

 分かってしまえば簡単だ。先生は、自身と魔法との連携を一時的に停止させることで、ようやく愛しのハニーを見つけることができました。


「よかった、無事だった。」


 散らかした資料を踏んでいることなど意に介せず、先生は背後の壁にもたれかかって大きなため息をつきました。

 三時間前とは違う、安堵のため息です。


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