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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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数えて5人目のサワガニさん

 先生に違法な石鹸を届けにいくだけのはずが、闇の魔法使いとの対面になってしまいました。


 サヴァン・ワガニンという呪文は特別で、杖を持っていないにも関わらず発動してしまう魔法です。

 魔法使いが杖を必要とするのは無意識のうちに魔法を使ってしまう暴発を避ける為。この取り決めにより、現代のほぼ全ての魔法使いは木の棒を握りしめない限り安全装置が外れない。


 口伝で伝わる黎明期の魔法使いが引き起こした事故を例に無詠唱の魔法は危険とされる。呪文の短縮や簡略化が嫌われるのは昔からの教育の賜物なのです。

 その安全装置を強制的に解除して、自分自身の力で魔法を使わせるなんて技術があるのは信じられないけれど、皆が恐れているのだからあるのでしょう。実は彼を信奉する人達が名を呼ぶことを恐れていないだけなんてことはないはずです。


 洗脳状態を利用して意識を喪失させる。その空っぽ同然の身体を依り代として、自らをその場に顕現させた。

 どうやって学園都市のセキュリティを突破したのか分かりませんが、サヴァン・ワガニンは、またしてもわたしの前に姿を見せました。

 自称・サヴァン・ワガニンを本人と認めたのは、その名前を騙る怖いもの知らずが居ないから。最悪の魔法使いにして全世界からの嫌われ者を自ら名乗る変わり者はこの世のどこにも存在しないのです。




 この闇の魔法使いは一人ではあるけれど、一人ではありません。

 自分自身を複製して、その時点の自分をこの世に残しているのは理事長から聞きました。


 ほんの数ヶ月前までは、複製されたほうのサヴァン・ワガニンは、その当時のまま凍結保存されていると考えられていた。現出しているサヴァンが何らかの形で行動不能になった際に、直近で複製された彼がすぐに目覚めて活動を再開する。彼を完全に倒しきるにはそれを延々と繰り返し、最初の複製である本体を、学生時代の彼を叩き起こす必要があるという推論が立てられていたような気がします。


 今まで姿を見せなかったオリジナルが学園に姿を見せたことと、観測された数多くのデータが定説をひっくり返しました。

 わたしが彼を使って学園に戻った時、別の場所で、彼の分体の活動が監視されていたのです。


 そこまで高度な制御を行える魔法は存在しないと思考停止で切り捨てられいた考えられる最悪の展開です。複数の場所に同時に彼が現れて、同一人物が何人も存在しないと説明できない状況が起きた。どちらかが間違いであると宣言すれば、監視のための魔法を組み上げた研究に誤りがあったと口にすることでもあり、魔法社会全体への不信にも繋がってしまう。

 サヴァン・ワガニンの分体は、その全てが独自に活動を行っている。だから彼は一人であって一人じゃない。


 手先の少女を通してこの場に現れたのは、そんな数多のサヴァンのうちの一人。

 彼は、新たな魔女など認めないと、乗っ取った女の子の身体を通してわたしにいきなりの宣戦布告をなさいました。





 それぞれの自分からの情報共有は細かく行われており、わたしがトゥロモニではなくタダノであることも、協力者として手を組んだことも、全て知っていると言い、それを知ってなお、夜明けの魔女などというふざけた魔導師は必要ないと彼は口にしました。


 魔王サヴァンは誇り高き者であり、孤高の王であるべきと、拳を握りしめて叫びます。

 名を騙る輩が起こした些末な出来事に直接出向いて事態の収集を図るなどあり得ない。そんなものは放置しておけばいい。万全の体制を布いた学園都市への侵入は魔王が健在である示威行為になるし、事実、軟体生物は理事長一人で対処できたのだ。


 それだけではない。夢の中でアサヒ・タダノは王の所業に口を出し、愚かなことに王に刃向かった。挙句、平民以下であるにも関わらず王と対等であると勘違いを起こし、取引を持ち掛けた。これは即刻死罪に処すべき痴れ者の蛮行なのである。


 だから彼は本体に進言した。他の複製体にも賛同を求めた。

 あれはいずれ自分への脅威となる。今すぐに排除すべき邪魔者であると懇願した。



 小物であるなら勝手に滅ぶ。路傍の石など捨て置けと、サヴァンの一人はそう言った。

 無詠唱を自在に操る能力には目を見張るものがある。手下に加えるべきだと、サヴァンの一人はそう言った。

 確実であった未来予知を捻じ曲げて、先に広がる未来を創り出した。死なずに生き残るために彼女は必要だと、サヴァンの一人は運命の日を越えても尚生きていられる喜びに震えながらそう言った。


 いずれ敵対するときになれば、当然厄介な相手である。故に、その日が来れば直接手を下す。

 だが、今は夜明けの魔女を生かしておく。

 これは自分達の、いや、自分以外のサヴァン・ワガニンの決定である。




 自分の中で孤立するなど思っても居なかった。抵抗を試みたが、危うくサヴァンとしての能力と機能を切り離されそうになった。自分と同じく始末すべきとする立場の者からも、時期尚早であると窘められた。


「俺の変化は全て貴様が起こした事だ、夜明けの魔女。」


 原理のわからない魔法を扱う少女の戯言に耳を貸し、挙句見逃すとまで言い出したのは、あまりにも大きな変化である。

 そうして自分が爪弾きに合い、癌細胞として打ち捨てられる瀬戸際に立たされたのは何故か。それは夜明けの魔女を誰よりも危険視して排除を求めたからだ。そうだ、上手くいかないのはアサヒ・タダノがいるからだ。


 誰もやらなければ自分がやるべきだと、彼は思い立ったそうです。

 独断先行だろうと構わない。成否にかかわらず、手駒が一つか二つ消えるだけ。学園中枢に忍ばせていた自分が消滅した件について、夜明けの魔女の討伐をもって痛み分けとするつもりでいるそうだ。




 元は自分でも切り離した時点で他人です。意見の食い違いなど当然あるでしょうし、溜飲を下げても燻る感情が残り続けることもあるでしょう。何十人と自分が居れば、感情が昂るあまりこうして実力行使を選択する自分もいる。敵対する魔法使いや部下への対処だけでなく、好き勝手に暴れる自分さえも管理しないといけないサヴァン・ワガニンの苦労は本当に計り知れません。


 今の話を聞いて、大人しく始末されてあげるほどわたしはお人好しではありません。

 自分ひとりの判断で動ける自主性だけは評価したいけど、今この場でわたしを手にかけるのはサヴァン・ワガニンの考えじゃない。こう言っては失礼かもしれませんが、勝手な行動です。


 警報が鳴っていないところから、サヴァン・ワガニンの侵入は学園のセキュリティには気付かれていないと考えます。もし、その状況でわたしの命が絶たれてしまったら、やったのはサヴァンではなく身体の持ち主だ。理解できないけれど彼女は何らかの恨みを感じている。魔法の使用でうっかりが起きて、死亡させてしまう事も無いとは言い切れない。手が滑ってわたしが殺されるなんて未来は想像したくない。そんな通り魔に遭って非業の死を遂げる少女など居てたまるものか。


 わたしがこの先も先生に尽くすため、彼女を殺人犯にしないため、そしてサヴァンの本意ではない行為を止めるために、行動を起こす必要がある。


「夜明けの魔女よ、永遠に眠るがいい!」


 そう叫んだあと、サヴァン・ワガニンは、自らが操る女子生徒のポケットから杖を引き抜いて、彼女の口を使ってわたしに向けて呪文を唱え始めました。





 彼の学生時代は先生と一緒である。

 杖の扱い方の癖が先生とそっくりで、こんな緊急時でもその事を思い出させてくれました。


 サヴァンと先生と、何が一緒だったのか、理事長に教わったことが細切れの動画のように頭の中に思い浮かびます。

 入学に至った経緯、担任である理事長の存在、そして、短縮と圧縮の技法――



 思い出していると、詠唱が終わらないことに気付いてしまいました。

 今、サヴァン・ワガニンは非常に長い文節の呪文を早口で唱えています。わたしも学んでいる最中だからわかります。彼は、短縮も圧縮も使わずに、非常に長い平文の呪文をただ早口で言い並べているのです。


 わたしのことを知っているのなら実力も理解しているはずだ。ならば願いを形にする魔法では受け止めきれない魔法が来る。わたしの魔力を一気に磨り潰す為に、強力かつ大規模な魔法を放ってくるに違いない。勝利条件はあまりにも簡単で、学園都市を包み込む大嵐で街を水底に沈めるだけで相手は勝てる。わたしを消せれば上出来で、あわよくば、学園をもろとも消し飛ばそうと考えているかもしれません。


 だけど、それは短縮と圧縮を使わない理由にはなりえない。どれだけ強力な魔法であろうと関係ない。この技を使うには、その魔法を安全に使うための呪文があれば良い。隕石の呪文だろうがなんだろうが呪文があれば短縮できる。それが先生から教わる授業内容における鉄の掟。仮にサヴァンの短縮と圧縮が未完成であったとしても、これだけ長い呪文を敵の目の前でダラダラと唱えているのは問題がある。



 何故使えないのかはどうでもいい。彼は今、持っているはずのアドバンテージが無い。これはチャンスである。

 魔法の無断使用で怒られることを考えたけど、すぐに振り払います。相手はサヴァン・ワガニン本人か、名前を言うのを厭わない人物であり、躊躇は死に直結します。数週間の停学など、今後の一生を考えれば比べるまでもないのです。


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