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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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自分との対面

 自分との対話を行うという内容の授業に参加させられることになりました。


 鏡映しの自分と称する何者かと対面することの意味はよくわかりません。

 大前提として、自分は自分しかいないのです。たとえ今この瞬間のわたしをコピーされたとしても、寸分違わず同じ思考に至り、同じものを見て同じ感想を抱き、問いかけられればやはり同じ選択をし続ける必要がある。切り離された瞬間から、相手は自分自身を誰かのコピーであると認識してしまっている。つまりそれは別人だ。対面する人物が真に自分であるという証明が為されていなければ、こんなものには意味がありません。


 鏡に映された自分との対話をして普段の態度や考え方を見つめ直すのが目的である。

 確たる強い精神を持たぬ者達でなければ受けることができない高尚な授業であると、担当を任されている教師は大仰な身振りをしながら授業の有用性を説いているけれど、最も重要な部分、何の意味があってそんなことをするのかを口にしていないように聞き取れます。


 先生ならばこの授業で向かい合うべきものが何であるかを説明してくれたでしょう。

 その頼みの綱は今、街の外れで起きた事件の事後対応に追われている。ここには高名らしい教師が一人と特別学級の五人のみ。他に誰か居るとすれば、それはきっと気のせいだ。授業の内容を聞いたことでの恐れが産みだしてしまった妄想だ。

 この授業が初めから仕組まれていた物であり、自身と向かい合うといいながら、実は別の何かと対面させるつもりかもしれない。深層の自分自身が目の前に現れようが確認のしようがない。いったい誰が本物であると証明できるのでしょうか。




 一人ずつ、その大きな鏡の前に立たされます。

 出席番号順であればわたしが最後になるはずだけど、最初に回されました。


 その理由はこの授業の意義を一番に疑問視していたから。なんだかんだと言い並べていらっしゃいますが、結局は見せしめです。生意気なクソガキに現実を見せて鼻っ面をへし折ろうという魂胆なのです。


「お前はわたしじゃない!」


 鏡の中のわたしはというと、醜い程に顔を歪ませてわたしを否定しました。

 お前がアサヒ・タダノのはずがない。それは確かに今わたしが考えている事と一致します。鏡に映る自分は自分でないと口にした。


 それがどうしたというのでしょう。そんなものは分かり切っている。そのために産まれた自身の存在さえも拒否をするなどすごい発想だ。だからこそ、何が言いたいのかわかりません。

 だいたい、なんだその表情は。笑ったわたしはそんなに醜いのか。外見だけなら普通の基準は満たしているこの顔が、笑うとそこまで邪悪な存在に変わってしまうのでしょうか。

 確認しようにもわたしは手鏡など持ち合わせていません。肝心の鏡は今も顔に大きな皺を作りながらニタニタ笑っている。これはアレだ。いかにもな正論をぶつけて言いよどませて、相手の出方を窺うアレ。なんという表現だったかは覚えていませんが、アレです。こんな時に限って名前が出てこない。ああ、もどかしい。


「反論がないならお前の負けだ!」


 納得のいく答えを用意しろ。できないのならばアサヒ・タダノの名は今から鏡の中の自分のものになる。お前は名無し。他の名を名乗れと、どんどん言葉を続けます。



 言われた言葉は衝撃的なものですが、返答はせずに考えます。

 自分は自分ひとり。鏡映しにした深層心理などという証明できないものなど信じない。だから相手を必死になって否定する。今もこうして相手は自分じゃないと思い続けている。だからこそ、鏡の中の彼女はわたしを否定するのでしょう。


 では、わたしは率先して返答の強要と一方的な勝利条件の提示をしたことなどあったでしょうか。

 相手が口にできない感情的な部分が含まれた点を指摘した。自身が納得いかない事を延々と尋ねたりもした。そこから始まった議論から授業を潰してしまったこともある。

 そのつもりがなくても、そんなことを行ってしまったのか。多くの人を傷つけたのは間違いないけれど、認識している以上にわたしは危険な思考の持ち主なのか。


 違う。

 わたしの悪い点をやんわり指摘して、指導してくれる先生がこれだけ重大な部分を見過ごしているとは思えない。根底的な部分であり、慎重に矯正を行わないと暴発して失敗すると判断されているのであっても、わたしに説明なしでそれらを行っているとは考えにくい。わたし自身を無視した更生計画などするはずがない。わたしはわたしが信じる先生を信じている。



 コイツは違う。わたしじゃない。アサヒ・タダノじゃない。

 目の前の人間を感情まで模倣した何かである。心を読む魔法を用いているのだろうけど、心を操る魔法に該当する。つまりわたしには効力が無い。


 ならばコイツは何なのか。疑問はすぐに解けます。先生や理事長をはじめとした大人と積極的に議論を交わしているのは大人への反発だけに非ず。対人コミュニケーションは苦手なわたしですが、話せる相手を利用することで大人達の考え方を学び取っているのです。決してただ先生を独り占めしたいわけではありません。


 目の前のクソガキは、報告されている性格と、客観的な評価と、関係を持った人から集めた情報を組み合わせた情報の集合体だ。おそらく、この情報を集めたのは鏡の横でわたしの出方を窺う教師でしょう。

 どんな評価を下されているか知らないわけじゃない。傍から見れば理屈にもならない暴論で周囲を振り回す傍若無人な悪ガキだし、魔法使いの中で魔力が無い事を逆に特権として振舞う魔物である。願いを形にする魔法を知っている人からすれば、原理もわからない力を平然と行使する怪物だ。

 他人から見たわたし。それが鏡の中のアサヒ・タダノの正体なのです。



 他人の評価など知った事ではないのだけど、知りたいことが一つだけありました。相手の暴論には耳を貸さずに尋ねます。どうしても答えたくないというのならば、わたしの問いに答えた後なら答えてやるつもりでした。


「あなたが好きなのは誰ですか?」

「あ? 誰がテメーなんかに教えるかって――」


 即座に返答無し。確定だ。コイツはわたしでなければ、わたしの評価ですらない。

 そう謳うのであれば完全な形でわたしを再現すべきである。コイツは悪い部分だけを集めて煮詰めて濃縮されたただの悪い生徒の見本である。誰にでもある欠点をわざと指摘して誘導する悪質な簡易診断そのものだ。

 こんな見返すにも値しない存在に向かい合う価値もない。


 ほら見ろ、最初から思っていた通りじゃないか。こんな授業に何の意味も無いのだと。

 ああ腹立たしい。はらわたが煮えくり返るとはまさにこのことだ。

 どれだけの人に尋ねて情報を集めたのかを窺い知ることはできません。今日の授業のためにどれだけの準備期間を要したのか、わたしのためだけに魔法を練り上げるのにどれだけ苦心したかは知りません。不足要素を加えたら不具合を起こしてしまったので、仕方なくその情報を外したのかもしれませんので、もしそうだったら謝ります。

 怒ることは許して下さい。だって、わたしを構成する上で、一番重要な部分が抜けてしまっているんですから。

 先生が好き。この点だけは、絶対に譲れない。


 一瞬のうちに沸騰した感情が身体を突き動かしてしまったのかもしれません。

 わたしはわたしの意思で、右足を使い、鏡を蹴っていました。


 小さい子供が蹴ったところでびくともしないであろう大きな鏡はバランスを崩し、重さを支えていた支柱はその役目を奪われました。

 時間が伸びる。一瞬の出来事が長い時間の中で行われるように見える。スロー再生した動画のように、ゆっくりと鏡が傾いていく。

 割れる音は、思ったよりも短くて、小さかったです。



 肝心の魔法の鏡が壊れてしまったので、授業の残り時間は自習になりました。

 なぜ壊れたのか、誰がやったのかの報告はあったかもしれません。ですが、このことでわたしが処罰を受けることはありませんでした。


 悪いことを悪いとわかっていると罪悪感を持っているのだから、身の振り方を考え直せと指導するつもりだったのか。それともただ罵倒されて傷付く姿を見たかったのか。

 何の目的でこんな授業があったのか、それは教師本人にしかわかりませんし、知りたくもありません。


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