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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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先生は怒ると怖い

 学園からの監視の目をかいくぐり、遂に目的の物に手が届く距離まで近づいたマークさん。

 本当にあと少しだった。強奪しようと企んでいた杖は今、彼が手にかけていた内開きの扉の陰にあります。そこにあったのは本当に偶然で、作業の邪魔だからという理由で隅に追いやられ、そんな場所に立てかけていました。


 探すための魔法を怠らずに注意深く探していれば、わたし達に気付かれぬように奪い去ることができた。透明になる魔法で忍び入り、こっそり持ち出す事だってできた。引き寄せの魔法を上手く使えていれば、拾い上げられたタイミングで動き出し、窓を突き破って遠くに飛び去る演出をすることもできた。魔法があるのだから、どんな方法を取ることもできたはずだ。


 ヘラヘラと笑いながらわたしたちの前に姿を現したのは、それができなかったから。

 勉学には励まず遊び歩く男であり、成績はいつもギリギリだったそうだ。まともに授業を受けていないのだから、学は無い。文字を読むのも覚束ないから本も読めていない。変な部分でしか知恵が回らないのは人から教えられたり本で学びを得たりなどしていないからだ。


 加えて、酷い性格だったのは昔からであり、ちょっと付き合えばそれもバレるため、交友関係は長く続かない。

 マークさんを知る人物は、先生を含めて苦虫を噛んだかのように顔を顰めていた。長年の行いが、関わりたくないという共通認識を持たせてしまったのだ。


 この人物は、自分だけが特別だと思っていないから性質が悪い。

 皆で分け合うことで差異がないように、誰もが区別なく均等であるようにと願う。彼にとって自分の行いは、ただ分配された分を受け取っているだけに過ぎない。マークさんにとってその行為はごく当たり前なのだ。


 何が原因で彼がそういう人物に仕上がったのかは分からない。とにかく彼は自分のおかしさに気付くことができなかった。

 家庭環境がどれだけ悪かろうと全寮制とも言える学園では関係ない。人付き合いが下手ならば、下手なりの付き合い方がある。直したければ直せばいい。変わろうとする自分の足を引っ張る人間から離れているのだから、それができるはずなんだ。

 ダメな自分をそのままにして、理由を全て周囲に押し付けて、本人はただのクズとなり果てた。


 彼の生い立ちについては興味がありません。

 先生につきまとうちょっと面倒な虫でしかない。この調子であればいずれは犯罪として逮捕されて姿を消すだろう。だからわたしにとってはどうでもいい相手なのです。





『戻れ』


 先生の魔法はとても分かりやすい。長文かつ未知の言語を言い並べる普通の呪文とは違います。

 わたしの顔面から、自身が放られた手に。そう戻れと命じられたゴミ袋は素直に戻りました。自分は投げていないとアリバイを立てようとしていたのでしょうか。顔に手を当てていたせいで、ゴミ袋は真っすぐにマークさんの顔面へ。


「僕の生徒に何をする。」


 そう言った先生に対し、マークさんは教師気取りかと鼻で笑いますが、先生は本当にわたし達の先生です。いったい何がおかしいのかわたしにはわかりません。



 マークさんは先生に対して罵声を浴びせました。

 お前が教師になれるはずなど無い。不正を働いたか、賄賂を渡したか、何をしたかは分からないが後ろめたい行為に手を染めたのは間違いないはずだ。学園の裏を掴んだか、外の老師に手を借りたのか。何れにしろ、その陰謀は既にお見通しである。貴様は学園の裏切者であるのだと、マークさんは指摘します。


 一生懸命語りかけられる先生自身、何を言っているのか分からずにいるようでした。

 呆れ果てるのも当然でしょう。どこを見ているのかわからない指摘に対してはコイツは何を言っているのかと首を傾げるしかありません。

 驚いたのは、その後の一言。


「俺と組もうぜ。」


 散々罵倒した後に手を差し伸べようとする意識が信じられませんでした。

 似たような光景を本で読んだことがあります。

 これは、妻や恋人のダメな点を散々に指摘して、最後に付き合っていられるのは自分だけだと器の大きさを誇示するような態度です。本人は自分が相手の事を知り尽くしていると示した上で、手を差し伸べたつもりでいるのでしょう。そんな家庭内暴力で相手を洗脳するような行いを、まさか目前で見ることになろうとは。


 強い言葉を投げかけられれば人は警戒する。心は強く保ても、身体が本能的に怯えてしまう。とりあえず目の前の男は敵だと認識を改めるのだ。

 残念なことに先生はマークさんに依存していない。

 カエデさんを失って間もないうちに声を掛けられていたのであれば何か違ったかもしれないけれど、今の先生に精神的な揺さぶりはあまり通じない。わたしを部屋に呼び込む後ろめたさすら乗り越えている先生にこわい物などないはずjなのです。



 マークさんの目的はナントカの鍵を悪い組織に売り渡し、地位を得ることにありました。


 つい最近まで彼は学園都市の現体制を転覆させようと企んだ革命軍に居たそうだ。

 そこでクロード君がナントカの杖の所有者であるという情報を手に入れた。革命軍に先が無いことに勘付いていた彼は、その杖を持ち出して他所に売り飛ばせないかと考えていたそうだ。

 いわゆる抜け駆けというやつで、自分だけが救われようとしている図々しさには感服してしまいます。


 クロード君が使用する直前に、杖に細工を施した。手渡す係として皆に認められる形で杖に触れ、引き寄せの魔法を仕込んでいた。後はわたしも知る通り。革命軍の目的は潰え杖は瓦礫の下。


 後腐れなく持ち出せるはずだったけど、先生が杖を回収してしまったのは予想していなかった。

 先生が杖を拾い上げなければこうはならなかった。不法侵入も、生徒へ危害を加えようとしたマークさんの判断も、全ては先生に責がある。つまり、我々は同罪である。


 ここには俺達しか居ないと、わたしとクロード君の目の前で、臆面もなく言い放ったのは凄かったです。

 それは子供を、皆を一人の人間として丁寧に接する先生とは相容れない昔の考え方だ。

 古い時代の人間から色んなものを教わって、植え付けられた価値観に疑問を抱かずにいた。つまりわたしとクロード君は生け簀の魚であり、今この場に居る人間は、彼にとっては先生だけだった。



 先生を勧誘しようとするなら、もっと違う、別の手段を用いるべきでした。

 具体的にどうすればいいかなんてわからないけれど、わたしとクロード君をも巻き込んで共謀するとか、わたしを人質に取って交渉するとか、何かあったはずだ。

 先生からも、わたし達からも、とにかく印象は最悪だ。


 どこまで本当なのかわからないけれど、彼の言葉の全てが信じられません。

 そんな男と真面目に応対する時間が惜しい。この性根の腐った相手を牢屋にブチ込んで先生の家に行ってぬいぐるみに包まれながら柔らかくて温かいベッドで休みたい。言葉の暴力で先生も疲れているはずだから、数日の休みを貰って温泉旅行に行ってもいい。ああ、荒れ狂う世の中を忘れてただ何もない時間を先生にプレゼントしたい。




 身構えていた先生が動いたのは、手を差し出す前に吐く罵詈雑言の対象に、わたし達が挙げられた瞬間でした。


「こいつらはお前じゃなくてもいいんだ。誰がやっても勝手に育つ。俺達だってそうだっただろう?」

『彼らを馬鹿にするな。』


 子供は野に生える雑草とそう変わらない。親を失った野生動物と何ら変わらない。一定の年齢になるまではただ息をして餌を食ってクソをするだけの生き物だ。そんなものに教育を与えて何の徳がある。歳を重ねて人間になり上がったとしても、俺達は未熟な動物だった頃を知っている。つまりこいつらはどれだけ時間が経とうと人間未満なのだと、身振り手振りを加えながら演説を終えた直後、拘束するための鎖が何条も飛び出して、息をつく間も無くマークさんの身体を締めあげました。


「なにを……!?」

『入学するよりも前から皆立派な人間だ。否定するな。』


 自分はどう評価されても構わない。だが教え子たちを馬鹿にすることは許さない。懸命に生きる人を笑うような下衆に組するつもりは無いと、先生は口にする言葉と魔法をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせながら告げました。


「どれだけ取り繕おうが事実だろう!」

『取り消せとは言わない。お前はそういう奴だ。』


 ずっと我慢して耐えていたのでしょう。堰き止めていたダムは決壊し、怒りは大規模な洪水となってしまっている。ただでさえ判別できない先生の魔法がメチャクチャです。文法も形式も投げ捨てた、感情に全てを任せた魔法。暴発だと判断されても仕方のない魔力の放出に耐えきれず、マークさんはあっという間に気を失ってしまいました。

 先生が本気で怒ったのを見たのは一度だけだけど、今回はあのとき以上。わたし達のために怒ってくれることへの感謝はし尽くせません。



 勿論悪いのは煽り立てたマークさんだし、マークさんをああいう形に育ててしまったかつての教師達。

 でも、考えてしまいます。本当にそれで片付けていいのかと。

 もし、わたし達の言動が、先生にいらぬ不満を溜め込ませてしまっていたら……


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