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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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大山鳴動して鼠一匹

 街路樹の木々も紅色に色付いて季節の移り変わりを感じられる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 学園都市は今日も様々なトラブルが発生しております。


 クロード君が杖を紛失しました。

 練習用にと学園から支給されている普段使いの指揮棒や菜箸ではありません。誕生日にご両親から贈られたという、わたしの身長よりも長くて大きくて立派な杖。先日盗難に遭い、色々あって本人の管理の下に置かれることになったあの杖です。


 先生の部屋で見ているからこそ、あんなに大きなものを無くすとは考えにくい。いえ、考えられません。

 大きく長い物を紛失する場面を考えると傘の置き忘れがあるけれど、クロード君は国宝にも比肩する実用にも耐えうる古代の遺産を安価で買える傘と同じ感覚で振り回していたというのか。もしそうだとしたら、あのナントカの鍵は学園都市を転覆させる事も出来る危険な代物であると理解していないのかもしれません。



 クロード君がしていたという保管方法は、一言で言ってしまえば雑。

 以前の盗難騒ぎで彼に手渡された後、杖はわたしが梱包した段ボール箱のまま部屋に放置してあったんだそうだ。


 杖を何かで使おうと箱を持ち上げて、異様な軽さで異常に気が付いた。調べるまでもなく、裏側に大きな穴が開いていた。箱がネズミに齧られて、夜になると動き出す杖はそこから抜け出したと見るべきでしょう。

 師と弟子ということもあったのか、先生と理事長がため息をついて頭を抱えた姿はそっくりでした。


 

 彼ひとりを責め立てるわけにはいかない。彼の油断を招いた環境にも責がある。

 クロード君一人に批判の意識が向かぬように配慮した理事長の言葉はわたしにも突き刺さります。


 杖を無造作に放置していたのは信頼していたからだ。

 学園の、宿舎のセキュリティを信じていた。学園都市の監視システムは杖が勝手に動き回るなどという怪奇現象さえもしっかりと記録されると思っていた。返却する前に、何らかの盗難対策を施してあると思っていた。

 大人達がどうにかしてくれるものだとばかり思っていた結果が今回の紛失なのです。


 クロード君は保管用にケースまで用意してくれたとばかり思っていたから、段ボール箱を開けずにそのままで居た。

 つまり、箱に詰めて動けないように封印したわたしにも責任がある。


 わたしはあの日、あの晩、あのタイミングでのみを考えていました。持ち主への返却前に無くしてしまうなどという失態を犯して先生に恥をかかせるわけにはいかないとだけを考えていた。だから応急処置として箱に閉じ込めたのです。今思えば、クロード君がこうした管理をするのも想定し、より丈夫な箱で梱包すべきだったかもしれません。毎日拭いて眺めたり抱いて寝たりするほうがおかしいのです。




 紛失したことを責めたところで杖は帰って来ない。先ずは探すのが先決だ。

 大仰な名前がついている通り、あの杖は魔力を放ち続けているそうです。そんなものを宿舎から持ち出されれば確実に記録が残る。隠そうとすれば隠そうとした工作が記録に残る。魔力を持たぬただの棒として監視の目をごまかそうとしても、この場合は不自然に魔力の無い穴が記録される。

 学園都市の記録が改竄されていなければ、杖は持ち出されていない。まだ宿舎の中にある。

 移動の痕跡を辿るために先生と共に突入したクロード君の部屋は、それはもう凄惨な光景が広がっていました。


 女子宿舎と同じ広さのはずなのに、部屋が狭い。具体的には天井が近い。

 理由は床に転がっている大量の荷物のせいだ。


 何があるかを具体的に口にするのが難しい。特に目立つのは飲料の空き容器。それからお湯を入れて三分待つだけで調理が終わるインスタント食品の空き容器。惣菜を入れたトレーや菓子の空き袋があって、その上に通販の段ボール箱が積み重なってしまっています。目の前に丸められたティッシュが詰められた袋が降ってきて、クロード君が慌てて隠したけれど、風邪でもひいていたのでしょうか。

 ベッドの上だけは空間ができているけれど、据え付けの机は見当たらない。床は全てゴミで埋め尽くされてしまっている。教科書やノート、先生から出された課題も恐らくはこの中だ。

 英雄の部屋は、片付けられずに放置されていた先生の家に負けじと劣らぬゴミ屋敷と化していました。



 誤解を招く行動なのはわかります。わたしが先生以外に振り向いたと噂されるのは面白くありません。そうなるリスクを踏まえた上で、異性の同級生の部屋への侵入を行った目的を忘れてはいけません。

 無くしてしまった大事な物を探すため。杖自身が移動することも考慮してどこに向かっていったかを確認するために、わたしと先生はここに居ます。それ以外のことに手や口を出す必要など無いのです。


 そうだ、何もする必要がない。ここからあの杖が持つ固有の波長を探査の魔法で探し出し、どういったルートを辿ってこの部屋を脱出したかを探り当てるのがミッションだ。これだけ立派に物を溜め込んだ部屋ならば探査の魔法は探すという本領を発揮できる。しかも今日は二人も使い手が居る。そう時間はかからないだろうし、夜中になると動き出す理由さえも解明できるかもしれない。なんだ、事態は思ったよりも簡単じゃないか。大量のゴミに圧倒されてしまったけど、やることは単純明快で、難しく考える必要なんてどこにもないのです。



 もしかしたら、ゴミの中に埋もれてしまっているのでは。

 そんな簡単な話はあるはずがない、とは思いました。


 国宝や神器といった何の地位も無いいち生徒には現物を拝む事すら一生に一度あるかどうかの代物だ。ならばいくらゴミに紛れようとも存在感があるだろう。プラスチックやビニールの中にあるのだからなおさらだ。

 そんなものをゴミの中に埋もれさせてしまったという先人に対する不敬はこの際置いておきましょう。とっくの昔に死んだ彼らに怒られるはずがありません。

 箱の穴はネズミによるものと断定されたことから、先生は窓と扉とバスルーム、わたしは机があるであろう壁に耳を押し当てて、それぞれ探査の魔法を使いました。


 部屋の中に、とても強い何かがあるのは感じました。

 そこに存在していたという強烈な足跡と判断するにはあまりにも強い。部屋の中心からは背を向けていたからでしょう。背中が焚き火や陽光で温められるときのように熱かったです。目を閉じていたら、そこから放たれる光に目を潰されていたかもしれません。


 それが部屋の外に出た痕跡は、無い。

 探査の魔法で調べた限り、杖はこの部屋にある。


 わたしは先生に、魔法で感じたものをそのまま報告しました。

 この部屋から痕跡を残さずに持ち運ぶ方法が無いわけではありません。転移や転送を行えば置き換えることなど造作もない。ゴミの中にゴミが一つ紛れたところで判別などできはしないし、それを調べるためにはクロード君の行動履歴と購入履歴を全て用意した上で、彼が買っていない空き容器がこの部屋に無いかを洗いだす必要がある。とてもじゃないけど現実的じゃないし、興味が薄い相手の食べ殻を触れて確かめる行為はあまりやりたくありません。


 転移が行われた可能性は最初から疑われていて、調査はこの部屋に踏み込む前から始まっていました。

 その結果を通話で受け取った先生の一言で全てを察します。


「……片付けましょうか。」


 魔法による調査の結果、ナントカの鍵はこの部屋からは移動していない。ゴミ屋敷となったこの部屋のどこかに存在する。

 それが学園都市の見解であり、所在を明らかにするために、掃除をしろとの指示が下されました。



 結局、杖はベッドの下のわずかなスキマに挟まっていました。

 触れた際、こんなゴミ部屋は嫌だ、もっときれいな場所で大事にされたいと嘆いているような感覚があったけど、気のせいでしょう。


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