ひとりでおるすばん
乱入者の登場により中断され、中止になると思われていた先生のお見合いは、部屋を変えて続行という形になりました。
続けると宣言したのはお相手の女性。
自分が用意した場であることを気に病んでいた仲人は手を叩いて大喜び。女性二人であれよあれよという間に先生は別室へと連れ込まれてしまいました。
現在、先生達はよりセキュリティの高い部屋で会談の真っ最中です。
魔法で時間が止まったのは本当に一瞬だったけど、その一瞬のために、わたしは持っている魔力を全て使い切ってしまいました。魔力が切れた瞬間気絶せず、しばらくは意識がある状態を保てるようになったのは成長した証でしょう。
覚えているのはお見合いの続行を聞いたところまで。その直後に眠ってしまったようで、気が付けば、わたしは見知らぬ部屋に置き捨てられていました。
すぐ傍には見慣れた鞄が置いてある。ここが先生に割り当てられた部屋であるということだけは間違いありません。
今回の女性は今まで先生に言い寄って来た中では最も強敵であると言い切れます。
あれだけの事が起きた後なのに、本来の目的を果たそうとする意思の強さがある。見た目からは考えられぬ胆力がある。場の混乱に乗じてわたしと先生を引き剥がすことにさえも成功してみせた。真に二人きりという場を作り上げたのだ。
わたしと先生が離れたことがどう影響するかなんてわかりません。
男という生き物は誠実であろうと股間の脳には抗えない。その器官は意思が無くても触れれば勃つ。ほぼ同世代の男女が密室に入ってどうなってしまうのか。ホテルだからベッドもあればシャワーもある。部屋の監視はされていない。これだけお膳立てされているならば、秘密の授業と称した既成事実を作ることなんて簡単にできるだろう。
わたしと共に生きると言ってくれた先生の言葉を信じよう。
指一本さえ入らないであろうこの身体では発散できぬ肉欲を十分に熟れた食べ頃の果実に向けて解き放ったとしても、わたしの所に戻ってきてくれることを祈りましょう。
それ自体を特別視はしないけど、結婚自体は悪い事じゃない。新しい妻として彼女を迎え入れたとしてもいい。だからせめて、わたしもその家族に加えて欲しい。もし成立するのであれば、二人ではなく三人で幸せになろうと言って欲しい。
このホテルは学園都市の外。先生とは連絡が取れず、戻ってくるまでの時間はとても長く感じられました。
翻訳の魔法も無いのでテレビを点けても何を言っているのかわかりません。休んで回復した魔力をそんなことに使うのはもったいないし、長時間視聴したいと思う番組もありません。
今できることと言えば、天井板の木目を目で追うことくらい。
居たくもない相手と部屋を共にして、天井のシミを数えることで意識を逸らす手法は色んな作品で見てきましたので、これは眠れない時の暇潰しとして定番であると考えます。より深く傷ついて、気晴らしすら意味を為さない結果になっているところから、同じ空間にいるのはそれだけ消耗する事なのでしょう。
疲れた時の思考はどうしても後ろ向きになってしまう。
土蔵での生活や罰としての書庫閉じ込めで一人で居る事には慣れているけれど、今日のこれは耐えがたい。
今日突然現れた人間に今までの時間を全てひっくり返されたくない。先生を取られたくない。
わたしの人生にも関わる出来事を、わたしの知らないところで決められるのが怖い。
わたし以外の全ての人が認めた決定があったとして、本当にそれが先生自身の意志なのかを疑ってしまう。
何故疑うか。それは魔法というものは何でもアリだから。不可能を可能にし、黒を白に塗り替える。長い時間をかけて証明してきたつもりだけど、わたしの想いは幼い子供の勘違いだと断定することだってできるだろう。
勘違いだったら何だ。頼れる大人を欲している、父親を欲していると推測を立てることは簡単だ。先生は頼れる存在であり、それに依存することのいったい何が悪い。
そうやってわたしがしてはいけない状態であると決めつけた相手は何を求めている。愛娘を土蔵に押し込めて、体罰すら厭わない親の元へ戻れというのか。あれの下で言われるがまま自分の意志を持たずに生きるのが幸せなのか。幸せだったのか。
今まで出会って来た人達は、謙虚に慎ましやかに生きて一週間に一度の贅沢をささやかに喜ぶべきだと言っていた。そう口にしてはいないけど、わたしがそう捉えられる言い方をした。
わたしはわたしの意思で理想を掴む。幸せになる。なってみせる。
先生への一生のお願いとして約束もした。時間は人をも変えるというけれど、まだ何も始まっていないうちから終わってしまうのだけはやめて欲しい。だって、わたしはまだ何もしていないのだから。
どうなったかを聞きたいけれど聞きたくないと、矛盾する言葉を伝えて混乱させてしまったことを深く謝罪します。
わたし抜きで行われた会談の結果、先生と彼女は結婚や結婚を前提とした交際には至りませんでした。
彼女が持つ結婚への理想が先生の実情とは合わなかったのが原因だそうです。
夫が妻がと役割を押し付けず、互いが相互に助け合う共同生活をしたい。
家事も休みも均等に分担する。どちらか一方に偏るのは絶対に許さない。同じ人間なのだから、不公平があってはならならないのだと彼女は口にしたそうです。
先生は学園都市の教師であり管理者の一人である立場上、職よりも家庭というわけにはいきません。どうしても変えられぬ優先順位が存在することが、彼女が今回の話を断る決め手となりました。
早急に決めず、今日を切っ掛けに時間をかけてお互いを知るのも手段であると仲人に宥められたものの、彼女の意思は一度決めたら石のように硬くなってしまったそうです。
平等や公平を意識するのは間違ってはいないと思います。
だけど、業種の違うものを同じ時間に統一しようとするのは無理な話。労働者全員が八時五時の勤務時間を土台に生きているわけがありませんし、土日ならば確実に休日がとれるとも言い切れません。そういった生活時間の微妙なズレが不満とすれ違いを引き起こし、やがて家庭崩壊の引き金となってしまう。
等しくあることよりも、役割をしっかりと分担するほうが大事だと、結婚など遠い未来の話であるわたしは考えます。
お見合いとは別に、勘違いがあったそうです。
わたしも先生も知らなかったのですが、彼女は魔力の出口を狭めて小出しにすることで精度を高める技法の先駆者と呼べる人物でした。
勇名轟く学園都市の特別学級で、厄介な生徒達が居るのは周知の事実。今日のお見合いの相手がその特別学級の担任であり、彼がその問題児を連れてやってくると聞いた彼女はこう思ったそうだ。
特別学級の担任が、手が付けられない生徒の魔力を抑える技術を欲している、と。
相手は子供がなりたい職業の上位に食い込む人気職。それも学園都市のエリートを育てる高位の人間だ。
対して自分は女としての魅力など女性としての身体機能以外にあるはずがない。そんな自分への接触があるとしたら、技術屋への嘆願しかないだろう。
ありとあらゆる相談への回答として、強過ぎる魔力を根っこから抑える魔法や極端な性能の魔力を一定水準に均すための魔法を鞄に目一杯突っ込んで今日の場に臨んでいた。
トラブル後にもお見合いの続行を願ったのは、たった一人の迷惑な野郎の邪魔で潰えてしまっては、子供たちの明るい未来が閉ざされてしまうと考えた結果だったそうだ。
そうして二人きりで腹を割って話せる状況を作ったまでは良かったけれど、間違いに気が付いた。
話を聞けば、自身の力を制御できずに自壊する生徒など居ない。彼が受け持つ五人のこともある程度は調べて知っていて、彼らのうち誰かが新たな力に目覚めたと思っていたけれど、そうじゃない。
先生の傍にいる女の子に至っては、何らかの力を完璧に行使してみせた。
彼女の技法は抑え込みだから、暴走や暴発は日常茶飯事だ。分かるんだ。先ほどの場でそういった魔力の乱れは感じていなかったのが。
何をしたのかまでは把握できないけれど、認識できぬ早業で杖を手渡していた。
自分の杖を使っただけであり、彼女は何もしていないなどと嘘はつくな。その練習用の杖は子供のものだ。大の男がそんなに可愛いシールを愛用するはずがないだろう。
出会いを求めていない上に、技法もお目当てではない。彼女からしてみれば、先生の目的が一切分からない。
彼女は全て明かした後、何を考えて今回のお見合いに臨んだのかと、先生に詰め寄ったそうだ。
あくまで仕事として参加するだけであるという先生の回答で大笑いして、互いの労をねぎらって、今回の場はお開きとなりました。
色々あったけど、当初の想定通りに事は収まったということになります。終わりよければ全てよしというやつです。
ひとりの留守番でどれだけ気を張ってしまっていたのかわかりません。先生が戻ってきてくれた事に安心した途端、眠くなってしまいました。
なにかと考える必要はあるだろうけれど、今は、先生が傍にいるだけ十分です。