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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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何をしたって、時を止めただけだが?

 好きな相手がお見合いすると言うので邪魔しに来たら、妨害する役目を別の人に奪われてしまいました。


 魔法使いはほとんどが狂人であるとされています。

 人として大事な物が欠落していたり、抑えておかなければならない箍が外れて感情の制御が効かなくなっていたりする。異常を異常と認められるのならまだマシだ。自分が変であると自覚していないのが一番厄介だ。


 侵入者の男は必死の形相でテーブルの上に立ち、見下ろす形で先生に杖を向けています。

 ずっと池の中に潜んでいたからなのか、目は血走り息は荒い。濡れて貼りついた逆毛の髪が鬼の角のように立ちあがっていました。


 杖が別室の荷物の中なので、先生は魔法が使えない。

 たとえ杖がこの場にあったとしても、魔法の早撃ちなら先生に勝てる相手はいないとは言い切れない。

 放たれてしまえば何でもいい。短縮詠唱など手段の一つ。形に拘らない相手に対しては呪文を別の呪文に見せかけるのが手一杯だと先生は仰いました。

 この場に無作法者を怒鳴りつける老人はいません。居たとしても止められはしないでしょう。

 作法もマナーも無い形でなりふり構わず飛び出してきたこの人が、怒られたことで逆上されても困ります。


「罵倒してくれて構わない。こんなことをした俺は当然クビになるだろう。だが、これだけは認められない!」


 同僚か、彼女の身の周りの世話を担っているのか。彼女を指導する立場にある教師である可能性もある。

 望まぬ婚姻の儀へと向かう相手の事を想い、自らの身分や地位をかなぐり捨ててまで愛する者の下へ馳せ参じる。祝いの場を滅茶苦茶にした憎むべき相手への態度を一変させた花嫁に皆驚くだろう。そんな衆目の前で、真に愛し合うのは自分達だと宣言するのだ。いいじゃないですか、わたしはそんな展開の作品は大好きです。

 登場人物が悩み苦しむ姿に同情はするけれど、物語の主人公は自分ではありません。思い通りにならない作品ほど楽しみ甲斐があのです。

 果たして彼はどんな背景があってこの場に舞い込んだのか。話の続きを見ようではありませんか。




 先生と彼女の間に立った鬼に対してかけられたのは、とても残酷な一言でした。


「……誰?」


 彼女にとって、鬼はきょうだい、同僚の片思い、もしくは親しい友人のどれでもありませんでした。兄か弟であれば、物心つく前に親の離婚で離れ離れになるなどよほどのことがない限りこんな言葉は出ないでしょう。同じ職場の同僚、または系列会社の別部署に属していて何気なく接触はするけど個人間での関わり合いの薄い関係ではあったかもしれません。

 彼のお見合いに乱入するほどの想いに対し、彼女からは何の感情も持っていない、一切存じ上げない赤の他人との判断がなされました。


「この泥棒め、よくも彼女に無関係と言わせたな!?」


 鬼の言葉は口にした瞬間は意味が分かりませんでした。

 彼から彼女への一方的な恋心があり、職場では業務上の連絡で話をする機会が何度かあった。自分の事をどう思っているかの確認はしていないけれど、それは彼女の答えを一時保留している状態である。つまり、五十パーセントの確率で彼女は自分に興味があり、その内訳の五十パーセントで二人は両想いなのである。

 たった今、この場においてその定義が根底から破壊された。彼女が自分のことを何とも思っていないという最悪の五十パーセントを引き出してしまった。迎えて欲しく無かった結果がこんなところで出てしまった。


 悪い未来を引き寄せてしまったのは何故か。それはこのお見合いの場が用意されたから。先生がこの場に現れたから。先に好きだった自分が彼女を取り返そうと行動を起こしてしまったから。

 全面的に相手に非がある。先生が全部悪い。鬼はそう言ったのです。



 理屈も何もない。まるで変に知識を得て繋がらない事実を繋ぎ合わせて自分の解釈を言い並べる子供のようだ。

 その例えに出される子供に該当するわたしでもこんな無茶苦茶な発想には想い至れません。


 参加者はどちらも交際の意欲が無い。

 先生は今日行われるのが婚活だとは露知らず、会議だと騙されてここに送られた。与り知らぬ誰かがセッティングした場所にその人物のメンツのために参加させられたのだ。お相手もまた同じ状況で、困った大人がいるもんだとお互いの苦労を労ってお別れするだけの場であったのだ。


 謎と答え、全てが一つの線に繋がるなんて推理小説のような話はそうそうない。

 ここで誰が悪いと指摘するならば、鬼が悪い。

 人を好きになったことを悪く言うつもりはないけれど、何のアピールもアクションも行わず恋心を膨らせこじらせた結果がこのお見合い会場への乱入です。

 場が荒れたことで仲介人や紹介者に迷惑をかけた。呼ばれてもいない男の侵入にはホテルのセキュリティ責任者が怒られる。何もしていないのに強い言葉で罵倒され、今まさに魔法による危害を加えられんとする先生も、勝手に想われていた彼女もみんな被害者だ。


 もっと早い段階で相手に告白してその場でフラれて終わらせておけばよかった恋に、この瞬間に大勢の他人を巻き込んだ。

 他人に責任転嫁する前に、自身でこの落とし前を付けるべきなのです。



 鬼がわたしでは理解できない言葉を口にする。呪文だろう。

 先生は椅子ごと隣のわたしを突き飛ばす。対抗しようにも杖がない。だからせめてわたしを傷つけぬようにと押し退けたのだ。

 わたしが振り向くと、先生の足下に鬼の魔法による魔法陣が描かれていて、この場に居る誰かが声を上げるよりもはやく、下から上へ炎が上がる。

 先生の姿は炎に包まれ見えなくなり、怨嗟の声を上げ続ける炎はホテルそのものを飲み込まんと燃え広がる。

 鬼に惨めな思いをさせた人間は全て燃えていなくなりましたとさ。めでたしめでたし。



 そんな未来があってはなりません。

 学園都市の重要な立場であることなんて関係ない。わたしにとって一番大事な人だ。サワガニさんの予言さえも変えて守り抜いた先生を、こんなところで失ってたまるものか。


 位相を反転させて魔法を打ち消すには相手の魔法を理解しなければならない。魔力の流れを攪乱させるにも一度見る必要がある。相手の魔法が分からないからといってこの場の魔法を全て無力化すると、他のものにも影響が出てしまう。それに、わたしの魔法のことを知っているのは先生だけで、目の前の男女に知られていいものではない。


 考えている間に、鬼は呪文を唱え始めます。

 先生の手がこちらに伸びてくる。一度頭の中で想定したシミュレーション通りだからなのか、非常に緩やかに世界が動いている。今この瞬間、この時間の中で、わたしが一番速く動いている。

 これはただの錯覚じゃありません。まるでブレーキがかかったかのように、全てが止まってしまいました。


 考えるだけの猶予と判断するだけの時間が欲しい。一瞬で最悪の未来だけは回避するための逆転の一手が欲しい。

 確かに願いました。よくわからない棒や触手を呼び出して部屋を滅茶苦茶にするような暴発ではなく、誰にも迷惑のかからない形で状況を打開できる一瞬が欲しいと願いました。

 緩慢どころか、時が止まっている。時間の流れそのものを扱う魔法は転移よりも難しいとされているけれど、わたしはそれを理屈もわからないまま行使してしまったのです。


 これを誇ってはいけません。わたしが行ってしまったのは免許証も無しに車を運転するような違反行為です。

 時を止めてしまっても、わたしなどができることなど限られている。全て覆そうとしては失敗する。

 今の先生に足りないものは一つだけ。それさえあれば対処できる。

 判断のミスで杖を置いてきてしまったのが先生の失敗なのだから、それだけをカバーできれば十分だ。


 止まった時の中で、わたしは先生の、テーブルに置いたままだった右手に杖を差し込みました。

 鬼が持つ杖の向きを変えてみようかとも考えましたが、杖の先から火の玉を打ち出すような魔法でなければ意味がありません。狙いが逸れてホテルを火の海にしてしまう可能性も考えて、鬼への干渉はしませんでした。




 時間停止が解けて、ほんの一瞬のうちに魔力を使い果たしたわたしは先生に突き飛ばされて床に転がります。

 想像した未来とは別の展開が起きています。先生がわたしの杖を構え、鬼が大きな鎖に巻かれているのが見えました。


「魔法使いだったなんて!」


 呪文の最後の一節がオニビと聞き取れたので、それがわたしの知るものと同じであれば、炎を呼び出す魔法だったに違いありません。

 先生が魔法使いでなかったら、わたしが杖を手渡していなかったら、相手を焼き殺していた。そういった危機感は持ち合わせていないのでしょう。


 大の大人が恥も捨てて泣きじゃくる姿はまるで子供のようで、騒々しい物音を心配して仲介人がホテルの従業員と共に現れて、連れ去られる瞬間さえも、彼は自身の非を認めませんでした。


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