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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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お見合いの場を破壊せよ

 それが命令である以上、先生に拒否権は無い。

 無茶を要求する人物をどうにか蹴り落すのも大事だけど、その人物が持ってきた案件を面白そうだからという理由で通してしまう理事長もまたどうにかすべき相手なのではないかと考えてしまいます。


 彼は彼で立場とそれに伴う責任がある。こと人間同士においてはお得意の殴り合って先に膝をついたほうが負けという単純な決断が通用しない物事のほうが多い。

 どちらかといえば味方でも、あの男は気分屋です。必ずこちらの意図を汲み、こちらの考えをを尊重はしてくれません。


 進展はしないだろうという信頼か。それもまた先生の人生と背中を押しているのか。

 直前に伝えられたのは、それが自身にとって有用かどうか考える暇を与えるつもりがなかったからでしょう。つまりお見合いなど重要視していない。今日巡り合うのは仲介人に選ばれた形はどうあれ他者も認める上質な相手であり、それが意気投合しなかったということは、彼と生涯を共にするのには異常な程の覚悟が必要だと周知させることにもなる。

 今回破談となれば狙う相手が減る。お見合いに失敗するなど正常な人間ではないと見られてしまうけど、そんな評価は元々ないから落ちようが無い。これならば、わたしにとって非常に都合のいい展開です。




 彼女の装いは不格好で、服を着ているというよりは、着せられている印象を受けました。

 仲介として彼女に同行した人物は早々に場を離れ、中庭の見える広い部屋には男女が一組と、子供一人。

 お相手の第一声は、このお見合いを望んでいなかったという愚痴でした。


 急に決められて戸惑っているのは相手も同じ。

 その目的は、準備不足を利用して普段の姿を相手に見せつけるのがひとつ。他者から追い込まれた状況による吊り橋効果を狙ったのがもうひとつ。

 そこまで計算の内には入れていないだろうけど、望んでいない道を歩まされたという点においてはわたしにも通じる部分が存在してしまっている。


 感情の昂りを暴力に変換する人ならば、足が短いテーブルを叩いて悔しがる場面でしょう。

 先生が指導した結果の成果物としてそんな姿は見せられない。自尊心がわたし自身の行動を押さえ付けてしまっている。相手も同じ境遇、条件であるという設定は考えていなかった。なんなら空気を読まずワガママし放題で場をかき乱そうとも考えていたわたしの思考すらも抑えつけられた。


 やられた。敵の術中にハメられた。

 いつの間にか誘導されていたわけじゃない。この話を聞いた時点で敵の作戦は始まっていた。理事長への提案も、彼が了承することも、噂話としてわたし達の耳に届く事も、直前まで伏せられていたことも、全てがこうなるように仕組まれていた。

 わたしと先生は与えられた条件を基に考えられる物に対して対策を練ろうとする。ここで先方から持ち込まれた話だろうと決めつけた。お見合い相手の彼女も何も知らされずままこの場に放り込まれるという、一番考えておくべき条件を除外してしまったのだ。


 わたし達は人間だ。人の情を捨て命令のみで動くロボットじゃない。

 そんな話を聞けば彼女もまた断れない立場にあるのだろうと判断してしまう。その理不尽さに太刀打ちできない無力感をわたしも知っている。

 即座に黙って席を立ち、問答無用で帰路につくわけにはいかなくなった。それすらも敵の想定内。

 最大限警戒すべき相手に対し、防波堤であるはずのわたしですらたった一言で惹きこまれてしまった。


 既に負けたと言っていいこの状況で敵はどんな手を使って追い打ちをかけて来ようというのか。

 これだけ手を尽くしておきながら、そこで終わりという事は無いでしょう。


 場の主導権を確実に奪い取って流れで押し切れる側に立った彼女に対し、先生は目を細めて注意深く観察を行っていました。

 わたしからすれば十分に熟した女性であるけれど、二十代後半という年齢は行き遅れとは言い難く、様々な理由から晩婚化が進んだ社会であればまだまだ若者です。当たり前に結婚などが行われている働き盛り。友人や知人が世帯や家族を持ち子を成す状況に焦燥感を持っているのなら、人生を共に歩む相手を欲っさんとして手を尽くし始めることでしょう。

 相手の見た目はどうだ。化粧の有無は分からないけれど、顔と首の下の衣装に違和感がある。雨の日のように纏まらないパサパサの髪が目立っていて、よく見ると目の下はクマがある。とても出会いの場に臨むための顔とは思えない。

 お見合い相手の先生に悪い印象を与えんとするか、ありのままの自分を見せて講評を得ようとしているのか。



 先生のターン。出鼻を挫かれた強力な先制攻撃をどう切り返すのか。


「望んでいない理由をお聞きしても?」


 さすが先生。最初の一手を凌ぎ切った。思考を誘導されて気付けなくなっていたけれど、言われてみればその通り。無理やり参加させられたと口にしたのであれば、結婚そのものの意思があるのかどうかも確認する必要がある。


 先生には結婚をしない理由がある。

 学園都市という閉鎖空間では一定数以上と出会える機会が無い。生徒として在籍した当時から交友のある人の中から選択する必要があるという選択肢の中で、カエデさんが居た事で爪弾きになったのがひとつ。多忙でパートナーとの助け合いや共同生活に難があるというのがもう一つ。わたしが先約済みであることがさらにひとつ。


 適期かどうかは相手の環境次第だけど、望むことにおかしな点は無い彼女には、出会いがしたいという意思が無い。何事も無ければ婚約まで成立させようと意気込んでいた仲介人には申し訳ないけれど、破談に持ち込むために、それが何故なのかを知る必要がある。

 わたしから先生を奪い取ろうとするなら彼女も敵だけど、口にした言葉とやる気のない姿を見ればそうではない。だから心の奥底にしまい込んだトラウマを掘り起こして退ける必要もありません。

 なんとなく結婚したくないというぼんやりした感覚でもいい。何かがあるはずだ。




「させるものかぁ!」


 乱入者が飛び込んできたのは、他人に強制された二人が今の環境を捨てて新たな挑戦に身を投じるつもりがないことを確認するための、小手調べがまさに触れ合おうとした瞬間でした。


 広い中庭の池から飛び出してきて、部屋に青くさい水の香りをまき散らしながら一人の青年が降り立ちます。

 青年は先生よりも細く、まるで痩せ細った古い枯れ木のようだ。不健康そうな顔色に無精ヒゲで、見ただけでは年齢を計ることができません。


「彼女は、ぁたさない!」


 本来は口数の少ない人だからなのか、早口にまくし立てる言葉もよく聞き取れない。だけど、こう言った場に怒りを振りまきながら現れる男なら大体想像がつく。それだけにとどまらず、彼女がお見合いからの結婚を望んでいない理由も推しはかることができてしまいます。


 躊躇う理由は突如として今ここに現れた彼の存在だ。

 幼馴染なのか、彼氏なのか、一度別れた男なのか、ストーカーなのか、はたまた兄弟なのか。

 どんな間柄かわからないけれど、彼はいつもこうして大切な相手のためを思い、害を為す悪い虫を駆逐すべく目を光らせているのでしょう。

 そんな彼をどう思っているか聞けていないけれど、彼が居るから彼女は他の男を選べないのです。



 いきなり現れた青年は杖を先生に向けた。流派は違えど彼も魔法使い。魔法使いが魔法使いに杖先を向ける行為が何を意味するか知らぬはずがないだろう。

 良くない状況だけど、これが先生で良かった。魔法使いが普通の人間に杖を向ければ外道と見なされる。もし両想いであったなら、彼女を深く傷つける行為になってしまっていた。先生は魔法使いだから、それ自体が罪にはなり得ない。



 このときのわたしはお見合いという場に集中しすぎたあまり、状況の判断力を大きく削がれてしまっていました。

 普通の人間が使う高級ホテルだから、魔法使いが暴れるなど露ほども考えていない。だからこういった襲撃を予想していない。確かに杖は大事な物だけど、こういった場にまで持ち込むほど先生は無作法ではない。


 わたしのような例外を除き、魔法使いは、杖が無ければ魔法が使えない。

 そして先生は、今、杖を持っていなかった。


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