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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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先生、婚活をさせられる

 婚姻とは、社会に対しての周知や形式の為にあると考えます。


 重要なのは二人が助け合うための意志。

 所属する集団に自分達の関係がツガイであると示すものであり、それ自体にはそれ以上の意味を持っていない。契約としてわざわざその書類に著名と捺印の上自治体に提出したり、神父立ち合いの下、神の御前で永遠の愛を誓い合う必要など無い。

 愛とは、システム上認められなければ成立しないものであるはずが無いのです。



 事実婚での既婚歴あり、再婚無しの成人男性。

 妻であった人物に先立たれた学園教師。

 わたしが入学したタイミングからすると、幸せの絶頂の最中に妻を失い娘と二人残された状況によく似ている。厄介な生徒に部屋まで押し入られて苦しむ若い教師とする見方もある。


 決してそれだけが理由ではないだろうけれど、周りからの視線が痛い。当たりが強い。

 学園の歴史に残る問題児のわたしに対して大人達の感じ方は決して良いものじゃないけど、優秀な結果を残して歩く先生に対しても睨みつけて舌打ちしたり、無視したりがある。


 理事長から直に指示される以上、連絡の伝達など支障はないのだけど、終わりが無い。恐らくは、わたしが条件を満たすまでのおおよそ十年間続くことでしょう。その間一日たりとも気を緩められない先生の疲労は決して無視できません。

 風当たりの強い立ち位置に置き続けていいはずがないのだけど、先生との関係を維持しつつさらに楽をさせてあげるにはどうすればいいのかさっぱりわかりませんでした。




 先生が近々お見合いをする。

 その話を特別学級に持ち込んだのはクロード君で、その話の出どころは一組のマツリさんの従者からでした。朝一番、出会い頭にその話をされて、ようやく君達の先生につきまとう風聞の悪さも晴れるだろうと肩を叩かれたんだそうな。


 既に全学年一クラスに一人は確実に知る程広がっている噂話。

 やっと前の夫人への未練を断ち切ったと安堵の声がある。夫婦として何も為せぬまま彼女に対して不誠実だと憤る声がある。そもそも挙式も婚姻届も出していないのだからカエデさんは妻ではないとのめんどくさい解釈の声がある。

 先生の事を知らないか、半端に知っている人間からすれば、それは単純に祝福ができるおめでたい話なのだ。



 近しい者、特にわたしにとってそう簡単に納得などできません。

 実家の使用人がそれにより旅立っているのを見ていましたので、お見合いがどういったものかはよく知っています。


 先生には守るべき伝統のある家というものが無い。それに分別もできぬ若輩者という年齢ではない。解釈の仕方では初老にも届くのが先生だ。いまだ親元を離れずにいる未熟者とは判断しようがないはずだ。

 それにわたしの存在も忘れてはいけない。子供一人を預かる身でもあり、縁談であればそれらの条件は加味すべきもののはず。いないはずの娘が一緒についてくれば話が違うと相手は怒るだろうし、うまく説明ができなければご破談となるだろう。


 先生は、わたしを無視して話を進めたりなどしない。

 これを疑う余地はありません。ずっと前からわたしは先生を信じると心に決めています。


 どこの誰が誰が取り決めて、その目的が何なのかはどうでもいい。

 見知らぬ誰かによるお節介など必要ない。救いを求める声なき声などただの空耳であって自己満足だ。それを出すのは本人なのだ。いらぬ手助けは余計なお世話であると心得よと本に書いてありました。

 勝手に話を進めようというのならば、それをメンツごと叩き潰して差し上げるのが筋というものです。




 郵便物も、それらしい連絡も届いていない以上、そうだとは思っていたのです。

 先生本人もお見合いの話を知りませんでした。


 わたし自身、口は硬いほうだと自覚しています。

 現に数日前の自称クロード君による別の時間の未来の事は誰にも口外していません。話すなとは言われていませんが、それを誰かに話したところで何にもなりません。いらぬ騒ぎをわざわざ自分から起こすトラブルメーカー役はこれ以上いりません。


 会って話すだけなら構わない。わたしの独占欲は人並みにあるつもりだけど、そこまで先生を束縛する女じゃない。

 何が不満かというと、まだそのイベントがあることすら知らぬうちから婚姻関係を結ぶのが決定事項として噂が広まっているのが面白くない。


 噂を初めて聞いて、お見合いの話など本人すら知らないと確認できたその日、出どころのわからない噂だからそのうち忘れ去られるだろうと先生は口にしました。

 色恋沙汰に貪欲なこの学園で、身に覚えのない噂話を放置するのは危険だと学んだのはそれから二日後。いわれのない噂が、わたしにも火の粉が降りかかります。


 特別学級が、アサヒ・タダノが先生の婚活を全力サポートすると宣言したそうだ。

 彼女が毎晩のように入り浸っているのは面談のための特訓である。

 確かに先生に幸せになって欲しい。先生自身が理想の相手を見つけて相思相愛になれば身を引こうと決めている。わたしの決意を見透かされたのか、その意思の下にわたしがお見合いを許しているという。


 今回に限ってはそれは無い。わたしはこれが先生の意思とは認めない。

 だってそうじゃないか。先生はそれが行われる事も、日取りも、相手の顔も名前すらも知らないのだから。


 お見合いとは仲介人を通してもともと接点のない二人を巡り合わせるもの。個々の趣味嗜好や年収など様々な条件を照らし合わせるマッチングというやつだ。どのような意図があろうと他人の意思の介在がある。つまりこれは、わたしが身を引くアサヒ・タダノの死を意味するタイミングじゃない。




 事態が動いたのはそこからさらに三日経ってから。何も起きずに過ぎ去って欲しかったけれど、そうはいきませんでした。


 学園同士の検討会議が明日行われる。学園都市から二駅離れた場所のホテルに赴いて、学園都市の代表として出席せよと、先生が指示を受けました。その必要はないはずなのに、高級ホテルであるため身だしなみを整えて向かうように言われたそうです。


 知っていなければ、完全なだまし討ちだったでしょう。

 迷惑な話を持ち込んでばかりだけど、今回は何も考えずに聞いた話を伝えてくれたクロード君に感謝します。


 本当に代表会議であれば部屋で待機していればいい。お見合いならば、まずは相手のことを見極めるところからはじめよう。

 留守番を任されるよりも早く、同行したい旨を申し入れました。


「僕ひとりでは決めません。それに、アサヒさんのこともちゃんとお話しします。大丈夫ですよ。」


 何故行きたがるかを察してくれた先生はこう言いますが、それでも心配です。

 先生にも頑固なところはあるのだけれど、こと対人に関しては打たれ弱い。十分に暖機運転を終えたナミさんによる怒涛の舌戦に正論の一言以外で勝てたのを見た事が無い。自分にも言えることだけど、先生に交渉は不向きである。

 まだどちらにも傾いていない状態の先生が、受け入れる前提で帰って来たのでは分が悪い。わたしは先生との暮らしを失いたくないし、違う形に変えたくない。そしてなによりも、奪われたくない。


「”外”なので、極力使わないでくださいね、魔法。」


 先生に守るべき家は無いと言ったけど、訂正しよう。

 わたしと二人の生活、納得して決めた今の環境を守る必要がある。最初は甘んじて受け入れたものかもしれないけれど、それがあって今の安定がある。

 そしてこれは先生一人の努力で維持されているわけではない。夫婦とは支え合って生きていくものだ。そういう時代もあっただろうけど、大黒柱が決して折れないはずがない。そんな時代錯誤な文化は変えていくべきなのだ。


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