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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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言葉足らずの対話

 どっちもどっちという言葉があります。

 ケンカ両成敗とも言います。

 幾度となくこの考え方に救われてはいますが、実のところ、あまり好きではありません。


 いざこざに至った理由は双方にある。一方的に片方に原因があるとは必ずしも言い難いという、誹謗中傷や暴力を受けた側、信号無視で衝突された側からすれば傍迷惑なものの考え方。不快感からその行動に至ったとする主張は相手の存在自体が害悪であるという自分勝手な考え方であり、そこに居ていいという権利を十二分に侵害しているとわたしは思います。

 被害者の側からその言葉が出れば多少なりとも罪悪感から救われるけれど、加害した側から出ればどれだけ横暴に振る舞えば気が済むのかと呆れ果ててしまいます。

 パワーバランスを取っているようで取っていない。むしろ都合のいい捉え方として使われているこの言葉。だからと言ってなんでもかんでも物事にハッキリと白黒つけるのもまずい。審判を下した者が双方から恨まれる。何一つ上手くいかない状況で、使わざるを得ないというのが本当に憎たらしい。中立の立場で関係を穏便に取り持つ上で必要なものなので滅べとまでは言いませんが、できることなら使わずに済ませたいと常々思っています。




 大勢の女子がわたしを囲んで開催された恋愛相談室が開かれた翌日、食堂の同じ席。

 すぐ隣のテーブルでは男同士の話し合いの場が開催されていました。


「彼女が重い。」


 そう言って、相談者の少年は頭を抱えます。

 ここでの重いとは、向けられている愛情のこと。決して豊満な体型で抱え上げるのに苦労したり、ベッドの上で圧死しそうになったりするといったデリカシーの無い発言ではありません。

 身の丈に合わない期待を寄せられて、キミならできると目を潤わせて手を握られる。その度に応えねばと発奮するが成果は振るわない。失敗を重ねる度に今日は調子が悪かっただけだ、また頑張ろうと励まされる。

 彼女の望む男の理想があまりに高く、どれだけ努力しようと届かない。見限られたくないから頑張るけれど、そろそろ限界だと嘆いています。


 その相談会の参加者ではないので口にしませんが、できぬことはできぬと正直に言うべきだと思いました。

 虚勢はいつか崩れます。後になればなるほど嘘と期待は大きく膨らみます。どうせバレるなら早いほうがいい。関係が継続するかどうかはその後だ。

 取り返しのつかないところに行き着いて、もはや相手無しでは生きていけぬ程に依存する前に二人の感覚のズレを正す必要があります。そうでないと、双方が相手の事を恨みながら余生を過ごす事になる。ほんの数分で片付くものが、何十年と続く禍根となってしまう。その人物の限界を知って失望するのは過大な理想を押し付けた当人の責任だけど、不可能を不可能と言わない営業にもすれ違いの責任はある。要はどっちもどっちなんだ。


「羨ましい悩みだなチクショウ!」

「惚気か! 爆発しろ!」

「さっさと分かれて戻って来い。俺達は桃園で盃を交わした友じゃないか。」


 悩みに対しての男どもの反応はずいぶん直情的。彼女がいることへの僻みからなのか、こんな言葉ばかりでした。

 相談者の今の意思を汲み取らず、汲み取ったとしても、自分の思う方向へと向けさせようとする。今この場で一組の男女が別れる方向に向けば彼氏という椅子が一つ空く。確率はとても低いけど、下手な鉄砲も撃ちゃ当たる。次のトロフィーとして射止めらずともチャンスが巡って来る。どれだけ分が悪かろうと望みがあれば食らいつくのが飢える男というものだ。と、本で読みましたが、まさにその通りの光景を見せられています。


 彼女の期待が身の丈に合わぬほど重く、このままでは身体が持たないけれど、別れたくないと言っている。

 軽減や妥協をしてもらうにはどうしたらいいかが話の肝。関係の継続の可否を問いかけてはいないんだ。


 今日のわたしは盗み聞き。直接相談を受けていないのに割り込んでしまうのはいけません。他人の恋路はその当人たちが決めるものであり、わたしが口を出すことではないのです。

 同じ場所、同じ時間、同じ話題で盛り上がるとは因果なものだ。まるで昨日と今日で時間帯で入れ替わる温泉の大浴場です。




 わたしに問いかけた彼女はとても律儀でした。

 昨日と全く同じ席で牛乳を啜っていたわたしを見つけると、決心がついたことを報告するために駆け寄りました。


「私、決めました。」

「決めたって、何を…?」


 男子達が大騒ぎしていたのに、その声だけが食堂の中に大きく響き渡ったように感じました。

 その言葉を発したのは、隣で大騒ぎしていた男子の輪の中心に居る、重い感情を押し付けられて潰されそうな少年です。


 時間を取らせてしまったのは間違いない。だが集まってくれた友人は相談役に適さない。誰の助けも期待できない状況で、彼は自身がお付き合いする女性のことを考えた。するとどうだろう。食堂の入口に彼女の姿が見えたではないか。

 囲まれている中で目ざとく彼を見つけ、助け出してくれるのかと思いきや、彼女は隣のスペースに居る小さいのに声を掛けた。そして清々しい表情で、何かを決心したと告げた。


 自分が不甲斐ないのは重々承知。だから見捨てられることを恐れていた。捨てられる覚悟などできているはずもない。だからこそ今日まで足掻いてきた。

 それが無駄になるかもしれない。そう思った不安から、尋ねずにはいられなかったのでしょう。


「あなたのことです。」


 彼女は丸一日ずっと考えて、ひとつの答えに辿り着いた。その決心は当の本人と意図せぬ邂逅を経ても揺るがない。

 相手をまっすぐに見つめる姿は意思の硬さをそのまま表しています。


 男子達の集まりから彼が飛び出してきて、現在交際中の二人が向かい合って立ちました。

 食堂全体が静まり返り、この場に居る全員が固唾をのんで成り行きを見守っています。 




 別れ話が飛び出すか、痴話喧嘩が始まるか。

 そのどちらにしても、浮ついた話の多い学園でのこれは一大イベントです。先ほどまで大騒ぎしていた男子達も冷やかしたりなどしません。場の空気も読めない男は嫌われると恋愛をするための教科書にも書いてありました。

 不特定多数が見守る中で、彼女は一日かけて辿り着いた答えを口にしました。


「あなたに期待しすぎてました。」


 言葉だけを聞いて意味を考えるならば、これは関係を断つための宣言と謝罪に捉えられるでしょう。ですが、おおよそ半年も良き関係であり続けた二人です。早合点をしてはいけません。


 ずっと自分の理想の彼氏像を押し付けてしまっていたと、彼女は頭を下げました。

 言う事を何でも聞いてくれる包容力に依存して、彼自身の能力を超えたものを求めていた。難しい条件をどんどんクリアしていく彼の姿を見て、相手は何でもできる男であると勘違いして増長してしまったと言います。


「だから、もう期待しません。」 


 彼女は勘違いを産む発言を連発していきます。昨日の時点で関係をどうにか続けたいという本音を聞いていなければ、わたしも別れてしまいたいと願っていると思うところでした。

 自分が昨日までしてきた理想の強要をやめる。自慢の彼氏は今のままでも十分カッコイイ。だから虚勢を張らずありのままの貴方を見せて欲しい。言葉足らずにも程がありますが、この言葉にはそういった意味が込められているのです。多分。


「いいのか、僕で……」

「はい。よろしくおねがいします。」


 拙い言葉で意思疎通ができてしまったのは、ひとえにそれなりに長い期間を共に過ごした間柄だったからこそ。ここでの成功例を見て自分の相手に暴言じみた励ましを投げかけてはいけません。

 驚くことに、彼は彼女が言おうとしていたものを全て理解してしまいました。明らかに言葉が足りていない。会話の前後が繋がっていない。わたしと先生のような思考による二人だけの秘密の会話が繰り広げられていたのではないかと疑ってしまう程に言葉が無かった。

 それで通じあえてしまうのは本当にすごい事だけど、そうやって会話しなかったから今の状況があるのです。どっちもどっちというやつです。



 他人の恋に対してわたしができることはありません。

 一時のわだかまりが解け、硬く手を繋いで去って行く二人を見送るだけです。


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