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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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アサヒ・タダノの恋愛相談室

 先生との交際期間は入学直前から今に至るまで途切れることなく続いています。

 わたし自身の一目惚れから始まって、半年を過ぎてから双方向の告白からカウントしても一年以上経ちました。

 最初の相手とは長続きしないというジンクスを乗り越えて、絶賛記録更新中です。


 学園では都市で起きた出来事はそんな個人的なものを逐一記録していないので非公式ですが、一年生で丸一年同じ人を好きだった人間は今まで居なかったそうだ。


 一年生であればまだまだ若輩者。興味の移り変わりが早いのが一番の理由。

 他にも周囲の環境によって不幸な断絶を迎えたり、頑張りすぎて赤ちゃんができてしまったり。

 子供が学ぶ場所であるという大前提からそういった事故は想定しておらず、子育てしながら授業を受ける環境はありません。同時に、実験の材料として使用するなどという人として大事な物を失ってまで研究に没頭する魔法使いも存在しない。

 個人間のトラブルから学業が続けられなくなった場合は一度自主退学とし、家への報告やその後の対応は各家庭に任せるのが通例となっているようです。


 そんな学園都市の恋愛環境の下で、入学三日前からの三百六十八日という学年記録のレコードホルダーとなったわたし、アサヒ・タダノ。

 突然ですが、年上の方から恋愛に関しての相談を受ける事になりました。




 食堂で、椅子がわたしを中心に一か所に集められる異常な光景が広がっています。

 男子禁制、女の園。コイバナが咲き乱れる場が食堂の一角に設けられました。


「なぜ先生を選んだのかしら?」


 彼女達の質問はだいたいこれ。

 どちらからの告白から関係が始まったのか。自分から好意を向けていたならば、どんな魔法を使って年上を篭絡したのか。相手からの告白から始まっているのなら、何故年上からのアピールに気色悪さを感じないのか。


 好きな人のためなら自らを省みない相手であれば誰でも良いわけではありません。自傷しながら愛を語る相手はその傷付く姿に心を痛める人の事を考えていない。言うなれば独りよがりというやつだ。

 そもそもわたしには年齢での選択肢が無い。同年代が居ないだけであり、年上である事には拘りがない。収入が安定している公務員である必要もない。


 タイミングがあったとすれば、いや、あったとしても偶然以外の言葉では表現できません。

 人間不信が先生に出会い、彼の身の上を聞いた。返しきれぬ恩を感じ、返すためにそうあるべきだと思った。

 わたしが先生を好きにならないと一年と数ヶ月以内に学園都市が滅ぶとか、そんなのは知ったことではない。わたしの恋はそんなものの為に続いているわけではないのです。


 ただの偶然だというわたしの言葉に対しての反応は様々でした。

 その殆どはそんなはずはない、きっと何かがあったはずだと勘ぐっているけれど、自覚する限りわたしにはそれしかありません。疑っているのなら魔法の痕跡を探してみればいい。先生から贈られたプレゼントに心を操る魔法がかけられているかを調べるといい。学園都市の記録を全て参照し、怪しい場面を全てピックアップして真偽を問えばいい。




 憮然とした顔が並ぶ中で、次の質問が投げかけられました。


「長く一緒に居られる秘訣を教えて!」


 この場に居るのは皆、今の相手との関係を続けたいか、長いお付き合いのできるパートナーと出会いたいと願う方ばかり。

 声を発した先輩は、現段階でお付き合いしている人物のある癖がどうしても受け入れがたい。もしそれを変えることができたとしても、以前その行いをしていた穢れを抱えたまま生きていくことになる。それを含めて彼の全てを受け入れるのか、それとも早々に切り捨てるべきなのかを悩んでいるそうです。


「さっさと別れるのが正解よ!」

「あんないい男ほかにいないわ! 我慢すればいいじゃない!」

「本気で愛してるかを試す絶好のチャンスじゃない。別れるって言ってみれば?」


 彼女達は皆同じ。出会って別れてを繰り返し経験人数だけを積み重ねてしまっている。別れて正解だったのも、説得で何とかなったのも、全て生存バイアスであり成功経験だ。その結果として大好きだったはずの人を嫌いになり、別れる事になっているのが現実だ。全く同じ状況でありながら、それらは全て打開策になっていない。今の彼女にとって、その体験談は聞く価値がない。

 事情を聞いた両隣から発せられた助言に対し、彼女は両耳を塞ぐことでそれに答えます。


 別れたくない。だけど我慢が限界だ。長く一緒に居ればそう思うときがあっただろう。だから教えて欲しいというのです。

 自分から相手に向ける思いはまだ燃え尽きていないのだ。一分一秒でも長く一緒に居る時間が欲しい。居たという結果が欲しい。叶うならば卒業後も続いて欲しい。最期のひと時は彼か、彼との間にもうけた愛しい家族に囲まれていたい。今はちょっと揺らいでいるけれど、他人に言われて冷める恋じゃない。


 それでも皆は別れろと平然と言う。

 次に会う男は前の彼よりいい男という保証はどこにもない。別れる危険を孕む行為はリスクでしかない。相手を試す行為を嫌う人も居る。相談すれば返ってくるのは他人事。ああ、八方手詰まりだ。


 だから聞きたい。今集まっている中では一番長く好きな相手と良き関係を築いているわたしに問いたい。 

 数ある選択肢の中で、わたしは何を選んだのか。自分自身は何を選ぶのが正解なのかを。




 なにをどうしたら恋の熱を冷まさずにいられるかなんて、考えたことがありませんでした。

 絶対に先生を信じているから好きでいられるけれど、その絶対が絶対である根拠はどこから来ているのかはわかりません。


 先生への恩は、無いはずの絶対を真に信じるに値するものだったのか。

 あの日先生が列車でわたしを庇ってくれたのはわたしをよく知らなかったからかもしれない。自分自身のことで精いっぱいで、何もできなかったのをわたしが勘違いしただけなのかもしれない。


 想像は悪い方にならどこまでも拡げられます。勿論先生に聞けばいつもの調子で気軽に答えてくれるでしょう。だけど、今からそれを聞いてなんとする。先生がこちらの想定外の回答をしたとしても、虚構の絶対を基に積み上げられたわたしの恋は崩れ去るはずがありません。


 打算的だの、本性は若い身体が目的のペドフィリアだの、そんなことはどうでもいい。

 わたしはただ先生を好きになった。それが結果であり全てなのです。



 わたしの舌の回りはよくありません。

 色々考えはするし、あれこれ言葉を知っているけれど、それを上手く出力できません。


「えと、初志貫徹?」


 初めてこの人と一緒に居たいと思った時に何を感じたかを大事にすればいい。それがあれば乗り越えられない壁など無い。たぶん、おそらく、きっとそうだ。


 わたしだって先生の言動に不満がないわけじゃない。残業ばっかりだし、招集があれば行かなければならないし、一緒にお風呂に入ってくれたのも数回しかない。何度風呂の中で溺れてみせようかと考えたりもしたけれど、溺死を防ぐために入浴はシャワーのみに変えられてしまったのではせっかくの機会を大きく失ってしまう。相手を試す行為にメリットなど無いのです。

 これまで一度も呼び捨てにされたこともない。それは相手を敬う意志表示として受け取っているから問題じゃないけど、周りから見るとよそよそしく感じるそうで、相手の呼び方に関してよく指摘されたりもします。


 先生が好きかどうかとは、それらの小さな不満とは別の次元にある話。

 愛しているという表現は、苦手な部分、不満に思う部分を包括しているのです。


 そんなものが恋と言えるかとの指摘を受けました。

 答えはYES。根拠はわたしの一年と十ヵ月。

 ただ懐いているだけではありません。優良株が乱立し、引く手も多い中でわき目も振らずに先生だけを見ていたのです。魔王にさえも誤解を訂正させました。これが恋でなければ何だって言うのでしょうか。



 この場で答えを出す必要はないと告げたところで午後の授業の始まりを告げる鐘が鳴り、解散となりました。

 どのような選択をとったかまでは存じ上げませんが、別れたという報告が無い以上、上手くやっているのでしょう。


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