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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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クラスメイトはテロリストに加担する

 事件が起きたのは、秋の嵐も過ぎ去って再び平穏な日常が戻ってきたと思った矢先でした。

 学園都市の南地区で謎の爆発事故があったのですが、本来その地域だけで収まるはずの停電が都市全域に広がってしまいました。


 その日、偶然にも朝からクロード君が腹の調子が悪く、授業が始まる時間よりも先にトイレへ走り、そのまま戻って来なかったのをよく覚えています。爆発の音と爆風で窓が揺れたのはそれからしばらく経った後、三時間目が始まって間もなくのこと。

 緊急事態に際し先生も招集されて、わたしは残る三人の世話を任されて――


 個人の魔法で電気をおこすのは出力が安定しないため故障の危険性があるとして推奨されていません。

 停電が長引く中、わたしは燃料ランプの灯りの下で先生の肩を揉みながら、やや愚痴交じりの顛末を知ることとなりました。




 南地区と言えば過疎地域。そして学園都市の主導権を握りたい者達が集う革命軍が隠れ潜む場所。

 本日未明、学園校舎の真下にある魔力炉を破壊、もしくは機能停止させて混乱を招き入れて、魔王すら迂闊に近寄れないこの街を奪うという壮大かつ無茶な作戦がついに決行されてしまったんだそうです。


 怪しげな行動が捉えられていないはずもなく、彼らの動きは最初から把握されていたそうです。

 当然ながら相手も探査の魔法の存在を知っている。正確な情報を得ようとする学園都市と悟られぬように動く二者の化かし合いは夜が明ける前、トイレの紙の補充を忘れたわたしがおしりを露出したままの姿で部屋を徘徊する異常性癖の持ち主となっていた頃から始まっていたのです。



 これまで彼らは大きな行動に出た事はなく、今回も様子を見るだけで終わるだろう。

 日も明けぬうちから交代なしで寝ぼけ眼だった観測班の予想が外れたのは、今まさに授業の始まる五分前。

 なんということでしょう。クロード君が堂々と正門から学園を抜け出し、真っ直ぐに南地区へと走って行ったではありませんか。


 すぐに先生と理事長にも連絡すべきところなのだけど、彼らが報告したのは理事長のみ。先生への連絡を怠った。

 今こうして生徒に逃げられたのだから、既に動ける状態にはなっていないか、あの若造に解決できる問題ではないと判断してしまった。

 朝の時点で先生に連絡が入れられていれば、こうして復旧までの長い夜を寒さに震えて過ごすこともなかったかもしれません。

 理事長が面白そうだと一言呟いたことで、先生不在のままクロード君が何をしようとしているのか見守ることになってしまいました。



 革命軍からの謎かけや戦いを乗り越えて、クロード君は目的の場所へとたどり着く。

 秘密基地にして学園都市を転覆させる終末装置の制御室。雑居ビルの地下一階で、一度入れば逃げ道がない。

 だが彼は迷わず踏み込んだ。無謀を笑う革命軍幹部に対し、目的のためならなりふり構わない姿勢は友人から見習ったと宣言し、杖を返さねば部屋ごと焼き払うと啖呵を切ったんだそうだ。


 クロード君は、数日前に管理を任せた相手の下から盗まれたという去年の誕生日に亡き両親の友人から贈られた杖を取り返そうとしていたそうです。

 わたしもその存在を知らなかったけれど、現代的かつぬいぐるみの溢れる先生の家には若干そぐわない古風なインテリアであり、先生が瓦礫の中から拾ってきたという大きな杖がまさにそれ。

 触れると杖の先にある大きな藍色の球体が淡く光る仕組みが付いていて、曲面に沿うように添えられた部分には認証失敗の文字が浮かび上がります。持ち主として認められたクロード君だけがこの杖の本来の力を引き出せるそうですが、わたしでは持ち上げる事もできない重い杖です。

 触れると光り、杖全体にわたしでは読めない文字が浮かび上がる面白グッズ。装飾こそ地味だけど、いかにも高名な魔導師が携えていそうな大きさの立派な杖だ。


 古代文明の失われた技術によって作られたそれはナントカの鍵と呼ばれていて、遺跡に残された謎の装置を起動したり操作したりできるとか、その杖を持つと何でも願いが叶うとか、人類救済の要だとか、なんとも大袈裟な設定が盛られていました。

 革命軍がどれだけ手を尽くしても動かせなかったモノを難なく起動させたのですから、何らかの力があるのは間違いないのでしょう。




 革命軍は終末装置の点火スイッチとして杖の力を欲していた。

 本来想定していたのは夜明けの魔女の力。彼女の所在が掴めないので代用したと言い、取り返しに来たクロード君に発動させるよう迫ります。

 学園都市の心臓を破壊する。それは自分を取り巻く今の環境を破壊する事に他ならない。押せば世界が滅ぶボタンに触れている。都市人口がどれだけ居るかわからないけれど、装置を起動させるということは、それだけの人間を一瞬で殺害することになってしまう。


 その選択したということは、そうなることを覚悟して選択したか、杖を取り返す事にだけ意識が向いてしまって話を聞いていなかったのでしょう。

 杖を手にかけ、装置を起動させるのをクロード君は了承してしまいました。



 終末装置は電気配線を遡行することで地下深くにある魔力炉を直接攻撃するための道具でした。

 どれだけ強固な岩でも耐えきれぬほどの大きな負荷をかければ壊れます。大爆発を起こして中心人物たちが諸共消し飛べばそれでヨシ。仮に生き残ったとしても機能停止に追い込める。それによる経済的な損失をネタに現行体制をボロクソに糾弾する予定であった。


 革命軍は自分の発想こそ正しいと信じて疑っておらず、一般常識として知られる学園都市のシステムは、実はもっと単純なものと考えていたそうです。

 起動までは順調だったけれど、コンセントにプラグを挿入した瞬間、稼働状態の終末装置に学園都市からの電力が供給されて中の機構が全力で逆回転。行き場を失った魔力は色々よくわからない反応を引き起こし、学園に衝撃が伝わる程の大爆発をしてしまった。


 爆発の余波を受け、南地区に近い中継施設で安全装置が作動し二か所同時に機能を停止。不幸な事にその一つが教師宿舎のある地域を管轄していたせいで、現在先生の家は停電中です。


 構成メンバーを把握できておらず、瓦礫の下に人が残っていないかの捜索は今も続いているそうです。そんな混乱の中だから、鍵の杖の捜索は後回しにされている。

 学園都市が探していないので所在が掴めておらず、現在は混乱の中で行方不明という扱い。杖自身が持ち主を選ぶとも言われていて、今回の事件で新たな主を探し旅立ったとする見方もあるそうだ。


「あれは明日彼に返します。自分で管理させたほうがいいでしょう。」


 それが世界の命運すら握る鍵だとしても、それ以前に両親からの贈り物である。

 今回のように悪用されぬよう封印したり破壊するにしても、先ずは一度返却すべきであると先生は仰いました。




 この日は杖が倒れた音で目が覚めました。


 駆けずり回った疲労から先生は寝入ったままで、起こすのは忍びない。

 ただ倒れただけならいいのだけど、盗品を取り返しに来た連中がいるかもしれない。もしそうだとしたら大変だと思い、わたしは壁の向こうの相手に気付かれぬよう音を立てずにリビングを覗き見ます。


 人影は無し。姿を隠す魔法が使われた感覚もない。窓ガラスも無事で、鍵も閉まったまま。

 家電さえも寝静まった家の中で、異常なものが一つ。あの杖だ。


 杖の先にある濃い青色の球体が柔らかく光っている。そしてどこかへ向おうと動き始めている。時計の音と、杖の這いずる音だけが先生の家に響き渡っています。


 自らの意思を持ち、主の下へ帰ろうとしているのか。はたまた、何者かがこの杖を手に入れようとして、物を動かす魔法を使って呼び寄せている真っ最中なのか。残念ながら、わたしには判別ができません、



 面倒事を呼び込む杖なので、このまま立ち去ってもらうのも吝かではない。

 わたしは動く杖を見なかった。朝起きたら忽然と姿を消していた。それを誰も咎めない。もともと報告していないのだから、先生は最初から杖を回収していなかったと定義することができる。ここで紛失したことに関して何の落ち度も無いのです。


 わざと窓を開けて逃走を助けようかと思ったけれど、思い留まりました。

 とりあえず考える時間が欲しいので、勝手に動く杖を段差を上り下りできない掃除ロボットに見立て、魔法で段差を作って引っ掛けます。音もなく浮いていたり、跳ね回っていなくて良かったです。


 厄介な呪いのアイテムをわざわざ回収したのは先生で、先生はこれをクロード君に返却しようとしていました。

 わたしは親が嫌いだけど、クロード君はそうじゃない。そもそも彼にとってご両親とはどんな人物であったかは人づてにしか聞いたことがなく、どれだけ願おうと二度と会う事はできない存在だ。

 そんな亡き両親からの誕生日プレゼント。本来ならば二人から直接手渡されるはずだったもの。紆余曲折はあったものの、二人の悲願は彼の手に渡ったことで成就した。

 それを失うということは、関係した大勢の人間を悲しませ、同時に落胆させてしまうに違いない。

 この杖の為にクロード君は危険を犯したのだから、取り戻せなかったのではそのために大罪を犯す選択をしてしまった意味がない。きっとそうだ。


 先生は、既に明日返却する旨を連絡しているかもしれない。

 再び紛失したとなればクロード君は悲しむだろうし、関係者はやはり落胆するでしょう。ぬか喜びさせた先生への心証も悪くなる。教師としても人間としても認められた先生の信頼が爆発四散する。


 先生だって人間だ。こう何度も自分の努力を無に帰されるのを耐えれるはずがない。我が子のように愛を込めて接している相手に裏切られてばっかりだ。わたし達がそう思っていなくても、行動の結果は先生をいじめて追い詰めようとしているのと何ら変わりがないんだ。


 何度「これ以上は」と思っただろう。次こそは負担を和らげようと何度心に誓った。

 そう言いながらいつも迷惑をかけてばっかりじゃないか。ここで見て見ぬふりをすればまた同じことの繰り返しになってしまう。それでいいのか、アサヒ・タダノ。




 丁度いい大きさの箱が無かったので、魔法で細長い段ボールを作り、杖の上から被せました。

 内と外、両方の魔法を遮蔽するよう願った箱。動こうとする杖の動きを封じつつ、外からの引き寄せる魔法からも守れるようにと考えました。外への干渉ができないので転移を使った脱出も不可能なはずです、多分。


 材質に不安は残るけれど、明日の朝、先生が起きてこの状態を確認するまでの間だけでいい。

 勝手に動き出して逃走しようとする悪い杖はお仕置きだ。その暗くて狭い箱の中で、捨てられる可能性を考えてガタガタ震えているがいい。動き出しさえしなければ、捕まえられる事などなかったのだ。


 これ以上杖が動かないことを確認し、わたしは再び布団へ潜り込みました。

 電灯が使えない上に、秋の明け方はまだ暗い。お月様は三十日月で月明りも期待はできない。

 うっかり先生の布団に入ってしまうのは、仕方のない事なのです。


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