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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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熱き友情の前にルールは崩れ去る

 針のムシロという言葉を知っています。

 とにかくその場にいたくない辛い場所を意味する言葉です。

 今、学園で一番心休まる場所であった教室が、見た目どおり針のムシロとなってしまいました。



 彼女の身体には傷一つ与えていないけれど、それは詭弁。魔法を相手に向かって放ったのは事実である。

 学園に在籍している見習いの魔法使いだからというのも後出しの言い訳だ。わたしは彼女の魔法の実力を知りません。ティッシュを箱から引っ張り出す程度しかできない魔法使い相手に、擬似ながら星の力という途方もない天体そのものを作り出す強力な魔法を放ってしまったかもしれない。自身が生きるためにウサギ狩りに全力を出す獅子とはワケが違います。


 わたしの魔法を禁忌指定すべきという提案が不定期に出されていると先生から聞いています。

 そうなれば、使用した瞬間けたたましく警報が鳴り響き、学園都市が警戒態勢に移行する。所持していることさえも罪になる。常用しているわたしの存在自体があってはならないと糾弾されてしまう。

 危険視されているそれを、無ければ生きていけないことを理由に押しとどめているのが先生だ。

 幼女に手を出す外道とまで言われて蔑まれているのを知っている。誹りを受けてなお、学園のルールの穴を塞ごうと躍起になる誰かの手と口を遠ざけてくれている。


 自分が何をしたのかは理解できる。わたしは今この瞬間も支えてくれている先生の努力を水の泡とした。

 安全な魔法であるというプレゼンテーションが、先生が寝る間も惜しんで作った願いを形にする魔法の研究資料が、話を聞かぬ相手に対しても粘り強く交渉を重ねた先生の行いの全てが焼き払われてしまったのだ。


 彼女に思い知らせようと考えていたのは間違いない。ただ、どんな形で彼女を失禁させるかは考えていなかった。

 過程をすっ飛ばして結果を得てしまったのが教室の惨状だ。


 ああ、逃げ出したい。でも身体は今日はもう動きません。

 トイレや自分の部屋に鍵をかけて閉じ籠り、とにかく一人で心を落ち着かせることができたならどれだけ良かったか。二十四時間三百六十五日、一分一秒でも長く一緒に居たいはずの先生の下から離れたいと思ってしまう自分にも驚いた。これだけ恋焦がれるわたしでも、たまには一人になりたいだなんて思う事ができるんだ。


 身体が動かせないので自分がどのような姿で先生に身を委ねているのかわかりません。わたしがぼんやりと魔法を使っている間に先生が癒しの魔法を使ってくれていたそうで、素早い対応のおかげで大事には至らずに済んだらしいのですが、動けるかどうかは寝て起きて失ったものを回復させてみないことにはわからないのです。





 幸か不幸か、暴行と魔法の暴発は教室の外には知られていません。

 漏らして濡れた制服を衆目に晒して尊厳を破壊したりなどしないように配慮したのか、今回と今までの分を含めたやらかしへ処分の決定は理事長から、特別学級の教室で告げられました。


 即日退去を言い渡された暴行の犯人は、わたしが彼女の気分を害したのが原因であるという主張を変えません。

 わたしがあの場で手を上げなければ椅子を振り上げる必要はなかったし、わたしが廊下で対応していれば無茶な衝突を繰り返して誰かに怪我を負わせることもなかった。願いを形にする魔法を持っていなければ、欲しがったりもしなかった。

 落ち着くように言われますが、彼女は認識のズレを直すことなく主張を続けます。納得がいかず、怒りが収まらない少女は理事長にさえも牙を剥きました。


「決闘は結構。だが、負けたら納得できるのか?」


 都市を平穏に治めながらも闘争を望み、決闘ならば問答無用で喜んで受けて立つであろう理事長が表情を変えずにそう言いました。

 相手と勝敗を決め要求を通すための決闘ならば、勝たなければならない。理事長に膝をつかせ、額を地に当て許しを乞うまで叩きのめさなければならない。同時に敗者は認めなければならない。自身の行いの愚かさを悔いて意識を改めなければならないのだと。


 彼女には反省が無い。日々の傍若無人も、してしまった行為に対しても。

 今この瞬間もそれは変わらない。願いを形にする魔法の暴発を見て、手の付けられない圧倒的な何かに直面したのにだ。

 それどころか、気丈にも内股部分が濡れた制服のままで刃向かおうという勇気のある行為に出た。怖いもの知らずとはこういうものを指すのでしょう。


「アタシが勝つ!」

「俺にか?」


 対戦者は自分が選ぶと思っていたのか、実力が見合う者が選出されて代理として勝負するものと思っていたのか。

 まさか実力者であり権力者であり多忙である理事長が、生徒に対して杖先を向けるはずがない、直々にその拳をふるうはずがない。木製の壁など簡単に破る。魔法を使った形跡がないのに天井の崩落を受け止める。そんな筋力は他の誰にも引けを取らず、そうでありながら学園都市そのものを動かす大魔法を使い続けてなお有り余る魔力を持つ魔導師。性格に難はあるけど実力だけは本物の人間が、子供相手に、全力でぶつかってくるはずがない。

 そう思っていた存在が、自分とと刃をぶつけると、そう言った。

 ようやく勘違いに気付いたのか、彼女は走行中の自動車の前に飛び出した猫のように目を見開いて、理事長の顔をじっとみつめました。


「自分のケツは自分で拭け。」


 自分の行いは自身で解決せよという意味合いでの発言ですが、違う意味にも捉えることができてしまいます。教室はトイレではないので、舞い上がったホコリの臭いに混ざってそこはかとなく尿の香りが漂っている。頭を殴られた自分の身体も心配ですが、暴力娘が見せた弱々しさを見て男子達が変な性癖に目覚めないかが心配です。





 わたしの疲労が二人の決闘を見届ける前に限界を超えてしまったため、結果は目が覚めてから、興奮気味の友人達から伝えられました。


 実力差の大きい師弟同士の打ち込みか、それともペットと戯れる飼い主か。

 大口叩いてフカしていたイキリ娘は一方的に嬲られた。彼女の魔法に対して理事長は全く同じ魔法で対応し、ほんの少しの差で打ち負かした。そうやって手加減することで、もしかしたら勝てるかもしれないという願望を植え付けた。

 遊ばれていることに気付いてからも一矢報いようと試みるけれど、それは懸命にヒトの厚い皮膚に覆われた指に顎を立てるバッタの反撃程度にもならず。息が上がれば無理矢理にでも呼吸させて身体に酸素を送り込み、膝をつけば無理矢理立たせて杖を向けさせた。魔力が尽きれば魔力が回復するとても苦い薬を飲ませられた。


 理事長にどれだけ尊厳を痛めつけられても彼女の心は折れなかった。自分にはここしかないと叫んで見せた。

 驚くことに、わたし達の前であれだけ好き放題していながらも、人生転落の崖っぷちにいるのは理解していたらしいのです。


 もはや気絶させて縛り上げ、学園から放逐する他ないと思われた状況で、演習場に集まってきたギャラリーの中から飛び出したのは彼女の友人達。

 なだれ込んだ男女数名の生徒は理事長との間に立ち、彼女のクラス替えの取り下げを求めたそうです。

 こんなヤツでもかけがえのない友人であるから、組み換えと退学はやめてほしい。他人の迷惑は多少なりともあるはずだが自分達で最小限に抑えてみせると彼女の肩を持ちました。


 理事長は少年少女の厚く熱い友情に感激はしたものの、踵を返して猶予を与えたかと思えばすぐに向き直り、俺を止めてその覚悟を証明してみせろと煽り立てました。

 するとどうだ、今度は遠巻きに見ていた野次馬の中から教師が一人躍り出た。我らが権威と特権を返せと叫びながら理事長に向かっていきました。それに続くかのように、色んな人達が理事長一人に襲い掛かっていきました。

 無関係な人達の乱入により一対一の決闘は理事長に要望と日ごろの不満をぶつける相談会の会場に早変わり。

 次々と倒されていく光景は壮観で、最終的に右の拳を天に掲げ勝利の栄光を手にしたのは理事長であったといいます。



 理事長がどれだけ凄かったかはどうでもいい。クロード君からすれば理事長はわたしにとっての先生のような立ち位置。憧れの人がどれだけ強かったかを語りたくなるのはわかるけれど、どうでもいい。なんなら彼女が退学になったかどうかもどうでもいい。


 彼女の組み換えが無くなった。この成果さえ得られれば、わたしはそれだけで十分です。

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