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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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暴発

 彼女自身を否定はしないけど、明日から隣の席で一緒にお勉強は勘弁願いたい。

 最初の数分でそれを判断するには早計だと思ったけれど、最初の印象に間違いはありませんでした。


 どうすればいいのかわからないまま時間は過ぎていきます。

 ポールの席を奪った彼女は早々に授業中に突然飽きたと叫んで教科書もノートも無い机を蹴り飛ばし、今は手足を伸ばして椅子の後ろ足だけで揺り椅子のように前後に揺れています。


「魔法だよ魔法! やってみーせーろーよー!」


 彼女自身が授業を受ける権利を放棄して遊びはじめるのはまだいい。授業に関係の無い作業をしていたり、寝ていたり、早々にお弁当を開いていても構わない。

 関わり合いのない相手ならどうでもいいのだ。ただ一点、同じ部屋で真面目に授業をしているわたし達の邪魔をしなければ、本当にそれで良かったのだ。


 新しい環境に最初は拒否反応を示すけれど、いずれは慣れてくると人は言う。

 それは慣れたのではない。いつか元通りになると淡い希望を抱きながら、心を殺してその日一日を無難に過ごそうと努力しているだけだ。かつてはそれに近い環境に居て納得の形に収めた過去があったとしても、実際事件が起きている現場にいる当事者ではありません。自身の発想の外を想定できないのは魔法使いとしては二流以下だとわたしは思うのです。



 

 授業態度の悪さを見るに見かね窘めた先生に対し、ただ教師というだけで歴史に名を残す偉業を成した人物でもなんでもない人間にモノを教わる意味など無いのではないかと騒ぎ立て始めました。


 ああ、これは無理だ。

 特別学級が受け入れられなければ、彼女を受け入れてくれる場所はこの学園にはどこにもない。帰る家があるならまだマシだ。行くアテが無ければもうどうしようもない。落ちぶれつつも辛うじて在住を許された者達の下でなら慰みものとして暮らせる可能性はあるかもしれないけれど、子供の就労が簡単に認められる学園都市ではない。

 だから拒絶したくなかったし、こんな相手だからこそ、拒絶することなく無難にお引き取り願いたかった。この教室で五人と一緒に六人で先生と学ぶ環境はつまらないと自分から編入を断って欲しかった。


 わたしの根底である先生を否定した。これは領域侵犯であり、わたしへの宣戦布告である。

 無血開城などするものか。徹底抗戦以外の選択肢はありえない。



 手を上げて、授業内容の変更を提案します。

 相手は大人に対して進言するわたしが面白くない。小さな身体の女の子の一言をすんなり受け入れてしまう先生の態度が面白くない。異議ひとつなく動く特別学級が全く面白くない。わたしに向かって何か言っているようだけど、音を遮断する魔法があるので大丈夫。泣いたりなどいたしません。


 ワガママし放題だった娘は自分の周りが思い通りになるよう育てられてきた。魔法が使えれば何もかもが自分の思い通りになると信じて入学し、そうではないと知って気落ちした。だから学園内では不良少女として振舞って、自分が楽しいと思う環境を学園都市の中に作っている。

 だから、特別学級もまた彼女の思い通りになる場所ではないと思い知らせる必要がある。だから実習だ。魔法を見せてやろう。願いを形にする魔法を見るより前に、皆と自分のレベルの違いに愕然とする彼女の顔が目に浮かびます。

 学園がつまらなくて、居心地のいい場所があるならその場所に引きこもっていればいい。こちらの領域に手を出し侵そうなどと欲を出さなければ良かったのだ。





 短縮よりも早い無詠唱を持っていますので、それが魔法であったならなんとかできたかもしれません。

 もう後がない女子生徒を一人学園から追放する最後の決め手とならずに済んだ。怪我人を一人出さずに済んだ。誰かの悲しみも、怒りも呼び起こさずに済んだはずだ。


 わたしの提案を受け入れた先生が座学から実習に変更を指示した直後、彼女が突然持ち上げた椅子でわたしを後ろから殴りつけたのだと、後で聞きました。

 何が起きたのかよくわからない。いきなり後ろから何かがぶつかってきて、頭が痛くなって、涙が出て、息ができなくなって、咳込んで、口の中で歯が押し付けられてあちこち切れて、血の味がして――



 普段から色々と思考を巡らせているせいなのか、それとも強い衝撃を受けて繋がらなくていい回路が繋がってしまったのか。今ここでわたしが何をすべきなのかはすぐに決まりました。


 これは攻撃である。

 相手が誰かは分からない。わたしは後ろを見る目を持っていない。探査の魔法があれば見えるけれど、こんな不意討ちなんて想定外だ。あんなものを常に使い続けたいとは思わない。

 真っ先にわたしが狙われた。一番やりやすい相手を倒したのか、一番危険だからわたしなのかはわからない。子供に対して手を出す以上、外道であるのは間違いない。

 相手の目的は、知る必要が無い。そんなものは後で聞けばいいし、聞いたところでそのご立派なお気持ちはわたしには理解などできるはずもないだろう。

 彼女の場合は環境を変えるのではなく、自分が変わればよかったのだ。少しでも謙虚な気持ちがあり、相手を思いやる優しさがあったのならば、成績が悪かろうと見限られることは無かったはずなんだ。


 再度確認しよう。わたしは攻撃を受けた。授業は中断で、問題児の仮転入も中止になる。こうやって考えを巡らせていられるのだから怪我自体は大したものじゃないと思う。ただ、彼女の処遇は中断された時点での結果をもとに判定されるだろう。この襲撃者が彼女でなかったならば、まだ何の問題行動も起こしていない。問題なしと判が押されるはずだ。

 何者かは知らないが、どれだけ先生に問題児を押し付けようというのか。先生に預け、特別学級に馴染ませれば悪童が神童に変化するとでも思っているのか。自分ができない事をできる人間に対して何故そこまで横柄に振る舞えるのか。


 ああ、いけない。思考が変な方向に向いているので修正する。まずは暴行事件の犯人だ。こいつには報いを受けて貰わなければなりません。

 わたしを殴った相手の腕を、暴力の本能を押さえつける為に、まずはその腕を縛りあげましょうか。


 ああ、頭が痛い。脳みそがミキサーで掻き回されたかのような気分だ。

 目の奥も熱いし痛い。涙が潤滑剤になって目玉が飛び出してしまいそうだ。



 絹を裂くような、同じ部屋の仲間に踏み潰された養豚場の豚のような悲鳴を聞きながら、それ相応の報いとはどの程度であれば正当防衛に入るのだろうとぼんやり考えていました。


 わたしが反撃するといつも過剰だと怒られてしまう。されるがままにされていればいいのかと聞けばそうではないと叱られる。これだけ人を傷つけるのはいけないことだと教育されているのに、どうして皆暴力をふる事を躊躇わないんだろう。自分だけは何をしても許される特別な存在だと思っているんでしょうか。


 何でもできる事と、何をしても良いという事は違います。

 行動には責任が伴うものです。錬金術における対等な価値の交換という考え方にもあるように、自分がした行為の因果はいつか自身に戻ってくるのです。だからこそ身の程を弁え慎ましやかに生きるのです。わたしの持つ万能の力を思うがままに振り回していい事など無いのです。

 そう考えると、この頭と背中の痛みは今まで魔法を使い続けた結果なのかとも考えてしまいます。そうだったら嫌だなあ。




 魔力を使いきってよろけたのでしょう。先生が抱きとめてくれたことで意識がはっきりして、わたしは自分が自分であることを取り戻しました。


 教室中、いたるところに黒い棒のようなものが突き刺さっています。

 椅子で殴られて動かなくなったわたしが突然起き上がって魔法で作り、つい先ほどまで絶え間なく放ち続けたものだと先生が教えてくれました。


 事の元凶である彼女はというと、自身が漏らした小水で制服を汚した以外は傷一つない姿で嗚咽しています。

 お客様は無事に帰さなければこちらの印象が悪くなる。他の教室の生徒を傷つけたとして特別学級、そして先生の評価が地に墜ちると考えてしまったのでしょう。

 棒は、教室のものをそのまま投げつけたのでは皆に迷惑がかかると無意識のうちに考えてしまっていたからだ。


 その涙が何に対してのモノかはわかりません。

 願うならば、万能の魔法の暴発を見て、迂闊に手を出してしまったことへの恐怖と後悔であって欲しい。自分が御せるものだと思い上がっていたと反省して欲しい。

 何でもできる魔法とは、一度手を離せば何が起こるか分からない魔法なのですから。

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