六人目のクラスメイト(予定)
学級の仲間が入れ替わるのはよくある話と聞いています。
試験的に一組に送り込まれた時は動かない左肩を強引に動かされ、サッカーボールを受け止めるゴールキーパーをやらされて、わたしが最終処分場送りになってしまった原因を作った真犯人と邂逅してしまったりなど散々でした。
あれは先生の手が届かないことが不安でしかないと再確認できた一件であり、忘れたくとも忘れられない一日です。
組み換えや編入の話を耳にしなかったので、二度とそんな話はないだろうと勝手に考えていました。
わたしたちは五人の生徒と先生の六人で均衡を保つ完全体。誰一人欠けてはなりませんが、同時にこれより増えてもいい影響は起こり得ない。
これからもこの顔ぶれで学校生活が送れるものと思っていた矢先、まさか引き抜く側ではなく、受け入れる側に立つ日が来ようとは。
仮の転入生として教室の扉を破りそうな勢いで盛大に開けるよりも前から、わたしは彼女の事を知っていました。
関わり合いたくないので名前を呼ぶのは憚れますが、彼女もまた願いを形にする魔法を求めた一人です。
彼女は廊下の角という死角を使い、偶然の衝突を装った接触を図ってきました。
授業の始業寸前というギリギリのタイミングを狙い、口には朝食としてのパンを咥え、極端に短いスカートを着用し転べば確実に着用した下着が露わになるであろう装いで、わたしに向かって来た。ラブコメ作品における最初の出会いの形として安直であるとされているけれど、実際読んでみると意外とそういったモノが存在しない場面を作り出そうとしていたのです。
衝突によって二人とも転ぶ算段であったものの、わたしのように小さい身体でヤギの全力疾走からの頭突きのような強烈なタックルを耐えれるはずがありません。弾き飛ばされて、四回ほど転がったわたしは向かおうとしていた教室に通じていない門をくぐってしまい、遅刻回数を増やしてしまいました。
彼女の考えでは確実にそのやり方で出会う必要があったのでしょう。角の体当たりは無関係な人間を巻き込む騒動になり、今では慰謝料狙いの当たり屋として学園中にその名を轟かせ、魔法の使えないアサヒを超える勇名をはせる人物となりました。
死角からの刺客として高い身分を持つ相手を傷つけてしまったのが決め手となり、彼女は特別学級送りの判定をされました。
厄介払いや追い出し部屋として機能するのは特別学級本来の姿。目的のためなら犯罪に手を染める事すら厭わない性質は学びの場には不要と見なされる。
現在の特別学級に収まって六人目の生徒になりうるか、学校ではもう手に負えぬかの判断を下すために今日の場は設けられたのです。
何でも願いが叶う魔法が見たい。
ただひとつの願望の為に、彼女はわたしの姿を見つけるや否や、先に入ってきていた先生を押し退けました。立ち上がって杖を手にとる皆にも目をくれず、自己紹介もせずに一直線に向かってきます。
夢中になるあまり視野狭窄になり、ルールを失念してしまうほどの情熱だと言えば聞こえはいい。
先生を押し退けて、授業など知らぬ存ぜぬで我を通そうという態度を見ればわかる。彼女はわたし達とは全く別の価値観の下に生きている。具体的にはルールを守るつもりがない。
皆から六個めの席に着くように説得を受けますが、彼女は身の丈よりも大きな杖をポケットから引っ張り出すと、豪華な装飾の付いた杖先をクロード君に向けて力こそ正義であると堂々と宣言しました。
「アタシに勝ったら従ってやる! 勝負だ!」
これは始業の挨拶はしていないけれど、授業時間中の出来事です。
もちろん皆わきまえている。どれだけ煽られようと授業の主旨を越えた挑発には乗ったりなどしない。これは先生の教育と、今までの経験の賜物だ。問題児として目を付けられているからこそ授業の参加態度は至って真面目。前評判が翻ったのは皆の努力が実った結果であり、決して評価者の気まぐれではないのです。
話に聞く蛮行を思えば警戒するのは仕方ない。これは不器用ながら精一杯溶け込もうとした結果かもしれない。
わたしたちの輪の中に入り良き関係を築き上げようと願うのならば受け入れよう。そう思って声を掛けようとしましたが、次に発した言葉によって、彼女にはその意思がないと決定付けられてしまいました。
「このチビの嘘を暴いてやるんだ! 退け!」
曰く、噂は所詮噂である。
自身の願いを魔法として呪文も魔法陣も無しに放つなどあり得ない。絶対に何かを仕込んでいるはず。仲間たちが庇うということは、自分の予想は真相に近いという何よりの証明である。
「全員グルなんだろ! 言い返せるなら言ってみろ!」
説得は燃え盛る火に風を送って煽り立てるようなもの。どれだけ正論を並べようとこの娘が聞き入れはしないだろう。
こんな状態の人間を言葉で説得はできると思えません。そして彼女の挑発に乗って魔法を使えば授業中に無断で魔法を使ったと見なされるでしょう。
発せられた言葉から受ける印象は最悪でした。
まだ確定してはいないとのことだけど、おそらくは決定事項。彼女はわたし達の特別学級の六人目の生徒になるだろう。
わたし達はこのような人物に手を差し伸べなければいけないのか。後から来て場を乗っ取って我が物顔で闊歩するような人物に努力した成果である高い評価を踏みにじられるのを黙って受け入れろというのか。教師としてはまだ若輩者の先生が、わたし達五人に加えこんな人間を受け持たなければならないのか。
どのような人物であろうと未来のある若者に対しての助けは必要だ。拾い上げ、立派に育て上げる指導者は重要だ。
だが、それがわたし達や先生である必要がどこにあるというのでしょう。特別学級は先生一人で授業を行っているけれど、この学園は専門分野それぞれに教師が数人付いて授業毎に教室を移動する方式だ。大勢の離職で減ったけれど、個別に指導できる手の空く教師は余っているのだから、誰だっていいはずなんだ。
彼女は差し出した手に杖を突きつけて、窘められても下げなかった。
この先変わるかもしれないけれど、今は慣れ合うつもりはないと意思を表明した。
ならば敵だ。彼女はわたし達五人と先生との平穏を乱す敵対者である。
どう動いても良い評価は貰えない一触即発の状況で、わたし達に向けられていた杖を掴んだのは先生でした。
先生は驚いて硬直した彼女に向けて、笑顔で席に着くよう言いました。
杖に触れられることを嫌う人も多く、彼女もまたその一人。踵を返し教壇へ向かう先生に抗議しようと手を伸ばしますが、届きません。彼女は待てと叫ぶものの、対する先生は既に教卓の前。
一年半以上わたし達を導いてきた教師は伊達ではない。暴れ出す子供達に怯えなどするはずもありませんでした。話を聞かず暴れる生徒への対処は既に身についていたのです。
「どうも聞き分けが悪いようですが、あなたは目の前の女の子よりも幼いのですか?」
「座ればいいんだろ! 座れば!」
わたしと比較されたのが自尊心に触れたのでしょう。それでもある程度は抵抗しないと気が済まなかったのか、彼女は一番近くにあったポールの机の上に腰掛けてしまいました。
背の高いポールのために用意された上級生用の机なのに、よく登れたものだと感心してしまいます。
先行きの不安しか無い中で、体験編入のトラブルメーカーを加えた授業は始まりました。