魔女の価値
これは革命である。
腐敗し乱れきった現体制を打破し、新時代にふさわしい秩序を築くものである。
集え同士。夜明けの太陽の旗の下に。
この文章は学園都市の南側の地域で見られるようになったというポスターの文面です。
これが最初に発見された南地区は学園都市の都市開発の初期に栄えていた場所であり、建物は古く道も狭い。かつては学園都市の心臓である魔力炉の安全性を疑問視する人達が暮らす場所でもあったので、学園や駅からも遠く離れています。
近年は設備の改良や考え方が変わった事、利便性の面から中心部に居を移す人が増えました。加えて施設の老朽化と改修の遅れで過疎化が進み、同じ学園都市の中でありながら人口密度の低い地域になっているそうです。
空き家が多いので使える場所も多く、どこか後ろめたい集団が他人の目を気にせずに活動するにはうってつけの場所だったのでしょう。
現在の学園都市に不満がある。システムに不満はないけれど、管理している人間が気に入らない。
構成員それぞれの思惑は一つではないかもしれませんが、理事長をはじめ管理者を引きずり下ろし、強権を執行する立場を成り代わろうという団体であることは間違いないようです。
その革命軍によって作られた扇動のためのポスターが、あろうことか倒そうとする体制の下にある学園の玄関にある掲示板の隅に張り出されていました。
認印が押されているので無断で張られたものじゃない。自分達を打破せんとする者達など脅威にもならぬという姿勢の表れなのか、それとも受け入れるという器の大きさの証明なのか。はたまた、そんなことまで考えて無いだけなのか。
スポーツクラブや研究会の勧誘に音楽会や同人誌即売会開催のお知らせ、毎週のゴミ収集日のカレンダー等様々なものが貼られている中で、場違いのようなポスターはひっそりと佇んでいました。
今の生活に不満など無く、刺激に飢えているわけでもないので革命などと言ったものにも興味はありません。
気になった、いえ、気に入らないのはその文面。具体的には夜明けの太陽という彼らのシンボルマーク。
夜明けの魔女が賛同しているかのような言い回しが面白くない。
学園都市を救った偉大な魔女も手を貸す集団ならば、それはきっと良いものだろうという心理を誘っているのでしょうか。
周知されていないものだからしょうがないのだけど、自分の名前を勝手に使われているようで気分が悪い。まるでわたしがボスの椅子には座らず裏で手を引く真の黒幕のような印象を受けてしまいます。
こんなものを貼られてしまった以上、されなくていい尋問を受けなくてはいけなくなってしまう。
誰かに捕まる前に早く教室に行きたいというわたしの願いは、ポスターからの印象を受け夜明けの魔女から真意を問おうとする教師達に阻まれました。
門の魔法を利用して自分の前に呼び寄せて、一人は蔑んだ目で見下して、一人は大声で怒鳴り、一人はなぜか土下座で許しを乞うてきた。
参加の意思はない。学園に不満もない。七回ほど個室に連れ込まれたので、同じ数だけ繰り返しました。不参加であれば何故彼らは夜明けを象徴しているのかと問われても、わたしは革命軍じゃないので答えようがありません。
誰も彼も変な気を起こさぬようにと釘を刺すなかで、元教師が革命軍の中心メンバーの中に居ると教えてくれたのは土下座した教師でした。
革命軍に自分をイジメていた相手が居て、もし彼が動けば自分の立場は危うくなる。だから中心人物となった夜明けの魔女に対して初手で白旗を上げようとした。そして参加していると思い込んだ誤解により魔女の怒りを買ってしまったため、土下座による謝意と共に知っている情報を明け渡すと、彼は口にしていました。
過激な発想に至る人達は懸念を抱いている。
魔法使いの英雄を擁する学園都市はやがては独裁を布くだろう。我々の自由を守る為、対抗するには英雄と同等の象徴が欲しい。相対するなら英雄クロードに比肩する人物が必要だ、と。
成績は平凡。外見もそれなり。英雄ともてはやされはするけど活躍はあくまで結果である。だからと言って優秀な対抗馬をぶつけても、用意した者が身体を張って犠牲になったり自滅するなど偶然が重なり徒労に終わってしまう。彼が持つ他の誰かを不運のどん底に突き落とす力を超えるだけの強運を持つ人物こそが相応しいのだけれども、そのような人材が都合よく転がってなどいないのだ。
そういう意味で、アサヒ・タダノはいくつか良い条件が揃っている。
英雄と同様にサヴァン・ワガニンの名を口にできる。他に類のない力を自在に操り、強力な魔法で縛り付けられている。魔女の名を持ちながらそれを使うことを体制に許されていない。ある程度条件を付け加えてやりさえすれば、自身の力の使い方を知らず内に秘めたままのクロード君との対になる。
万能の魔法を有するわたしが革命軍に加わった暁には八面六臂の活躍が期待できる。封じられし力を解き放ったとき、暗い世の中に夜明けをもたらす朝日となるのだ。問題行動も多く危険な人物だが問題ない。サヴァン・ワガニンに比べればたいしたものではない。
彼らはそう考えて、夜明けの魔女を印象付けるかのような広報をしているのだろう。と、土下座の教師は予測を立てていらっしゃいました。
そういった活動にどうこう言うつもりはありません。
改善のために不備不満をぶつけるのは大事です。学園都市は言論の自由も守られていて、そんなことを口にした瞬間に憲兵が現れて身柄を拘束されることが無い。実家でも張り手が飛んでくる目上の者への批判も罵倒もここでは許されている。人を殺したいと考えたり口にするのさえ罪にはなりません。
やるのは構わない。だけどわたしを巻き込まないで欲しい。意図しないところで勝手に反体制の指導者に据え置かれるのは勘弁願いたい。
夜明けの魔女を引き入れたい者達は待っている。
アサヒ・タダノはいつか必ず先生に幻滅するはずだと。
蛙化現象という、ずっと片思いをしていて、どれだけ愛していようと相手からの反応があった瞬間に気持ち悪くなることがあるそうです。
今のところわたしにはその兆候はありません。お風呂はいつも先生が後だけど、それで気になるところはない。洗濯前の下着を見られても気にはならないし、むしろ次に履くのを選んで欲しいくらい。
前にもそんな人達がいたけれど、今回もまた、もしわたしを仲間に引き入れようとするなら大きな見落としがある。
それこそ一番重要な、わたしが先生を大好きという点だ。
洗濯物を別にされたり一緒にお風呂に入ってくれないなどと共に暮らす中での不満は確かにあるけれど、わたしの想いは数千年続いたという神々の愛にも負けぬという自信がある。
先生に依存しているという評価は褒め言葉だ。依存の何が悪いか言ってみろ。親の愛を受けずに育った娘をあなたはどうやって真っ当な人間に育て上げようというのだ。先生とわたしの関係に文句があるのなら今から成人までの筋書きとフォローに関してまとめた書類を学園理事会に提出してお伺いを立てて欲しい。その計画で問題児が本当に何の問題もない立派な人間に変わるのかどうかを考えてみた上で、時間の流れを切り離した場所で擬似体験としてシミュレートしてみるといい。先生の存在が無いわたしは今以上の問題を抱える一触即発の危険物になる。学園都市の治安のように、先生が居てこの程度なのだ。数回ゲームオーバーを繰り返せばわかるでしょう。わたしを矯正できる魔法使いはこの世界に存在しないのだと。
わたしが先生を否定するのはわたしの死と同義。先生を好きではないアサヒ・タダノはこの世に存在してはならないのです。相手には言ってもいないのでわかってはくれないかもしれませんが、理解して欲しいとも思いません。
とにかく関わり合いにならないで欲しい。ただそれだけだ。
結局、土下座の教師の長い話のせいで授業の開始に間に合わず。
先生は許してくれるけど、書類上は遅刻の常習犯です。