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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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太陽は壁を蹴っ飛ばす

 よくわからないまま箱を開けたうっかりをして、自力での脱出が困難な場所に閉じ込められてしまったアサヒです。

 早速ですが、こうなってしまった以上できる事はありません。


 どうにか脱出しようと手を尽くしてもいいし、不安がってもいい。状況に怯えて泣いてもいい。それで解決するのなら恥など捨てましょう。そんなことで脱出が叶うのならばいくらでも子供であり続けましょう。


 魔法学園のアサヒはそんなことはいたしません。

 考えたくはなかったけれど、わたしは魔法が使えないととにかく無力。協力者の足手まといになってしまう。そんな状況に置かれぬよう立ち回るのは当然として、もし魔法が使えなかった場合にどうするか。こうやって魔法が使えない場所に放り込まれたらどのようなことをすればいいかを先生と一緒に考えていたのです。



 ここで静かに救助を待つ、もしくは置かれた状況を正確に把握して脱出の糸口を探すのがわたしの役割だ。

 ひざ丈程の草が生い茂る草原と空の青に染められた山々という、外の秋雨とはまるで正反対の初夏の風景が広がっている中で、これ見よがしに存在する人工物が置いてありました。

 それは教室にある机と椅子。ところどころ造りが雑なので、記憶を頼りに魔法で作られたものでしょう。十歩ほど歩けば手が届く場所にある机の上にはノートが一冊とペンが一本だけ置いてあります。


 あからさまに置いてある以上、それはこの場所から脱出するための鍵と考えてもいいでしょう。

 こんな場所にわたしを閉じ込めた犯人からのメッセージでも書いてあるのだろう。なんだかよくわからないけれど、それは触りたくないし読みたくもない。魔法が使えない場所に閉じ込めたということは、この箱は魔法使いという標的を確実に自分の手中に収めるためのもの。先生か、わたしか。どちらを狙ったものかはわからない。あまりにも趣味の悪い悪戯なので、きっとろくでもない事が記されているんでしょう。




 この場所がどういったものなのかを確認するうちに、クロード君と理事長は犯人のリストから外れました。

 魔法を奪われて、特に何かする事も無いので歩いていたら壁にぶつかりました。広大な大草原かと思ったら、四方は全て壁に映された映像だったのです。

 魔法が使えなくても触れば分かります。これは映画のように壁や天井に投影し、箱の中を広く見せかけているだけだった。クロード君が教わる魔法なら狭い空間の中を大きく拡張することができる。理事長はその師匠であり、現実の空間さえも操作できる。拡大も縮小も切り取りも複製も貼りつけも自由自在に操る上位互換。二人は映像で広さをごまかすのとは全く別次元の立場にいるのです。

 もし彼らが使うとしたら、魔法の無力化にだけ注力はしないでしょう。先生やわたしを拘束するためのものならばなおさら中途半端なものは使えないはずだ。つまり彼らは犯人じゃない。



 犯人からのメッセージが書かれていると思われる机は相変わらずそこにある。

 今の現状は自分の迂闊さが招いたことであり、これ以上何かに触るのは危険だと、自分の中の誰かが叫んでいる気がするので触りません。

 顔は向けずにいたのですが、風もないのにノートが開いたのを見てしまいました。ここで好奇心を発揮してはいけません。あれはそうやって見るように誘っているのであり、誘導されるがままに動くのは相手の思う壺だ。これが悪辣な洗脳の手順であったなら、わたしは自らの意思でその儀式を行ったことにされてしまう。自由意思を侵害されてしまう。それが脱出の唯一の手段だったとしても、そんなものは解決とは認めたくありません。




 もし不完全な空間ならば、魔法が使えるようになる方法があるかもしれない。壊せるかもしれません。

 順を追って破壊すれば解錠されるパズルのようなギミックがあって、上手く事を運べば魔法そのものが崩せるかもと思い立ちました。

 とりあえず壁を蹴ります。手ごたえは全くありません。わたしは凄腕の格闘家でもなければ建築の専門家でもない。体感で内部構造を把握したり強度を見極めたりなどはできません。

 ただ、写されていた目に優しい映像が、蹴った場所を中心に水の波紋のように揺れ動いたのは見逃しませんでした。


 先程触れた際に映像が歪んだのは気のせいじゃなかった。

 綻びはここにあった。魔法を使わなくても、使えなくてもこの狭い場所を破れるかもしれない。揺れたということはノーダメージじゃない。時間はかかるだろうけど、塵も積もれば山となるというヤツだ。穴を作る為には一点集中。丁度いい位置にある映像の中の白いタンポポめがけてわたしのローキック?をお見舞いしてやろうではありませんか。


 白いタンポポが写っている場所はほんの数回で映像が乱れて真っ黒に染まっていました。希望を抱いたわたしを止められると思わないほうがいい。黒くなって目印が分かりやすくなったので、その場所めがけてとにかく蹴る。足が疲れたら殴る。手が疲れたら引っ叩く。痛くなったら休憩して、殴打に飽きたら今度は頭突き。頭が痛いのは辛いから頭突きをやめて、そこは額じゃないけど便宜上のデコピン。杖を持っていたらグリグリと押し付けたりほじってみたりするのですが、わたしの相棒は宿舎の自室で惰眠を貪っているところ。


 机の上にあったノートがいつの間にか足元にあり『やめてくれ』と大きく殴り書きされているのが見えてしまいましたけど、無視します。学園都市の翻訳の魔法は文章には適用されませんので、後の弁明として読めなかったということにしておきます。不意によろけたら、地面から足を離さずに向きを変える要領で踏みにじる形になってしまいました。




 閉じ込められて、壁に暴力を振るい始めてからどれくらいの時間が経ったのか。

 他人より行く頻度の高いトイレに行きたくならないので、さほど時間は経っていないのでしょう。

 入学時と比べれば成長したものの、やはり体力は皆には遠く及ばない。目に見える変化が無くて不安になるけれど、、手足を休めながら壁を蹴る作業は続きます。


 いつの間にかノートは足の下でのたうち回るようになりました。何度も気が向いてしまうけれど、その度に思い直します。自分の迂闊さが今の状況を招いたのだ。生き物のように動き回るノートなんて怪しいものに関わってはいけない。今以上に酷いことになる。それに見るがいい。ほんの少しだけど壁の黒ずみはさっきよりも大きくなった。魔法の出来事を筋力で強引に解決する話を本で読んだこともある。理事長ができるのだから、その真似事くらいはできるはずなんだ。


「殴るのをやめろ!」


 ついに滑らかな動きでわたしの足から逃げ出したノートがそう叫びました。動くどころか喋るノートだ。ますます怪しくなりました。

 何故殴ってはいけないのかの説明がない。それにどこの誰なのかもわからない。そんな相手の言う事など聞く必要はありません。わたしは構わず壁殴りを続けます。


「この魔法を内側から破ったなんて前例は無い! 指示に従えば出れるんだ! だからやめてくれ!」


 ノートは釣り上げられて暴れる魚のように跳ねまわりながら、魔法を強引に破壊した場合どうなってしまうのかわからないから止めろと叫んでいます。

 確かにその通りなのかもしれませんが、どうせろくでもない指示なのでしょう。先生か、先生の家にいるわたしを狙った犯行なのだから、別れろとか魔法を手放せとか協力しろとかわたしには利の無い要求を突き付けてくるに違いない。なんとしても自力で脱出しなくてはならない。わたしのため、特別学級のため、先生のために。




 なんとしてもわたしの暴力をやめさせたいノートは、ついにわたしの腕に巻き付きます。

 とにかくこの場を脱出することだけを考えていたので彼から情報を引き出すつもりはなかったのだけど、ノートの向こう側に居た人物は必至になるあまり洗いざらい話してくれました。


 彼の目的はわたしの願いを形にする魔法。

 夜明けの魔女が残した功績から何でも願いが叶う魔法が実在すると知った彼は、持ち前の情報網でずっと探しまわっていたそうだ。最初は順調だったのだけど、学園都市の軟弱なようでいて意外と強固なセキュリティに苦しめられ、とうとう突破できなかったそうだ。

 風の噂はどれも雲を掴むかのような話ばかり。手がかりが無く諦めていたのだけど、先日の生徒指導の教師が起こした騒動の中で、関与していながら何の処分も下されていない人物がいるのを突き止めた。それがわたしと先生であり、このどちらかが万能の秘密を持っていると確信したそうだ。


 魔法を使えない場所に閉じ込めて何をしたかったのか。

 彼は願いを形にする魔法は魔法の先にある奇跡なのではないかという仮定を立てていて、もしそうであれば難なく突破してしまうであろうという期待を抱いていたそうな。

 確率は二分の一。捕まえたのが使える人物でなくても、部屋に居るはずの相手が忽然と姿を消せば当然心配するだろう。必ずや真っ先にその魔法で助けに向かってくるだろうという推測から、こんなことをやらかした。


 空間の魔法は付け焼刃。直伝のものではないので見よう見まね。それでも上手くいかないので、自分が使える魔法を工夫してそれっぽいものを作り上げた。

 いまわたしが居る場所は、天井こそ低かったけれどかなりの広さの場所を産み出せたクロード君にも遠く及ばない出来だ。



 ああ、いいことを聞いた。聞いてしまいました。

 この魔法が使えない空間は不完全。こうして壁を殴り保っているバランスを崩せば魔法の効果を打ち消すことが可能である。わたしの判断は間違っていなかったんだ。

 ずっとこうして叩き続けていたのが無意味だったんじゃないかと不安になり、折れかけていた気分を持ち直します。


 気分転換に、腕に張り付いていたノートを引き剥がし、そのまま丸めて棒状にして野球のバットのように叩きつけました。するとどうでしょう。ガラスにヒビが入ったときのような音がして、目の前の壁が真っ暗になりました。



 いきなり暗くなって何も見えないけれど、怖がらなくても大丈夫。それに気分はとても晴れやかでした。

 さっきまで無くしていたと思っていた物が戻ってきたんです。


「もうだめだ、おしまいだあ……」


 自慢の魔法が壊されたことでノートは萎れているけれど、そんなのはどうでもいい。

 魔法が使えない空間の魔法の均衡が崩れた。これはがどういうことか分からないわたしじゃありません。願いを形にする魔法を使う権利が返ってきたのです。


 同時に、魔法が使えない空間の正体も見えてきました。

 わたしが壊した面の壁の暗さに目が慣れると、そこにはある魔法のための魔法陣がありました。


 思い込みの魔法です。

 見たものや感じたものを誤認させ、無力化するためのもの。それによって、わたしは隔絶された場所に囚われたと思い込まされた挙句、そこでは魔法が使えないと思い込まされていた。

 手品と一緒で、種が明かされてしまえばそんなものかとガッカリしてしまいます。


 ノートはもう動きません。思い込みの魔法は魔法でありながら魔法を使わない形で人の心を操ってしまうから、それを自分の判断で使った彼は学園都市のルールを破ったことになる。証拠はまさに目の前にある魔法陣だ。

 結局どこの誰なのか分からない。だが彼はおしまいだ。うまくやり過ごせばまだ学生でいられる可能性はあるけれど、彼は監視の要である先生の大切な人に手を掛けた。逃げ切れると思わないほうがいい。



 あまり行わない運動で疲れたけれど、休むのはこの場所ではありません。ノートを通じてこの場所の様子を窺う男の正体を探る時間すら惜しい。早く帰りたい。


 ほんの数分、されど数分ぶりの懐かしい感覚を奮い立たせます。

 何を願うかなんて決まっている。家に帰るんだ。先生の家に。愛しのあの人の待つあの部屋に。


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