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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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空っぽの世界

 本日、休み明けの最初の日を嫌った何者かにより、学園都市は嵐に見舞われました。


 休み明けの日を狙って使われた魔法だったそうですが、計画は特別学級が誇る英雄クロード君の活躍で衆目に晒されることとなり、臨時休校を成したい側と何としても阻止したい側と幾ばくかの攻防が繰り広げられたらしいです。

 最終的に、その魔法を放つべく行われていた儀式の最中に警備隊がなだれ込んで全員御用となったそうだけど、慌てた人達の手違いも重なって、魔法そのものは解き放たれてしまったという話を聞きました。


 既存のやりかたで、既存の魔法が放たれた。つまり学園都市の日常茶飯事だ。

 夜明けの魔女に救援を打電する必要なんて無いし、試験がてら魔法を打ち消せと特別学級に指令が下るわけもありません。数日にわたり、それなりの勢いの雨模様が続く程度の影響で済むだけの結末となりました。


 放たれた嵐の魔法はプログラム通りの勢いで休日の学園都市に襲い掛かります。

 放った人達の目的は荒天による休校。つまり平日に雨が降るよう手を回していたのだけど、それは前日の、休みの日に降る結果となってしまった。

 雨の規模はちょっと雨脚が強いと感じる程度。側溝や用水路の水量は確かに多いけど、降りすぎた雨水と泥水を流しきれずに溢れたりはしていない。強い突風で家屋の屋根が飛んでしまったり窓ガラスが破られたりの被害も起こらない。送電線が切れたり設備に過剰な負荷がかかったことで大規模な停電がはっせいしたりもしなかった。臨時休校を目的としていたのだけれども、肝心の魔法がその要求を満たすものではなかったのです。


 犯人達は混乱を起こそうとした罰として、雨の中、理事長と共に外壁外周十キロメートルをマラソンしていらっしゃる頃でしょう。




 災害が予想される場合、先生はいつも関係各所同士を繋ぐ通信員として学園に詰めていました。

 筋金入りに仲の悪い連中で、とにかく口が悪い。円滑な運営を優先したいが余り、これまでは相手に対しての罵倒は全て先生が受け止めて、言葉の毒を中和した形で中継されていました。何も事が起きなくてもオペレーターである先生のメンタルは否応なしに削られてしまっていたのです。


 もちろんそれは過去の話。今の先生はその大役から解き放たれています。連携が必要な機関に魔法使いであれば誰でも使える連絡の魔法を納品ていますので、彼らは先生を中継とせず直接やり合って頂けるのです。

 中継の通信員が居なくなった途端、連絡だけは簡素で的確であったはずが、そうならなくなりました。

 ただでさえ悪い仲がより悪化したと言いますが、そんなことは知った事じゃない。不手際を責め立てられるのは直接動くべき彼らであり、先生ではないのだから。


 そんな雨降りの休日を先生は自宅で過ごしています。

 緊急の用事が無くてもやる事は盛りだくさん。机から離れる時間は長くは取れません。



 事件も何もない、屋根を打つ雨音が静かに鳴り響く先生の家。

 掃除をしていたら、衣装棚の奥に見覚えのない箱をひとつ見つけました。


 大きさは居間や寝室でその存在感を存分に見せつけてくれるぬいぐるみが一つ入であろうサイズ。

 以前の掃除で中に入っていたものは全て取り払ったはずだと思っていたけど見落としがあった。こんな大きなものを今まで見逃していたなんて考えられないのだけど、こうして手に取って持ち上げられるのだから、箱は幻じゃない。この場所を整理整頓したのは他でもないわたし。この箱を見つけられなかったのはわたしに責がある。


 カエデさんが残した深淵を極力減らそうとして片付けたのだから、これも取捨選択の枠の中にある。残すにしても、何が入っているのか分からなければ選ぶなんてできません。わたしは罠のあるなしを確認もせず、何の気なしに箱の蓋を開けてしまいました。





 箱の中身は、空でした。

 いえ、空っぽではなく、空です。青空が広がっていました。

 開けてはいけないものだったと気が付いた時にはもう遅い。立ち上がろうと膝に力を入れた時点で、わたしは青空の広がる箱の中へと引きずり込まれてしまったのです。


 箱の中に広い別世界を作り出す魔法が得意なのは、わたしの知る限りでは理事長とクロード君。もし先生が理事長から預かったものであれば、こんな手の届く場所に置かず、もっと厳重に保管されているはずだ。つまり、この箱の中の世界はクロード君が作ったものだ。


 課題として提出されたものなのか、何かのやらかしで取り上げられた後に先生に渡ったのか。どちらにしろ、問答無用で開けた人物を吸い込むのだから迷惑なものであるのは間違いない。


 クロード君の使う魔法ならば簡単です。

 わざわざ魔法のない世界を願わずとも、空間をその形にしている魔法を小突けばいいと学びました。危ういバランスの上で組み上げられたものだから、ほんの少しの衝撃でも積み木を崩さぬように引き抜くゲームのように瓦解するのです。

 日々成長する彼の技能を前にして、わたしの知恵がどこまで通用するのかは未知数だ。難解なパズルを解かないといけないかもしれませんので、気落ちせぬよう気張っておきましょう。




 解くための仕掛けを探すため、探査の魔法を使おうとした際に異変に気が付きました。


 魔法が出ません。魔力の流れが感じられません。ほんの一瞬、杖を握った手が火照った後の、身体の熱が杖に吸い取られていくあの感覚がありません。

 ここで慌てたのでは後方で冷静に戦局を見極めなければならない魔法使いとして失格だ。魔法が使えない時のトラブルシューティングも頭の中に入っている。全く魔法が発動しない場合、杖による魔力の変換を阻害されているのが殆どだ。

 それならばと、杖を使わない魔法、願いを形にする魔法を使おうとしてみたけれど、何も起こりません。


 探査の魔法だけじゃない。物を動かす魔法も、燃やす魔法も、なにもかも。

 この空間では魔法が使えない。わたし自身が願ったこともある、魔法が無い世界そのものだ。大気中に漂う魔力が視える人も居るそうですが、残念ながらわたしはそれが見えません。

 手を突き出して創作の中で杖を使わずに放つ魔法をイメージしてみるけれど、やっぱり何も起きません。

 そこにあるべきものがない。あるはずのものが見当たらない。魔法を解くための魔法が使えない。外と繋がる網も見つからない。探査の魔法が使えないということは、箱の外に居る先生に助けを求めることすら叶わない。



 この状況は非常にまずい。

 わたしは何もできない無力なただの子供としてこの箱の中に閉じ込められてしまいました。


 箱は最後に衣装棚の中を見た時から今日までずっとそこに隠れていたことになる。

 もしこの箱が魔法の未熟な子供を誘拐するための捕獲罠だったとしたら、保護者からは見えないように呪文が組まれているだろう。大人では箱の存在すら認識できず、先生は、姿を消してしまったわたしを発見できないかもしれない。箱にかけられた不可視の魔法と同じ性質の力で身を包んだ者がひそかに回収し、わたしは突然姿を消して消息が途絶えた神隠しとして学園都市の七不思議の九つ目として学園都市の歴史に名を刻むことになるだろう。


 この部屋に、子供を標的としたものがあるということは、犯人の目的はわたし一人。だとすれば狙いは身柄ではなくわたしの魔法。願いを形にする魔法が欲しいのなら、閉じ込めたものを出さなければ意味がない。そこで、外に出れたと認識できた瞬間から問答無用で暴れ回るのはどうかと考える。ああだめだ、瞬間最大出力は出せてもそれが持続できない。最初の一発さえ耐えれば後は弱体化するという攻略方法を知られていたらおしまいだ。


 普段から有事に備えておけとは言いますが、こんなの想定できません。


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