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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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想われて、つきまとわれて、捨てられて

 周知されていないことで守られるものがあれば、知らなかったことで自分や他人を傷つけることになってしまう。

 わたしと先生がどのような関係を築き、育んでいる最中であるかは多くの人が知り得ているとばかり思っていたのですが、それが上手くいっていることに関しては知られていなかった事実を突きつけられることとなりました。



 始まりは本当に些細な親切心から。

 登校中、前方を歩く男子生徒のポケットから学生証が落ちました。


 この学園都市ではそれ一枚で身分を証明できる身分証。ありとあらゆるサービスを享受できるカード。なんでもはできないけれど、提示すれば何でもできると言っても過言じゃない。学園の生徒として学ぶ上で命と同等とも言い切ってもいい代物です。

 ごく自然に声を掛け、ただ拾ったものを渡しただけ。

 彼は学年違いの特別学級であったりはしましたが、特になにかを意識はしませんでした。

 まさかとは思ったんですが、事実、これが切っ掛けとなってしまったのだ。本当に防ぎようのない事故だったと割り切るほかありません。


 わたしは孤独の闇で見つけた一条の光になってしまった。

 なりたいと思ってやったわけではありません。何度でも言います。なってしまったんです。


 家族から厄介払いに近い形で送り出され、行き着いた学園都市ではいつも孤独。

 自分から話しかけられない内向的な性格もあって、教師を含め多くの人との接点がなく、数人のクラスメイトとも打ち解ける事ができていません。そんな彼は他人とのコミュニケーションというものに飢えていらっしゃいました。




 学生証を手渡した翌日から、登校時間を狙って待ち伏せをされるようになりました。

 偶然とは言うけれど、毎朝六時から遅刻ギリギリまでずっと待ち構えているのです。その間は誰が前を通り過ぎようとひたすら無視。彼のクラスメイトが現れても無反応。こんな姿を見せられたのでは、わたし以外の誰かとの待ち合わせであるとは考えられません。

 休日ですらそんな状態でしたので、学園から直接先生の家に行ける日はいいのですが、そうでない日はどうしても接触してしまいます。これは先生に対しては極力そうならないよう心掛けていた行為です。自分がされる側に立つと、やはり気持ち悪い。

 誰かに見つかればまた反省文を書かされるのは間違いなく、それはそれで嫌でしたが、魔法を使って姿を隠す他ありませんでした。



 気を許した相手に対しては饒舌になるのでしょう。わたしから見た彼の、自身の知識を披露する姿は他所で聞いた話とはだいぶ違う印象を受けました。

 学年は違えど特別学級同士。それも近い境遇の二人なのだから、表面だけを見れば話が合うはずだ。そう考えていたんだと思います。

 甲高い声に振り向きはすれど、わたしも彼も特別学級だ。関わってはいけないと皆避けていく。クラスごとに廊下が入れ替わる校舎に入るまでは憂鬱な時間です。


 誰にも相手にされないということに関しては同情しますけど、わたし自身が彼に興味があるかどうかは話が違います。

 わたしにはたまたま落ちたのを目撃したので拾ってそのまま手渡した相手以上の感情は無い。思ったままを語るのならば、彼は落し物程度で自分に気があると思い込んでつき纏ってくる勘違い野郎です。まさに恋の畑に無断で入り込み、先生に収穫されるのを待つわたしという野菜を横取りしようとするドロボウなのです。




 わたしでなくても誰か話し相手が居ればいい。入学してから半年も経てば話す人が一人くらいできるでしょう。

 ですが友などいないと断言した通り、彼には友人と呼べる相手が一人もいらっしゃらない。

 一体どういうことなのか、数日付きまとわれただけでもよくわかりました。


 彼は自分がかわいそうな存在だと思っています。友人はいないし話を聞いてくれる大人もいない。魔力も不明瞭で魔法使いの素質もわからない。それでいて周りからは理不尽だけを押し付けられるから、いつもしんどいのだと口にしています。


 それを踏まえた上で、かわいそうな自分は保護されるべき弱者であるというのが本人の考え方。

 弱いから多少の不手際は当然であり仕方ない。周りの強者はその迷惑を甘んじて受け入れるべきだと主張する。強者が弱者を庇護するのは当然だとも語っています。

 弱者は強者に従うべし、長い物に巻かれろという思考とは真逆の発想ですが、自己中心的な考え方であることには変わりありません。


 その立場を嫌だと言いながらも環境を自分で変えようとせず、甘い汁をずっと吸っていたいが為にそこに居座っているのが彼なのです。

 自分は弱い、お前は強い。だからお前は僕に配慮しろ。魔法が使えない僕の為に魔法を使え。腕に力が無いから教科書を持て。服の洗濯ができないから洗濯機のボタンを操作し乾燥から畳んでしまうまで全部やれ。

 彼は甲斐甲斐しく世話をする母親か、王侯貴族のように召使いを欲しているとすぐに理解できました。



 そんな彼ですが、わたしを弱者の側に居ると認識しました。

 極端に小さい身体と最年少という若さ。相変わらず噂される魔力無しの特別学級生。魔法使いの英雄をはじめ、自分の力を持て余す同級生の中では浮いてしまっていると思われた。誰にも話しかけられず孤独な学園生活を送っていると決めつけられたのです。

 だから僕の苦しみがわかるはずだ。どれだけ辛いかわかるはずだ。しきりにそう質問してくるしつこさは川でまとわりついてくる虫のようでした。


 話しているうちに何かがおかしいと気付いてくれると信じていました。

 わたしも背の低さや身体の未熟さで色々不都合はあるけれど、それを見越して手伝ってくれることを当然とは思わない。無償でしてくれることに感謝すれど、何もしてくれないことに憤りを覚えることはありません。わたしから助けを求めていないのですから、誰も手を貸そうとしないなんて当然でしょう。



 最初の接触から一週間後、彼のつきまとい行為は下校時にも及ぶようになりました。

 ナミさんやマツリさん、クロード君達が居てもお構いなし。急に割り込んできては色々まくし立てます。

 誰とも関わりのない可哀想な女の子が、野良仕事の横で戯れる子供達の後ろをただひたすらついて歩くだけの幼児としてその目に映ったのか。周りの人間など眼中になく、とにかく引き離そうとするかのような行動に皆はただ呆れるしかないようです。


 そこでようやく宿舎に帰らない日があることにようやく気付きました。

 数日宿舎に帰っていなかったことを尋ねられ、正直に先生の家に行ったことを伝えた際の反応で、わたしは彼を敵であると認めました。



 話をする中で、彼は好きでもない得体も知れぬ大人と二人きりなど恐怖以外何でもないと憤り、時間外の個別授業を強いる先生の行為を非難しました。今は何ともないけれど、いずれ何かが起きかねないと警鐘を鳴らします。

 先生を無条件に悪者に仕立て上げるその発想に至るのを何度も見て、すっかり慣れてしまった自分が居るのは何とも言い難いです。でもこの小僧、先生の何を知ったつもりでいるのでしょうか。


「僕と協力して学園を変えよう! 二人で幸せになろう!」

「何であなたと二人なんですか?」


 続けて飛び出した発言に驚いて、言葉を被せるように、思ったことを口にしてしまいました。


 先生が本当に毒牙を隠している下衆だとして、そこからの脱却のために何故彼の存在が必要なのかがわかりません。

 確かにわたし一人では先生を倒せない。思考も知識も実力も体力も全部敵わない格上である。そんな相手を前にして、友人の伝手も魔法使いとしての知識も実力も持っていない一年生にいったい何ができるのか。ただでさえマルチタスクをこなす先生を前にすれば、この男では集中を削ぐことすらできずに杖を奪われる。荷物が増えるだけで良いことなんて一つもないじゃないか。


 そもそも先生は立派な人物である。世間一般から見ると健全とは言えないかもしれないけれど、この関係を少なくとも一年以上の長期間続けている実績がある。先生が生徒を食い物にする外道であることは否定できるんだ。

 自分で言ったことだけど、よく考えるとそれだけ長い時間を先生と共に過ごせている。実家で何事も長続きしないと言われていた頃が懐かしい。見てますかお父様、わたしはとても難しい大人との交際を続けているぞ。


 差し伸べた手を思い切り引っ叩いた形になったのでしょう。

 わたしの反応は全く想定していなかったらしく、食虫植物の捕虫葉のように口を大きく開けたまま彼は固まってしまいました。



 わたしと彼では物事に対しての捉え方が違っています。

 相手が思っている考え方を口頭で否定する形になってしまったのだけど、彼はもはや安寧を脅かす悪鬼となった。どうでもいい相手ではありませんし、そんな敵対者の感情を心配するほど優しくはありません。


「僕は君が好きだ。好きになってしまったんだ……」


 力の抜けた愛の告白に対しては、あくまで無関心であるとだけを伝えました。

 この人物は自分自身の行いを反省しません。間違いが起こったのは他人のせい。失敗も他人のせい。友人ができず孤立しているのも同級生のせいだと思っている。自分の落ち度に気付けていないか、気付かないフリをしているかのどちらかだ。


 そんな人物に、毎日つきまといが迷惑であると言ってみろ。

 わたしの最初の行動が、些細な親切心が悪と見なされる。あんな程度でも気があると誤解させたわたしが悪いということになってしまう。人に対しての優しさを持ってはいけないということになる。そんなバカな話があってたまるものですか。




 淡い恋が蕾のまま摘み取られた彼は、何を思い付いたのか、わたしにわたしの代わりを用意しろと言い始めました。

 自分では一切努力せず、努力しているフリをしていながら実は全て他人任せという彼の性質はそうそう変わらない。いや、努力はしているのかもしれない。どれだけ頑張っても普通の人間の基準に達していないのかもしれない。しているものをしていないと断じられるのは悲しいことだから、それを指摘はしないけども。


 なんとなく、こうなる予感はしていました。

 もし彼を敵とみなしていなければ、何か別の提案をしたかもしれません。だが彼は敵。向こうが勝手に勘違いを起こして近寄ってきただけ。これ以上の関わりを持とうなどと考えないのが双方の為なんだ。


「知りません。」

「お前は勝手だ! 勘違いさせておいて、なんて性悪なんだ!」


 わたしの言葉でどう説得しようが改める事は無いでしょう。

 事情を知らぬ人がわたし達を見れば、仲良く談笑しているようにも見えるだろう。だから突き放す。拒否の意思を示す。無関心のままでは好きに向く可能性を匂わせてしまう。だから向こうから嫌いになって貰う。磁石でいう極性のように反発してもらう。



 最後に美人局だ淫売だと大声で喚きたてながら、彼は走り去っていきました。

 罵倒の言葉は何故か心に沁みわたります。トゲのある言葉を投げかけられて、すこし泣きそうでした。


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