表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
167/301

夢は叶わない

 人間によく似た材質の入れ物を作り、生前の記憶と称したデータを封入することで当人として死者を蘇らせるという企みは簡単に潰えます。


 なぜならば、これは数人が示し合わせて黒を白であると言い張っているに過ぎないから。

 宗教や文化によって死者の定義は変わるのだけど、今ここで行われたのはわたしの知る限りどこの文化も冒涜してしまっている。同じ肉体に戻って来れるのは、そう信じた者達によって遺体を保存されている善き治世を興した王様ぐらいなもんだ。


 先生は、魔法使いとして優秀な教師達の傍にある何かを指さして、わたしに訊ねました。


「アサヒさんは、あれが何に見えますか?」


 わたしぐらいの年頃の子供が作ったのならば納得できる姿形の何か。出来の悪い人形。少数生産の限定品を欲するコレクターの所有欲を見越して造られた模造品。グロテスクなモンスターをちぎって投げて先へ進むゲームでしぶとく後をついて来る強敵。入ったら戻って来れないとされる洞窟の、戻って来れない理由。

 思ったままを言っていいというので全部言いました。色々あるけれど、少なくとも人間とは思えません。


 部屋にはざわめきとどよめきが広がります。再び出会うのが目的だった。失った生を取り戻したはずだった。ならば自分が蘇らせた相手の姿は何だ。声も出せず目も見えているかどうかわからない。何ならヒトの形すら成していないのだ。他の誰かに見せたらどう思う。妻は、彼の両親は、友人達はどう思う。

 失った悲しみで狂ってしまい、死んだ赤子と思い込んだ人形を甲斐甲斐しく世話をする母のように、そう思っているのは自分だけではないのか。


「皆、子供の戯言に耳を貸すな!」


 嘘を吐くのが子供である、自我を持たず言いなりになるのが子供である。だからその口から出る言葉には意味すら存在しないと生徒指導の教師は叫びますが、呼応する声は起きません。


 誰も応えないのは、魔法が解けて、手の届かない理想と儚い夢から醒めてしまったから。

 その何十年も前の感覚は既に古いもの。バイアスのかからない真っ新な目で見たものこそが真の姿。

 自分がどれだけ醜悪な姿になってしまっても、自分自身では気付くことができないのです。



 人間として扱っていた物が溶けた水溜まりの中で、一人は何故こんなことをしてしまったのだと後悔し、一人は二度目の喪失の悲しみと禁忌に手を染めたことに打ちひしがれ、一人は話が違うと生徒指導の教師を糾弾しています。別れ際に線路に突き飛ばして間接的に殺してしまった彼氏を呼び戻そうとした女性の教師が大声で泣きだしてしまいました。

 泣いても怒ってももう遅い。わたしと先生以外全員が違反を犯したのです。素直に反省して報いを受ければまた教職に戻って来れるだろうけど、これだけ重大な違反、今後魔法使いであることさえも難しいかもしれません。


 校舎内での事件なのでいつものように壁か天井を破って理事長が現れてくれれば場は収まりそうなのですが、もし来るとしたら全てが終わってからでしょう。理事長が現れない。つまり、まだ事態は終わってない。

 



 孤立無援となった生徒指導の教師は、死者蘇生も、そのためにわたしの願いを形にする魔法を求めたことも、全てはカエデさんを取り戻すためだったと明かしました。 


 彼の話は真面目に聞いていませんでしたが、嘘だろうとは思いました。生徒指導の教師は彼女と何の縁も無い。先生達の学生時代からこの男は生徒指導の立場に居た。カエデさんは特に目を付けられていて、事件があると真っ先に真犯人として槍玉に挙げられていたと先生から聞いています。


 その方法で蘇らせたいと思ったのなら、やればいいのだ。

 一人で何度も試行錯誤して自分だけのカエデさんを作ればいい。それで満足できるのならば、カエデさんであると認めるのが自分ひとりでもいいだろう。 

 他人が認めるものを独り占めしたいという欲求や誇示したいという欲求は迷惑だ。他人の大事な物を寝取ることでその相手よりも自分が優位であると思いたい感覚は理解こそすれど同意いたしません。価値基準を他人に委ねても良いことなど無いのです。



 先生にも、隣でこの場の惨状を眺めるだけのわたしにも乗る気はないと見た生徒指導の教師は何を思ったのか、床に描かれたままの魔法陣を励起させました。


「仕方ないだろう。君ができないのなら、私がやるしかない。」


 生徒指導の教師は魔法陣を動かして何をするかといえば、甦りの魔法を使おうとしている。この魔法の為に作られたものだからそれしかない。

 誰を呼び起こそうとしているのかは、話の流れから考えてカエデさんと思っていいでしょう。


「やめろとは言わないのだな。」


 止めて欲しかったのか、手伝って欲しかったのか。彼女を蘇らせるのは自分であると身代わりを買って出る可能性にも賭けていたかもしれない。生徒指導の教師は呪文の途中で顔だけをこちらに向けて呟きます。


 学園都市からの後方支援は無いから自身の魔力だけで行うことになる。どれだけの負担になるかはわからない。使用した人は皆ひどく疲れていたのだから、学園都市の魔力供与を受けたとしても尚一人の魔法使いが使うのには規模が大きすぎるのだろう。

 無理に使えば魔力切れでは済まされない。体力も持って行かれてしまうとなると、命の危険にも及ぶはず。

 だが、教職に就いて数十年の教師が自棄になってそんな行為に及ぶはずがない。大きすぎて負担を回避する手立ては準備済みと思っていいだろう。

 実際、懐から赤い石を取り出して、照り返しで光るそれを見せびらかしてきました。


 宝石か、いや、多分あれはアレだ。そう、ナントカの石。

 錬金術をそのままの印象で捉えれば行き着く先は金なのですが、魔法に近い錬金術にもそういうものがあったはず。なんでしたっけ、錬金術の極致? 確かそれがあれば何でも願いが叶うとか不老不死になれるとかいうアレ。今この場で名前は出てきませんが、多分あれです。


「万願の魔法の真の使い方を教えてやろう!」


 わたしのように小さい願いを小出しするのではなく、大きくて強い願いの為にある魔法である。それこそが万能の魔法、願いを形にする魔法であると大きく宣言した後、彼の口から甦りの魔法、最期の一節が唱えられました。

 何故そこまでしてカエデさんを蘇らせようというのか。本当の理由は最後まで口にしませんでした。




 魔法陣の輝きは一層強くなり、直視なんてとてもできません。

 生徒指導の教師が語った言葉を信じるならば、この光が収まった時、カエデさんが蘇る。帰って来る。


 先程までの魔法とは違うと誰かが呟いて、囲っていた教師達が魔法陣から離れていきます。

 大失敗の連続から、この短時間の間に魔法を練り直していたのかもしれない。成功しない試作品を提供し、本当の完成品を隠し持っていたのかもしれない。どうして同じ魔法なのに反応が違うのか色々想像できますが、わたしが心配なのはその結果です。



 人間一人の感情で相手の都合を無視して呼び戻すことがどれだけ迷惑か。

 残された者は受け入れて次へ進んでいるのに、その境遇が不幸であるという決めつけはよろしくない。先へと進んだ者達の足を引っ張る行為でもあり、決断を無下にすることにもなる。何もできぬまま手放さざるを得なかった先生だけど、だからといって禁忌を犯してまでカエデさんを取り戻そうとしてほしいとは思えない。

 やろうと思っていたなら、既に実行しているはずなんだ。先生にはそれだけの知識と技術が備わっているんだから。


 彼女が本当に帰ってきてしまったら先生はどうなってしまうのか。

 わたしを捨て置いてカエデさんと称する人形に駆け寄って強く抱きしめてしまうんだろうか。蘇らせてくれたことに感謝の意を表し、違反者集団の傘下に下ってしまうのか。

 もしそうなれば、自動的にわたしは先生にくっ付いていくことになるのだけど、その上司がこの生徒指導の教師というのがイヤだ。この男は子供を一人の人間として扱わない。年下であるだけの違いなのに、知性を持たぬ獣であると見下して、恐怖と暴力で支配しようとする人物だ。相手の立場上接触の機会は多いのだけど、関わりたくないの一言だ。

 彼の下でも先生はわたしの味方をしてくれるだろうか。我慢しろ、慣れろとわたしが変わることを求めては来ないだろうか。カエデさんを呼び戻して貰ったことを恩と捉えた場合の先生の変質が何よりも怖いのです。


 魔法はもう使われたので妨害はできない。それが何なのかが分からないから輝きが収まる前に中のものを始末することもできない。

 ただ漫然とこの場での出来事を眺めているだけだったのを後悔しています。カエデさんの名前を出された時から手を回しておくべきだった。矢面に立ち、魔法を使って怒られるのを怖がらず、大立ち回りでこの場をめちゃくちゃにしてしまうべきだった。いつもいつも、後になってからもっといい案が浮かぶのはどうしてなのでしょう。




 消耗するのをわかっていながら無理に魔法を使ったために、生徒指導の教師は身動きが取れなくなりました。全開で魔法を使った時のわたしと一緒で、虚脱感に襲われ立つことすらできないようです。

 先生がそれを狙っていたのかは分かりませんが、結果として、違反者の身柄を拘束するのに支障がありませんでした。


 扇動を行い数多の違反者を産み出した生徒指導の教師による、ナントカの石をも使った人類初の死者蘇生の偉業の成果に対し、先生の反応は冷ややかでした。

 先生だけじゃない。失敗した教師達からも拍手は起こらない。輝きと共に魔法陣から発せられたブラウン管テレビの電源操作のような唸りが薄れていき、彼の声だけが木霊します。

 成果物を前に両腕を広げ、成功を宣言する彼の姿は滑稽そのもの。


「何ですかそれは。」


 呆れたような、突き刺されそうな程冷めた声色で、先生はそれがカエデさんであることを否定しました。

 

「どうして君はそんな言葉を使うんだ。素直に認めたらいいんだよ。これが――」

「これが彼女だとは認めません。」


 言葉を変え、態度を変えて先生にその一言を言わせようとするのだけど、先生は応じません。

 見るがいい、これが長い間自分の話は全て真実で正しいものであるとして過ごしてきた男が自分の行為を否定された姿だ。崇拝にも似た信頼を集めていたはずなのに、誰にも擁護されず、地べたに這いつくばっている。なんと憐れな光景だろう。

 だが笑わないほうがいい。いつか自分がそうなる可能性だってありうるのだから。




 大人達が警備隊に連れられて行くと、部屋に残されたのはわたし一人。

 自身の違反を犯していないことの証明とどのような魔法だったのかを解明するために、呪文短縮の際にその魔法に触れた先生も同行して行きました。


 生徒指導の教師が生み出したモノ、脊椎を損傷して歩けなくなった四足動物のように四つん這いで這いずり回る肌色の生き物はこの場に放置されています。

 放っておけば身体を維持する魔力がなくなって、大勢が作り出した人形のように消える。先生はそう仰っていました。



 カエデさんが甦りの魔法を知ったらどんな反応をするだろう。

 自分を被験体にしてまで魔法の実験を繰り返したという彼女のことだ。新しい魔法に目を輝かせていただろうか。 それを肯定的に捉えていたら、自らの死を顧みずさらに危険な実験を敢行するかもしれない。それはそれでたまったものではないと思います。


 破天荒で能天気な人として生み出され、もうすぐ終わる名も無きなにか。

 何のために産み出されたのかを考える余裕は無いし、考えるための教養をつけるための時間すら与えられていない。虚ろな瞳を見ていると、どこか見知らぬ場所から知識を引き込んで、索引を引きながら知識を補完しつつ自分の意思を作り上げようとする意欲すら無いかのようだ。

 可哀想だとは思うけれど、知らなければ、知ったところで何も出来ないという絶望をしなくて済む。だからこれでいいのだと、わたしは思います。



 先生の言った通り、静まり返った部屋に残されたソレの身体の崩壊はすぐに始まりました。


 今回の魔法は錬金術における擬似生命体を作る魔法が礎になっていたと言います。

 人間には死ぬまで動き続ける臓器があり、魔法で身体を作られた彼らにはそれが無い。血液を循環させるためのポンプとなる心臓の代用になるものは魔法で作れない。生命体の使用期間にもよるけれど、人間の一生分ぐらいの魔力を内包するアイテムが必要になってくる。


 塵になっていくものを眺めながら思考を巡らせているうちに、思い出しました。さっきの赤い石、本物であれば賢者の石という名前のものでした。

 聞きかじった程度の知識だけど、あれをこの人形にセットすることで魔法が産み出した生命は初めて完成するそうだ。

 作成に使われたのだから、この生き物はその石の影響を受けていてもおかしくはない。

 だけど、擬似生命体に自身を霧状に変化させる能力があるなんて聞いたことが無い。そんな創作上の吸血鬼のような厄介な性質を持つものを先生達が放置したなんて考えたくはない。思い過ごしでしょう。



 いなくなるのはあっという間。最後は蒸発するように泡立って、今ここで命があったという痕跡さえも消えてしまいました。

 彼なのか彼女なのか判断できませんでしたが、もし次があるのなら望まれない形ではなく、幸せな環境に産まれ落ちる事を願います。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ