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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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人形遊び

 何故それが禁忌なのかと聞けば、望んだ結果にならないからと返答されます。

 なんでもできる魔法があるのだから、なんだってできるはず。

 どれだけぼんやりした指示でも魔法は最適化してくれて、いつも望んだものを出してくれる。わたしの魔法がそうなのだから、皆それに準じているに違いないと思っていたのだけど、それは大きな思い違い。

 曖昧な命令文による魔法でどのような失敗が起こるのか、先生に尋ねるよりも前に知ることとなりました。




 新たな魔法の最初の被験体として、病死した娘に会いたいと願った一人の教師が選ばれました。

 ですが、先生が作ったその魔法を使ったところ、出力できたのは質の悪いフィギュアのようなドロドロした外見の何か。あまりものをよく知らないわたしが見ても失敗とわかる出来の人形です。

 それが魔法陣の中心に現れた瞬間に目を塞がれてしまったので、教師がどんな表情をしていたのかはわかりません。おかげで呼び出した彼が短い悲鳴を上げたのだけは聞き逃しませんでした。


「よかったねえ! 君の娘が返ってきたよ!」


 失敗の二文字が頭によぎるよりも早く、生徒指導の教師が大声で宣言します。

 万雷の拍手が巻き起こる光景のなんとおぞましいことか。

 そんなものが娘だと言えるのか。だいたいそれは人間なのか。生きていると言えるのか。だって生命としての活動ができていない。息もしていないし、人間としての臓器がどこにあるかもわからない。締めた家畜の身体を一度全部バラした後、めちゃくちゃに掻き集めた後のようなグロテスクな物体でしかない。


 人体は、生体は、生き物とはそう単純な物じゃない。

 何億個とも言われる細胞が一つの細胞から分裂と増殖を繰り返して形を作っている。骨がある、筋肉がある、神経がある。目や鼻や口や肌という外部の刺激を担う器官がある。呼吸のための肺があり、血液を循環させるポンプとして心臓がある。食物を体内で消化吸収変換するための臓器がある。次世代に次ぐための生殖器官もある。それらの情報を全て統率する脳がある。

 それを完全な形で作る為にはあらゆるものに精通する必要があります。何か一つ見落としがあっても失敗する。自然発生してはいるけれど、全て管理して手作りするのは至難の業なのです。


 既存のものを簡略化しただけで、甦りの魔法を短縮した先生に手落ちは無い。

 前提から間違っていた。彼らの用意した魔法では、人間ひとりをあの世から取り戻すのは不可能なんだ。



 止める人はいませんでした。

 次々と、先生が短縮した禁忌の魔法でドロドロした物がヒトとして作られていく。感極まったのか、死者を蘇らせるのは不可能だと気付いて嘆いているのか、大の大人が嗚咽する声がする。材料を全て混ぜて溶かした液体の音が、塞がれていない耳に突き刺さって来る。


 先生が手を回してくれていたから臭いは感じないけれど、湿気がこもってきた部屋にはとんでもない異臭が立ち込めているのかもしれません。それを嗅いでいたらきっとわたしは吐いていた。現にいま母を現世に引き戻した男性は胃の中身を母にぶちまけている。


 周りの環境がそれを当人と認めればその人として扱われる。この理屈がどれだけ危険な物だったのかを思い知らされました。

 あんなものが人間であり、愛する人であっていいわけがない。どれだけ恋焦がれようと自分のエゴで作り出した化け物を自身の想い人として扱うなんて狂気の沙汰だ。いつまでも傍にいて欲しいし、死に別れるのも確かに辛い。だが、あんな姿のものが愛する人だなんてあんまりだ。

 どんな姿でもいいから帰ってきて欲しいと願う人間の行き着いた先がこれだ。甦った人達は、こんなものを望んでいたのでしょうか。

 そもそも魂は戻ってきているのか。一切反応しない人形や溶けた失敗作のようなものを愛おしく撫でたりしてはいるけれど、それらは全く動かない。




「さて、君の番だ。」


 先生の上着越しだけど、生徒指導の教師が笑っているのがわかります。

 魔法を作る手伝いをしたのだから共犯になる。どうせ捕まるにしても報酬は欲しいだろうという優しさなのでしょう。そんな気配りを少しでも生徒に向けていたのならば、こんな恐ろしい実験を始めたりはしなかったかもしれない。


「さあ、君も彼女を呼ぶといい。君の偉業の最後を飾る大トリだ。」


 先ほどまでは、先生はただ目の前にあった呪文を短縮化しただけだった。それがどういった効果をもたらすかまでは分からなかった。だから何の法にも触れていないと解釈ができた。


 誘いに乗れば、失敗作の人体錬成を行う集団と同じ罪を被ることになる。

 向こうはそれを狙っているのだろう。先生に対して色々嫌味は言うものの、やはり実力は確かなものだと認めているのだろう。今この部屋にいる集団を守るため、理事長の動向を探り、時にはこちらの都合がいいよう誘導する役割を与えられるのだ。存続にかかわる重要な役目は新人にとっては光栄極まりないものだろう。




 先生は、魔法の使用を断りました。

 いまだ塞がれた視界の中で、あちこちから聞こえていた感嘆の声が止まったのがわかりました。


 皆、既にこの世にいない人物を甦らせることに成功した。身体があって心もある。誰も疑わない本人そのものだ。

 それがどういうことだ。この男は、多くの前例ができて信頼性も高い我々の魔法の使用を断った。禁忌に触れたがなにも起きていない。正しい行いとして世界に認められたものを断るのかと色めき立ちます。


「こちらには切れるカードがある。君には無い。わかっているのかね。」


 生徒指導の教師は先に提示した未成年者略取に加え、禁忌の魔法に手を付けたという二つの罪状を述べ、末永く協力関係でありたいと先生に言いました。

 ご覧の通り相手には味方になる人が多い。証言の多さは有利に事を運べるだろう。証拠が無くとも目撃情報からあることない事でっち上げる事も平気でやるだろう。そうなればわたしも証言することになるはずだけど、子供は嘘をつくだのなんだのとまくしたてて発言の価値を奪われるに違いない。あらゆるものから敵視される先生を救うために、わたしに何ができるだろう。


『閉じろ』


 甦りの魔法を使うか性犯罪者になるか。問いに対して、先生の返事は限界まで短縮された魔法でした。

 スパイ作品で見る暗号のようにその言葉自体には意味がないこともあるけれど、今回のそれには意味がある。ただし、何を閉じるのかが本人にしかわからない。

 電気回路の遮断装置が動作するかのような、勢いよく跳ねた音が水音の止まぬ広い部屋に響き渡りました。




 先生と居ると、何がなんだかよくわからないまま事態が収束します。

 わたしは先生の懐から、いま何をしたのか説明して欲しいと伝えました。対峙する生徒指導の教師も同じ感想を持っているらしく、仲間達に周囲の警戒をするよう指示を飛ばしています。


「ここに流れ込んでいる魔力の経路をひとつだけ遮断しました。」


 もともとここは研究室。魔法の研究のためには人一人に対して多めの魔力が必要なので、使わなくなった照明用の配線を使って学園都市の中枢から魔力を供給する仕組みになっているそうです。魔力炉からの融通は申請さえ出せば可能なんだそうで、何に使うかまでは審査されていないとか。

 彼らが先程まで使い続けていた甦りの魔法とは魔法使いが一人で行うのには消費が多すぎる代物だ。足りない分は他からの補助が欲しい。これだけの数を一気に使ったのだから、観測者は否応なしに何かがあったと気付くだろう。


 では、魔力供給を断った場合に何が起こるのか。

 先生は一つだけと言いました。すぐに維持する魔力が足りなくなるからそれで十分だとも。維持するとはなんのことか、とにかく見えないのでわかりません。


 数秒の間の後、液体が床に落ちる音がして、続いて誰かの名前を叫ぶ声が発せられました。

 先生はわたしが見たら精神的外傷になると判断したから見えないようにしているのでしょう。だが見えないのがストレスだ。見るというのは学ぶための行為としては一番わかりやすい。見えないものを判断するのは至難の業なんだ。


 カエデさんの研究室では最初の爆発で砕け散って原形を留めていない見知らぬ誰かの遺体を見た。実家では用水路に落ちた人が丸々と膨れ上がっているのを見た。先日の火事で生きてるか死んでるか分からない人を大勢見た。既に色々なものを見てしまっている。

 気持ち悪い物を見たストレスや、それらを思い起こすことでの心の負担など今更だ。何が起きているかを見せられないまま終わってしまうのが一番辛いことだと先生も知っているはずだ。



 物理的に引き離すのが一番なので、わたしが少しでも苦しむようなそぶりを見せたらすぐにここから追い出す。

 そう先生と約束を交わし、わたしはようやく部屋で起きていることの観覧を許されました。


 ああ、こりゃひどい。

 部屋の中にいるヒトの数がほぼ二倍に増えているけれど、半数はヒトの形をしていない。この場所の光景は、絵心のない人が書いたデッサンかどこかの創作神話の挿絵のようだ。わたしからは、とにかくひどいとしか言いようがありません。

 一通り見まわした後、先程の悲鳴の方向に目を向けます。

 出来た当初から半分溶けていた人形がさらに溶けだしていて、それを作った教師は名前を呼びながら残った液体を手でかき集めておりました。



 今回の人形遊びに使われた魔法はこの研究室の中で、学園都市の魔力炉からの補助があるという前提で作られていた。使わなければならないものが断たれてしまったので、それを維持する魔力が足りていない。と、先生が説明してくれました。

 自力では外の世界で生きていけなくて、餌も与えられなければ満足に食事ができない観賞魚の給餌を止めるようなことを先生はやってのけたんだ。


 魔力の供給が止まり、閉鎖空間の魔力が底をついた時に何が起こるのか。

 ここまで説明して貰えたのだから、よくわかります。

 わたしが状況を理解している横でも水がこぼれ落ちる音がして、人形だったものが液体となって床に広がりました。


「人殺し!」


 つい先ほど再会を果たし、そして娘を二度失った父親が先生に向けてそう叫びます。

 考えてみて欲しい。果たしてそれは人権を与えられる人間なのか。

 もしかしたら鼓動があるかもしれない。呼吸もあるかもしれない。だが、皆が作った人形には意思の発現が無い。まだ産まれたばかりの赤子であっても泣いたり笑ったりで何らかの形で自分の意思を伝えようとするだろう。魔法使いへの道を歩み始めていたのならばなおさらだ。自身を蘇らせたことへの感謝か、そんな姿にされた事への怨嗟か、何かあるはずだ。

 創作物を壊してしまったとするならば、魔力供給を断ったのは器物破損になるかもしれない。もちろんモノとして扱うことは認めないし許さない。先生がそれで裁かれても彼らは納得しないでしょう。



 難しい話ではありません。人造の人体とか魂の復元といった難易度の高い魔法や倫理的な価値観よりも、もっと簡単で単純な話です。

 違法行為を犯してまで作られた作品に価値は与えられない。それだけでした。

 

「証言は記録の残る場所でお願いします。退去して貰いますので、ここの原状復帰も。」


 魔法が違法なものであることを証明するために、理解する必要がある。

 協力するフリをして呪文構成を聞き回り、短縮のために分解している中で、使用者の心をある人物に従うように操る魔法の呪文が紛れ込んでいるのを先生は見つけていらっしゃいました。


 順番や呪文を置き換える時間は無かったのと、本当にそれがその効果を発揮するか、意図的に仕込まれたものなのかを確認するためにそのまま残しておいた。今までのやり取りで、生徒指導の教師が場の空気を誘導するのを見て、この人物が主犯であるとまで推測できた。


 その気持ちは痛い程分かる。だが、だからこそ居ないことを認めなければならない。失った者をどれだけ悔やんでいても死者は帰って来ないのだ。




 ふと、黎明の魔女を思い出します。

 あの人はずっと自身を不老不死の存在に昇華させたクロード君に文句を言っていました。もし、わたしの魔法で死者蘇生ができるのであれば、愚痴をこぼす先として彼を蘇らせることも可能でしょう。

 彼女はそれをしていない。運命の日から相当の時間を生きていたのだから、全く考えつかないわけがない。死んだ人間を蘇らせるのは魔女でも叶わなかった願いなんだ。


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