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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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魔法で叶えたい願い

 自称錬金術師の生徒による連れ込み事件の翌日、わたしは生徒指導の教師に呼び出されました。

 連絡で指定された扉を開けると、演習場のように拡げられた暗い部屋の内で、彼と同じ派閥の教師が数名待ち構えていました。



 大人数人に対してわたし一人では何をされるかわかりませんので、先生に同伴してもらっています。

 こちらの独断で連れ込んだ事に対してとても嫌な顔をされましたが、もとよりわたしは彼らにとっては面白くない存在です。今更心証がどうなろうと知った事ではありません。

 前と左右の三方を囲われて、まるで裁判のような雰囲気の中で、真正面に居る生徒指導の教師から要件が語られました。


 今日わたしを呼び出されたのは、未だ謎が謎のままで放置かつ黙認されているわたしの魔法、つまり願いを形にする魔法の解明をする為なんだそうだ。

 曰く、何物にも縛られぬ魔法とは非常に危険なものである。火は便利だが無作為に放てば火災になる。力は御してこそ有用なものとなる。現状、よくわからぬものをただ闇雲に振り回しているだけであり、仮にそれが悪しき者の手に渡ればすぐに大変なことが起こるであろう。そうでなくても、相手が別のアプローチでこの魔法を発明し、実用化にまでこぎつけてしまうかもしれない。もしその時にこちらに解答があったなら、敵の優位性を覆す事も可能である。

 以上の理由から、何が何でも仕組みを理解せねばならぬという話です。


 ごもっともな理由を並べられましたが、何か違うような気がしてなりません。世界のため、仲間のためとは言うけれど、もっと単純な理由があるような。


「解析を開始する!」


 生徒指導の教師が宣言すると、わたしが立っていた魔法陣の上から煙のような何かが降ってきました。




 それは告白の魔法というものであると、後で先生から聞きました。

 好意を寄せる相手に対して自らの想いを告げ、交際の申し込みとして行う行動としての告白ではありません。ここでの告白とはつまり拷問のことであり、薬物や脅迫を用いて感情に揺さぶりをかけて対象者が言わずにいる秘密を自分から吐き出させるもの。本人が嘘をつけない状態で正直に口にしたという事実を持って発言に正当性を持たせるのです。

 サワガニさんが扱っている心を操る魔法に似ていますが、思い通りの選択をさせる思考の誘導とはまた別の干渉を行うものなんだそうです。


 わたしに降りかかった魔法はその告白の魔法でした。

 彼らはわたしに自分自身が忘れてしまった過去を思い出させ、願いを形にする魔法の出どころを探ろうとしていました。今まで大人達を散々困らせてきたわたしなので、思い出したものを正直に話すとは思ってはおりせん。なので、その魔法には朦朧とした状態で自分達の質問にだけ答えるように操れるように改造が施されていたのです。




 今起きた事に驚いて、相手に対し詰め寄ったのは先生です。

 自分達の魔法が効かないのは想定内であるかのように、わたしと先生を囲う教師達は落ち着いていました。


「何をなさるつもりですか!」

「魔法の解明だが、君はこの数分の間に交わされた話すら聞いていないのか?」


 この場に居る魔法使いは、全員がわたしの魔法を知っている。

 夜明けの魔女を認めた人達だから、わたしの魔法がどんなものかを理解できている。


 わたしがそう体感したから「願いを形にする」魔法と定義され、用途も魔法の発動に限定させているけれど、実態はどんな願いも叶える願望器そのものだ。大量の魔力をかき集めてようやく些細な願いを一つ叶えるのが手一杯の願望器に対し、わたしの魔法の適用範囲は底知れない。未知の技法、未知の力によってもたらされたと考えるのが自然である。何者かとの契約によるものなのか、非道な儀式や改造手術の結果なのか。その答えは本人が一番良く知っているはずだ。魔法の解明のため、どんな手を使ってでもその瞬間の記憶を掘り出さなければならないのだ。

 そう語る生徒指導の教師は、先生が何に対して怒りをあらわしているのかを理解していないようです。



 底に押し込めた記憶をほじくり出すのはおもちゃの箱をひっくり返すのと同義だと、先生は反論します。

 例えるなら数日置いて泥が沈殿した泥水だ。その状態で落ち着いている今のわたしがどうなってしまうか考えが至らないのかと、丁寧な言葉遣いながら激しく責め立てます。


「皆が何の制約もなく自由に願いを叶えられる。そんな新たな時代の幕明けとなる。彼女はその基礎だ。今日ここから始まる原初の魔法そのものなのだ。」


 生徒を指導する立場の人間から、生徒が自分と同じ人間と思っていないかのような発言が飛び出します。

 学園の生徒を、子供を自分と同じ人間として扱わない。勉学は教えるが、それは動物園や水族館の動物に芸を仕込んでショーを行うのとなんら変わらない。校則違反や授業態度、生活態度について厳しかったのは本能に訴えかけていたからだ。物覚えが悪い個体には恐怖を身体に刻み込んだのだ。

 彼の受け持つ教室の生徒は皆無表情。いつも背筋を伸ばしキビキビ動く光景はまるで軍隊だ。複製の魔法で増やした人形をオリジナルの動きに同期させたかのような気持ち悪さを感じた事もあります。



 子供達ひとりひとりの才能を伸ばすという目標を持つ学校で彼がやっていたのは確かに教育だけど、それは従順な人形を作っていただけだ。

 先生に指摘されても、彼は肩を竦めるだけでした。


「そこにいる娘も含め、子供とは知性も品位も無いヒトの形をしただけの動物だよ。私達が長い時間をかけてありとあらゆるものを教えてようやくヒトになれる。」


 わたしが正義感溢れる少年漫画の主人公であったなら、彼に殴りかかっていたかもしれない。

 先生が血気盛んな熱血教師であれば、やはりそうしていたかもしれない。

 そうしなかったのは、ここに居るのが、わたし達だったから。


 子供は保護者によって守られる脆弱な存在だ。精神的に未熟であり、意図と発言が食い違い、選択も多く間違えるから、大人が守らなければならない。道を踏み外さぬよう見守って、導いて、一人の人間に育て上げるのが大人の仕事である。それは確かにその通り。理解できます。


 未熟だから大人が管理する。本人の選択は無視すべき。発言は全て嘘と判断して聞き流すべき。自分が何を発言しているかすら理解できていない「はずだ」。

 子供はオタマジャクシ。卒業、または成人という変態というプロセスを経てようやくカエルになれる。ある段階を踏まない限り、どれだけ同じ姿で同じ言葉を話そうとそれは人間ではないと、この男は決めつけているのです。


 彼はそうやって教えられ、育ってきた人だ。長い月日で試行錯誤を重ねた結果、自分に施された教育が最適であると判断したんだろう。実際、彼が担当するクラスはとても優秀で、校則違反も問題行動も遅刻も無断欠席も無い。体調管理も完璧でクラス全員皆勤賞だ。これこそが模範的な生徒だと宣言できるでしょう。

 それが今更考えを改めて、人間未満のサルを一人の人として尊重するなんてできるはずがない。外面を取り繕おうとしてもすぐにボロが出てしまうでしょう。



 その認識が許せるかどうかは問題ではありません。

 今、何をしたか、何をしようとしているのかが問題なんです。


「そういえば、君には恋人が居た。そう、いたはずだ。」


 わたしの肩に手を回して庇うように立つ先生に向けて、生徒指導の教師は確認するかのように話をはじめました。

 入学当初より先生の隣には彼女がずっと傍に居て、色々あって男女の交際が始まり、やがて愛を誓い合った。悲しい事故があり、何もできぬまま死に別れることになってしまった人がいた。

 これは新参者でも一度は聞くであろう話だから、今の学園都市で先生の境遇を知らない人はいないでしょう。わたしは先生から聞いていますし、魔法の成功で現場に居合わせています。あの光景は忘れたくても忘れられません。



 カエデさんの名前を出され、わたしを包む先生の身体は強張っている。

 突然始まった昔話。相手が何の目的もなく話し始めるわけがない。わたしは人間としてカウントされていないから、今この場で孤立無援なのは先生ひとり。


 わたしがそうしているように、先生も相手の思惑を見定めようとしているのでしょう。

 カエデさんの事故を例に出し、危険だから立ち去るように警告するのか。それとも大事なペットを死なせぬように協力を求めるのか。力尽くで奪ってみせろと魔法対決が始まってしまうのか。

 教師同士の争いもまた問題となる。立場は相手の方が上であり、例え理事長の助けがあっても生徒指導の教師に分があるように思えてなりません。恐らく二度同じ手は使えない。マツリさんのお父さんに手紙を出して頂くなど、外部からの口添えでの円満解決は期待できないだろう。


 ここでもし戦いになったのなら、先生はこの場にいる全員を完膚なまでに叩きのめす必要がある。発動の速さだけは有利だけど、多勢に無勢。

 いや、先生にはわたしが居る。先生の補助として立ち回るか、わたしが願いを形にする魔法で何とかしたらどうだ。不意打ちだけどわたしは二十九人の先輩を倒した夜明けの魔女だ。魔王サヴァン・ワガニンを口で御したアサヒ・タダノだ。生徒指導の教師が言うような野生の獣じゃない。

 もしかしたら勝てるかもしれない。勝てたとして、その後どうする。どうすればいい。




「君は、愛する彼女に会いたいと思った事は無いかね?」


 それまでの話は全て聞き流せていたけれど、この一言は無理でした。

 どんな遮断をしていようと絶対に耳に入れるという強い意志が込められた一言は、気付かずに音量を最大にしていたヘッドフォンのミュートを解除したときのように、殴りつけるかのような強い衝撃と共に認識させられました。


「願いが叶う魔法があれば、その願いだって叶えられるんだよ。」


 その言葉と、生徒指導の教師が見せた笑みに恐ろしい何かを感じ、わたしの肌は粟立ちました。


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