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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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アサヒと魔法一本勝負

 自称錬金術師は呪文の最後の一節を口にしませんでした。

 ところどころアレンジが加えられていましたが、この呪文は知っています。今から放たれるのは、火の玉の魔法。

 呪文の長さから察するに、制服の防御力では耐えられない。何らかの対策を取らなければ怪我をしてしまいます。


 校則順守のために魔法は使いたくないのだけど、それを達成する手立てがありません。

 こうして誘拐されることなど想定していないから、前もって対応できるよう準備していない。こちらの意のままに操れる精霊などという未知の奇跡にも頼れない。最近流行り出した、強く握ることで込められていた魔法が飛び出す不思議な紙も持っていない。

 思えば、特別学級の男子達がそれを目の前で自慢していた時に、一枚でも貰っておけば良かったです。

 あれがあれば、詠唱を必要としない魔法のように素早く手早く魔法を放つことができる。全てあの紙を使っていたと嘘の理由をでっち上げ、わたしの魔法を隠すことができるのです。

 不要物の持ち込みと魔法道具の使用は別件で叱られてしまいそうですが、それはそれ。


 相手はまだ動かない。だからこそ放たれるタイミングが全く分からない。

 先生への連絡もしたいけれど、相手の出方次第ではそれどころではなくなってしまう。間もなく振り上げた杖から魔法が放たれる。火の玉はわたしへ一直線に飛んできて、この身体を焼き付くさんとまとわりついてくるだろう。


 魔法を受けて火だるまになったように見せかけて、魔法を使ったことを後悔させようかとも思いました。

 もちろん熱いのも痛いのも嫌なので、それはやりません。


 宣戦布告が為されてから、体感でおよそ五分程。

 相手はずっと杖をこちらに向けている。それに対し、わたしは椅子から立たず、杖を手に取るなどの相手を刺激するような行動は示さずに、相手の魔法を見逃すまいと身構えていました。


 時間だけが無駄に過ぎていく。無言の時間がとにかく続く。まるで銃の早撃ちのような緊張が部屋を包み込んでいます。集中力の切れ目が生死を分けるのです。一瞬たりとも気が抜けません。




 無駄としか思ない長時間の睨み合いで、なにをするのが正解なのか。

 答えは目の前の自称錬金術師が口にしました。


「君の勝ちだ。」


 大きくため息をつき、そう吐き出すように呟いた後、彼女は杖を床に置きました。

 魔法を使う意図が無いとの証明のために杖を置くのが魔法使い社会での作法です。勝負が行われる際、勝ち負けの判断は手に杖があるかどうかで行われています。先に杖を手放すのは降参の意を示しているのです。



 杖を向けられ、敵意を浴びても動じないわたしの姿を見て、彼女は戦意を失ったそうです。

 一見隙だらけの下級生だが、それは何をされても平気という自信の表れだと考えた。だから自身が使えるなかで一番強い魔法を唱えてみせた。万能の魔法に、自分が格上であり脅威であると見て貰いたかった。


 思惑は大きく外れた。

 大切な研究資料と成果しかないこの部屋ごと焼き払うだけの力がある魔法を唱えたのに、アサヒ・タダノは動じない。顎に手を当てたり額に指を押し付けたりして何かを考えているから何かを悩んでいるのは間違いないけれど、様子がおかしい。

 あまりにも強大な魔法の前に命乞いの言葉を考えているのか。否。あれは対処しようがない高等魔法を前に慌てる初心者の所作ではない。見ろ、あの娘は見て分かる通りの幼さでありながら冷や汗ひとつかいていないではないか。これだけの魔力の奔流に当てられて、興奮も恐怖もしないのはあまりにも変なのだ。

 あれには自身の力が規格外であるという認識がある。だからなのか、幼さに全く似つかない度胸を持っている。相手はこちらを完膚なまでに叩きのめす方法を考えているだろう。どうやって自らの力をを示そうかを悩んでいるのだ。


 そう考えると、自分がどれだけ滑稽なのかを思い知らされた。

 日頃からそれを錦の旗として横柄に振る舞わない強者の貫禄を垣間見た。彼女の魔法には、こうして面と向かって杖を構える前からその力に畏怖の念を抱いていた。つまり、身体を拘束してこの部屋に招き入れた時点で、いや、自分がその存在を知った時から勝敗は決まっていたのだ。



 彼女は膝を折って頭を垂れ、自分がいかに愚かであったかを呪文の詠唱のように並べています。まだ言い足りぬようですが、長くなりそうなので止めてもらいました。

 なんだかよくわかりませんが、挑まれた勝負には勝ちました。




 自称錬金術師は、わたしが願いを形にする魔法をどうやって手に入れたのかを知ろうとしていました。

 呪文も魔法陣も、作法の一切を必要としないそれは原初の魔法に比肩する。現代に生きる魔導師は多くいるけれど、まだ誰も到達したことのない未踏の領域です。その到達点にあるものを、わたしが持っていると彼女は言いました。


 自分が覚えている限りは何もない。ただ本を読み漁っていたらいつの間にか使えるようになった。それだけだ。


「本を読んでたら使えるようになりました。」


 それしか言えないのだけど、返事を口にしたことで協力の意思を取り付けたと判断したのでしょう。どこの誰のどんな本だったのかをしつこく聞き出そうとしてきます。

 無意識下での記憶を覗き見ようとした彼女に記憶を映像として映す魔法をかけられましたが、それは心を操る魔法への防御のおかげで何も映りませんでした。



 わたしの魔法をどうやって手にしたかを知る人は多くありません。

 壮絶な経験をしたわけでもなければ悪魔に魂を売ったわけでもない。血の滲むような努力もなければ残酷な競争を勝ち抜いてきたわけでもない。ある日突然芽が飛び出した才能が、よりにもよって万人が望んでやまない万能の魔法だったという偶然だ。


「真理が目の前にありながら、糸口を掴めないとはッ!」


 どれだけ聞いてもいつの間にか手にしていた以上の情報が得られないことで、自称錬金術師は悔しがっています。

 わたしのことを知れば、努力を積み重ねて到達した頂上のはるか上にさらなる壁が突然現れることになる。何の努力も無しにそれを得たというのだから憎んだり妬んだりはあるだろうし、こうして意地になって聞き出そうと試みようともするでしょう。下手をすれば危害を加えることも可能性としてある。だからこそ、アサヒ・タダノの本質は隠されているのだ。





 結局、真理を求めた人の行動は、違反行為に手を染めたという結果だけが残りました。

 彼女が自分の意識の甘さを吐露している間、わたしは先生に連絡を入れていたのです。


(先生へ。錬金術師を自称する変な人に捕まりました。わたしの魔法を知りたがってます。どうぞ。)


 先生はたったこれだけの報告からわたしの位置を特定し、錬金術師が絶対に頭の上がらない人物を送ると言ってくれました。連絡が取れさえすればここまで心強い存在はいらっしゃいません。やはり先生は今のポジションのままでいて欲しいと思います。


 根堀り葉掘りの質問が尽きた頃合いに、彼女のクラスの担任が現れました。

 研究室にやってきたのは生徒指導のあの教師。彼は自分が受け持つ生徒の行動に呆れつつも、わたしにも物言いたげな視線を送っていらっしゃいました。

 わたしが錬金術に興味を持ち、この部屋に押し掛けて部屋と彼女を掻き回したように思えたのでしょう。


 友達の少ない自称錬金術師は若い後輩の登場に浮足立つのだけれど、やがて質問の多さに辟易すると、無理難題を押し付けて弟子入りを拒み追い返そうとした。当然わたしは願いを形にする魔法をもってその難題をあっさり攻略してみせる。原初の魔法を目の当たりにしてしまった若き錬金術師は自分の才能の底の浅さを知ったが事実を受け入れられず、錯乱して目の前の後輩に手を出してしまった。などという悲しい物語を脳内で作り始めていたかもしれません。



 先にわたしを縄で縛ったのが自分の受け持つ生徒のほうだと理解するまで三十分。

 通報の内容に間違いがないことを確認し、二人からの謝罪と弁明が小一時間程続いた後、ようやくわたしは怪しげな研究室から開放されることとなりました。


 秘匿されていたはずの情報が広まっているのは何故か。

 彼女がどういった経緯でわたしのことを知り得たのか。それを明かすのはわたしの仕事ではありません。


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