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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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反省文を書きたくない

 虫の音が鈴のように小気味よく響く秋の始まりを感じる今日この頃。

 皆様におかれましてはおかわりなくお過ごしでしょうか。


 この虫の鳴く音、皆にとっては耳障りな雑音に感じるらしく、この心地よさを感じられるのが自分だけと知ってからは優越感に浸っております。




 さて、わたくし、”夜明けの魔女”こと魔法学園二年、特別学級出席番号五番、アサヒ・タダノ。

 ただいま見知らぬ研究室にて身柄を拘束されています。


 廊下で声を掛けられて、振り向いた時にはもう魔法が放たれていました。

 避けれるだけの身体能力は無い。捕まらぬためにはこちらも魔法を使う必要がある。いつも通り弾き飛ばし、相手が驚いた瞬間を見計らってこの場を脱出する。そして先生に報告すれば、なんだかんだあってもいつも通りに事態は円満に解決するだろう。と、そこまでは頭が回りました。

 そんなことを考えるだけの余裕はあったけど、わたしは甘んじて拘束を受け入れました。



 こちらに向かってくる縄を弾くための壁を願う瞬間に、生徒指導を担う教師に鋭い目つきで釘を刺されたのを思い出したんです。


「理事長の指示で貴様の行為には目を瞑っていたが、もし次に何かやったら最低でも反省文は提出してもらう。」


 彼らの基準はとにかく厳しいの一言で言い表せるそうです。

 誤字脱字は当然のように指摘され、言葉の誤用も許されず、原稿用紙の使い方にすら強烈な添削がされる。どれだけ完璧な作文を提出しても、必ず一回以上の再提出があるという。

 学園都市には言語圏の違う国から多種多様な人間が集まっているというのに、その反省文はとある国で多く使われているという縦書きの四〇〇字詰めの原稿用紙に書くことを要求されています。筆記には魔法を使ってはならないというのだから、まずはその書き方に馴れるところから始めなければいけません。

 特殊な様式を強制させ、何度も再提出させることで生徒の時間を奪う。するとどうだ、問題児の問題行動は減るじゃないか。他の事に集中していればダメな生徒を上手く導くことができるんだと彼らは胸を張っているそうです。

 字の乱れは心の乱れと言って丁寧に書くことを要求されるのだ。そんなもの、書いて提出などしたくありません。


 そもそも、反省文とは何を書けばいいのでしょう。ごめんなさいの六文字を五枚の用紙に詰め込めばいいのでしょうか。



 そんな無茶苦茶を要求してくる生徒指導課に目を付けられる事の他に、もう一つ気付いたことがあります。

 前々からそんな感じはしていましたが、この学園都市は正当防衛の権利が非常に弱いのです。攻撃に対し、受け止めるか受け流すかしか許されない。相手に対してやり返すのはダメなんだそうだ。

 そのかわり、抵抗しなかった事は責められない。むしろ抵抗できぬ状態の相手に対し卑怯な行為で危害を加えたとして先に手を出したほうの分が悪くなる。


 それが維持されているのならば、歪な構造でもバランスはとれている。そういったプライドは最初からありませんので、無理にシステムに抵抗する必要はありません。使えるものはせいぜい利用させて頂きましょう。




「君の使う魔法について知りたい。」


 学年章は見えないから何年生か分からない、外見では男か女かもわからない相手は自己紹介もせずにそう口にしました。

 生徒であるのは間違いないけれど、職員会議の場ではこんな奴見た事が無い。入ったばかりの女性教師はわからなかったけれど、ここまで変な格好をしている相手ならば一度見たら忘れられないでしょう。


 今この場でわたしから見えるのは、目の前の人物が着ている服の、隙間なく飾られた飾り模様。部屋は薄暗く、相手の後ろのかがり火の明かりしか無いので逆光でよく見えません。とにかく体格さえごまかせる大き目の上着だけは豪華な装飾で埋め尽くされています。それしか印象に残りません。


 突然のことで理解に苦しむことばかりなのですが、拘束の魔法で部屋に連れ去っておいて、今もこうして椅子に縛り付けたままの状態で、問答無用にわたしの魔法の何を知りたいという意図がわかりません。


「言葉は禁じていない。仮に間違いを言ったところで我々は命を奪ったりもしない。好きに喋りたまえ。」


 とりあえず喋り終わるまで黙っていようと口をつぐんでいたら、その口は何のためにあるのだと罵倒されてしまいました。

 確かにこの口は呼吸のため、食事のため、そして発声によるコミュニケーションのためのものですが、人質に暴言をぶつけるような誘拐犯に喋る口は持ち合わせておりません。


「それもそうだな。はっはっは!」


 今だ縄は解かれない。つまり味方なわけがないとわたしは判断します。

 敵は一人。目の前に居るやたら豪華な装飾の上着を身に纏う人物ただ一人。今すぐ魔法でこの部屋を丸ごとめちゃくちゃにして飛び出そう。廊下で教師に見つかったら言い訳をしよう。この部屋の人物に捕まって、わけのわからない言葉でまくしられたら急に部屋の中で魔法が暴れ出した。わたしは自身の魔法を使わず廊下に逃げてきた。

 見たところ、目の前の人物は変人だ。それもただの変人じゃない。わたしと同様、生徒指導課のあの教師に目を付けられるような問題を抱える生徒の一人。こんなのと一緒にされて欲しくはないのですが、本人の内情を知らずその行動ともたらした結果だけを見れば同じなのでしょう。


「いつもは助手が補足してくれるんだが、なにぶん休学中でな!」


 説明不足について、一応の謝罪はされました。

 目の前の変人によると、目の前の人の他にもう一人、この怪しげな研究室に在籍しているそうです。

 研究に必要な材料を集めるために東奔西走していたが、一般人に向けて魔法を使用してしまったのがバレてしまったそうな。現在はその際に負ってしまった怪我の治療を兼ねて一ヵ月の休学中。

 反省文だ。姿も声も名前も知らぬ彼女はきっと今反省文に頭を痛めているに違いない。


「彼女の力添えもあり研究はついに山場を迎えたのだ! が!」


 助手の存在から自身の研究について熱く語り出してしまったので、今もわたしを縛り付ける縄を解いて欲しいとは言い出せなくなってしまいました。

 様々な理論や計算式や慣用句を例に出して何やら語り出してはいるのですが、右の頬が痒くてそれどころじゃない。等価交換とか人体錬成とか錬金術と称して様々な物を変換して創作する魔法がある作品のようなことを述べているようでしたが、そんなことよりも頬が痒い。


 ああ、我慢はもう限界だ。このむずむずは耐えられない。今回ばかりは校則を破るまいと頑張ってみたけれど、わたしの忍耐など温かい料理から立ち上る湯気のように儚いものだった。

 縄で縛る魔法以外は使われていない。ならば、わたしの身体を縛っていた縄を切り落とす。そうすれば身体は自由になる。あとは右の手を持ち上げて痒い所を掻きむしるだけ。


「ようやく見せてくれたな、それが君の魔法か。」


 頬から顎、そして首筋まで大きく掻くわたしを見て、装飾の変人はニヤリと口角を上げました。

 先ほど聞き流した話は自分達の研究の経歴とどれだけ校則違反を潜り抜けてきたかの武勇談だったはず。わたしに使ってみせろとは一言も言っていない。もしかしたら今までの語りは全てわたしが自分から魔法を使うまでの時間稼ぎであり、わたしが拘束を抜け出したらこれを言おうと最初から決めていたのかもしれない。


 何でも願いを叶えてしまう、その気になれば魔導師の大魔術すら無に帰す程の高等魔法であると、自分自身のものなのか、この場に居ない助手さんの考察なのか。今度はわたしの魔法に対しての分析を語りはじめます。


「この世の法則は質量保存の法則にもある通り等価交換。君は何を対価にその魔法を得た? 身体の欠損は無いしどこか内臓を失っているようにも見えないが、身体の成長を奪われたか?」


 願いを形にする魔法をどうやって会得、または作り上げたかはわたし自身よく覚えていません。何かの本を読んで覚えたのは確かだけど、なにぶん文字もよくわからない頃に読んだ本。思い出せと言われても困ります。

 そんなわたしのユニークスキルにひとつ言えることがあるとすれば、わたしの魔法は彼らの思っているような魔法じゃない。装飾の変人の語るシステムとは体系から異なる仕組みの物であると考えます。真理とか根源とか、先程聞いた武勇伝に関係するものに触れた記憶がないからです。



 問題はそこじゃないと話を切って、装飾の変人は散らかっているこの場所では唯一足の踏み場がある部屋の中央に歩を進めました。


 そこで見てろと言うので椅子に座ったまま見学します。

 何をするかと思えば、袖の中に隠していた杖を引き抜いて呪文を唱えました。


「改めて言おう。我々は独学で錬金術を学んでいる。」


 錬金術。変換の魔法を大きな壺や自身の身体に常時展開して物に干渉して変化を起こす技法。その使い方をする魔法使いを錬金術師と呼んだりするという、あの錬金術だと言いました。


 その目的は不変の金属である金を産み出して巨万の富を作る為とか、永遠の命を得るための賢者の石の錬成とか、変化の末に見える真理を追う事だとか、色々言われているけれどその実態は手口八丁。黄金色に輝くだけで何にも使えない塊を作り出したり、ちゃんと動いていたものを動かなくしてしまったり等不祥事が多い。これを自称する人達はもれなく詐欺師だと名指しで非難されている。

 そういった魔法社会での実情もあるのか、学園では、現在は修めている教師が居ないという理由で選択科目から外されています。


 足元から風が吹き上がり、相手の上着で隠れていた身体のシルエットが露わになりました。

 何故陸上で、しかも水場などどこにもない校舎の一室でウェットスーツを着ているのかはわかりません。主に股間周りの貼りつき具合から目の前の人が女性である事が判明したのですが、それどころではなくなりました。



 錬金術師の中でも特別な存在が居る。錬成のための触媒も陣も必要とせず、常識では考えられない力を奮う者達が居ると、呪文を唱え終えて、後は発動の言葉を叫ぶだけの彼女はわたしに向けて呟くように語ります。


 これを聞いて何とも思わないのなら感覚は鈍ってしまっている。危機感が薄れているか、大事件を片付けた後で気が緩んでしまっている。

 呪文も魔法陣もいらない魔法は、まさに彼女達の言う真理を見た特別な錬金術師のそれと同じ物。未だ雲をつかむようなものを既に持っている事実に直面し、先を越されたという妬みの感情を持つのは自然な流れなのでしょう。

 

「君の力が我々の悲願であるかどうか、見極めさせて貰おう!」


 ああ、だめだ。さっき縄を解くために仕方なく魔法は使ったけれど、やっぱりダメだ。

 こんな場所でわたしが暴れたなんて知られたらどうする。成果と被害が釣り合っていたからいままで温情を受けていた。最後ではないけれど、これ以上のお目こぼしは許されない。反省文は書きたくない。


 座ったままで考えます。相手はやる気だ。噂の本物を見れるのだから全力で来るかもしれない。こうして立ち上がらず戦意がないことを示していても関係ない。彼女の意志の決定権はあちらにあるんだから。


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