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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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不良生徒は面談に応じない

 目の前で建物が燃え落ちる最中、無意識のうちに人命救助を行って、二年目の花火を見過ごしたアサヒです。

 死者ゼロ名という輝かしい結果は新たな魔法の功績として公表されたので、わたしへの評価は無しという結果となりました。


 わたしのやった行為を全て夜明けの魔女に献上したのではありません。

 全校生徒集められた集会の場で壇上に上げられて、大いに称えられてもいい出来事が帳消しになる程の行為をわたしはやらかしました。


 復唱しましょう。魔法使い社会でのルールのひとつで禁則事項。魔法使いではない者には魔法を使ってはならない。

 存じております。肝に銘じております。それでもわたしは破りました。




 火事現場で逃げ遅れた人達の半数が、魔法使いではない人達だった。監督者の許可もなく、また彼らの同意すら得ずに転移の魔法を行使した。魔法を使えない者への魔法の使用は厳しく禁じられていて、一度処分を受けた身でありながら、アサヒ・タダノはそれを行った。


 一般人に魔法を使うのは、逮捕され、勾留され、場合によっては魔法を封じられた上で追放されるまでありうる大罪です。

 学生の身分であれば一生を棒に振るこの重い罪を、わたしは半年で二度も犯しました。おまけに二度目は不特定多数に対しての蛮行です。

 どちらも人の命を守るための行為だけれども、法の上の平等はそれを例外とは認めなかった。これは本来ならば被害者全員から訴訟を起こされて、死んでも払いきれぬほどの賠償金をこの身に背負わされることになってしまう大変な行為なのです。


 それらの罰を、人助けに関する魔法の実用性の証明した成果で相殺した形になります。

 自分がやったと言いふらさない。そうすれば、やった罪を見なかったことにする。




 前代未聞のやらかしにどういった処分を下すのか、関係各所は揉めに揉めたそうです。

 素行の悪さの極致であり、直ちに記憶と力を奪い追放すべきとの声が上がる。まだ十歳にも満たぬ齢の子供に大人と同じ処分を下していいのかと反論が出る。更生のための教育プログラムの提出はどうなったと横槍が入る。仕事の遅さや雑さに対しての口論が始まって、理事長が殴って白黒つけろと口喧嘩を始めた二人を亜空間に放り込む。

 これの繰り返し。


 在学中の学生が二度も一般人に魔法を使用した前例はありません。なぜならば、初回で追放処分を受けたから。

 わたしの犯行は、一度見逃した犯罪者が再犯してしまったのと同じです。処分は正しかったのか。更生の為の訓練に間違いはなかったのか。勾留中の対応、休学期間中の態度に問題はなかったのか。ルール破りを体制への反発を捉えた場合、学校生活を送るうちに体制に対して悪い印象を与えていなかったか。



 長い議論の結果、処分も報酬もなくなりました。


 どれだけの罵声が飛び、煙草が何本消費されたか分かりません。

 火事の鎮圧から三日、学園都市が焼け落ちる運命の日からは四日かかりました。




 わたしの部屋の前までそのことを伝えに来たのは、理事長でも先生でもない、今年入ったばかりの教師でした。

 彼女が新任と思ったのは、見た事がない人だったから。見た目で性別は分かりかねますが、女子寮に入れているので女性だと思います。


 話を聞くだけならば、アサヒ・タダノは魔法使いにとって最も重要な掟を二度も破った不良生徒。

 罪を犯しながらの人助けとは、はどうしようもない悪人が気まぐれで起こしたただ一つの善行であり、欠片でも良心が残っている証左である。地獄に行った暁には救いの手としてクモの糸を一本落とされるに値する。

 それが無に帰されたのだ。決定を承服できず、泣き喚き、荒れ狂うとでも考えていたのでしょう。すんなりと受け入れたわたしの態度を非常に驚いていらっしゃいました。



 よかれと思ってやった行為が万人に評価されない理不尽があることを理解しています。

 重要なのは自分自身の考えだ。わたしは何のために人を救ったのかを忘れてはいけません。


 逃げ遅れた人達がかわいそうだったから。これは違う。明確に火事であるとわかる状況において迅速に動き出さなかった防災班への怒りから。これも違う。学園都市が焼け落ちるというサヴァン・ワガニンの予言を打ち砕き、輝かしい未来を守るため。それもありましたが、違います。それは本来の目的のついでに達成できれば良いものだった。


 わたしが大事なのは先生です。

 先生が先生であり続けるために、どれだけ酷い扱いを受けようとも学園都市が必要だ。だからサワガニさんの予言を打ち砕く。先生の作った魔法の実用性を示す。特別学級の教え子として、自ら罪を被ろうとも人命救助に当たって見せる。

 そこまでして入れ込むのは異常だと呟く若い教師には、自分が一番大切な誰かに置き換えて考えてみて欲しいと伝えました。わたしの先生への感情は、愛する家族のために自分の全てを賭すのと何ら変わりありません。無いはずです。





 さて、わたしに対しての報告という用事は済んだのに、教師は帰るそぶりを見せません。

 大人に対しての不信感の強さから、わたしに対しての連絡はは常に先生か理事長から直接行われています。昨日今日でその方針が変わることはない。変化があるならまずはその事から報告に入るのが常識だろうけど、それが無い。


 自分が担当する学生以外との接点は意図的に遠ざけられている魔法学園で、目的はわからないけれど、この人物は立場を利用してわたしに近付こうとしています。現に直接の対話まで持ち込んだのだから作戦は成功だ。そうなると、このプラスマイナスゼロの処遇さえも、話す切っ掛けを作る口実かもしれない。


 そう思えば関わるのを避けるべきだったかもしれないけれど、わたしは学園の生徒です。教師からの呼びかけを無視したなどと騒がれてしまったのでは社会への心証がよろしくない。立場の弱さはこんなところにも響いてしまいます。

 そんなわけで、とにかく怪しいとは思っていましたが、まさにその予感は的中してしまいました。


「本当にそれでいいの?」


 事務的だった声色が、感情のこもった物に変わりました。

 彼女の意思に従うつもりは無いのだけど、気がそちらに向いてしまいます。切り替わりの温度差が感情を揺さぶられ、惹き付けられてしまう。これが演技というものでしょうか。


「あなたは騙されている。かわいそうだ。」


 息をつく間もなく、彼女は堰を切ったかのように語りはじめました。


 徹底された情報統制により、わたしの活躍は生徒である皆には伝わりません。

 そうすることで、学園の決定に不満を持ち、現体制への鬱憤へと昇華されてしまうのを恐れている。そんな思想統制を行う奴等のいいなりになっていいのかと、目の前の女性は続けます。いや、続けないで欲しいけれども。

 立って聞くつもりもなかったのだけど、立ち話で聞かざるを得ませんでした。




 彼女曰く、学園都市は今も腐っている。改革などと持ち上げられているが、理事長がした行為は体のいい乗っ取りだ。剛腕に任せていたつもりが気が付けば彼の独善を許してしまった。評価されるべき人物が何の評価もされないどころか罰せられかけた。類稀な才能を押さえつけられたままでいいはずがない。


 もし、理事長が退陣し、トップが別の誰かに入れ替わったと考えましょう。円満かつ円滑な世代交代では何事も起きないでしょうから、彼もまた革命などで地位を追いやられたと仮定します。

 先生は理事長の右腕とも言える立ち位置に居る。理事長を追い出した人達は、旧体制に深く根付いた人物に対して良い感情を持たないはずだ。そうなれば、閑職に追いやられるか、何の権限もないお飾りになるか、理事長と共に大罪人として法廷に立たされてしまうかのいずれかだ。決してそのままのポジションを維持させられるとは思えない。治安維持管理のために探査の魔法は必須だから、その為だけのオペレーターとして安月給で再雇用が最も現実的と見るべきでしょうか。


 わたしが評価されないことと、先生の立場が脅かされることの二択ならば、何も迷う必要はない。先生の安寧こそが一番だ。それが巡り巡ってわたしの満足に繋がっていく。

 今の待遇に不満を抱いているだろうと想像するのは自由だけど、わたしの意思を無視して話を進めないで欲しいと思いました。

 彼女との会話は時間の無駄。どれだけ説得されようがわたしの意思は曲がらない。



 こうして連絡に来てくれたことに礼を述べて会話を中断し、部屋に入ろうと振り返ったんですが、すぐさま肩を掴まれて向きを直させられてしまいました。目の前には魚のように目を大きく開いて凄い表情をしている女性の顔がある

 頬のホクロに毛が一本。顔が命のはずだけど、それは魔法でどうにかしようと考えないのでしょうか。


「いい? 願いを叶える魔法は命を縮めるの。使ってはいけないのよ。」


 今の発言、彼女の話は一年目の最初の授業で教わりました。

 強力な魔法は調理中に入れすぎた塩のように身体を蝕んでいく。今は何ともないけどいずれ身が滅ぶ。人間社会の技術の発達で平均寿命は延びているけれど

 わたしの願いを形にする魔法は今まで常識として考えられてきたモノとは違います。魔法の無理な使用で倒れることも多く、様々な検査を受けましたが、問題なし。呪文で魔法を使った時と同程度の疲労があるだけだ。


 本来、無詠唱による瞬時の展開は自分の身体にとんでもない負担がかかる。それ故に、面倒な呪文や魔法陣を魔法使いは使っている。魔法の安全装置なのだ、と。

 初歩の初歩で教わる魔法の常識を今更語り出した意図が気になりましたので、肩を掴まれたまま次の言葉を待ちます。



 彼女曰く、わたしは何も知らないまま大人の言いなりになっていて、ろくでなしのロリコンに依存するしかない状態に「させられている」可哀想な子供だそうだ。

 どこから始まったのかはわからないけれど、無意識下で、最初からそう思い込むよう誘導されている。洗脳が解けぬように強力な心を守る魔法がかけられていて、都合のいいように使われている。正しい価値観を教えられず、歪んだ認識のまま育とうとしてしまっている。このままでは世紀の大罪人として名を残してしまう。無限にある可能性を潰してしまう。輝かしい未来への道が断たれてしまうのだそうだ。


 最初はそんなわたしの立場を嘆いていたのだけど、やがて良い事も悪い事も全て自分のものにする理事長への不満、学園都市の現状への不満へとスライドしていきました。




 長々とあれこれ言われましたので、どれだけありがたいお言葉を頂いたのか覚えてません。なにやら学園の政権を奪取すべく暗躍する集団に手を貸せとか言っていたような気はします。


 わたしの苦手とするタイプと判断しましたので、協力するつもりはありません。

 その理由は色々あってその多くを具体的に述べられませんが、一つだけ挙げるとするならばこれがある。

 語りに興が乗ったのか、まるで部隊演劇のように身振り手振りを加え、わたしの手を取りながら言ったんです。


「ああ、可哀想なアサヒ。でも大丈夫。私達が、その魔法を使わなくていい学園にする。」


 日頃から、現在の境遇を語るとだいたいこうなります。不幸少女の属性が付与されてしまう。

 最近は身の上を聞かれても詳細を省いて今は楽しくやっているとだけ言うようになりました。馬鹿正直に親から暴力による躾が行われただの、病弱を理由に母屋から離されていただの、勘当されただのを伝える必要はない。


 わたしの幸せはわたし自身のものさしによって決定します。それは周りから見たら不幸な出来事かもしれないけれど、知ったこっちゃない。イジメやハラスメントへの抵抗には本人の意思が大事と言いつつ、他の事ではそれが蔑ろにされることのほうが理不尽です。



 よろける程度の力で見えない何かに突き飛ばされ、彼女がそれを願いを形にする魔法によるものと勘付くよりも先に、わたしは自分の部屋に入って扉の鍵を掛けました。


「あなたのためを思って言っているの! 扉を開けて話を聞いて!」


 まだ何か言っていますが知りません。

 今のわたしを変えようとしている。つまりわたし自身を尊重する気など無いとわたしが感じたんだ。


 物理的に話を断ったことで、協力の意思が無いとご理解頂ければ幸いです。


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