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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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準備のための準備

 今現在、わたしには頼れる大人が一人しかいません。

 その相手が苦しんでいるのに何もできません。先生が課せられた要求に応えられず足掻く今、無断で何かしようとするのは効果が無い。むしろ逆効果。

 わたし達がそう思っていなくても、生徒から自身への信頼の無さへと変換されてしまう。


 実家に居た無茶な要求を背負わされた新人の使用人がそうでした。

 何かと嫌味たらしい言葉で仕事の不手際を咎められていたので、わたしは願いを形にする魔法を用いて陰からこっそり手を貸していました。

 すると本人はどう思ったか。自分がやるべきものが既に片付いていたり、必要な物が気付かぬうちに手の届く位置にあることを悪い方向に捉えてしまった。自分の能力の無さを見せびらかされ、辱められていると感じてしまったのです。

 思い詰めた彼は、言いがかりをつけてきた班長を指さして少ないボキャブラリーで散々罵倒した後、掃除用具を床に叩きつけて吹雪の中裸足で飛び出して行ってしまいました。生活に耐えきれず逃げだすのはよくあることなので、連れ戻される事は無く、誰も話題にしなくなったので彼がその後どうなったかまではわかりません。


 弱小団の件で先生への連絡を怠り、誤解をさせてしまったのは最近のこと。

 当人に分からぬような手助けは逆にその人を追い込むことになる。重々承知しております。




 先生の魔法でパジャマへの着替えを強制された後、そのまま寝室へと追いやられかけていた自分の身体の主導権を魔法で取り返しました。

 裸足のままリビングへとんぼ返りして、乱雑に置かれた書類と共に突っ伏す先生の下へ。


 先生はとても優しい人です。縋るべき者に託されたので他に寄る辺はないけれど、生徒に事情を話して協力を請うなどできるはずがない。

 一週間後にこの街が焼け落ちるなんて話、伝えられるわけがない。この通達が明日を生きる若者にどれだけの絶望を与えるのか計り知れない。先生だって、そんな話信じたくないでしょう。


 先生は、難しい宿題を一人で何とかできないかを考えている。

 それは大人が子供に頼るなんて恥ずかしいと感じる羞恥心でもなければ、カッコいいところを見せようと思う見栄でもない。自分を犠牲にしてでもわたし達生徒を守りたいと思う一心から生じているのです。



 先生の助けになりたい。

 先行きの見えない恐怖を感じさせたくない。魔王との勝負に生徒達を関わらまいとするとする先生の優しさは分かる。わたしをはじめ、助力に入ることを望んでいない。

 その意思は尊重したいけど、残念なことにわたしは既に関わってしまっている。まさに挑戦状を突きつけられた当事者だ。メッセンジャーとして選ばれたキャラクターが誰かに伝えただけで役割を終えるとは思えない。創作の中では非常に重要な立場にある。真犯人とすり替わっていたり、解決のための鍵を握っていたりするんだ。

 先生は手助けが欲しい。そして目の前にその願いを叶えられる存在がいる事に気付いている。遠ざけようとするのは先生のワガママです。



 風呂上りのほてりが冷めて、わたしのくしゃみが硬直した場を動かすまでの長い時間を、先生との交渉に費やしました。

 先生は年齢指定の本をわたしから取り上げた時のように強情でした。怪我が完治しないまま、プログラムにある花火を全て打ち上げたという苦々しい記憶のせいもあるのでしょう。もし花火の魔法の安全性が確認できなかった場合、去年と同じ轍を踏むのは目に見えている。二度も頼むのは腰が引けてしまうんだ。


「どうしてもダメなら勝手に手伝います。」


 勝手に行動することの危うさは先生も良く知っている。たまに起きるクロード君達の暴走は、いつも規則の抜け穴を上手い具合に突いてくる。その後始末は本当に骨が折れるのをわたしも知っています。

 わたしはルールだけは律儀にクロード君とは違う。目的達成の為なら魔法社会の暗黙の了解だって切り捨てるし魔王さえもその場に呼び出してしまう。自分でそう評価するのは思い上がりかもしれないけれど、手綱を掴んでおかなければならないのが特別学級の問題児、アサヒ・タダノだ。そのわたしが好き勝手に動き回った事で何が起こったか。先生だって身をもって理解しているはずだ。

 この場で協力を取り下げて、先生に知らせぬまま行動すればまた誤解が起きる。だから宣言したんです。


「わかりました、お願いします。ただ、自分ひとりの判断で先行はしないでください。」


 先生から、望んでいた言葉が吐き出されるまでの数秒がとても長く感じられました。ついでに釘をさされてしまったので、好き勝手に動き回るのは抑えましょう。

 こうして、不肖アサヒ・タダノ。今回の騒動において先生の助手を務めさせて頂くこととなりました。





 先生がやるべきことは山積みです。体調不良で一日動けていないので、何一つ手が付いていません。

 花火の魔法が障壁にどう干渉するかの確認と、万が一事故が起きても貫通しないように再調整。

 関係各所同士が連携できるように、それぞれ独自の仕様で作られた魔法を全て探査の魔法に組み込む作業。

 これらを一週間以内に終わらせて、記念行事の当日は何があっても対処できるように控えていなければなりません。そのための体調管理もまた仕事のうち。

 明日から取り掛かるという先生の言葉を信じてベッドに入ったけれど、どうも眠れません。


 話を聞いた時から思うことがひとつありました。

 学園都市の出来事を記録するための魔法があります。その収集の魔法を一人で制御できるようにしてしまったのが先生の探査の魔法。狭い範囲の探索を主眼とする魔法に見立て、考え方を変えて取り扱いを行っているだけであり、大元の網は、情報収集のための魔法は探査の魔法とは別の物。

 先生の魔法はただの端末。テレビのリモコンなのです。


 理事長は自分が今やっているように、全てを一人に背負わせてしまっています。自分で体験しておいて、手落ちや見落としがあるのを分かっているハズなのにです。

 皆が皆理事長と同じ水準で仕事ができるわけがない。脳みそまで筋肉で構成されていそうな人の指示を改めさせるのは無理と思ったほうがいいでしょう。


 先生の負担にならない別の形で情報収集の魔法にアクセスし、関係各所が情報を共有したり連絡し合えるようにはできないのか。

 そうだ、新しい魔法だ。先生以外の誰か、いや、誰もが情報の津波である記録の魔法に触れる事の出来る魔法があればいい。

 全ての情報を見ようとすればその量を処理しきれず頭がパンクする。必要最低限、どこでどんなルール違反が起きたかを拾い上げるようにしよう。情報の同期と共有、そして相互の連絡はその新しい魔法に紐づけする。

 探査の魔法の機能を大きく制限したものになるけれど、必要最低限これがあればいい。


 新しい探査の魔法を作るとして、その魔法を誰が維持するのかという問題が発生します。

 先生の魔法のように一人で支え続けるのは現実的じゃない。その隊員一人が倒れてしまえば統率は総崩れ。伝達されるべきものが伝達されず、悲劇へと繋がってしまう。

 どうやってそれを行うかという疑問は産まれますが、魔法を維持するための魔力を学園都市の魔力炉から引き込めばいいと考えました。これならば、魔力炉や中継する変換設備が止まらない限り魔法は継続できる。ワイヤレスの家電のように、電池として機能する魔法を介するのも良い。こうすれば魔力炉が止まってもしばらくの間動作するでしょう。



 寝て起きてからでは忘れてしまうかもしれないので、着替えもせずにかけ布団の上に倒れたまま寝入りそうだった先生に声を掛け、提案しました。


 先生が何もかも背負う必要はないし、最終的に統括管理するのは理事長だ。探査の魔法は運用中なのだから、一時的な停止や機能を追加したことでバグったりするリスクがあり、その被害はあまりにも大きすぎる。ならば、既存のものを改造するより新規作成の方がいいに決まっている。


「そんな大掛かりな魔法、すぐにはできませんよ。」

「実際に使う警備隊とかにやって貰いましょう。」


 言われるがままの機能を追加したとしても、現場からは改善案や修正要求が来るはずだ。それらの修正の為に先生の手を煩わせて精神をすり減らされるのはたまったもんじゃない。

 あと一週間、正確には六日と二十三時間五十五分ある。彼らに設計図を渡して自分達に魔法を作らせる。彼らもまた卒業生。優秀であるはずの人達が、作り方を参照しながらの作業ができないわけがない。


 先生は何でもかんでも一人で背負い込む。そういう形で指示されるがままに従ってしまう。なぜならば、先生はとても優秀で、実際それができてしまうから。

 サヴァン・ワガニンの模倣をさせられて、こういう場面では理事長の模倣させられる。先生が先生自身で考えたり行動する機会はなかなか訪れない。それでいて心が折れずにいるのは、そうすることでしか生きていけなかった人物だったから。




「早いほうがいいので、花火の魔法も明日テストしましょう。」


 たった三十のプログラムだけど、全部解析し、わたしや先生が二人で全部打ち上げ確認するのは無理がある。一週間以内に終わるとは思えません。

 一人で全部は打ち上げられないけれど、一人一発なら何とかなる。設計図は書いた人物が一番よく知っている。これらの条件を考えると、採用された花火の魔法の製作者を呼びつけて、直接撃たせてみればいい。自分の魔法が学園都市を焼き払う原因になるとすれば、彼らにも当事者意識が湧くのではないか。


 そうだ、一人で全部背負い込む事は無いんだ。

 花火の魔法も、危険な構成をそうとは知らず組み込んでしまった人物が居る可能性がある。そんな人物が罪の意識も持たずのほほんと平和を享受するだけでいいはずがない。



 思考が油を注したかのように滑らかに動いているのが感じられます。

 身体をベッドに投げ出したままの先生は、どうやって彼らを集めるかをわたしに尋ねました。


「それは先生が考えてください。補習でも表彰式でも集まってしまえばこっちのもんです。」


 学園都市は滅ぼさない。先生を人柱にはしない。誰も犠牲にしない。

 これだけの危機だ。先生一人でも、わたしと二人でも止められるとは思えない。人手が足りぬのなら足せばいい。この街に居る全員が当事者だ。どれだけ立場が悪く地位が低かろうと、この街に住む以上、そんなものは関係なんてありません。


 納得いかなければ動かないわたしのような者もいるし、事情を知らぬまま動いてもいい者もいる。十人十色とか、千差万別というやつだ。結果として焼け落ちる未来を変えれるのならばそれでいい。そう思えば、関わる全員が一つの目的を意識しなくたっていいはずなんだ。




 夜が明けてから先生とやる事は決めました。

 学園都市を守り切って、サワガニさんの予言の価値を奪い去って差し上げます。


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