ワンマン・オペレーション
夢の中で、とても良く当たる未来予知の大御所から予言を頂きました。アサヒです。
この社会ではそもそもサヴァン・ワガニンを口にするのがタブーであり、それが夢の中であってもあり得ない。名前を知るのは即ち彼への服従を示す行為であると判断される。
その大前提がなかったのなら、崩壊の予言はホラー映画を見た日に子供の見た悪夢だと笑い飛ばすことができたでしょう。
翌日の学園は蜂の巣を魔法で爆破した時のような大騒ぎになりました。
考えられる限り最も強力な防御の魔法が破られた。
この防御の魔法は外からの攻撃には強いけど、反撃をするときの為に内から外へは素通りするようにできていたそうです。改善できるかどうかは別として、失敗の原因は簡単な所にありました。
サワガニさんの分体が学園都市の魔力炉に居たという証言。
彼の言葉を信じるならば、内側に潜んでいた分体を強制的に動かした代償として、その分体自身が力を使い果たし消える事となった。つまり、もう存在していない。
ちょうど人間一人分ぐらいの貯蔵量の減少が記録されていて、理事会は長い会議の末にそれが事実と認定しました。
学園都市が不幸の連鎖で消し飛ぶという予言。
これが一番の大問題。分体が居ることを事実と認定したということは、学園は、わたしが伝えられた予言が彼の予言そのものであると認めることになる。わたしが見た夢がこれから起こる未来と認められてしまいました。
サワガニさんに見せられた光景は、わたしが忘れぬうちに映像と記録の魔法で外部出力され、会議の場で証拠資料として提示されたそうです。この魔法は頭を思い切り振り回されているようでとても気分が悪かったのを覚えています。
見せられたものへの対処が火急の課題。ですが、学園都市の管理者ができる事は限られます。
障壁の分解をしてしまう危険な配列になっていないか、花火の魔法の構成を再確認するよう通達が為されました。消火を迅速に行うため、探査の魔法と防災の魔法が紐づけを指示されました。より早い避難や救助を行うため、探査の魔法に必要な部署への通報を行う機能を設けるようにとの宿題が出されました。
魔法社会の学問の一角を守るための大仕事。その大任は全て先生が背負う運びとなりました。
古来からの知恵と技術を受け継いだ者として、または次代の若者を育てる者として自らの手で皆を救うと立ち上がったのではありません。加えて、できないものをできると無謀な発言をしたりもしていません。
そもそも先生は会議に呼ばれていない。これらは全て本人の意向を無視した形で一方的に押し付けられたのです。
花火の魔法の構成は短縮と圧縮の魔法が多く組み込まれているため、専門家が居ないと解析ができません。
短縮と圧縮は何をどう操作するか術者によって違うため、統一された規格が存在していない。だが幸いなことに、学園都市でそれを使えるのはたった一人。つまり先生が全て担うことで、学園都市はこの魔法をひとつの体系として無理矢理成立させているのです。
探査の魔法もまた先生の専売特許である。関係各所からは、関連付けなんて紐を結ぶようにちょちょっとやればできるだろうというありがたいお言葉を頂いたそうだ。
何度でも言おう。学園都市は、全ての責任を先生に背負わせた。
この状況で、守護神となる名誉を与えられたと喜べるのは愚か者だけだ。
急なストレスで水も喉を通らないのにとにかく嘔吐と下痢を繰り返し、一日足らずで痩せ細った末期の病人のようになってしまった先生を見なくても、先生への指示がどれだけ無茶苦茶なのかわかります。
一旦全部分解して、組み直しながら解析して、必要のない作用をする部分があったら修正しつつ、元の形になるように作り直す。パズルのピースをひっくり返し、もう一度全部作り直すのと同じこと。オリジナリティ溢れる子供達の作品を全てチェックするのにどれだけの時間と労力が必要なのか見当もつきません。
探査の魔法の再調整にも同じことが言える。街を一つ覆う規模の魔法に色々継ぎ足しつつ、ギリギリの状態で保っているバランスを守らなくてはならない。あっちを伸ばしてこっちが縮むなんてことは許されない。連絡の形も様式に沿ったものを要求され、加えて間違えると緊急の要件よりも間違いへのお叱りが優先されてしまうため、面倒でもそれらを逐次反映させなくてはならないというオマケが付いている。
他にも優秀な魔法使いが教師として勤めている中で先生に白羽の矢が立った。それはわたしを担任しているというたった一つの理由から。
希薄になっていたサワガニさんと学園の因縁を結び付けたのはアサヒ・タダノ。わたしが魔王の予知を、不幸な未来を呼び込んだ。はじめは探偵ごっこだった悪童の悪戯が、やがて連鎖となって積み重なり、とうとう学園の崩壊に行き着くまでに至ってしまったのだ。
直接言葉として語ってはいないけれど、学園はその落とし前を付けろと言ったのだ。
それはサワガニさんが受けた誹謗中傷と全く同じもの。
かつて彼がそうされたように、皆が口を揃えてこう言うのだ。予知で不幸を呼び込んだ。お前が居なければ不幸は起こらなかった、と。
立場上、先生には拒否権がありません。目的に対してどういった形で貢献すべきかを自分で決めることが許されず、やれと言われたらそれが自身のプライドを破壊するものであってもやるしかない。どれだけ功績を挙げ評価されようと、いまだ働きアリに過ぎないのだ。
先生を目の敵にする相手は皆、先生が強い魔法使いである理事長のお気に入りであるのが一番に気に入らない。何かの度によき師の下にある以上優秀であるはずだと嫌味を語る。
先生は、そんな奴らを見返す為に努力しなくてはならない。結果を残せなければそれは無能と同義なんだ。
なんて面倒な組織なんだろうと思ってしまいます。どれだけ組織の改革を叫ぼうと、最終的には個人の感情が物事を決める基準になっている。村の掟だ伝統だと言いながら、家事を全て女性に押し付け威張り散らしていた親戚と呼ばれるてっぺんハゲのオッサン共と何ら変わらないではないか。
こうした腐敗ともとれる構造が些細なミスとそこからの崩壊をもたらすのです。例え予言が無くても花火大会が大災害へと発展する可能性は十分にある。邪魔だ退けろとイジメ抜いて追い出した人物が組織の根底部分を担っていたなんて、当人達は最後の最後まで気付きはしないでしょう。
魔法社会においての権威がこの体たらく。彼らのメンツを守るためならば、外部からの攻撃で一方的に蹂躙されたほうが良いのかもしれない。
こんな酷い社会など滅んでしまえばいいと思うのだけど、まさにそれの崩壊を未来視で視たサワガニさんはわたしに対して何と言ったでしょうか。
記憶違いが無ければ、わたしに学園都市を救ってみせろと言ったような気がします。実態を知れば知る程、一度全部更地にして作り直したほうがいいのではないかと考えてしまう場所。彼の目的は強大な魔力炉を我がものとしたい欲であって人道的なものではない。そうだとしても、彼はそんな場所を守りたいと思っている。
滅ぼすべき人物が守りたいと願い、守るべき人物が滅んでほしいと願うなんて、これほどおかしな話はありません。
ああ、本で読んだ物語の知識だけでは打開策が見つからない。もっと知識が欲しい。知恵が欲しい。
先生が先生であり続けるためには何をすればいい。何もしないほうが良いなんて考えられない。それ以外で何かないか。先生の伴侶として、わたしにできる事は無いのだろうか。
疲れ果てて動けない先生を見ながら、わたしはそんなことを考えていたのです。
テーブルに突っ伏した先生が顔を上げ、わたしの姿を認めました。
眉間が寄って皺ができているのは元からだけど、風呂上りの清められた身体に不満点があるようです。
「『アサヒさん』、『風邪をひくから』、『服を着て』」
身動きが辛い先生の魔法は、わたしの身体の自由を瞬時に奪いました。バスタオルが肩にかけられて、乾燥まで終えた洗濯物の山へとわたしを誘います。
風呂上りの一糸まとわぬ開放感は何物にも耐えがたいのですが、先生は具合が悪くても手厳しい。先生にとってうら若き乙女の肢体は癒しにならないのでしょうか。ああいう形で告白を受けたけど、半年から一年に届く月日で先生の性癖にも変化が生じたのか。もう無い胸や毛の生えぬ股には興奮しないのか。未成熟な男性の象徴にしか興味が湧かぬようになったり、いわゆる男の娘という一見女性にしか見えぬ程の姿をした男性に心を奪われるようになってしまったのか。
もしそうであれば、わたしの身体は気分が悪い時に見れば吐き気を催すような見るに堪えないものとなるでしょう。
ああ、おいたわしや先生。
心休まる休日になるはずが、頭の痛い一日になるなんて。