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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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魔王との対話(もう何度目なのか覚えてません)

 創立記念のお祭りでは、昨年から花火の打ち上げが魔法によるものに置き換わりました。

 わたしが記憶していたように、夏の夜空を照らす打ち上げ花火は魔法社会にも存在します。以前より、花火として使用していた炸裂して大きな火花をまき散らす球が実際あったそうなのです。


 それがどうして去年から全て魔法になったかというと、一昨年の秋に資源保存のルールが制定され、いちばん重要な材料の使用や商取引が禁止されてしまったから。

 全て魔法で再現するための計画も設計図も思いつかないでいたところに、誘拐犯からの助けを求めるためにわたしが放った大きな花火。自力で魔法を組み上げた新入生が居ると喜んだそうな。

 いつだったかは覚えていませんが、そういう事情があったと先生から聞きました。



 去年は魔法の構築が間に合わず、わたしが吐き気を催しながら打ち上げました。あれから一年、魔法の研究は大きく進み、呪文を唱えなければならない事を除けばわたしが使った花火の魔法と同じものが完成しています。


 前回遊べなかった分、学園都市の夜店を堪能したい。先生と一緒に楽しみたい。

 つい先ほどまで、そう思っていました。





 よく見知った教室が、全て左右反転されている。

 時刻は夕暮れ。今の時期はここまで赤くなる前に夜が来てしまう。久しく見ていない気がする橙色。

 机の上に腰掛け、にやにやと笑みを浮かべる少年がいる。


 久しく見なかったけれど、これが夢の中だと理解するのに時間はかかりませんでした。

 今の時期、この空の色の頃合いに教室に居ることはない。誰かが悪戯をしない限り、全てが反転するなど普通は起きないだろう。それと、少年には見覚えがある。


「やあ、久しぶり。」


 状況を理解して、何をすべきか把握する。わたしがこの場で誰かと話をする準備が整ったと判断してから、少年は口を開きます。


 サワガニさんは油断ならない相手だと、改めて思います。

 学園都市最強の魔法使いによる、あらゆる精神干渉をはねのけてきた実績もある、受けた人物の人格さえも破壊しかねない強力な防御の魔法すら超えてきた。彼がその気になれば、内側から魔法を消し去るというわたしからの補助すら必要なかったんだ。見るがいい。届かないはずの彼の声は、わたしに聞こえてしまっているではないか。




 彼の自慢話は、強力な防護を出し抜いた種明かしから始まりました。

 サヴァン・ワガニンの分体はあらゆる場所に居る。学園都市の中にも当然のようにいる。理事長が駆使する魔法の媒体、つまり学園都市の魔力炉の中にも紛れ込んでいる。内側に居るのだから、どれだけ強固な守りも意味を為さないのだ。

 かつて理事長に敗北した際、焼き殺された分体の残りカスが偶然溶け込んでしまった結果なんだとか。わたしに最初に接触してきた彼が学生と言っていい若々しい身体で現れているのはそのためだそうです。



 その情報をわたしに明かした理由が分かりません。わたしは先生や理事長に今の事を包み隠さず報告します。もちろん対策を講じられる。魔力炉の中に居る、今目の前のサヴァン・ワガニン少年の要素は悉く潰されることになる。それはつまり自分の死。死にたくないと願っていたのが彼のはず。彼は自分自身の願いを忘れてしまったのか。


「ボクはもう必要はなくなった。この学園に居るサヴァン・ワガニンは今日消滅する。」


 今日の彼が放つ言葉は、本当に何を意味しているのかがわかりません。

 自分の力を切り分けた分体が不要になる事態が起きたのか。はたまた、本体に見限られ、通信網が断たれ孤立してしまったのか。それとも直接本体が夢枕に立ち、クビを宣告されたのか。サワガニさんにいったい何があったのか。

 わからないことだらけですが、とりあえず、最後のお別れをしに来るような律儀さはあるようでした。


「そういうわけで、これはボクから君への贈り物だ。」


 わたしがよく理解できず置いてけぼりな状態なのを見たからなのか、サワガニさんは本題に入ると言わんばかりに右手を高く掲げ、指を鳴らしました。 




 教室の風景が別の物に変わる間、夢の中なのに、ほぼ一年前、中間試験用の箱の中に飲み込まれた感覚がありました。

 彼には侵入した相手の深層意識ににそういう感覚を与えるだけの技術や力がある。やはり魔王、恐ろしい人物だ。


 ぐちゃぐちゃに混ぜられた景色が落ち着くと、わたしは学園都市の街並みが見下ろせる場所に立っていました。学園都市の外壁の上といえば、学生の身分ではよほどのことがなければ立ち入ることができない所です。

 夕日が沈み、空の橙色が夜の色に切り替わる頃合いでした。


 眼下の街は夜なのに賑わっています。

 提灯が吊るされて、屋台が道の両端に並び、その間を多くの人が楽し気に歩いている。


 この場所とこの景色には見覚えがあります。一年前、記念式典とその後の花火をわたしの魔法で打ち上げた日。ゆっくり見てる余裕は無かったけれど、記憶の片隅にその光景はしっかり残っている。今まで忘れていたけれど、これを見たから今年は先生と楽しみたいと思えるようになったんだ。


 思わず見とれそうになるけれど、肝心なことを忘れてはいけません。わたしの隣、先生がいるべき場所に居るのはサヴァン・ワガニンです。この夢を根拠として先生とサワガニさんを同一視などはしませんが、彼はそういう疑惑を持たせようとしているのでしょうか。もしそうだとしたら、わたしの好意を甘く見積もりすぎている。

 今、こんな光景を見せて、サワガニさんは何がしたいのでしょうか。

 

「まあ見ててごらん。そろそろ始まるよ。」


 花火の打ち上げが始まるというアナウンスが流れました。

 楽しいお祭りの、夜の目玉と言えば花火です。去年は打ち上げる側だったから、客として見るのとは違う感覚でした。

 もしかして、この若い姿のサワガニさんは今からわたしを学園都市の外に連れ出そうとしていて、最後に一番綺麗な景色を見せようとしてくれているのでしょうか。

 そうだとしたら、そんな優しさなどいりません。わたしは先生の傍でなければ生きていたくもありません。連れ出すのであれば先生と一緒でなければ意味がない。




 一人で色々考えているうちに一発目が上がり、大輪の花を咲かせました。

 二発、三発、続けて四発目。爆発が小さい爆発に連鎖して、どんどん大きくなっていく。それはまるで一つのお話のような広がり方。いったいどれだけの人が手を掛けてこの花火大会の演目を作り上げたのか。大きさも美しさも、わたしが打ち上げたものとは比べ物になりません。


 見ているうちにぼんやりしていたのですが、風船が割れるかのような、一つ前とは違う音を聞いて我に返りました。

 それから、明らかに違う音が続けて三つ。聞こえたのは打ち上がった花火から。まるで雷が頭上でその音を轟かせたかのように、心臓にも響く程のものすごい音。


 それが何の音だったのか、気にしてなどいられなくなりました。

 連鎖を重ねた大きな花火の炎が空中で焼き切れず、強い魔法の炎として街へと降り注いだのです。



 まず木造の建物の多い区画が、瞬く間に炎に包まれました。

 街に降った炎はただの炎に非ず。ひとつひとつが魔力の塊なので、それが変な作用と反応を起こしてあらゆるところから火の手が上がります。

 延焼、爆発、延焼、倒壊、またまた爆発。

 駅舎も、宿舎も、先生の家も、商店街も、学園都市のなにもかもが燃えていく。炎は破壊の限りを尽くしていく。

 街の中枢である学園の校舎の守りは堅い。だが、燃えていないけれど、それでも全方位が燃えてしまってる。中はいったいどうなっているのか見当もつきません。これだけの大規模火災、はたしてどれだけ持ちこたえられるのでしょうか。


 間違っても炎が街には落ちぬよう、間違いなく護りの魔法は使われていた。だが、強固なはずのそれは薄氷に塩のような融雪剤を撒いたときのように融けてしまった。穴だらけになった天井は脆くも崩れ去り、燃える街に油を注ぐ結果となってしまった。


 炎は相手が何であろうと容赦しない。人間であろうとも、全てを平等に包んでいく。

 見知った顔は見えないけれど、逃げ惑う人々に逃げ場はない。誰かが転ぶと皆転ぶ。炎は彼らが立ち上がる暇を与えない。全身を炎に包まれた人の、段々小さくなっていく悲鳴が耳から離れない。


 こんなときのための魔法のはずなのに、大火災の現場では魔法が魔法として機能していない。誰も彼もがパニックに陥ったからなのか、炎の魔力で色んなものが乱れているせいなのか、いつも通りに扱えていないのです。

 いま、渾身の一撃が不発に終わったのを理解できぬまま、優秀な成績を修めた者のバッジを持つ誰かが炎に包まれました。そういった優待制度の事は聞いていますが、具体的にあれが誰だったのかはわかりません。

 夢の中では痛みは感じないと言うけれど、壁の上はとても熱い。それだけでも耐えれないのに、街が燃える熱が由来の気流で飛ばされそうになってしまいそうでした。


 最後に、外の環境から学園都市を守る保護の魔法が内に籠った熱と暴走した魔力によって臨界を迎え、中身を盛大にぶちまけながらの大爆発を起こしました。

 その衝撃によって、わたし達が立っていた外壁は一瞬のうちに崩れ去ります。

 人だったものや、建物だったもの、誰かの大事なものだったナニカが自分の身体を突き抜けていきました。


 何の本だったか、街に住む人々が神の怒りに触れ、一晩で滅んだ繁栄都市の話を本で読んだことがあります。

 学園都市だったものは、まるでその物語に沿うかのように、瞬く間に何一つ残さず消えてしまいました。


 最後の爆発でなにもかも全部吹き飛んでしまった。魔法社会の次代を担う者達を育てる施設が、人もモノも全てが消し飛んだ。どれだけの被害が発生したのかはわかりませんが、大変なことが起きてしまったことだけは理解できました。


 ああ、何一つ残っていないというのは誤りでした。風向きが変わると、煙の中から外壁だった一部分が見えてきました。

 都市の内側だった部分は高温に曝されたことで真っ白に焼けていて、中や外側に誰か生存者が居るはずもない。かつてこの場所に魔法の学びの全てがあったことを証明するただの遺跡がそこにありました。



 何もかもが全て終わった後の何もない荒地を前に、呆然と立ち尽くすだけのわたしに向けてサワガニさんが言いました。


「これは確定した未来だ。」


 クロード君に負けたことでの権威の衰えから、本人の戯言であるという分析が最近は強いというサヴァンの予言。魔王の分体は、その未来視で視えたものが今の光景だとわたしに告げます。


 衝撃的な光景を前にして、どういうわけか、わたしは涙ひとつ流さずにいました。

 こうして立っていられるのは、単にこれが夢だと理解できているからに過ぎません。もしかしたら、自分の身近に迫る危機と正常な形で認識できないからなのかもしれない。目の前に居る魔王の手で今にも狂ってしまいそうな意識を強引に押し付けられていて、正気のままに情報を与えようとしてるのかもしれない。

 わたしが正気を保てている理由を考えても仕方ありません。平気な顔で突っ立っている。それが結果です。


 ほとんど一瞬だった。あっというまに命ある物はそれを奪われて、後の時間は崩壊を待つばかり。あんな状態で生存者が居たら奇跡としか思えない。もし、先生や知っている人間が何もできず炭となるのを見せられていたらと思うと、恐ろしさで膝の力が抜けそうです。




 学園都市が焼け落ちる。

 あの理事長が居る。先生も居る。皆が居る。大昔から続く魔術の研鑽がある。そんな街が無くなってしまうなど考えられない。そんなバカな話があるわけがない。

 そうだ、予言など全て妄言だ。彼にとって最大の障害である学園都市がなくなるのは彼が望む未来だ。自分の都合のいいように物事を動かすためにそういう夢を見た事にしているんだ。自分への忖度で部下が勝手に動き回るのを利用してきたように、今回もまた、同じ手段に出ているんだろう。そう考えれば今の火事の光景はよく出来た体験型アトラクションだ。これだけの発想を具現化できるのなら、悪意を募り邪悪な組織のトップとして君臨しなくても生きていけるんじゃないでしょうか。


「知ってるとは思うけど、これが僕の力。未来視だ。」


 信じなくても構わないと前置きし、サワガニさんはわたしに問いかけます。


「この未来を視てキミならどうする、夜明けの魔女。」


 さあ問題だ。先程のパニック映画も顔負けの映像では何が起きていた。

 花火の魔法の失敗が起点となり、不幸な偶然が一気に積み重なった結果こうなったと考えるべきだろう。花火の魔法に誰かが悪意を持って何かを仕込んだかもしれない。善意で誰かが何かをやらかした可能性も否定できない。


 もしそうだとして、どうする。

 原因を探り、事前に色んな人に声を掛けて極力対処するのか。現行犯を取り押さえるのか。それとも花火後に舞い降りる火の粉を振り払うのか。

 サワガニさんの接触はそれだけで大問題だけど、それ以上に場を掻き回すことになる。それでわたしの問題児っぷりに箔が付くのは良いとして、先生にどれだけの負担がのしかかってしまうのか。


 信じるか信じないかを保留して考えてみたけれど、考えがまとまりません。

 わたしの想定が最初から間違っていて、全てを自分の思うがままに操りたいサワガニさんがデタラメを言っていたとしたら、それはそれで取り返しのつかないことになってしまいます。





 慌てるなと言う自分が居れば、落ち着いている場合ではないと急かす自分が居る。

 いまのところ、出題者に答えを誘導するかのような素振りはありません。自分が見たと証言するものを見せ、情報を知った後の行動を訊ねているだけだ。

 眠っているから補給ができないけれど、栄養が足りていないと頭の回転も悪くなる。そんなときは間食でもいいから何か甘いものを口にして脳みそに栄養を与えろと、ある本に書いてありました。

 真っ白に焼けた外壁だったものに視線を移します。思考が詰まった時は気分転換だ。



 最終処分場でも感じた鼻の中を突き刺すような不快な臭いを感じた時に、閃きがありました。

 これはゴールの見えない迷路ではない。逆から進むこともできる。考え方を、結果から辿ればいいかもしれない。


 最後に大爆発したのは中枢の魔力炉が地上部の火災による過重な負荷に耐えれなくなったからだろう。そんな下層まで燃えてしまう程の大火災は魔力を帯びた炎が延焼したからだ。逃げ場がない程の火災は木造の建物がある以外にも、壁に囲われた街という地理上の原因もあるだろう。そんな炎が降り注いだのは創立記念祭で花火の魔法があったから。


 いいや、これじゃない。今見た光景だけで原因を探ったところで意味が無い。色んな要因が重なった結果が今の光景だ。花火の魔法以外でも、例えば屋台で使われているガスコンロや燃料を燃やして動く発電機からも火事は起きる。魔法使い同士が喧嘩を始める可能性だってある。創立記念祭を、花火の魔法を原因と認識してはダメな気がする。

 もっと前だ。より根っこの、大きな枠の部分。わたしが見ないといけない疑問は別の所にある。


「今の話、なんでわたしに教えたんですか?」


 わたしは行き着いた疑問を口にしていました。

 質問を質問で返す事は議論の上では嫌われますが、彼に嫌われてもどうでもいいので気にしません。

 あ、いや、もっと別の言葉で聞こうかと思ったんですが、思ったことがそのまま口に出てしまいました。夢の中なので思考がダイレクトに反映されてしまうのでしょう。してはいけない失礼をしてしまう可能性がありますので、ここでの身の振り方も考えたほうがいいかもしれません。

 それはともかく、学園都市がこうなるとして、彼は何故それをわたしに伝えに来たのでしょうか。


 学園都市が消えるデメリットとしては、彼がずっと求めていた学園の秘宝を失うことが挙げられます。願望器三つに相当する強力な大魔法がたった数時間の火事で消えてしまう。優秀な部下を送り込んで、こうして分体に忍び込ませるまでして手にしようとするものを失うのは相当な痛手となるでしょう。

 だが、それを超えるメリットがある。サワガニさんにとって運命の天敵であるクロード君と、実力で対抗できてしまう理事長が居なくなる。ついでに夜明けの魔女も勝手に焼け死んでしまう。自分が一切手を下さずとも、障害がきれいさっぱり吹き飛ぶんだ。相手を倒すのはこのオレだと妙なライバル心を持っていないのだから、黙って指を咥えて見ていればよかったはずだ。


 だから分からない。そして聞かなければならない。

 未来視が本物だとして、何故、わたしにそれを教えたのか。


 これは直接本人に聞いた方がいい。

 この大災害の原因がわたしである可能性はまだ考えるな。それを考えるのは今じゃない。創立記念祭の花火大会はまだ当分先の話。答えをはぐらかされてからでも十分に間に合うはずだ。


「その問いに対する答えはもう言ったよ。未来を知った君はどうするんだい?」


 質問に対する質問は、再び質問で回答されました。


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