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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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アサヒと暑さと夏の服

 ここのところ、郵便受けに投函されるお手紙の整理が追いつきません。

 弱小団の一件でわたしの名前が広がって、わたしという人物が居ると認知され、どうも迷惑メールや詐欺のグループに目を付けられてしまったようです。


 わたしは身寄りのない孤児扱いで、学園都市に在住する為の書類などの多くは保護者である先生の下へと行くのですが、稀にわたし宛てに届く書類が存在します。

 口座振替の報告書だったり、数字の変らぬ預金利息の変動通知だったり。ほとんどはそのまま捨てて良いものなのですが、たまに期日以内に返答を求めるものが混ざっています。

 そういった物に良く似せた手紙を紛れ込ませ、反応してきたところを攻め入るのが彼らの手口。対策としては、こちらから折り返しを行わなければいい。偽の勧誘書類と一緒です。無視してしまうのが一番なのです。


 わたしは本物と偽物の見分けがつかないので、無視するにしても先生と一緒に選別作業を行う必要があります。

 ただでさえ暑いのに余計な作業をしなくてはならない。どこかに遠出する選択もできるせっかくの夏休みなのに、普段と同じ部屋で過ごさなければならない。冷房のよく効いた場所での作業だから暑さはしのげるけれど、気が滅入ってしまいます。




 先生の家は学園の教師宿舎でもあるので、他の教師と顔を合わせることもよくあります。

 毎回ではありませんが、三度に一度は誰かとすれ違うし、挨拶したりされたりなども頻繁に起きています。

 幸い、先生の住まう宿舎は子供好きの教師の割合が大きいようです。教師宿舎に女子生徒が出入りしている怪しい状況にも関わらず特にこれといった注意もうけません。先生の家に向かう途中でお菓子を頂いてしまうこともあったりして、都市全体で子供を見守るというあるべき形を表しているとも言えるでしょう。


 そんな中、すれ違っても無視するか、睨みつけて舌打ちするかでわたしに関わろうとしていない教師が一人いらっしゃいました。

 年齢は30代後半で先生とそう変わらないのだけど、その顔には深い皺が刻まれています。外見をどうこう言うつもりはありませんが、かなり不健康な顔色をしていらっしゃいて、とてもその年齢には見えません。


「何をしている。何処へ行くつもりだ。」


 たまたま虫の居所が悪かったのでしょう。既に陽は傾いているのに気温が下がらないままで、廊下も今日は特に蒸し暑い。相手も人間です。普段は気にしないものが気に障ってしまうこともあるでしょう。

 足を止めたわたしに対し、何故生徒が教師の家の前を出歩いているのかというさらなる問いかけから、お説教が始まってしまいました。


 勘弁して欲しい。内容こそごもっともではあるけれど、場所を考えて欲しい。

 今日はおそらくどこかの国の気象観測の用語で表すなら真夏日とされるとても暑い日です。子供達が帰宅を促される時間帯でもまだまだ暑い。冷房を適時使用し暑さによる体調不良を避ける為の対策が必要とされる環境下。そんな今の状況で、傾いた陽射しが突き刺さる木造建築物に後付けされた金属製の渡り廊下で、冷房も無ければ風通りも無く空気の淀んだこの廊下での長時間のお説教。


 考えが至らないなんてものじゃない。これは子供に対しての過度な指導を越えた虐待だし、自分自身の身も滅ぼしかねない自殺行為。強い言葉で叱りつけ恐怖を与えたり、苦しみや痛みを伴わせなければ学習しないという教育方針があるのは知っています。もしかすると、彼は真夏の冷房もない暑い部屋で正座と長時間の説教を受けたことがあるのかもしれません。その悪循環を断つべくして理事長は改革を行っていたはず。

 油の上で滑り出したかのように言葉の暴力は止まりません。これも暑さのせいでしょうか。



 移動中の暑さ対策なんてたかが知れています。

 なるべく薄着。日除けの為に通気性が良くつばの広い帽子。荷物は持ち歩くことでの疲労を避ける為に、できるだけ減らすのが推奨されています。

 夏らしい薄着は制服では得られない肌の露出は解放感を得られますが、今はその肌面積が仇となってしまっている。空気がまとわりついてくるかのような不快感が全身に襲いかかってきます。さながら、先生の事が好きだと言いながら、青い果実を貪り食う変態だと罵っていた先輩が使ったわいせつ行為を想起させる魔法を受けた時のよう。

 そのままで居れば熱中症は必然だけど、わたしは先生にとって一番の生徒でもあります。こんなところで倒れていい立場には居ない。できる対策をせずに倒れるわけにはいきません。


 こんな時に呪文のいらない魔法は相手に気付かれないから都合がいい。

 過酷な環境の中で汗一つかかず、涼しい顔で拝聴する生徒を見てどう思うのでしょう。できることならば、コイツには何を言っても無駄だ、どんな言葉も聞く意識が無いと諦めてくれるのを願います。



 まだまだ言い足りぬと言わんばかりにお説教は続きました。

 暑さのせいで彼の普段から悪い顔色はさらに悪くなり、汗でシャツは全て濡れてしまいました。透視の魔法を使うまでもなく、下着までずぶ濡れであると推察いたします。


「教師と生徒は正しく適切な関係を保つべきであり、そう毎日のように入り浸るのは学生の領分が――」

「そう言うのなら、まずは正しい関係を今ここで説明してください。」


 魔法で暑さを和らげていても、不快な相手と、彼による聞きもしないお説教に貴重な休日を刻一刻と奪われていくのが我慢できませんでした。

 話は全部聞き流すつもりで居たのですが、話の本筋が脱線とエスカレートを繰り返した先にあった本音を聞いた瞬間に、思わず口にしてしまいました。


 正しい関係とは何だ。どこにその基準を決めたルールが存在するんだ。

 それが正式な形であるとしよう。そのルールはいつどこの誰が決めた。どうやって決めた。過去の偉人の発言であればその時代では正しいものであっただろう。だがそれから何年経った。同じ年代であっても環境で性質は大きく変わるんだ。正しさの基準は変動する。今の貴方の言葉はそれを理解した上での発言なのか。


 わたしに対し長時間のお説教の弁を並べるのだから、議論を行う用意もあると思っていたのですが、どうも違ったようです。

 彼の見立てでは、しょんぼりと肩を落とすか憮然とした態度で元来た道を引き返すわたしがあったのでしょう。

 そういう子供であったのなら、わたしは学園都市に居ないし、特別学級にも籍を置きません。自身が納得しなければ誰であろうと譲らないのがわたしなのです。




 この場所で、何の暑さ対策も無しに長時間立ち続けるのは辛いだろう。議論ならば場所を変えるべきだ。わたしは既に魔法で涼んでいる。相手が倒れるまで議論ができる余裕がある。地の利はこちらにある。相手は苦し気な表情でこちらを睨みつけた言葉を詰まらせながらも言い返すつもりでいる。あれはその表情だ。

 そこまで長くもない沈黙を打ち砕いてくれたのは先生でした。


「アサヒさん、なんて格好を!」


 反論の声で、部屋の前でのお説教の相手がわたしだと感づいたのでしょう。暑い場所での長時間のお説教によって体調を崩してしまっているのではと心配してくれたのかもしれません。とにかく、大急ぎで三つ離れた部屋の扉から先生が、悲鳴にも近い声を上げました。


 先生の顔を蒼白く染め上げたわたしの恰好は、白だけど淡く水色にも見えるTシャツと、先生の家にあった非常に派手な柄で、夏らしい、緩めのハーフパンツ。この着衣の何が良くないのかはわかりません。汗一つ書いていないので、見えてはいけない身体の一部が透けてしまっていることもありません。

 前は何ともないのだから、後ろに穴でも開いているのでしょうか。今日は下半身の風通しがとてもいい。わたしの身体にとって大き目のハーフパンツが途中で脱げてしまい、下着丸出しで出歩いていた……わけでもないようだ。ちゃんと履いている。動いた瞬間スキマからパンツが顔を覗かせるわけでもない。男性ならば男性の象徴が飛び出してしまうかもしれない緩さだけど、わたしにはそれが生えていないから問題ない。

 何がダメなのか分からぬまま、先生の魔法でバスタオルが部屋の中から飛んできて、全身を覆い隠すかのようにわたしの肩に巻かれました。


「生徒の保護体制の改善要望は生徒に直接言わず理事会に陳情してください。では。」


 いつもならば学園都市の正しいルールなどを並べてわたしの相手を言い負かしてくれる先生が、ひどく慌てています。

 魔法で暑さを凌いでいたけれど、対策もせぬまま廊下に突っ立っていたように思ったのでしょうか。先生は、息をつく間もない素早い動きでわたしを抱え上げると、子供一人の負荷を感じさせぬ動きで部屋へと直行。流れるように鍵をかけ、わたしを抱きかかえたまま大きなため息をつきました。

 わたしにお説教を並べていた彼からすれば、部屋へと連れ込む現行犯。

 ですが、先生はそんな光景を見せてしまって良かったかどうかは問題ではないようです。


「とりあえず、着替えてください、今すぐに。」


 先生からは、すぐにハーフパンツを着替える事を要求されてしまいました。薄さと通気性の良さを考えれば動きやすい夏の服としてこれほど良いものは無いと思うのですが、先生にとってはどうしてもダメなんだそうな。


 自身のモノが飛び出したトラウマがあるのか、それとも大衆の前でズボン下ろしをされ大衆の前に先生の先生を公に曝されてしまったのか。

 理由は後で話すという先生の言葉を信じましょう。




 わたしがハーフパンツと思っていたモノが外を出歩くのには相応しくない衣類と知ったのはそれからすぐ後。

 床に置いていたダイレクトメールを踏んづけてバランスを崩し、縋りついた先生のズボンを引きずり下ろしてしまった直後でした。


 用途不明の窓が開いているのが不思議でした。重ね合わせた布を留めるのはボタン一つ。気を付けなければ中身が見えてしまう社会の窓です。前後が分かりやすいとだけ思っていたのですが、それにはちゃんとした理由があったのです。

 先生は、ズボンの下に同じものを履いていらっしゃいました。何故重ね履きをしているのか、その理由を聞かずとも理解できます。できてしまいました。

 そう、あれは先生の下着だった。わたしはそれを知らず、丸一日先生のパンツで一日を過ごしていたのです。その下に自分のものを着用していたとはいえ、傍から見れば男性用下着で街を歩く変質者そのものか、まともに衣服を与えられぬ可哀想な子供のどちらかだ。つい先ほどまで誰にも会わなかったのが不幸中の幸いと言えるでしょう。



 一年半もの長い期間一緒に居ながらも気付けなかったのは、男性用の下着は無地の白ブリーフであるとの認識を変えずに居てしまったからです。

 白のブリーフこそが質実剛健な男児の象徴であると、祭りや祝いの席ではそれ一枚ではしゃぐ大人の姿が今でも思い出されます。特別学級の同級生達も、学校から支給された衣類の中にそれがあるらしく、不可抗力でずり落ちたズボンから覗く白が目に入ることがよくあります。着用者が身近に多かった。それ以外の理由はありません。


 今日は男性の下着にも種類があると知ることができました。

 まだまだ世界には分からないことだらけです。



 それはそれとして、一日履いてて心地良かったことに変わりはありません。

 先生のパンツであればそれは確かに色々問題かもしれないけれど、わたしがそれを自分で買って履くのならただのファッションのはずだ。

 そう思い立ち、自分に合うサイズを買って履きたいと申し出ましたが、先生は最後まで首を縦には振ってくれませんでした。


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