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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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弱小団は己が道を征く

 わたしは与えられた仕事をこなしました。

 魔力が弱く、どうしても立場が弱くならざるを得ない生徒を中心に広がる悪徳商法の根源、弱小団の最奥に踏み入ることができました。


 とある教師によって保護という名目で集められ、その実態はずっと虐げられていた彼らは自らその支配を拭い去った。いままでの裏稼業を取り止めて、陽の下で誰からも評価される自分達に産まれ変わったはずだった。

 弱小団自体は前述のとおり悪者から解放された仲良しグループでした。



 弱小団の本拠地、運動部の部室棟の一室は、集まった人数が入るにはとても狭く感じられました。


 彼らを保護目的で囲っていた教師が誰なのかは存じ上げません。わたしの入学以前に追放されたとのこと。子供を一人の人間として見ていない輩の詳細など知りたいとも思いませんので、彼女についてはどうでもいいでしょう。


 中枢メンバー達に、悪質な取り立てで資金を調達しようとする意思はありませんでした。

 最近妙に団員が増えてきた事実は把握していたのだけど、入団に際しそんな取り立てが行われているとは知らなかったというのです。

 加えて経理担当が持つ帳簿や口座にもおかしな増減は見つからなかった。確認中に不要なお買い物がバレて、団長と思しき六年生がジュードーの寝技をされていたのが印象的でした。


 弱小団を騙りお金を巻き上げている誰かが居る。加入の為の書類だけは本物なので、本人達も良く知らないまま入団してしまっている。まるで新興宗教のような勧誘方法で集められた新人たちは、本来のメンバーに出会う前に新たな被害者の勧誘という仕事を与えられてしまう。

 主要メンバーの預かり知らぬところで評判が悪くなるような行為が行われているということで、彼らは怒り心頭。今すぐにでも飛びだして犯人を見つけ出し、正義の名のもとに天誅を下さんと鼻息を荒くしていました。




 現在、理事長達に疑われているのは彼ら自身であることをお伝えしています。

 大っぴらに動けば彼らが捕まってしまう。慎重に行動すべきとの声も上がりました。


「新人、アサヒだっけか。お前はどう思う?」


 彼らの会議を輪に入らず眺めていたら、真正面に居た団長に意見を求められてしまいました。

 わたしは部外者です。彼らの会議に混ざるだなんてとんでもない。その気になればこの場にいる全員を拘束して理事長の前に突き出す事もできる立場にあります。わたしに口を出す権限はないはずです。

 返答に困ったわたしに向けて、団長は、たとえ弱小団の入団条件に無かろうと、理事会からの内偵であり偽装であろうとも、この場に居るのなら団員の一員であると言いました。


「手ぇ貸したって怒られるんなら俺が団長として命令したことにする! 心配するな! お前の行動の責任は俺が持つ!」


 言いっぱなし、投げっぱなしのように見えるだろうけど、その尻拭いは必ず行う。それが弱者を束ねる強いリーダーの条件だと胸を張ります。空き部室に集まっている面々は、呆れながらも彼の発言を否定しません。

 今まで見てきた学生団体とはまた違う形のグループという印象を受けました。このグループになら所属してもいいかもしれない。もしかしたら、波乱と笑いに満ちた学生生活を送ることができるかもしれません。


 そう思うと同時に、こんな彼らを騙り私腹を肥やす何者かへの気持ち悪さが湧いてきます。

 至って健全なグループを貶めようとしている人物がいる。この集団を妬んでいるか恨んでいるとしか思えない。いったいどこの誰がそんなことをしているのか。偏見の目に晒されている生徒に生活苦を強いている現状、もはやただの嫌がらせに留まらない。





 探査の魔法の網が手繰れないことに気付いたのは、わたしに頼らずとも疑惑を自分達で晴らしてみせると会議がまとまった頃合いでした。

 理事長に現状の報告をしたかったんですが、応答するどころか通話網が拾えません。


「アサヒさん、ここでしたか。」


 室内で圏外なんて珍しい事もあるもんだと思いながら部室の戸を開けて外に出た瞬間に、わたしは声をかけられました。

 声の主は先生です。見なくてもわかります。大好きな人の声が分からないわけがありません。

 先生に話をするよりも早く動き出してしまいましたので、心配をさせてしまったかもしれません。言わずとも済ませられるという浅はかな考えがあったのは間違いない。これについては謝罪が必要でしょう。



 声の方向に振り向くよりも早く、飛んできたのは魔法でした。

 具体的に何の魔法を使われて、何をされようとしていたのかはわかりません。先生が使う魔法は呪文を呪文と認識できません。いま、魔法として放たれた何かが弾き飛ばされたという結果だけを知ることとなりました。


 聞き込みを始める前から使い続け、話もまとまったので解こうとしていた矢先でした。

 弱小団がどれほどの規模か分からないので、願いを形にする魔法で意識しないところからの魔法を全て受け流すようにしていました。唱えられた呪文が聞こえたり、足下に効果範囲であることを示す魔法陣が現れたりすれば、だいたい何の魔法が使われたのかわかるけれど、見えない位置、聞こえない場所からの魔法は貰ってしまう。あくまで弱小団には染まらぬわたしであり続ける為に用意していました。

 弱小団の領地で受けたのが先生の魔法というのはなんたることだ。


「相談しようって約束を、どうして!」


 真摯に向かい合おうという真剣なまなざしは変わらない。だが、今の先生は声の調子が全く違う。一年半一緒に居て一度も聞いた事のない声色。声の調子、問答無用の魔法。これは間違いない、怒っている。

 相互に信頼しあうわたしに問答無用で魔法をぶつけてきた。どれだけの怒りなのか、正直全くわかりません。



 何度も言う通り先生は短縮と圧縮の魔法に関して最も扱いの上手い魔法使いです。

 それは省燃費を可能にし、常時展開した探査の魔法を制御しながらも他の魔法を同時にいくつも使うようにできる工夫。大人数で手間をかけて維持する必要があるものを一人で保たせる先生こそ魔導師の称号を得てもおかしくないと思うのです。


 現在、探査の魔法が停止しています。

 先生からの二度目の魔法が来るまでのわずかな間に通信を試みましたが接続されません。空に線が見えないことから、わたしからの接続が遮断されているのとは違うと判断できる。

 学園都市の治安への不安や再展開の手間というリスクを負いながらも、探査の魔法を停止させている。それはつまり、今の先生は何のハンデも持っていないことを意味しています。


 呪文も魔法陣も無い魔法は無詠唱魔法と何も変わらない。どこから何が飛んでくるか全くわからない。今も足下が泥のように柔らかくも粘着性のあるモノに変え、身動きを奪わんとしている。勿論、そんなものが通用するほど夜明けの魔女は甘くない。


 何がどうして先生を怒らせて、わたしに対して杖を向けてしまっているのかがわかりません。

 出来る事はただひとつ。自分の身を守る。そのために、わたしとの会話をする為の魔法であっても問答無用で全部弾く。次の魔法が来るまでがとにかく早い。補習で行った老教師との我慢比べとは比較にもならない。考える暇さえないのだから、今すぐできるのはそれしかない。




 植物の蔓、水の塊、岩雪崩、炎の渦など、次々と手を変え品を変えて魔法がわたしに向けられています。

 風のない日に打ち上げ花火が激しく開いたときのように、埃か土煙なのか、辺りが見えません。これでは弱小団の皆様でなくても近寄ることはできないでしょう。


 先生は怒りに任せて闇雲に魔法を乱発しているのではありません。ずっと一緒に居るのでこちらの手の内を全て知っている。なんなら自分が教えたものである。わたしが殻に籠ったときに、どうすればいいかを知っている。

 ウィークポイントはわたしの魔力の底の浅さ。確かに今は全て弾いて無効化してしまうけど、すぐにバテて限界が来る。先生はわたしに魔法を弾かせ続け、魔力を磨り潰してしまうつもりなのです。


 激しい攻勢が続きますが、わたしは反撃しません。する理由がありません。どれだけ一方的に撃たれても、わたしが反撃していい理由にはなりません。

 何がなんだか分からないけれど、わたしは先生に傷を負わせてはいけません。偽の契約ですが、わたしは弱小団の一員です。ここで先生を傷つければ、それは弱小団が学園都市に牙を剥いたということになる。何ら非合法なことはしていないと証明する為には職員に危害を加えるなどあってはならないのです。


 同時に、先生からの魔法で傷を負ってもいけません。やはり何がなんだかわからないけれど、怒りを収め我に返った時に傷つけられたわたしが居たら、先生がどれだけ落ち込んでしまうか想像できてしまう。それに、わたし自身も先生からの暴力に耐えれるかどうかわからない。気にしないと言うのは簡単だけど、心の傷は簡単に癒えるものじゃありません。


 今回もまた、我慢比べ。

 状況は全くわからないけれど、負けるわけにはいきません。





「何を遊んでいるんですか先生。自分の生徒だから任せて欲しいと言ったのはアナタでしょう。」


 唐突に、先生とも、弱小団のメンバーとも違う男性の声が爆音の中を突き抜けてきました。


「早くしないと弱小団が逃げてしまいますネ。手を貸しましょう!」


 台詞から察するに、先生とこの人は弱小団の中心メンバーに任意同行を求める為に来たのでしょう。そうであれば、この人は教師か講師か、それとも警備隊の誰かということになります。

 彼の言葉通り、先生ものとは別の魔法が不規則なタイミングで襲い掛かってきました。魔法の発動を見てから弾くものではないのでそれ自体はなんてことないのですが、より負担が大きくなるので魔力の消費も激しくなります。


「潰れろ!僕の安泰の為に!」

「よォ、オッペン。そりゃどういうことだ?」


 興が乗り始め、死ねとか消えろとか言い始めた先生ではない誰か、オッペンさん。

 弱小団の団長のトーンを落とした声色とともに、わたしに向けられていた二人の教師の魔法が止みました。攻めの手は止まったけど、何が起こったのかがわかりません。すり減らされてもうすぐ限界だけど、魔法を弾く魔法はそのままで成り行きを見守ります。


「な、なにをしているんだ不良ども。こんなことして良いと思っているのか。」

「新入生で魔力の弱いヤツらを連れてきたのが誰か、思い出したんだよな。」


 土煙が晴れると、そこにはツーブロックの髪型で丸眼鏡をかけた若い教師が、弱小団の大柄な男子生徒に組み伏せられていらっしゃいました。

 先生は、まだこちらに杖を向けながらも様子を見守っていました。探査の魔法という枷の無い現状、ほぼ無詠唱で魔法を使える先生には杖の向きなど意味がない。矛先を団長達に向けることなど深呼吸より簡単なはず。


 先生からの魔法が来る可能性をどう考えたのかわかりませんが、団長は、地面から睨みを利かせるオッペン教師の前に腰を下ろしました。

 元々魔力は弱く、撃ち合いなどできぬ。だからやるならやれ。まるでそう言わんばかりのノーガード戦法です。


「考えれば考えるだけ怪しくてしょうがなくてな。色々聞きてえんだが、時間大丈夫かい?」

「ふふふふざけるな! 先生、こんな奴等に耳を貸す必要なんてない! やっちゃってください!」


 大事な生徒の心すら動かした邪悪な集団だ。君も許されないだろうと、声を震わせながらオッペン教師は指示とツバを飛ばします。

 対して先生は、まるで時間が止まったかのように微動だにしませんでした。



 オッペン教師への質問を許可されたと判断した団長は、ひとつひとつゆっくりと話し始めました。


 女教師からの解放後、特に大きな目的を持たずにいた弱小団は空中分解寸前だった。そこにオッペン教師が現れて、救いの場として行動するよう提案したんだそうな。

 最初は変だとは思わなかった。連れて来られた生徒は確かに魔力の弱さで同級生からイジメられていて、逃げ場を求めていた。だから快く、その提案を受け入れた。


「なあ、いつからだ、オッペン。」

「何が、だ? 私はお前達など知らん!」

「寂しい事言うなよ。顧問だろう?」


 弱小団は非正規の団体とは聞かされていましたが、顧問がいるという話は初耳です。

 取り仕切る団長が居て、顧問がいるのなら、申請さえ出せば正規の承認を得る事も出来た。それなのに、なぜ実体のわからない団体になり果てていたのでしょう。

 その答えは、もがいたせいで高価そうなスーツを砂埃で汚してしまったオッペン教師が握っていました。


 自由を勝ち取ったものの寄る辺を失った弱小団に手を差し伸べて、進むべき道筋を指し示した人物がいた。魔力の弱い生徒を目ざとく見つけ、傷が深くなる前に救いあげる敏腕教師だ。

 弱小団の結成にあたり、学園への活動申請の提出を買って出たのが他でもない彼だった。却下されたと泣き崩れた姿を初期の団員は知っている。努力が水の泡と消えたことは悲しいが、認められずとも自分を貫いて見せるとあの日誓ったのだ。




 ちょうど今、そんな彼の嘘が暴かれました。


「申請、出てませんね。」


 ずっと見つめていたので、弱小団には目もくれず動かなかった先生が探査の魔法を再起動させているのは気付いていました。雲の切れ目の向こうに魔法の網が張り巡らされるのも見ています。

 学園に出された自主活動の申請を閲覧していた先生からの情報提供。出されて却下されたはずのものは、最初から出されていなかった。

 要件を満たしている弱小団が非正規の団体として活動していたのは、オッペン教師の手抜きによるものだったのです。


「最初っから俺らを罠にハメようとしてたわけか。」

「人聞きの悪いことを言うな! 混ざり物め、脳みそまで筋肉詰まってるのか!」


 オッペン教師はあくまで自分の関与を認めません。それどころか差別的な発言さえ飛び出してしまいました。これでは裁判員への心証が悪くなってしまいます。


「銀行口座には異常な取引はない。ということは、部屋ですか。」

「プライバシーの侵害だ!」


 弱小団が孤立するよう仕組んだのが彼ならば、勧誘活動を主導していたのもオッペン教師。

 先生は彼の制止の声には耳を貸さず、警備隊に連絡を入れてしまいました。


 初動の遅さに定評のある警備隊がすぐに家宅捜索に動いたのは、大きいお金の流れに注意が向けられているからです。学園都市による最終処分場への遠征の失敗は大きな傷跡となってしまった。不安定な情勢の中で学園都市に対しての攻撃が懸念される。直接的なものだけに留まらず、経済への揺さぶりも注意しなくてはなりません。

 もしオッペン教師の家に生徒から奪い取ったお金が無かった場合、どこに持って行ったのかを白状させる必要があるのです。


「こんなことをしていいと思っているのか!」

「そりゃあ俺達の台詞だ。アンタは弱小団の名に傷をつけたんだ。この落とし前はどうつけるんだ。」


 オッペン教師の家から膨大な量の紙幣が見つかるまでの十分間。彼にとってそれがどれだけ長い十分だったのかは見当もつきません。




 弱小団に関する物事が片付いた後、先生からは謝罪の言葉と共に深々と頭を下げられました。


 怒り狂っていたのは、オッペン教師の発言を信じ切っていたから。よく口が回る彼は事実と虚構を組み合わせ、素の魔力の弱さに思い悩んだわたしが独断で弱小団入りしたと先生に吹聴したんだそうだ。


 何をするにもまずは相談を。わたしに確認するよりも早く、そう決めていた約束を破られたと思い込んでしまった。差別と悪徳商法の横行する団体に心身を捧げてしまったなんて信じられないが、一度決めたらなかなか曲げられないのがアサヒ・タダノ。任意同行を求めれば弱小団は抵抗するだろうし、彼女も弱小団を守る為全力を尽くすだろう。互いに手の内を知る相手。全力で向かわなければと、気が付けば探査の魔法まで止めてしまっていた。


 人間だから、心を操る魔法に耐えれても、言葉には惑わされてしまう。

 身をもって痛感したと、先生は仰っていました。


 どちらも傷付かずに丸く収まったので、笑っていられます。

 双方の意思が伝わらぬまま傷付かなくて本当に良かったと思います。




 後に弱小団はめでたく学園の承認を受け、活動資金と魔力の弱い生徒の受け皿という地位を手にする運びとなりました。


 今も、これからも加入するつもりはありません。

 仲の良い中心メンバー達の輪に入るのは気が引けますし、弱小団っていう名前、好みじゃありませんので。


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