入団することになりました
相手は学園最強の魔法使いとして名高い理事長です。
魔法を使う為の力が無い人達の集まりである弱小団の勧誘員二名は為す術がありません。
裂けた空間の向こう、おそらく理事長室へと引きずり込まれていく光景は、ホラー映画を眺めているかのようでした。
事情を聞く必要があるのはあの二人。脅しなり回答の誘導なり洗脳なりで洗いざらい吐かせればいい。
情報が芋づるのように引き出されて全貌が明らかになればそれでよし。そうでなくても、理事長へ密告をしたと知られれば、わたしへのしつこい勧誘は二度と来なくなるでしょう。
このまま帰ってしまおうかとも考えました。
わたしはただの被害者です。そしてどういった勧誘が行われたのかを全て報告しました。たった今さらなる勧誘の現行犯に遭遇したばかりですが、何度も言うように参加するとは一言も言っていませんし、そう取られる行動もしていません。わたしは無実なのだ。無実の証拠を出す必要も無いのだ。
だが考えてみよう。相手はあの理事長だ。彼のテリトリーは学園都市全体だから逃げ場がない。空間の魔法は術者の思うがままの世界ができるというが、これだけの広さを一人で把握するなど無茶苦茶にも程がある。だが、無茶も無理も全部殴って己の道を突き進むのが理事長だ。
今見たように、わたしの背後にそっと手を伸ばす事など造作もないでしょう。逃げたとて、簡単に捕まってしまうのは明白です。
もしかしたら二つ三つの質問だけで帰されるかもしれません。話せることはだいたい話しましたから、わたしができることは何もないはずだ。そう思うことにしましょう。
理事長の手に引きずられ、この場から消えつつある女の子の制服の上着を摘まんで、わたしも二人の後に続きました。
理事長室は、断罪の場であるかのように空気が張り詰めていました。
理事長と向かい合って座る弱小団の二人。そして会談の輪からすこし離れて座るわたし以外に人の姿はありません。
ですが、誰かが見ている気がするし、誰かが聞き耳を立てているような気配がする。壁紙のシミや柱の木目が顔のように見えてしまう。確認しようにも、動いたことを咎められそうで、動けません。気にする必要はないのでしょうけれど、気のせいなのか、実際そうなのか判断できないのは不安になってしまいます。
「宿舎の電気、ただのスイッチなんだが。」
注目されている気がする中での第一声は、パンフレット内にあった一文に対しての回答でした。
その問いかけは漫画の一枚にも、文章詰めの一枚にも書かれています。『部屋の照明すら点けられず、惨めな思いをしてしまうことはないですか?』、と。
中枢の魔力炉からのエネルギーを用いて発電機や変電器が動作している。それで安定した電力として供給しているので、学園都市は電気を用いた人間社会と変わりのない生活を送ることができる。主幹ブレーカーが落ちていれば部屋全体の電気が遮断されている。照明が付かない場合に考えられるのは電球、もしくはスイッチの故障である。
もうひとつ、水は非常に厳しい基準を設けている某国並みの清らかなものが蛇口をひねるだけで出る。温水は建物に据え付けの給湯器がある。部屋に分配する水栓が閉められれば当然出ないか水量が落ちる。泥水や濁った水は配管の劣化だから早急に連絡すべしと常日頃からあちこちに告知を出している。
聞いた事のない機器の名称が出てくるなどして理解が及びませんでしたが、つまるところ、彼らが言う日常生活を送る上での不満は全て機器の故障によるもので、普段は魔法を使う必要が無いということが理事長の口から説明されました。
そうそう頻繁に壊れるものではないけれど、絶対に壊れない物など無い。そのために交換できるよう作られているんだそうです。
もし、一人で抱え込んで沈んでしまっただけならば、その悩みを解きさえすれば浮き上がれる。今この場で説得すればこの二人だけでも救い出せる。
そう考えて、理事長は学園都市の設備を解説したのかもしれません。
理事長曰く、弱小団が結成された要因のひとつとして、スイッチ一つで解決するトラブルを自分の力の無さと思い込んでしまったところにある。
確かに魔法を用いてランプに明かりを灯す時代もあった。だが今は違う。
道具の仕組みを勘違いして誰にも伝えていなかった。伝えたところでまともに聞いてくれる友人や教師が居なかった。一人で抱え込んでしまった。理由はそれぞれあるでしょう。
個人の魔力によって機器を制御していたのは先生の学生時代よりもずっと前。
力のないものへの対応がその当時よりずっと改善されているにも関わらず、古い時代の噂が流される。魔力が弱く知識も浅い若い生徒がそれを信じ込んでしまう。救いを求める先は学園の理事会ではなかった。
近頃、やたら熱心に勧誘を行っている団体の姿が目撃されるそうだ。
今の生活に不満が無いか。差別されてると思ったりはしないか。そういった語りかけから始まるという。古い時代の価値観を振り撒いているのがどこの誰だと辿ってみたら、その連中に行き着いた。
弱小団とは、魔力の無い者、弱い者をこっそり追い込んで、自分達の下へと誘い込む悪い奴等だったのです。
わたしが理事長にパンフレットを手渡して、職員会議が始まってからさほど時間は経っていない。ほんの数分の間に弱小団の行動が明るみに出て、事は大きく進展していました。
わたしなんて小さな生徒には思いつかない発想ができる理事長のやる事です。なんでもありだ。もしかすると、時間の流れが違う空間を作って会議していたのかもしれません。
「関係ない! 僕達は皆の為を思って……!」
「じゃあ聞くが、これなんだ?」
言葉とともに、拡大コピーされたパンフレットが机の上に現れます。
理事長が指すそれは、細かい字詰めの契約書類の、注意して読まなければ見つけられない※印の摘要欄にありました。
弱小団の団員は全財産を団に寄付すること。集めた資金を一つに集め、団の財産とする。アルバイトや実家からの仕送りがあればそれもすぐに吸い上げられる。生活するための必要経費は毎月一回、一度集めたものから決まった額が配布される。
この一度集めてそこから配る資金の流れの名前をわたしは聞いたことがあるけれど、思い出せません。なんだっけ、富の再分配、いや、なんか違うような。
その社会の構造をどう呼称するのか思い出せずに顔を顰めていたのを違う意味で捉えたのでしょう。理事長はこちらを一瞥した後、話を続けます。
学園都市では生徒が持つ資産は自己管理。多額の融資も贈与も問題はないし学園都市が関与する所ではない。
生徒会に連なる委員会なら活動費が配られるけれど、非正規団体ならば当然活動資金は得られない。所属団員からの徴収も仕方ないと頷けるだろう。
だが、毎月一定の額を徴収するのならばともかく、入団時点で有り金全部引き渡せというのはどういうことなのだ。退団する際には一定額が支給されるとは言うけれど、それは毎月の支給金の二倍にも満たぬ雀の涙。入団時に預けた金額からその日まで給付されていた金額を引いた額を渡すのが筋なのではないか。
脱退するのは自由と言うけれど、その先食べる当てがない。ずっと弱小団として活動している為に団の外との関係が薄れてしまっていて、頼るアテもない。団員に助けを乞おうにも、彼らにも余裕がない。
「つまり、一度入ったら逃げられない。」
静かな怒りの籠った理事長の話がその言葉で締めくくられると、弱小団に所属する二人は押し黙ってしまいました。
二人が俯いたまま震えているのは理事長が怖いからでも、自分達の所属団体を悪く言われたことへの怒りでもありません。この人に何を言っても無駄だと判断し、とにかくこの場が解散になるのを願っているのとも違います。
反論があるならどうぞと促された二人のうち、金髪碧眼の男子生徒のほうがぽつりと呟きました。
「こんなはずじゃなかった。」
今ここで自分達が接触しているのは弱小団にはバレないという理事長の言葉を信じた二人の口から、内情が明らかにされました。
弱い俺達でも活躍できる。高い志の旗の下に集う、それが弱小団。
今まで自分を見くびっていた奴らを見返すことができるはずだった。縦横無尽かつ獅子奮迅の大活躍を繰り広げ、学園都市にその名を轟かせる魔力のない魔法使い達。淀んだ世界に大きな風穴ブチ開ける。それが俺達弱小団。
それが実際はどうだ。所持金は貯金を含め全て巻き上げられて貧乏暮らし。お金が無いので遊びにも行けず、できることと言えば学園の陰での勧誘活動ぐらいなものだ。仲間を増やせば毎月の支給額がちょっとだけ上がるから、皆率先して勧誘活動に励んでいる。
マルチ商法かネズミ講か、今の弱小団がどちらであるかはこの場では分からない。だが思っていたものと実体は大きく異なっているのは間違いない。頭の出来がいい奴等を見返すどころか、余計にバカにされるだけじゃないか。弱小団とは何だ。いったい何をするべき団体だったのだ。
さて、蚊帳の外を感じつつも、部屋の隅で全部聞かされたアサヒです。
所属する気も無い団体のズタボロな実情は見ているだけ、聞いているだけならば面白い。
理想を掲げるフリをしている悪党が居る。一人か複数のチームかは分かりませんが、団のお金を集めている人物は富を独占する悪いヤツだ。そして弱小団として集められた魔力の弱い生徒達は純粋な心を弄ばれて、お金を吸い上げられるだけのエサなのだ。
型破りの超大型新人が入って色々掻きまわし、内情を暴露して、ついでに悪い奴らを懲らしめてくれたのならば、最高に楽しい観劇となるでしょう。
理事長が何故わたしに今の話を聞かせたのかを考えた時、嫌なものを想像してしまいました。
聞いたところでわたし自身に何ができるのか。何もないだろう。彼らは魔法が無いぶん身体能力が高い。それに魔力を上手く扱えない場所でも苦しまずに動くことができるのです。
わたしを潜入させたのでは、逆に人質を一人増やすことになるのでは。
「アサヒ、ちょっと入団してみてくれ。」
悪い予感というものだけはよく当たるのは本当に困ります。
資金を集めて私腹を肥やす連中の前に到着するだけでいいとか、簡単に言わないで欲しいです。