勧誘を回避せよ
前回のあらすじ。怪しい集団からの勧誘を断りました。
その集団の中になんとしてもわたしを引き入れようと願う人物がいるらしく、それから毎日のようにつきまとわられるようになってしまいました。
パンフレット二十枚の封筒が三つ届けられたり、契約書の中身をこっそり変更してみたり。街頭アンケートから自分達の求める答えを引き出そうとすることもありました。
参加の意思があるのなら登校時間に校門に来るように指示されたりもしました。
登校するのに絶対に通らなくてはならない場所を指定するなんて卑怯です。幸い、その日は先生から理事長を通して風紀委員会に連絡してもらい、校門前で不審な勧誘が行われないよう見張って頂けて事なきを得ました。
わたしに参加の意思がないことはお伝えしていませんが、関りを避けようとしている行動からそれを察して頂けると思います。
仮に伝えたところで、固い意識を持った人間が現状を受け入れているわたしの話を聞き入れるはずもないでしょう。
パンフレットの内容で、おおよそ彼らの主張が分かります。
これを見た君は今苦しんでいるはずだ。入会すれば同じ苦しみを感じている仲間がいる。気持ちを分かり合える仲間と力を合わせて学園を、ひいては世界を変えてやろうという内容の作品が描かれています。作中、いじめられていた状況を打開し、俺たちの戦いはこれからだと天に続く道を駆けあがる終わり方をしていました。
自分自身でどうにもできない、解決手段が分からず悩む少年少女がこれを見れば、藁を掴む思いで縋りよるのかもしれません。
ご大層な目的を掲げていらっしゃいますが、実際彼らがどんな活動をしているかと言えば、よくわかりません。魔力を持たない生徒達が寄り集まっていた事も今回初めて知りました。
声を上げているようで、挙げていないのが彼らです。
学園の協力を得て、魔力が無いと動作しない様々な生活用品を人間社会の物に交換したりもしない。弱い力を補助するために、魔力の素となる道具の所持を認めるよう訴えかけたりもしていない。ただひたすらに、今の環境が自分達にとって辛いものだと愚痴をこぼすだけの集団なのです。
加入申請の為の封筒は組織の存在を隠蔽するかのように一夜のうちに消えてしまう。まるでスパイへの伝令のような代物で、証拠が残りません。
自分達の痕跡を残そうとしなかったのが、彼らの悩みが周囲に認知されない落とし穴でした。
わたしの元に三つ届けられ、原本が消えても良いように私の魔法で複製したパンフレットは、先生から理事長を介して学園の教師全員へと回覧される運びとなりました。
理事長の目に入ればいいとばかり思っていたので、そこまで浸透してしまうのは予想外。内容をご覧になった理事長のショックはそれだけ大きかったのだと思います。理事長曰く、こんな陳情が上がってきたことは一度も無い。魔力が弱いと診断された者達が比較されたり差別を受けていたなんて知らなかったと。
それがあると認識できなかったのも、理事長の落ち度。
結局のところ、彼らは伝えるべき場所に自分達の窮状を訴えず、ひたすら自分達で傷を舐めあって憎しみを積み重ねていただけだった。環境の改善や地位向上をうたっていながら、主張は届くべき場所に届けられていなかったのです。
彼らもまた、相手は自分の話など聞いてはくれぬだろうと他人に対し失望していたのかもしれません。
早急に対策を講じるための職員会議が始まろうとしたところで、わたしは職員室を後にしました。
魔女と称されようとわたしがただの生徒である事に変わりがない。管理される側。弁えておかないと後々いらない恨みを買うことにもなりかねません。伝えるものは伝えたので、生徒としての本分、勉学に励みます。
一人で出歩かぬよう心掛けてはいても、どうしてもそうなってしまうタイミングはやってきてしまいます。
弱小団からの襲撃を受けたのは職員室から教室に戻る途中。あとひとつ角を曲がれば教室に辿り着ける場所でした。
「おなまえ、かいてきましたか。」
背はわたしよりは高いけど、それなりに低い生徒が一人。一見ではどちらなのか見分けがつかない中性的な顔。声色では判別不能だけど、スカートを履いてるからたぶん女子。クラスメイトの中では没個性だけど、物語の佳境で今までの影の薄さを打ち消す大活躍をしそうな女の子が廊下のど真ん中で待ち構えていました。
とても優秀な翻訳の魔法があるにも関わらず、発言がおぼつきません。
弱小団は皆同じバッジを付けています。ひと目見ればその子が一員であるのは一目瞭然でした。
近い体格の同性であれば安心し心を開くだろうと誰かが思ったか、本人が自分から志願したかはわかりません。とにかく、相手は入会の書類に自分の名を記入したかを問うている。それだけは理解できます。
様々な要因で魔法の効きが悪い生徒がいるとは聞いていました。目の前にいる女子生徒は多分それ。ピンポイントで翻訳の魔法だけが効いておらず、こうしてたどたどしい言い方でしか意思伝達ができない。
ありえないものがありうるかもしれないのが魔法社会です。そういうこともあるでしょう。
入会に関しては不参加の表明はしたはずですが、よく考えてみるとあれは偽名ですらない意味のない文字列を記入しただけでした。契約書を一枚無駄にしただけで、アサヒ・タダノの意思表示にはなっていないかもしれない。
自分の意思を伝えるべき相手に伝えずにいる。
それはまさに彼らと同じなのではないかという考えが頭をよぎります。
もし今までの行動でわたしの考えが相手に伝わっていないのならば、態度だけではなく、直接加入の意思がない事を口にする必要があると考えました。
「参加しません。」
「なぜ、なのか、教えてください。」
わたしの拒否は見越していたのでしょう。返答に困る質問が返ってきました。
案内の書類を見て、理解して、それで参加しないと判断した。これは誰かに相談して押し切られた回答ではありません。わたし自身の考えです。
もし何か別な理由をでっち上げるとしましょう。単純に興味が無い。毎日の生活の忙しさから余裕がない。何もせずただ受け身にあるだけのものと群れるのが嫌と、理由としては色々思い付きますが、同時にそれに対しての反論も思いついてしまいます。
興味が無ければ今から知って欲しい。毎日の仕事が忙しいのは全て魔力が無い事から使い走りさせられているからであり、仲間になれば忙しさからも解放される。一人一人は弱くても組織として強くなれる。
分かってる回答を聞くためにその返事を口にするのは時間と労力のムダだと思います。言ってもわかってくれない相手に言わないといけないという理不尽な選択をさせる神様をお恨み申し上げます。
「大丈夫、僕達は仲間だ。話を聞こうじゃないか。」
いつの間に現れたのでしょうか。わたしの後ろに背が高い金髪碧眼の男子が一人。
胸元には弱小団のバッジが光り輝いています。
彼らが仲間を増やす方法は対面での勧誘。
無作為なダイレクトメールや興味を引く。それで加入してくれれば儲けもの。無視した場合でも、こうして直接出会った所で複数人で囲んで逃げられないようにする。当然最初は拒否されるだろうから、皆で納得してもらえるまで説得する。一度囲まれてしまっては多勢に無勢。例えその場から離れようと願っていただけであっても、言葉の上では仲間入りを認めなくてはなりません。
この場での足止めに言葉の不自由な子を配置したのは人格を見定める為と、金髪碧眼の男子は堂々と宣言しました。
相手の話に耳を傾けられる良心を持っている。傷の痛みを知っている。楽しいも苦しいも分かち合えることができるのだと。
そう語る割に、登場するなり彼女の事を一切無視した形で熱弁を奮っているように見えるのですが、これはツッコむべきなのでしょうか。
金髪の舌は乾くことを知らないようです。
君の事は全てお見通し。生きづらさを感じていながらも、相手が話を聞いてくれぬから他人の目を気にして言わずにいるのだ。辛い環境下で自分自身を騙している。違うのなら反論しろ。3、2、1、ゼロ。やっぱりそうなんだね可哀想な子羊ちゃん。と、まるで長台詞の台本があるかのようにまくし立ててくれました。
「仲間になってくれるよね!」
「お断りします。」
「よく聞こえなかったな。君も翻訳の魔法が効きづらいのかな?」
それはまるでゲームの中でその選択を選ばせない選択肢。YESと答えるまで聞き入れない。
それこそが、自分達の語っている、自分の話を聞いてくれないという現象そのものだと思うのです。
指摘するのも気が引けます。彼はずっとそういう形で物事を決めてきた。自分の意思を曲げさせられ、それでいいと認められ続けていた。交渉を強引に押し切る方法として、それしか知らないのだ。
わたしはそんな彼らを放置していい。逃げるタイミングを逃しただけで、いつ立ち去ってもいいはずです。
かわいそうな彼らへの情に絆されて話だけでも聞こうなどと考えてはいけない。それこそが彼らの思う壺。自らの不幸な生い立ちも勧誘の為の道具なのだ。
もし加入したとして、いったいどんな利益と損失があるのかを考えます。
勧誘員として、自分の苦労話を語らされるのが目に見えています。インタビューを受けてパンフレットの一面を飾るかもしれない。それはわたし自身が聞いても突拍子な話だから、ノンフィクションとして漫画の脚本になるかもしれません。そのためにしたくもない自分語りをしなくてはならないと思うと頭が痛い。
それに、仲間ができるとは言いますが、願いを形にする魔法を使えるのはわたしだけ。この魔法を用いることで反則だけど魔法が使えますので、彼らのいう仲間の基準からは外れてしまう。それが明らかになった時、彼らは受け入れてくれるかどうかが不安材料です。
かねがね噂にもなっている通り、先生との不純な関係を疑われている。彼らが上手く立ち回れば、協力して先生の人として最低な行為を暴き被害者を救い出すという感動譚が一本出来上がります。子供を悪い大人から救い出した英雄は、地位と名声と信頼を得ることができるのです。
先生の関係はまさしく理想のシチュエーション。
まだ口にはしていないけれど、彼らの狙いはそこに在る。勢力として大きくなりつつあるものの、弱小団という名の通りこうして陰で暗躍するしかできないのが現状だ。デカいヤマを張るのに際し、白羽の矢が立てられたのがわたしなのです。
話を聞く必要はない。逃げよう。
一つ門をくぐるだけで彼らからは逃げられる。教室は目の前だ。前後の二人とわたしを隔てる壁は一つじゃない。
わたしがここで逃げたなら、他の誰かが同じ手口で勧誘を受けるかもしれない。だけど、それはその時だ。被害者が出るのはしょうがない。
早急に、魔力の乏しい生徒へ補助が行われるようにだけ願おう。
「弱小団、お前らだな。」
理事長の大きな手が弱小団の二人の肩を掴んだのは、元々の進行方向だった女の子の方向に向き返り、足に力を込めて走り出そうとした瞬間でした。
いつものように壁を破壊しながらの登場ではありません。理事長は何もない空間を切り開き、彼らの背後から手だけを伸ばしています。
見た目とその怪力でそうは見えませんが、空間という場を操る高度な魔法を扱う人。それくらいはできるでしょうから驚きません。手だけが浮いている光景のインパクトが大きすぎて何も考えられないわけではありません。ええ、絶対に。
「もう一人居るな、勧誘中だったか。」
穴の向こうから声だけが届いています。
どういった心変わりがあったのかわかりませんが、理事長は手だけをこの場に送り込んだようで、わたしの事をわたしと認識できていないようでした。
「彼女は既に僕らの仲間だ!」
「えと、無関係です。はい。」
金髪碧眼はわたしを巻き込むつもりのようですが、そういうわけにはいきません。
他人が怒られているのを聞いて楽しむ程の人格の悪さはありませんので、お叱りの場に居たいとは思いません。
なので、即座に否定し、見えてはいないだろうけど、両手を顔の高さに上げました。
確認のためとはいえ、三度の念押しはしつこいです。そこまで疑うのならばついて行こう。なんなら契約の魔法を使ってもいい。身の潔白を証明できるのなら、毛穴の一つまで満足するまで調べ上げて欲しい。
弱小団という集団の一員になるつもりはないし、なったという証拠も出て来ないはず。裏で彼らが仕込んでいなければ、だけども。
「聞きたいことがある。お前も来い。」
もう関わりたくないと願うわたしの想いは裏切られ、理事長からの招集命令が下されました。
関係の無さを主張すればこれ以上巻き込まれることは無いと思ったんですが、結局、事情聴取の場に同席する運びとなってしまいました。