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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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太陽は課外学習で思い知る

 理事長の謀略により、楽しいバカンスが中間試験にされていた特別学級のアサヒです。

 何かがおかしいとは思っていたんですが、まさか構える前に不意打ちをくらうとまでは考えが至りませんでした。


 自分達が望む条件の物を作り出し、それでいて長時間の運用に耐えうる安定性を持たせ、先生がその場に居ながらも手を借りずに後始末まで成し遂げたのを絶賛された特別学級は、高評価を頂きました。


 実際のところ、うっかり砂浜の魔法を解く鍵を紛失し、探しても見つからず、漏らしそうだったわたしが自分の魔法で砂浜を強引にかき消しただけ。

 わたしの魔法は規格の外にあるので、正直に伝えたら評価のしようがなくなります。当然、再度の試験が行われるでしょう。失格してもいないのに再テストなど受けたくありませんでしたので、なんとか見つけ出したという体を装っておきました。



 何とか間に合ったトイレの個室の便座に腰掛けながら、わたしは一人で期待に胸を躍らせていました。


 悩みの種であったもののうち、中間試験という最も近くにあったものが無くなりました。

 これで心置きなく後に控えている夏の休みを満喫できるはずです。

 本物の海に行ったり、山で川遊びしてみたり、外の街で行われる花火大会にも行ってみたい。去年はずっと怪我とその診察で動けなかったから、その分今年も遊ぶんだ。


 この時のわたしはとても大きな満足感に包まれていて、もう一つの懸念を完全に忘れていたのです。



 


 わたし達が中間試験を意図せず突破した翌日。

 唐突に、それは行われる運びとなりました。


 五、六人の生徒が一つのチームとなって、右も左も分からぬ密林に放り出され、魔法の地図と方位指針を頼りにスタート地点から特定の場所にあるポイントを順番に巡り歩いてゴールするというルールの下に行われるゲーム。ちゃんとした名前は理事長の口から宣言されたのですが、聞き慣れない言葉での呼称でしたのでよく聞き取れませんでした。


 道中には様々な自然のトラップや野生動物が待ち構えていて、気が抜けない。そんな危険極まりない道のりを一番早く乗り越えたチームには輝かしい名誉が与えられるとか、豪華温泉旅行が当たるとか、皆のやる気をより奮い立たせるご褒美があるんだそうだ。


 先生から話を聞いた際には体調不良を理由に欠席も考えたのですが、理事長からの半ば強引な参加要請を受けたので、先生の顔を立てる為に渋々ながら一人の参加者となりました。



 鬱蒼とした暗い森。わたしよりも背丈の高い草に、ちょうど今の季節、一番気温が高い時間帯に閉め切ったお風呂場でお風呂の蓋を開けたときのような厚みのある熱気。草をむしった時に手に付く匂いに満ち溢れる大樹海。

 景色は全く違うけれど、この感覚はどうしても忘れられません。仮病だった体調不良が本物になってしまいそうです。


 そう、ここは以前、魔法でわたしが転移された事もある魔法社会のゴミ捨て場。サワガニさんが隠れていた最終処分場と瓜二つなのです。


 特別学級からはわたしの他に、クロード君が参加しています。別のチームに振り分けられてしまったので、わたしと行動を共にするのは見知らぬ先輩方ばかり。一番背の大きな先輩はわたしを見下ろして、とんだ貧乏くじを引いたものだと悪態をついていらっしゃいます。




 ゲームのスタート直前、理事長からクロード君に対し、真の目的を伝えられました。

 わたしが知ることができたのは、気を利かせたクロード君が情報を横流ししてくれたからです。


 理事長は、サワガニさんが隠れ潜む最終処分場に、ある魔法陣を敷こうと企んでいるんだそうです。

 勿論、それだけの為にあの場所に踏み入るのは無理な話です。最終処分場は普通の大人の魔法使いでも近寄りたくない危険地帯。いくら社会科見学の為とはいえ、生徒を連れて行くだなんて信じられない行為は誰からも支持されないでしょう。送るだけなら学園都市のゴミ処理場から飛び込めばいいのだけど、投入口は一方通行なので戻ってくる手段が無いのです。

 そこで思い付いた生徒の安全を確保しつつ魔法陣を完成させる方法こそが、今回の行事。


 参加者はサイズダウンした密林を模した空間で安全で楽しいオリエンテーリングをしてもらう。

 現地には参加者の行動を、放った魔法さえも完全に再現・追従する人形を配置。野生動物との遭遇など本物の密林で発生したトラブルは随時参加者側にも反映されるので、より臨場感のある体験ができる、という仕組み。


 参加チームそれぞれのチェックポイントは全て一本の線で結ぶことができて、全チームがゴールすれば、最終処分場には魔法陣が出来上がるそうな。


 本当にそれがうまくいくかまでは分かりませんが、直接現地に行かなくていいと分かれば怖い物などありません。

 わたしには今日、目的がある。今日は楽しみにしていたシリーズの新刊が店頭に並ぶ日なんです。手早く終わらせ本屋に走らねばならない。森の奥深くまで足を踏み入れている暇など無いのです。


 不安があるとすれば、今日初めて顔を合わせたメンバーが足並みを揃え困難に立ち向かうことができるかどうか。

 理事長は生徒達の中でも成績優秀だったり突出した特技を持った生徒を掻き集めたつもりでいるそうですが、一言目でわたしの事をお荷物と評してくれた先輩を見る限りでは、とてもそうとは言い切れないと思いました。




 わたしのチームは、先輩方に守られつつ、雰囲気だけは良く知っている密林を焼き払いながら縦横無尽に移動しました。

 たった数年の経験の差でも魔法の扱いはとても上手い。同じ魔法でも場面ごとに使い分けたり、出力を調整したりなど臨機応変に対処できている。おまけに、今日初めて組んだ相手なのに連携すら取れている。実力も経験も乏しいわたしができることといえば、護衛対象として突っ立っているだけ。

 わたしはとんだ思い違いをしていました。何もできないわたしは本当にこのチームのお荷物だったのです。



 そんな快進撃を続け、優勝に手が届くかもしれぬと気が緩んだわたし達チームの前にそれは現れました。

 わたしが落とした学生証を取り込んで、アサヒ・タダノとして暴れ回った軟体の怪物です。


 先輩達は、失敗作として捨てられた実験動物のなれ果てだろうが何だろうが、我々の敵ではないと啖呵を切りました。

 号令と共に先頭に立っていた先輩の一人が突撃します。周辺の被害など気にしなくていいのだから、一番強い火力の魔法を使うと宣言し、早口で呪文を唱えて焼き尽くす。会敵にすら気付かぬまま、軟体生物は体内の水分を蒸発させられ焼き払われるはずでした。

 異変が起きたのはまさにその魔法が軟体生物を包み込んだ時です。


 わたし達は現場に居る人形を遠隔操作して、オリなんとかリングに並行して魔法陣の為の線を描いている。目に見えている光景は状況を再現しているに過ぎません。

 その光景が、一時停止してしまったのです。


 理事長の魔法は人間社会のコンピューターに準えた造りになっているそうです。なので、処理能力の限界を超えると映像がストップしたり、動作が緩慢になってしまうんだとか。

 先輩方が驚きの声を上げた直後、急な負荷により止まった世界は早送りで一気に進行を始めました。軟体生物が魔法による火炎放射を潜り抜け、最も前を歩いていた大柄な先輩、いや、先輩と同期している人形に向かって体当たりを敢行する。


 攻撃の対象にされた先輩の身体には何の異常もありません。人形が受けたダメージまでは反映されていないようです。彼に何かあったとすれば、頭の上に赤い×印が点灯した程度。


 それは現地で同期している人形が壊れてしまい、失格したことを意味しています。

 逃げろと叫ぶ声よりも早く、わたしの前に居た並んでいた二人の先輩の頭を軟体生物の腕が薙ぎ払われました。避ける動作も防御の魔法を唱える間もなく二人の頭の上にも×印が浮かび上がります。


 そこからチームの決壊までは、まさに一瞬の出来事でした。

 最前線にいた三人の次はわたし。眼前に大きな何かが飛んできて、ぶつかると思って身構えるところでわたしにも×印。殴られたのにその感覚が無いというのは不思議な感覚でした。痛みを感じる間もなく死んでしまう即死というのはこういう感じなのかもしれません。

 わたしがやられている間に後方の守りを固めていた二人が杖を構えますが、瞬間移動でもしたかのように素早い動きで距離を詰める軟体生物への対処は叶いませんでした。

 わたし達は、ゴールへの到達前に全滅という憂さ目に遭ってしまいました。



 樹海を模した魔法が解かれたのは、わたし達のチームが全滅してから間もなくのこと。

 突然行われたオリエンテーリングと、同期した魔法陣の配置は、どちらも大失敗という散々な結果に終わりました。

 驚くことに、全てのチームがゴールどころか順路の半分も進めていなかったそうです。


 とても長い牙を持つ象のような生物に襲われて、全員鼻で投げ飛ばされた。

 水溜まりに擬態していた生物に足を食いちぎられ、丸呑みされた。

 突然空が真っ暗になったかと思ったら、大きな何かに踏み潰された。

 クロード君は、大きな窪地の中でオタマジャクシの顔をした長い生き物に飲み込まれたそうです。


 適応している環境下で、あの生物たちががどれほど危険なのかを見誤っていたのが敗因だった。

 見ての通り、まだまだ強い奴が上にいる。油断せずに研鑽に励むようにと、閉会の場で理事長は語りました。



 解散を宣言され、先輩方が散っていく中で、クロード君は青ざめていました。

 何の為の魔法陣なのかは分かりませんが、その魔法陣を布くことでサワガニさん打破への足掛けとなるはずだった。そのための精鋭を理事長が用意してくれて、彼らに危険が及ばぬようにと回りくどいやり方を準備してくれた。

 万全を期していたはずだったのに、結果としては何の成果も挙げられなかった。それどころか、最終処分場の過酷な環境を目の当たりにしてしまった。状況は、クロード君が思っている以上に深刻だったのです。


 目算の誤りが彼を苛んでいます。

 大人達は、あんな場所で平然と過ごすサヴァン・ワガニンと戦えと言う。魔法の腕は理事長にも届かないにも関わらず、アレを倒せという。

 途方もない時間をかけて修行に励むか、より強力な人材を仲間に引き入れる他ない。今回の作業開始で事態は動き始めてしまった。自身への攻撃の予兆を感じたサワガニさんがどう動くかは分からないけれど、進路も決めずぼんやり考えているだけの時間はないのです。


 彼らにとっては頭の痛い問題ではあるでしょう。ですが、それはわたしには関係ない話。もしかすると関係あるかもしれませんが、今すぐに対処しないといけない問題ではありません。今優先すべきなのは別のところにある。

 いつもの本屋で、ずっと期待していた作品の最新刊がわたしを待っているのです。一刻も早く迎えに行かねばなりません。



 落ち込む二人に一言挨拶して、わたしは演習場を後にしました。


 優秀な先輩方の中では何の役にも立たないと理解できました。義勇軍など参加しようものなら足手まといになるのは間違いない。サワガニさんや先生の死を回避したのはただの偶然。わたしには世界を変える力など無いのです。

 わたしは学園都市で、先生に好意を向け続けるだけでいい。


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