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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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特別学級、海になる

 まだ夜も明けぬ時間ですが、おはようございます。

 急激な気象の変化に眠れぬ日が続くアサヒです。

 ついこの間まで寒さに震え先生の温もりを求めていた日々が嘘のような暑さです。



 最近は変な夢ばかり見ます。

 学園都市が大雪に覆われたあの日、太陽の魔法を失敗してしまった夢。学園都市の壁を超える大津波が押し寄せて、何もかもが流されてしまう夢。人間を食べる不細工な人型のなにかに学園都市が襲われる夢。宿舎が火事になり、友人が皆死んでしまう夢。実家に連れ戻されて、再び暗い部屋に幽閉される夢も見ました。


 悪夢というやつです。

 魔王サヴァン・ワガニンこそ現れませんが、とにかく状況が悪い。


 それが最悪の状態であるというわたしの深層意識がそうさせているのか、夢の中では願いを形にする魔法が使えません。夢の中では痛みを感じないと言いますが、全身が食堂倉庫爆発事件の時のように痛くて動かない時もありました。本当に、何もできぬままただ見守るか、絶望するしかない。

 ただでさえ暑いのに、目が覚めると汗で着ている物がしっとり濡れてしまっていて、おねしょでもしたかのような気分になってしまいます。洗濯物が増えるという点でもよろしくありません。



 近頃寝苦しいのは暑さだけが理由ではありません。

 魔法使いの社会を揺るがす悪しき魔法使い討伐の為の、社会科見学という名目の一大反攻作戦。


 その行事が行われると知らされてから数週間経ちましたが、計画の進行状況が全く分かないのです。立ち消えしたのならそれでいい。知らぬ間に全て片付いていたのならそれでもいい。とにかくあの場所にもう一度行きたいとは思わない。


 何も知らぬまま決行日当日を迎えてしまうのが一番嫌です。何の準備も無いままでは対応ができない。手ぶらの遠足は何一つ良い思い出がないものになる。ただ歩かされて行った先を見るという行動した結果しか残らない。

 いつ始まってしまうか分からない中、そこで自分が何をすべきかもわからない。何もしなくていいのならば観客としてお菓子でも齧りながら見物いたしますが、中心人物のすぐ傍に居る以上そうもいかないでしょう。


 提出日を聞かされぬまま、大量の面倒な宿題を与えられた気分です。

 常に気を張っていなければならないので、いつ来るか分からぬ物への備えなどはこうして身構えるものじゃないと思いました。





 教室が大変なことになっていたのは、朝から真夏のような暑さの日の事でした。

 扉を開けた瞬間に潮の香りと熱気に襲われた時は、まだ夢の中に居るのかと自分の目を疑いました。


 中の惨状をその場で観察し、一歩を踏み入れる前に部屋を間違えたのかと何度も表札を見直しますが、そこはわたし達の教室です。

 まるで屋外のように突き抜けた青空。ソフトクリームのように盛り上がる入道雲。インドア生活の長いわたしのそこまで強くない肌に突き刺さるような陽光。照り返しの眩しい砂浜と、スリッパ越しに小気味良い感触と熱気。あまり静かとは言い難い波の音。教卓のある位置にはビーチパラソルが開かれて、陰の中にはクーラーボックスが丁寧に置いてあります。そんな場所で思い思いに遊ぶのは、私の同級生。


 教室が、リゾートビーチになっていました。



 何者かの罠かとも疑いましたが、皆の様子を見るとそれもないようです。

 自分達でやったことなれば、どうしてこんな事になったのかは想像しやすいです。


 わたし達は魔法学園のいち生徒。一人一人が未熟でも、数人が協力すれば御覧の通り。大人にも負けぬ大魔法を行使できます。

 魔力量の大きいポールとマッシュが居れば強い魔力は確保できるし、魔法の扱いに慣れたナミさんとクロード君が居ればそれは大魔導師の杖の一振りにも匹敵する。事実、教室を白波きらめく砂浜に変えてしまった。


 寝ても起きても自室でも教室でも暑い。そんな毎日に耐えられるわけがない。

 なんとしても涼しさを手に入れるか、暑さを忘れられる楽しいことがしたい。そう考えた誰かの提案から試行錯誤が始まって、その結果として誕生したのがこのプライベートビーチなのでしょう。


 いつ戦争が始まるかわからぬ先行きの不安の中で、わたしよりも年上の皆がまるで幼い子供のようにはしゃいでいる姿がそこにある。一部分だけ切り取って観測するのなら、これほど和める景色は無いはずです。



 ですが、わたしからすれば寝苦しさの悪夢以上の悪夢と言わざるを得ません。

 空間の切り離しと拡張と、元の場所とは全く別の環境の構築を理事長のお膝元で行っている。特別学級の生徒が四人も手を組んで、冷房一つ許されぬ学園でここまでの魔法を使ってしまったのだ。


 逮捕までされたことのあるわたしが言うのもおかしな話だけど、我々が、特別学級がその重大さを理解できぬはずがない。

 今回の彼らの行為がいったいどれだけ先生に迷惑をかけてしまうのか。審判を執り行う理事長の判断は甘い時も厳しい時もあるので全く想像できません。


「これはまた、大きく変えましたね。」


 後ろからの声に振り返ると、そこには教室の惨状を見た先生が、珍しく遅刻もせず来てくれていました。




 先生に事情を話そうにも、わたしも今来たばかり。推測は語れますが、実際何がどうしてこうなったのかは分かりません。まさか背後に居たなど考えもしておらず、考える暇もありませんでした。


 だが、なによりもまず先にやるべきことがわたしにはある。それは謝罪。

 わたし達にこれからどんな処罰が下るか分からない。先生がどれ程お叱りを受けてしまうのかもわからない。

 先手を打って謝るポーズをとるのは相手に態度を強要するようで良くないかもしれないけれど、わたしは頭を下げました。


「心配ありがとうございます。でも、今回は大丈夫です。」


 先生は、クロード君からの魔法使用の申請が出ていると仰いました。

 独断先行とそれによる失敗が持ち味だった彼が、ちゃんと出すべきところに出すべきものを提出していたことに驚きです。このわずかな間にも彼らは少しずつ成長できているのです。



 四人はあまり深くない理解と狭い知識の中でできることを編み出しました。

 教室を海辺に改造した魔法はそのままでは瞬く間に消えてしまう瞬間的な夢のようなもの。維持するのが大変なんですが、彼らは強烈な日光を特殊な板に当てて電気を起こす太陽光発電を参考に、日光で魔力を自己供給できるよう呪文を組み込んだそうです。

 一度巡行モードに移行さえすれば魔力切れの心配はいらない。眠ろうが忘れようが心置きなく遊ぶことができる。なんと都合のいい魔法なのでしょう。


 その一方で、先生は、自分の生徒達が長期休みの思い出を作れぬことをとても気にしていらっしゃいました。

 学園には夏と冬に数週間の長い休暇があります。去年も同じ休みがあったのですが、印象は強くありません。なぜならば、わたしはその期間中、食堂倉庫爆発事件の大怪我でずっと療養していたのです。

 校外学習の場所として、壁の外は伝染病やそれらを媒介する生物が蠢く危険地帯は論外だ。一時の帰宅もいいだろうけど、その間に友人が集まる事はあり得ない。もし出会ったとしても、言葉が通じない。



 学園の外に連れ出したい。それも、最終処分場のような危険な密林ではない、安全な場所に。

 先生とクロード君たちの目的はここに一致した。面白そうな提案に理事長が乗らぬはずがない。



 クロード君たちの力で産まれたこの場所の完成度に満足気な先生を見てしまった以上、わたしに懸念を口にする権利はありません。わかっていてやったのだ。ならば解決方法も確立しているはずだ。


 どうやってこの砂浜を元の教室に戻すのかなんて、些細な問題なんだ。

 入った瞬間出口が消えてしまったのだけど、そんなのはきっと、どうだっていい。



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