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太陽は学園都市で恋をする  作者: いつきのひと
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アサヒ、目の敵にされる

 普段の素行の悪さを理由に挙げられ、再教育の場に連れ込まれてしまいました。アサヒです。


 一年生の頃から無謀な行為を立て続けに起こし、挙句の果てには魔導師であった老教師を退職に追い込んだ。それに加えて二年生に上がってすぐに停学になってしまう等の実情から、悪童であるという噂は常々広がっていました。

 先生による付きっきりの監視をお題目として常日頃から傍に居ることに理由を持たせられると喜んでいたのですが、会議の俎上に上げられるわたしの行動は、彼らの目の敵にするには十分だったのです。


 再教育の特別授業について先生からは何も聞いていません。おそらくは、先生も預かり知らぬ場で取り決めが行われたのでしょう。



 玄関へと歩いていたはずなのに、この場所へ。

 演習場のようだけど、あそこは理事長の直轄です。理事長がこんな人の特別授業を許可するとは思えませんので、演習場を模した空間を誰かが作ったのでしょう。


 この場にわたしを含め問題があるとされる生徒達を集めた教師、どこかで見た気がするおば様が、土を盛って作られた即席の壇上に立っています。杖を長い教鞭に変えて振るいながら、開口一番、貴様らはゴミだのウジ虫だのと罵倒を受けました。

 幼稚な考えなど捨てて教師の言うがままに従うべきである。独り立ちもできぬ子供は人間ではない。卒業を以て初めて人間として認められるのだから、生徒としての立場を弁えよ。そうまくし立てています。


 これこそが、かつて理事長が行った大改革以前の考え方だと知るのは、この授業に関する一連の騒動が全部終わってからでした。



 自分達は一人の人間として認められていると声を上げたのは、同じ学年の二組に属すると名乗った女子生徒でした。


 至って平凡で、特徴が無いことが特徴なのが二組です。

 高貴な身分の皆様が集う一組と、たった一人の支配者による統治が行われている三組はとても個性的。それに加えはみ出し者で構成される我ら特別学級という濃いメンバーに囲まれているせいで、どうしても陰に隠れてしまいます。どのような人達がいらっしゃるのか、学園の中では窺い知ることができません。


「名簿三番、黙りなさい。」


 おば様は反論を聞き入れようとはしませんでした。

 思い起こせば、突然特別学級で授業を行おうとしたときもそうだったような気がします。あの時も、わたしの事を名ではなく出席番号五番と連呼して、生徒からの反論は全て突っぱねていらっしゃいました。

 改革後も教職に就いている以上、理事長による新しい考え方に賛同しているはず。その手腕を評価され、理事長に頭を下げられてこの場に居るとは考えづらい。学園には不思議なことが多いけど、こんな人が今も居るのはとても不思議だと思います。



 反論したところで相手は話を聞き入れようともしていない。この場に強制的に集められた生徒では、互いの意見を語り合うコミュニケーションを拒絶して、立場で相手を従わせようという彼女を説き伏せるのは不可能です。

 わたしは早々に諦めて、理事長の到着までの間、成り行きを見守ることにしました。


「全員座りなさい。」


 二組の女子生徒に乗じて騒ぎ出した生徒達でしたが、一言で、わたし以外の全員が地面に縛り付けられてしまいました。

 そこで初めて気が付きました。おば様教師の言葉は、口にした命令を相手に強制する魔法だったのです。


 以前、わたしにその効果が及ばなかったのは、サワガニさんとの邂逅を防ぐために精神干渉に対しての防御魔法がかけられていたから。皆が動けなくなったのは、あの教室の中で魔法同士が干渉したからだった。魔力が強い皆のことだから、もしあの場で下手に動いたら大変なことになると肌で感じていたのでしょう。

 理解すればするほど、世界とは奥が深いものだと実感します。


「特別学級出席五番、やはり貴女ですか。」


 従いたくない言葉に抵抗できるのは良いのですが、この場ではまずかった。

 全員着席している中で棒立ちになってしまったのです。積極的に関わるのは避けたかったのですが、いきなり目立ってしまいました。


「兼ねてより危険だとは認識していました。何なのですか貴女は。」


 何なのだと聞かれても、返答に困ります。

 わたしが答えたところで、生徒を自分と同じ人間だと認識しないおば様は言葉を聞き入れてくれるでしょうか。


 自分の思う通りの答え以外は聞き入れるはずがない。聞いてくれるなんて希望は生徒である以上一%にも満たないだろう。わたしの心が折れるまで何を言おうと否定し、罵倒し続けるに違いない。いつも苛立っているから何か栄養が足りていないのかもしれない。



 ふと、おば様教師の三角帽子を見て、思い立ちました。

 わたしには夜明けの魔女という、学園生徒とは別の肩書がある。もちろん生徒である間はそれを振るうつもりはないけれど、軟体生物の転移事件のように、使うべき時には使うべき代物だ。


「絶対服従の魔法をはねのけるお前は学園の生徒ではない。何者だ!」


 なんて都合のいい言葉を発してくれるのだろう。おば様はわたしが学園生徒ではないと宣言してしまいました。

 わたしが生徒であるという前提があるうちは名乗るべきではないと思い直したのに、それすらも否定してしまいました。


 生徒でなければ先生と共に過ごす理由も必要もない。親から捨てられたのであれば孤児院なりお寺なりに身を寄せて慎ましやかに育ち、底辺とされる賎しい職に就いて惨めに一生を過ごせ。そう言われているのだ。

  隠すつもりはないけれど、学園の中では教師しか知らない事だから黙っていた。先生との関係が続くのなら特別視されなくてもいいと考えていた。だからそれを宣言しなかった。


 言ってしまおう。それしかこの頭の固い老人の延長線上にある人を納得させる方法は無い。彼女がイメージする通りの魔女を演じてみせよう。簡単だ、夜明けの魔女であると宣言すればいいだけなんだ。


 魔法で座らせられている他の生徒達の耳にも入るだろう。聞いてもその言葉を認識できぬように誤認させるのは手間だ。まあ、知られたところで問題はないだろう。腫れ物扱いは慣れている。

 腹は括った。深く息を吸い込んで、それを言葉として吐き出します。


「わたしはわたしです。」


 自分が魔女であるとの宣言は、しませんでした。

 口にする瞬間に、先生の悲しむ顔が浮かんだんです。


 実体の見えない魔女が一体誰なのかを特定しようとする動きはあるのでしょうけれど、わたしに辿り着いた人間はいまのところ誰一人として居ません。

 魔女の名を頂いて半年の間に夜明けの魔女とアサヒ・タダノが同じ人物と気づいたのは、直接明かしたサワガニさんただ一人。それだけの情報統制を布いている。守ってくれている。

 そんなたゆまぬ努力をほんの一瞬の激情で無駄にしていいわけがないでしょう。


 情報が漏れぬよう懸命に努力している多くの人達の血と汗と涙がたった一言で無駄になる。わたしの身を案じてくれる先生の顔に泥を塗ってしまう。

 本当にギリギリのところで思い留まれた自分を褒めて欲しいです。


 話にならない、お前の退学を申し入れる、二度と魔法使いに関われぬぬようにしてやる等、色々言われました。

 以前、特別学級の教室でも同じことがありました。おば様は教師達を取りまとめる主任であり、中間管理職ではあるけれど、独断で教師や生徒を追放するような権限は何一つ持っていません。そのはずです。


 わたしは挑発に耐えました。魔法を使わない言葉での心理戦に勝てたのです。





 なおも暴言を吐かんと息巻くおば様教師を制したのは、わたしの後ろから現れた理事長でした。

 理事長が時間切れを告げると、辺りの景色が他に集められていた生徒達を含めて歪み始めます。

 

 景色が変わるのはわかる。だけど、生徒まで歪みだすというのはどういうことだ。

 この場からわたしだけが転移させられたのなら納得はできます。それは他の生徒を置き去りにするということでもある。あれだけ暴言を吐かれて反論を許されなかった生徒達を放置してしまっていいのか。いや、いいはずがない。




 息をつく間もなく、溶けた景色は理事長の部屋に置き換わります。他の生徒は誰一人その場にいませんでした。

 訝しむわたしに対して理事長は衝撃の事実を伝えてくれました。


 あの場に居たのはわたしだけ。

 最初から、素行の悪い生徒を演習場に集めたのではありませんでした。彼女が認識する生活態度の悪い生徒はわたし一人だった。色々言われて腹を立て、感情を爆発させて自ら禁を破って魔女の名乗りを上げるかどうかを試されていたのです。


 噂では生徒による万引きや備品の窃盗もたまにあるそうだけれど、このおば様教師にとって、先生の下で慎ましやかに暮らすわたしはそれ以上に酷いと思っているのでしょうか。

 確かに到着初日から口喧嘩した相手ではありますが、いくらなんでも偏見が過ぎていると思います。


「もうわかっただろう。コイツはそんなキャラじゃない。」

「まだです。まだ、わかりません!」


 理事長の態度から察するに、生徒への差別的な発言に対して何か罰や処分が下るわけでもないようで、言われて傷付いただけ損している気分です。


「この娘は絶対に思い上がる! 芽は出ています! 今のうちから摘んでおくべきです!」


 若くして称号を得たことで傲慢になる。魔王すら動かしたとなれば、魔法社会のパワーバランスを崩す新たな勢力を産み出しかねない。平和のためにも、この幼い魔女を厳しく躾けるべきであると、懸命に訴えています。

 そうはならないだろうという理事長の反論に対しても見通しの甘さを指摘するのであれば、もはや議論は平行線。このおば様は、そんなにわたしのことが嫌いなのですか。


「この子の事を思って言っているのです!」


 実家で散々聞き慣れた言葉が飛び出しました。その言葉の意味も知っている。

 わたしの為とは言うけれど、結局は自分が満足したいだけなのだ。


 わたしの身の上の事情を知り、自分が守らねばと使命感にとらわれてしまったのかもしれない。

 今も親か親類であるかのようにわたしへの懸念を語ってはいるけれど、わたし自身はこの人の世話になりたいとは絶対に思いません。本人の意思を聞かず自分の思い通りに導こうというのは、それこそ傲慢だと思います。



 老教師と違い、彼女はまだまだその立場に居座る人間です。

 こんなのがこれからも続くと思うと、先生でなくても頭が痛くなります。


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